GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード36:デュラン王、再び

 攻城戦において、城壁の突破は防御側の敗北と密接に関係している。ひとたび敵を中に入れてしまえば、そこから浸透した敵部隊によって、残りの守備兵は背後を疲れてしまうからだ。

 

 もっとも効果的な対処法は第1次世界大戦の塹壕に見られるように、防衛線に縦深をもたせることである。しかしアルヌスでは人員・資源・時間の3つを欠いていおり、やむを得ず次善の策――機動防御で対処することになった。

 

 それは今の所うまく行っており、自衛隊は残った機械化部隊を集中させて機動打撃を与えることに成功している。火力を集中させた自衛隊に側面攻撃され、第9軍団は完全に虚を突かれる形となって敗走した。

 

 

 しかし帝国にも明るいニュースはあった。

 

 ゾルザルに続き、第2皇子・ディアボ率いる南部方面軍が到着したのだ。

 

 その兵力は約11万。ディアボ率いる帝国軍に加え、エルベ藩王国やアルグナ王国、リィグゥ公国、トュマレン国にヤルン・ヴィエット王国など多数の属国の軍隊が参加している。

 

 先に到着していたピニャの北部方面軍6万、ゾルザルの中央方面軍8万と合わせて、実に25万もの大兵力を帝国はアルヌスの地に集結させた事になる。

 

 

「これで敗北するような事があれば、帝国は2度と立ち直れまい」

 

 

 第3皇女ピニャがそう評した事からも、今度の作戦に対する帝国の期待が推し量れよう。自衛隊だけでなく、帝国にとっても乾坤一擲の一大作戦であった。

 

 

 **

 

 

 一方で帝国軍の作戦構想は、相変わらず単調なものであった。

 

 

 すなわち単純な消耗戦―――徴用兵が大半を占める帝国軍に、もとより高度な機動性は望むべくもない。対してアルヌス軍の頼みは火力の優位にあり、それが失われれば兵数の差は絶対的な意味を持つ。

 

 ならば、アルヌス軍の火力を消耗させることが出来れば問題の解決は容易いのではないか。

 

 あるいは、大軍ゆえに機動力と統制に難があるという問題もある。諸王国の兵士まで動員した連合軍であれば猶更だった。

 

 

 そこで最後に到着した第2皇子・ディアボは自軍を四つの兵団に分け、ローテーションをさせながら攻城の指揮とらせていた。

 

 部隊を分ければ一度に攻撃できる兵力こそ減るものの、膨大な人員を活かして昼夜問わない人海戦術が可能となる。数の少ないアルヌス側を疲労困憊させ、士気が下がったところで突撃する算段であった。

 

 

 

「全くとんだ貧乏くじよのう………」

 

 不幸にもこの時、攻勢を担当していたのはエルベ藩王国のデュラン王率いる兵2万である。まずはアルヌスの消耗を引きだすのがデュランの役目であった。

 

 軍議のなかで、先鋒に与えられていた熾烈な任務をデュランは知っている。すなわち総攻撃までにアルヌスの火力を消耗させることが求められていたのであった。

 

 もちろん火力を失わせるものは兵員と弾薬の損耗であり、アルヌス兵の漸減が図れない場合、その命を盾に弾薬を消耗させなければならない。

 

 

 だが、デュランとて一国の王である。いかにエルベ藩王国が属国といえど、帝国にいいように使いつぶされるつもりは毛頭ない。

 

 そこでデュランはゾルザルのオプリーチニキを真似て、独自に督戦隊を編成していた。主に職業軍人たる「騎士」階級の者からなる、藩王の猟犬だ。

 

 彼らを後詰とし、前衛には徴用した農民兵をあてる。農民兵を弾除けと割り切って突撃させ、膨大な人命をもってアルヌス軍の漸減を図るのだ。

 その非情な戦術を運用するための切り札が、督戦隊たる騎士団の存在であった。

 

 帝国は配下の兵が、敵よりも味方に恐怖を抱くように訓練している。騎士団は堀の傍で抜刀し、恐怖に駆られて引き換えてしてくる兵を脅し、それも聞かなければ迷わず切り殺すのだ。

 

「突撃ぃいいいッ!」

 

 デュラン王率いる4万の兵団は健軍の統率する戦列に対し、正面から突撃を開始した。戦意の有無にかかわらず、彼らには前進する以外に道はなかったのである。

 

「我らが忠勇なる兵士たちよ!ここで敵に勝利を収めれば恩賞は思いのままぞ!」

 

 ――命惜しさに退けば、督戦隊に殺される。突撃すれば死ぬかもしれないが、運が良ければ功績を立てることが出来るかもしれない。

 

 この決戦が天王山であるという事は、下級の兵士にも分かる。であれば、手柄を立てることが出来れば一兵卒でも栄達への道が開ける可能性がある……そんな一縷の望みをかけて兵士たちは自衛隊に襲い掛かった。

 

 

 ◇

 

 

「発射ッ!」

 

 戦列の後方から、陸上自衛隊の誇る迫撃砲が火を噴く。炸裂音が響き雑兵たちの突進に一瞬の硬直が生まれた。

 

(今だ……!)

 

 その一瞬の硬直を見逃す健山ではない。続く一斉射撃によってバタバタと倒れる兵士が更に続出、その死体が障害となって渋滞が引き起こされる。エルベ藩王国兵の動きが鈍くなったその時、装甲車と砲兵による火力支援が開始された。

 

「撃てぇぇ!!」

 

 巨大な火力が、エルベ藩王国の歩兵たちに死神の鎌を振り落としていった。さらに中には爆発とともに破片を振り撒く榴弾があり、兵士たちが身体をミンチにしてゆく。

 

 両翼から迫る軽騎兵部隊もまた、停滞を余儀なくされていた。

 

 側面に回りこもうとした騎兵の正面に、装甲車が現れたためであった。数が少ないためそこまで損害を出すことはできなかったが、無茶苦茶に動き回る装甲車は騎兵部隊の陣形尾を滅茶苦茶に崩し、大量の機関砲による火勢は戦闘正面を極限することに成功していた。

 

 自衛隊の圧倒的な火力は、ただでさえ低い徴用兵の士気を谷底へ突き落してゆく。悲鳴と怒号の中、下級の兵士たちが逃げ出そうとした、次の瞬間。

 

「戦え! 逃げる者は斬り捨てる!そして撃つ!」

 

 自軍陣地を振り返った彼らが見たものは、まさに自分たちに照準を合わせた味方の矢じりであった。更にその後には督戦隊が待ち構えており、切れ味の鋭い刃をこちらに向けていた。

 

「クソッ、くそぉッ!」

 

 あまりに理不尽な運命を与えた神を呪いつつ、兵士たちは再び自衛隊へと猛進した。

 

「撃ちまくれ! あと少しだ!」

 

 エルベ藩王国兵の捨て身の突撃は、かえって彼らも窮地に追い込まれているのだという健山の確信を強めた。そして彼の読みどおり、ヤケクソの突進は自衛隊を一時的に押し戻すことに成功したものの、やがて火力という覆しようのない格差によって沈静化していく。

 

 エルベ藩王国軍は第一回諸王国連合軍の時と同じく、無数の屍をアルヌスに晒すことになった……。

 

  

 **

 

 

(おのれ、一度ならず二度までも……!)

 

 最初の一撃が失敗した後、デュラン王は野営地で屈辱に顔を歪めていた。圧倒的な装備の差がある以上、ある程度の被害は作戦の中に織り込んでいたはず。だというのに――。

 

「何なのだ?この数は?」

 

 たった1日の戦いで、エルベ藩王国軍は総兵力の実に3割を失っていた。一般的に言って、3割の被害は組織的抵抗が不可能になるレベルの損害であり、再編成が完了するまで戦闘不能と考えられるため「全滅」と評される。

 

 ――桁をひとつ、間違っているのではないか? 

 

 歴戦の勇者をもって知られるデュラン王をして、低レベルの質問を口にさせるほどの一方的な展開。それほど自衛隊の戦列は堅く、数にものを言わせた雑兵の突撃はいまだ大きな効果を挙げられずにいたのである。

 

 

(……だが、結局のところ戦いを左右する最大要素が数であるという真実は変わらぬ)

 

 

 被害は甚大だったが、先ほどから大砲の炸裂音がないことにデュランは気づいていた。敵の火力は、まもなく尽きようとしている。

 

 戦術レベルでは大きく負けたが、作戦レベルでは当初の計画通りに進んでいる。順調と言ってもいいぐらいだ。

 

(ならば続けるしかあるまい。儂にはそのぐらいしか、出来ることが無いのだからな)

 

 デュランは無理やりにでも自分を納得させ、兵士を次々に死地へと送り込んでいく――。

 

 

 **

 

 

 案の定、と言うべきか。諸王国連合軍の突撃は、攻撃側に多大な損害を出す結果となった。

 

 もっとも、そのこと自体はあらかじめ予期されていた展開だ。兵士の装備は劣悪な上、士気も高くない。大損害を被るのは当然だ。

 

 第1回諸王国連合軍が無残な失敗に終わり、主な帝国の属国は主力となる軍団を失っていた。代わりに投入されたのは、装備も武器も不統一、槍か棒か梯子をもっただけの雑多な寄せ集めを「兵」と評しているのである。

 

 

 だが、第2皇子ディアボはこのような欠点を知り尽くした上で作戦を立てていた。波状攻撃によって防御側に一息入れる暇を与えず疲れさせる他、「使い捨てられる」という特徴を最大限に生かす事にしたのだ。

 

 

 **

 

 

 最初に異変に気付いたのは、ダークエルフのヤオだった。

 

「風がおかしい」

 

 報告を受けて半信半疑、現場に向かった赤井弓人三等陸尉は仰天した。

 

「この匂い……まさか!」

 

「どうした?」

 

 赤井は真っ青な顔で、現場を仕切っていた柳田に大声で叫んだ。

 

「毒ガスです!」

 

 異臭が漂い出したのは、まさにその瞬間だった。目が痛くなるような刺激臭――硫黄の匂いだ。

 

(馬鹿な……味方ごと巻き添えにする気か!)

 

 卵が腐ったような異臭から察するに、どこかの火山から硫黄の塊でも採取して製造したのだろう。帝国軍は石と粘土を作って即席の炉を作り、硫黄を燃焼させることで有毒の硫化水素ないし二酸化硫黄を発生させたのだと考えられる。

 

 あるいは、自分たちの知らない物質や魔法なんかも使っている可能性もある。もしそうだったとしたら最悪だ。

 

 ガスマスクは足りない。薬もない。ましてや傷病者を看病したりする余裕などあるはずもない。

 

何より、毒ガスのあたえる心理効果は絶大だ。パニックに陥ってしまえば、戦線を突破されてしまう恐れもある。柳田の決断は早かった。

 

「退却しろ!この陣地は放棄する!」

 

 毒ガスが本格的に達する前に、柳田は撤退を決意した。

 

(クソッ、クソッ――!)

 

 あらためて、帝国軍の用意周到さに鳥肌が立つ。おそらく常に二段構え、三段構えの計画を練っているのだろう。奇襲作戦が最後まで成功しないことなど、最初から計算済みだったに違いない。

 

 

 時々、柳田は不思議に思う事がある。

 

なぜこの世界で帝国は、他の種族を差し置いて超大国になれたのかと。もちろん人口が多い、というのも一つの理由だろう。

 

 だが、こうも思うことがある。この驚異的な進化スピード、学習能力こそが彼らの力の源泉なのかもしれない。

 

 ――すなわち、自分たちと同じ「人間」である事が真の理由なのではないか、と。

 

                




 復活のデュラン王!

 原作と違って帝国から離反するという展開ではなく、むしろ「諸王国連合軍」で仲間を失った恨みから帝国サイドに立つ展開に。

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