GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード33:墜ちた黒鷹3

  

 墜落したヘリの救助に向かう栗林たちを取り囲む状況は、現場に近づくにつれて悪くなる一方だった。

 

 

 血気盛んな帝国兵は角材や砂の詰まった袋を積み上げてバリケードをつくり、松明を燃やして増援を呼んでいる。道路は数え切れないほどの兵士や暴徒と化した民衆によって埋め尽くされ、地上に降りた招かれざる客達を迎え撃とうとしていた。

 

「あいつら、年端のいかない子供まで……!」

 

 後ろでは降下部隊がが必死に応戦を続けているも、だんだんと近接戦闘が増えてきた。帝国軍の増援が集まってきた証拠だ。

 

「壁に寄って」

 

 先頭の栗林が押さえつけるようなハンドアクションを示した。続いて彼女は拳を握り、右肩の上の辺りまで上げた。止まれの合図だ。

 

「ちょっと様子を見てくる」

 

 栗林が建物の壁に背をつけたまま、そっと角の向こうを覗く。

 

 ヒュン、と音がした。慌てて首をひっこめる栗林。

 

 続けて、何本もの矢が先ほどまで彼女の頭があった場所を通過した。

 

「こっちはダメ!」

 

 慌てて退却する栗林たちを追って、帝国軍がわらわらと群がってくる。

 

 

 中でもひときわ目を引いたのが、戦闘馬車(バトルワゴン)とよばれる新兵器であった。

 

 

 構造は単純で、2~4頭の馬が曳く馬車の荷台にバリスタを乗せただけの急造兵器だ。

 

 多少凝ったものになると、バリスタは上下左右に可動する旋回砲架を有し、砲尾に操作用の支持架まで持つ。荷台にはバネを利用したサスペンションが備え付けられ、帝国はこの兵器を現代でいうテクニカルの用途で使っていた。

 

 

 戦闘馬車の最大のメリットは、威力は大きいが鈍重なバリスタを機動的に運用できるという点である。

 

戦場間の移動が速くなるのはもちろん、状況に応じて攻撃目標を柔軟に変更したり、好機にバリスタを集結させて集中攻撃を行う、というようなそれまでは夢であった指揮官の考えを実現可能のものにした。

 

 市街戦用という事もあってか、矢のほかに石や金属の弾、複数の小型の矢、火炎瓶なども使われている。特に効果があったのは、筒状の壺に大量の散弾を詰めこんだ中世版キャニスター弾ともいうべきもので、貴重な火力支援として重宝されていた。

 

 

 一方で連射が効かないという欠点もあり、通常のバリスタと同じくそこが弱点だ。

 

 しかし帝国軍は運用を変えることで対応し、「観察」「決定」「攻撃」「離脱」という4段階戦闘法を徹底した。

 

 

 バトルワゴンは斥候を務める軽騎兵とセットで行動し、敵を見つけた斥候が不意討ちが可能と判断した敵のみを攻撃して直ちに離脱。加えて攻撃と離脱の前後には、わざわざ歩兵の支援をつけるという手の入れようだ。

 

 

 

 しかも敵は帝国兵ばかりではない。暴徒と化した民間人の抵抗もまた、それ以上に激しいのだ。

 

 

「なんだってどの家も包丁やら洗濯竿やらを振り回して襲ってくるんだ!?」

 

「知らないわよ! 前の帝都攻略戦の事でも根に持ってるんじゃない!?」

 

  

 何から何まで最悪の展開だ、と倉田に叫びながら栗林は悪態をつく。

 

 こんな事ならゲートが閉じた時、無理やりにでも帝都攻略を続けるべきだった。

 

 帝都を破壊すれば、そこに住むの民衆は自衛隊を憎むのは当然だ。その上で中途半端な形で撤退ともなれば、帝国はそれを自らの「勝利」として宣伝することは容易に想像がつく。

 

 結果からすれば、「自衛隊は帝国共通の敵で強大だが、勝てない相手ではない」という自衛隊にとってもっとも都合の悪い認識を与えてしまったのだ。

 

 

 もちろんゲートの消失などという前代未聞の状況で作戦を続けていれば、とifを語るのは結果論でしかない。帝国の奥の手が他にもある可能性を考えれば、撤退はやむを得なかった。

 

 

 実際、なんとか体制は立て直した。生存者を把握し、武器弾薬の再配置を終え、部隊を再編制した。

 

 しかし敵もまた、こちらと同じように準備をしていたのだ。

 

 

 国民軍、とまでは呼べないが、自衛隊への義憤によってまとまった民兵・自警団が大規模に動員されているようだった。帝都攻略戦の際に自衛隊によって家を破壊された住民に簡素な武器を与え、正規軍の補助として使っている。

 

 栗林らには知る由もないが、もともと帝国軍は正規軍(レギオー)と補助軍(アウクシリア)の2本立てで編成されている。後者は主に異民族で構成され、簡素な武器を使って正規軍同士が激突する前の前哨戦において敵兵を削るのが任務だ。

 

 帝国の統治が安定するにつれて補助軍は徐々に正規軍化していったが、ここに来て帝国は帝都における戦争難民を主体とする補助軍を復活させた。しかも旧来のそれとは違って、ゲリラ的な運用をすることで自衛隊を苦しめている。

 

 ひとつひとつは小さな改良に過ぎないが、それが積み重なれば次第に大きな戦果へと変わっていく。自衛隊という存在に感化された帝国軍は、一つの大きなパラダイムを迎えようとしていた。

 

 

 **

 

 

「手榴弾!」

 

 らちが明かないと判断した栗林は、一時的にでも敵の動きを止める事にした。彼女の指示に応じた倉田が自分のハーネスから手榴弾を外し、ピンを抜く。

 

「死ねッ!」

 

 投げた手榴弾は惜しくも戦闘馬車の少し手前に落ち、爆発した。だが、爆発の轟音と衝撃は馬を驚かせ動きを止める。

 

「よし、逃げるわよ!全力転進!」

 

 栗林の号令で、隊員全員が走り出す。墜落地点までの距離は、まだまだ長い――。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 地上部隊の苦戦は、断続的に入る無線から伊丹たちの耳にも届いていた。

 

「さすが、武力で何百年も支配を続けてきた軍事国家なだけある。敵が新兵器を使えば、すぐに対策をとれる柔軟性が奴らの強みか」

 

 すでに地上部隊は至る所で分断され、数と地の利で勝る帝国軍に翻弄されつつある。最新兵器をもってしても、建物一つ、部屋一つを奪い合う市街戦は自衛隊に大きな消耗を強いていた。

 

 帝国兵は頑強に抵抗し、建物を完全に占拠しても地下道や屋根伝いにを逆襲をかけてくる。対策として自衛隊も負傷兵や避難民ごと手りゅう弾で破壊しているが、後方の建物や窪地、瓦礫の中にまで帝国の兵士や民兵がいつの間にか入り込んでくる始末だ。

 

 

 今のところ、帝国側が尋常ではない被害を受けている。しかし自衛隊の人員と弾薬が有限であるのに対して、数十万の人口を誇る帝都からは無限に戦闘員が湧いて出てくるようであった。

 

 現状、キルレシオは1:20は下らないだろう。もし弾を一発も無駄にせず、一撃で相手を仕留めればマガジン一つで20人は殺せる計算だ。だが、裏を返せば弾を外したり、1人を殺すのに数発の弾薬を消費すれば瞬く間に弾は尽きる。

 帝都突入チームには多めに予備弾倉が配られているが、それでも重量を考えれば一人6個程度が限界だ。

 

 

 地下道を進む伊丹たちは運よく、今のところ接敵はしていない。だが、いつどこに伏兵が隠れているともわからない緊張感が漂う。それなりに十分な武装はしているつもりだが、もし帝都警備隊やオプリーチニキに見つかった場合、いずれは数に圧されて捕縛されてしまう。

 

 随分と分の悪い賭けではあったが、敵の目を掻い潜って帝都に向かう手段がこれしかない以上、他にやりようは無かった。

 

 

(まさか、こんな事になるなんてな……)

 

 3か月前、銀座事件の事を思い出す。突然“ゲート”が開いたことで、コミケ当日に帝国兵と丸腰で戦う嵌めになった。あの時は本気で死を覚悟したが、今と比べれば遊びのようなものだ。

 

 多くの同僚が殺され、仲間の安否すら分からない。今や自分には祖国に帰る手立ても残されていないのだ。

 

 

 ゲートは消失し、戦力の半数以上が失われ、帝国との力関係は逆転しつつある。そして帝国の意図がこちらの殲滅である以上、交渉の糸口は何一つ残されていない。

 

(それでも、諦めちゃダメだ――)

 

 今は試練の時だ。将来の希望がないときこそ、どこまで踏ん張れるかで本当の強さか試される。

 

 ――失敗する訳にはいかない。自分が背負っているのは、まだ生き残っている者全員の命なのだから。

 

 そう思う事だけが、伊丹の心の支えになっていた。




 ロマン兵器:戦闘馬車(バトルワゴン)

 モデルは「バリスタ・クアドリロティス」というものです。

 これは東ローマ帝国で使われていた(らしい)台車に360度回転する台を付けその上にバリスタを載せ馬に引かせた兵器で、騎馬砲兵の要領で使われていたとか。

 本作での運用は騎馬砲兵というより、中東やアフリカの内戦でよく見かけるテクニカル(ピックアップトラックの荷台に重火器を乗せた急造兵器。世界のTOYOTAが大人気だぞ!)のそれに近いものをイメージしてもらえれば。

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