GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
「来るぞ!伏せろ!」
気休めに過ぎないと知りながら、吠える百人隊長たち。その場にいる誰もが泥と煤煙で黒く汚れていた。
弾着はだんだんと迫っており、爆風で巻き上がる砂で目が痛む。左右で砲弾が炸裂する、とてつもない音量が耳を麻痺させていく。
薄い鉄板を槌で叩いた音を何倍にも増幅したような爆音――帝国兵の中には、気圧の変化で鼓膜や肺をやられてしまう者もいた。
すぐ側で爆音が連続するも、無力な彼らに出来る事は何もない。今はただ、ひたすら耐えるしかないのだ。
砲撃が2時間を超えたあたりから、徐々に精神に異常をきたすものが現れ始めた。砲弾神経症(シェルショック)――至近での爆発がもたらす異常なストレスによって、神経系が破壊されてしまったのだ。
彼らは突然立ち上がって喚きだしたり、自らの信じる神の名を叫んで走り出して吹き飛ばされていった。
しかし多くの者は膝を抱えてうずくまり、ただ怯えつつ耐え続ける。殆ど呆然自失してるといえ、彼らの勇気は称えられるべきであろう。
アルヌス全体が黒煙に包まれ、何もかもが破壊されたようになった後、砲撃はようやく終わった。弾数制限――強大無比な砲兵の持つ、数少ない弱点であった。
この地獄のような戦場で、残った諸王国連合軍の実に7割が耐えきったのは殆ど奇跡に等しい。
ただし、その表情に生き残った喜びは無く、困惑と恐怖が大部分を占めている。今更ながら、改めて異世界から来た軍のすさまじさを思い知らされたからであった。
百人隊長はのろのろと立ち上がる。耳が鳴り、鼻水やら涙やらを抑えることが出来ない。
だがしかし。それでも、彼は前へ歩み出した。
1歩そしてまた1歩ーー。
やや遅れて隊長に続くように、部下たちがふらふらと歩き始める。
端から見ればまるで亡者の群れのように見える帝国兵の足取り。しかしそれも、徐々に兵士のそれへと変わっていった。
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そこからやや離れた場所には、エルベ藩王国軍の騎兵部隊が展開していた。精強を以てなる騎士である。総員は5000騎。
縮こまり、手綱をしっかりと握りしめ、彼らは“その瞬間”を待っていた。
青ざめている者、空元気で談笑する者、神にじっと祈りを捧げる者……いつ死ぬとも知れぬ恐怖。それは誰にでも平等であった。
敵の砲撃が止んだーー従者たちが塹壕の縁から顔を出す。状況を確認し、突撃開始を示す青い旗を振る。
それを見た隊長は剣を抜き、敵陣をきっと睨んで大声を発した。
「突撃ぃいいッ!」
5000の騎兵が一斉に動き出す。奇怪な叫び声をあげながら、アルヌスの平野を全力疾走。
もはや陣形など必要ない。速度を最優先して、しゃにむに敵陣へと突進した。
その隣では、すでに別の軽歩兵部隊が地面から出現し、突撃を始めていた。
デュラン王も自ら剣を抜き放ち、兵を鼓舞すべく騎乗突撃を開始。アルヌス目掛けて馬を駆っていた。
「殿下!前に何かあります!」
「っ―—!?」
家臣の一人が慌てて注意するも間に合わず―—―—有刺鉄線に騎馬で突っ込んだデュランは投げ出された。
慌てて兵士たちがデュランの周りに集まり、主君を護るように盾を構える。
「ぐわぁッ!」
「ひぃっ!?」
しかし悲しいかな、フォルマート大陸で使われている盾は機動性を優先した木製ないし革製のもの。
自衛隊で使われている突撃銃の掃射を防げるはずもない。
7.62mmNATO弾のフルオート射撃は、容赦なく帝国兵の身体を貫き、頭蓋骨を粉砕し、筋肉を切り裂き、傷口から大量の血をまき散らしていく。
「バカな……そんな馬鹿なことがあるか……ッ!」
無慈悲に薙ぎ倒されていく兵士たちを、デュランは唇を噛んで見つめることしかできなかった。
身を挺して自分を庇おうとしてくれた忠臣たちが、まるで箒で塵を掃くようにいとも簡単に死んでゆく―—―—それは「戦い」などではなく、「虐殺」としか形容のできないものであった。
「おのれ異世界人め……よくも、よくも私の部下をッ!!」
デュランは足元に落ちた弓を手にし、怒りと悲しみに身を任せて射る。無駄な努力と分かっていても、そうせざるを得なかった。
辺りで爆発が連続する中、デュランもまた爆発に巻き込まれて意識を失った……………。
◇◆◇
戦闘が終結して6時間後、夜が明けてたころにはアルヌスは平和を取り戻していた。諸王国軍は文字通り消滅し、自衛隊はアルヌスを完全に手中に収めていた。
「酷い有様だな、こりゃ……」
64式小銃を構えながら辺りを見渡した伊丹が呟く。
「うぅ……隊長、すみません俺―—―」
最後まで言い終わらない内に、倉田は地面に膝をついて嘔吐した。今朝食べたばかりの焼き鮭と豚汁、そして五目御飯のミックスが勢いよくぶちまけられる。
「だから朝食は食うなって言ったのに……この辺はまだ焼けた肉やら血の匂いが充満してるんだ。腹の中にものがあったら誰だってそうなるっての」
そう言う伊丹もまた、死体に群がるハゲタカが眼球を引っ張り出すのを見て口を押える。見渡す限り、どこも似たような光景が広がっていた。
「帝国軍の死者が10万越えって噂も、あながち間違っちゃいないみたいだな……」
あたり一面に広がる死体の山を見て、伊丹は憂鬱な気分になる。10万といえばちょっとした地方都市ぐらいのレベルだ。
それだけの人間が一夜にして死ぬ―—―—いくら特地がファンタジー世界とはいえ、あまりに現実離れした数字に実感が追いつかない。
(対して俺たちの方はというと、死者はゼロと来たもんだ……もっとも、備蓄してた弾薬の3割は昨日で吹っ飛んだがな)
議会と兵站科の連中は悲鳴を上げるだろうが、大量の弾薬と引き換えに部下の命を救えるなら安いものである。
「死んだ帝国兵の価値は鉄砲玉と同じなのか?」という人道上の疑問も沸いてくるが、そこは哲学者と社会学者に任せることにした。
一兵卒の仕事は考えることではなく、命令に従うこと。
言われた通りに仕事をして、働いた分の給料をもらい、それを生活と趣味に充てる―—―『身の程を弁える』という単語の意味を、伊丹はよく理解していた。
「倉田、そろそろ行くぞ。これも仕事だ。いつまでも吐いてるわけには………ん?」
近くで倒れていた一人の死体に目が留まった。
「おい、倉田。この兵士、なんか手紙みたいなのを握ってるぞ」
「敵の報告書、ですかね?」
だとしたら持ち帰る価値はあるな、と伊丹は返事をして死体に近づいた。
念のため息がないことを確かめた後、恐る恐る手紙を開いてゆく。死体の指は、思った以上に冷たく強張っていた。
「―—―っ」
手紙を開いた瞬間、伊丹は激しく後悔した。兵士が握っていた羊皮紙は、報告書などではなかった。
―—そこに書かれていたのは、2人の人間の絵だった。
(たぶん奥さんと、娘さんの絵だ……)
美人ではないが優しそうな妙齢の女性と、顔いっぱいに笑顔を浮かべている少女。この兵士が死ぬ間際に思い浮かべたものは、もう二度と会えぬ彼女たちの笑顔だったのだろうか。
伊丹の脳裏で、銀座事件の追悼式の様子がフラッシュバックする。母親に連れられ、亡くなった父親に向けて献花していた少女―—―—あの悲劇が、今度は立場を変えて繰り返されている。
(でもな、これは戦争なんだ……こうなるのはお互い分かっていたはずだろ……)
動揺する心を抑えるように、自分にそう言い聞かせる。伊丹は目をつぶって軽く黙とうすると、倉田を引き連れて足早に立ち去って行った。
遠すぎたんだ...