GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード35:ゾルザルの新編成軍(ニューモデル・アーミー)

                

 

「おい、帝国軍が退いていくぞ!」

 

 柳田は目の前の帝国軍が退却にかかっていくのを軽い驚きとともに見つめていた。押されていたとはいえ、第9軍団はまだ余力を残していたはずであり、組織的な退却が許されるとも思えなかったのだ。

 

(だとしたら何かあるな、こりゃ…………)

 

 ここ数週間の経験的に、戦場で不可解な出来事が起こると決まって状況は悪くなる。そして「今度こそ外れてくれ」との願いも虚しく、嫌な予感は的中した。

 

 第9軍団と入れ替わるように、別の部隊が姿を表す。他の帝国軍のいかなる部隊とも異なる彼らを目にした瞬間、柳田の目は驚愕に大きく見開かれた。

 

(おい、嘘……だろ……?)

 

 柳田は決して臆病者ではない。無数の帝国兵を目の当たりにしても怖じげづく事はなかった。

 

 だが、今の彼を支配している感情は紛れもない恐怖だ。気付けば冷や汗が吹き出し、全身が震えていた。

 

 

 柳田の目の前に現れた部隊とは、盾と槍で武装した『日本人捕虜部隊』だったのである。

 

 

 **

 

 

 人質を取った上で捕虜を尖兵とする方法は、歴史的に見て珍しいものではない。この狡猾な戦法を大規模かつもっとも効果的につかったのがモンゴル帝国だ。

 

 かつての同胞を敵として撃たねばならぬという心理的負担は、守備側の動揺を誘う。もし失敗したとしても、マンパワーの供給源が捕虜であれば、実質的な人的被害は無きに等しい。

 

 

 そして今回のケースでは、銀座事件の際に連れ帰った一般市民、そして帝都攻防戦の最中で“門”消失の混乱からの逃げそびれた部隊などが捕虜兵として投入されていた。

 

 もちろん寝返ったり集団投降しないよう、しっかりと同じ隊の仲間を人質にとるなど対策もとっている。さらに部隊の比率は日本人1人に対して帝国兵3人――これなら帝国兵だけをピンポイント狙撃することも出来ない。

 

 

 柳田たちの前に現れた捕虜部隊の総数は、せいぜい400人ほど。数にすれば2個中隊程度の小部隊であり、武器も中世の兵士と同レベル。一斉射撃をすれば、1分と経たないうちに皆殺しに出来る程度の戦力でしかない。

 

 だが、しかし――。

 

 

(同じ日本人を、手にかけていいのか……?)

 

 

 背中に冷たい汗が流れるのを、柳田は唇を噛みしめながら感じていた。

 

 共通の言語、共通の文化を持つ日本人を前にして、自衛官たちはなかなか引き金を引くことが出来ない。彼らを殺すのは容易いが、それを実行してしまえば、自らの中にある「国民を守る」という誇りをも殺してしまうからだ。

 

 

「我々がやります」

 

 

 柳田の隣に、弓を構えたホドリューが立った。

 

「同胞を手にかけるのは辛いでしょう。ここは代わりに……」

 

 

「――いや」

 

 

 ここで種族や民族を理由に区別してしまえば、必ずや将来に禍根を残す。穢れ仕事を彼らだけに押し付けるわけにはいかない。今は、アルヌスに残った全員が一丸となって戦うべき時なのだ。

 

「命令は変わらない! 城壁に近づく者は全て敵だと思って撃て!」

 

 柳田の叱咤が走る。

 

 だが、それでも発砲音は聞こえない。皆、顔を見合わせてどうするべきが決めかねているようだった。

 

 

「どんな理由であろうと、帝国というテロ国家に協力するような者を保護する理由はない!」

 

 

 言い終わると同時に、柳田は64式小銃の引き金を引いた。放たれた7.62㎜弾は、かつての同胞の額へと吸い込まれていく。

 

 命中、そして貫通。7.62mmNATO弾のヘッドショットを受けた元自衛官の頭が、潰れたイチジクのように破裂した。

 

「これは天誅である! 敵と共謀した売国奴には死あるのみ!」

 

 上官の怒気に、迷っていた自衛官たちも圧倒された。一人、また一人と引き金を指をかけていく。

 

「情けは無用だ! 撃て! 殺せ! 皆殺しにするんだ!」

 

 柳田の号令と共に、激しい一斉射撃が開始された――。

 

 

 **

 

 

「捕虜部隊、壊滅した模様です!」

 

 報告を受けたゾルザルはつまらなそうに「そうか」と頷いただけだった。もともと大した期待はしてない。

 

(所詮は蛮族。やはり使い物にならぬか)

 

 それに、彼は良くも悪くも決断の速い武将であった。最初の一手が失敗したと悟るや否や、すぐに別の駒を投入する。

 

 

「第4実験兵団の強化兵共を送れ」

 

 

 ゾルザルの次の一手は、薬物漬けにした兵士からなる部隊であった。

 

 アヘンや大麻などを特別な配合で混ぜた麻薬を投与された兵士は、興奮状態になって好戦的になる一方で恐怖感や痛覚は麻痺する。人間ばかりではなく、オークやゴブリン、トロルの兵士までおり、それらが目をギラギラさせながら奇声をあげる様は、「異様」としか言いようがない。

 

「おおおおおぉぉぉぉっッ―――!!」

 

 1万ほどの強化兵からなる軍団が、捕虜兵の死体を乗り越えて城壁に殺到する。彼らは銃や弓矢による一斉射を受けても足を止めるどころか、かえって興奮の度合いを高めているようであった。

 

「っ―――!」

 

 これには柳田も唖然とする他ない。銃を使った一斉射撃の恐怖は、訓練された部隊といえども御しきれるものではないはず。それどころか帝国兵の中には、ゾンビか何かのように全身が矢が刺さったまま歩いてくる者すらいた。

 

「畜生!なんなんだよお前ら!」

 

 いくつもの銃弾に貫かれながら、なおも前進をやめない帝国軍。ピニャの軍団に見られるような、教本通りの四角形の隊列もなく、やみくもに突撃していく姿はさながら飢えた屍人のよう。

 自衛隊の銃火にも怯む様子はなく、倒れた兵までもを平気で弾除けに使ってくる。その異様な姿に本能的な恐怖を感じ、恐慌状態に陥る自衛官もいた。

 

「頭だ!頭を狙え!ゾンビ映画の鉄則だ!」

 

 柳田の必死の指揮も一度起きた混乱を収集するにはいたらない。

 

(まずい、このままじゃ突破される――!)

 

 退却だ……そう叫ぼうとした時、大気を震わす轟音がした。

 

 

 大砲の発射音――その一瞬後、目の前の帝国兵が10人ほど吹き飛び、柳田の顔にも温かい肉片が張り付く。

 

 

 振り向くと、通りを下ってくる74式戦車が見えた。砲塔からあがる煙が霧に混じる。そのハッチから車長が大声で指示を出している。機銃が火を噴き、通りの帝国兵を引きちぎっていく。

 

 

 応援が到着したのだ――城壁と門の前から歓声が上がる。隊長は無線のマイクに向かって叫んだ。

 

 

「戦車に連絡しろ!門の前に横付けにしろ!」

 

 再び、戦車が発砲する。今度の弾は榴弾で、馬車の残骸と燃えている納屋の間の通りを大きく掘り返した。そこにいた帝国兵の千切れた手足が空中から落ちてきて、自衛官たちの歓声が大きくなった。

 

 

 戦車部隊の機動は選び抜かれた精鋭の名に恥じぬものだった。一糸乱れぬ統率を保ちながら、強化兵軍団に向けて主砲を向ける。

 

 アサルトライフルの100倍もある口径は、痛みで敵をひるませるのではない。文字通り、物理的に敵を粉砕するためにある。

 

 いかに薬物で強化した兵士といえど、生物の限界は超えられない。それを遥に超える物理パワーを連続的に叩きつけられれば、肉塊となるのが定めというものだろう。

 

「いいぞ!撃て、撃て!帝国のクソ野郎どもをブッ殺せ!」

 

 続いて戦車の後ろから、奇妙な車両が進み出る。唯一残った87式自走高射機関砲であった。万が一を想定して、地上支援にも応用できるよう改造していたのが功をなしたのだ。

 

「ぶっぱなせっ!!」

 

 機銃から放たれた巨大な鉛弾がもたらした破壊はおそるべきものであった。胴体を直撃した弾はその巨体にふさわしい運動エネルギーにより、およそ三十センチ近い破口を開け、内臓を後方へと撒き散らす。下半身に当たれば足がもげ、上半身に当たれば内臓が破裂した風船のように舞った。

 

「やっぱ文明の利器ってスゲー。まさに無双って感じ?」

 

 戦意を回復した部下がジョークを飛ばすのを聞いて、柳田はにやっと笑った。やがて他の装甲車も続々と到着し、機関砲が唸り始めると強化兵たちは瞬く間に殲滅されていた。

                     




 原作でもジャイアント・オーガを改良した生物兵器をつくったり、人間に擬態するモンスターを使ったゲリラ戦を展開したりと、意外と目の付け所がいいゾルザルさん。

 ゲートが開くまで中世レベルの常識に囲まれていたことを考えると、あの短期間でこれだけ柔軟な発想ができるあたり実は有能なんじゃ?と思ってみたり。

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