GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
宮殿が燃えている。
大陸に覇を唱える首都『ウラ・ビアンカ』、その中心に位置する皇宮は落城寸前の体をなしていた。
城が陥落寸前となれば、その主もただでは済むまい。皇帝モルト・ソル・アウグストスは初陣以来初めて傷を負い、その体は血に塗れていた。手にした槍は刃こぼれし、多くの出血は大将みずからが先頭に立って戦ったことを示している。
老齢に差し掛かった皇帝にとって戦が、どれだけの負担を強いるかは言うまでもない。精悍な顔は青ざめ、乱れた息は荒い。
よろめきながら、それでも皇帝は進むのを止めなかった。
――彼には義務があった。帝国を統べる唯一絶対の皇帝として、守らねばならぬ伝統があった。
だから進んだ。祖先より受け継がれし国体を護持するためには、なんとしても生き延びねばならぬ。
そしてついに馬車の待つホールへ辿り着いた時、皇帝は喜びより先に違和感を感じた。
(ッ……!)
幾度の暗殺を潜り抜けた長年の勘が、生命の危機を知らせている。無意識に体を反らしたのは殆ど条件反射だった。
それが皇帝の命運を分けた。次の瞬間、連続する銃声が響き、周囲にいた衛兵が悲鳴と共に倒れる。その銃弾が、本来ならば皇帝の胸元めがけて放たれたものであるのは明らかだ。
奇襲が失敗したと悟るや、暗殺者は即座に標的を切り替えた。再び銃弾が連続して放たれ、馬車の御者と馬の眉間に穴が空く。これで遠くへは逃げられなくなった。
「動くな!」
柱の合間から、緑色の迷彩服を来た男が半身を見せる。
「あの時の兵士か……」
いつか再びまみえる様な、そんな気はしていた。だから驚くでもなく、怖気づくわけでもなく。
皇帝モルト・ソル・アウグストスは侵入者を見つめ、淡々と言葉を紡いだ。
「礼儀を知らぬ異世界人よ。謁見を許した覚えはない。かくなる上は、余みずからの手で誅罰を下そう」
それが、戦闘の合図となった。
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荘厳なはずの宮殿を、けたたましい銃声と悲鳴が汚していく。
伊丹の放つ銃弾は、精確に親衛隊兵士の心臓を撃ち抜いていた。隣にいるテュカとレレイも、流れるような動作で弓と魔法を操っている。
しかし帝国側の反応も速い。最初こそ虚をつかれたものの、すぐに体勢を立て直すと連携をとりながらじわじわと包囲網を狭めてくる。
その洗練された動きは、武力で大陸に覇を唱えた軍事大国の血が衰えていないことを示すのに十分なものだった。
(チッ、やっぱりロゥリィが居ないのが痛いな……)
最大戦力たるロゥリィは、街の外から宮殿に駆けつける近衛軍団の足止めに向かっている。おかげで敵の増援こそ見えないが、楽勝という訳にもいかなそうだ。
現に、徐々に追いつめられているのは伊丹たちの方であった。
帝国兵はしゃにむに突撃するより、建物の陰に隠れて接近しつつ、無駄弾を使わせるよう強要した。
苦戦する伊丹たちを見て、皇帝は微かに笑った。
「暗殺者ごときに帝国は滅ぼせん。あまり帝国を舐めるなよ」
皇帝は木々や柱の合間をぬって巧みに銃弾を回避し、馬車に近づいていく。
逃げるためではない。戦うための武器が、そこにあるからだ。
「まだ試作段階だが、その大胆さに免じて見せてやろう。見よ、我が帝国の最高技術を!」
皇帝が馬車にかけられていた布をとると、中から見たこともないような兵器が姿を現す。
見たところ小型のバリスタのようだが、チェーンや巻き上げ機のようなものが付随している。
「ポリボロス――連発機械弓だ。量産の暁には、帝国の敵は一掃されるであろう」
巻き上げ機を回すと、接続されたチェーンが回転して矢が次々に放たれた。どうやらチェーン駆動によって弦を張り、同時に弾倉の中の矢を再装填する仕組みのようだ。
「あんなん反則だろ!」
次々に放たれる太矢を、伊丹はすれすれのところでかわす。
しかし皇帝の新兵器は重機関銃のごとき威力をほこっていた。機械のような素早さで弾詰めを終えて、再び鼓膜を突き抜けるような音。
飛び込むようにしてがれきの影に身を隠すと、盾になったがれきがハチの巣になって砕けた。
――だが、伊丹とてレンジャーの一員である。反応は早かった。散らばるがれきの一つを蹴って、その反動で横に飛ぶ。銃の盾になるものならいくらでもある。
伊丹の狙いは単純だった。帝国側と同じ戦術――つまり、弾が切れるまで躱し続ける。
もちろん、そこまでたどり着くのは容易なことではない。それまで冗談のように放たれ続ける数多の攻撃をしのいでいなくてはならないのだから。
びしっ、と膝に衝撃が走り、鮮血が溢れる。太矢が掠めたのだ。
(勘弁してくれ。自衛官が騎士に火力で負けてたまるか!)
――どれほど撃っただろうか、彼が攻撃をやめたときには建物の中は穴だらけになっていた。気休めに腰からナイフを引き抜いて放つ。
それは皇帝を狙ったものではない。広大な広間を照らすために天井からぶら下がっているシャンデリア――その蝋燭を交換するための昇降用ロープを切断したのだ。
支えを失ったシャンデリアは、重力に引かれて地面へと墜落する
すなわち、皇帝の頭上へと――。
だが、皇帝の反応もまた早い。とっさに新兵器を放棄して脱出した。
崩壊によって巻き上がる砂煙の中、剣を抜いた皇帝がすっくと立ち上がる。
「やはり――こちらの方が性に合う」
その一瞬後、金属同士の甲高い音が張り詰めた神殿に響き渡る。
伊丹はナイフを。皇帝は剣を。
「……この程度かね」
皇帝の剣は速い。大振りの剣を片手で軽々と使いこなし、あらゆる相手の隙を伺って容赦なく振るう。繰り出される銀の線を全て払い、伊丹の懐に斬り込んでくる。
「――っ、」
閃光のような切っ先が走った。がぃん、と鋭く振るわれた剣をぎりぎりのところで止める。すぐさま払われて、再び逆方向から。
先ほどとは比べ物にならない速さだ。弾む呼吸を落ち着けて、一度横に跳ぶ。
――だが、思ってもみないほどに皇帝も速かった。一度勝負を仕切りなおすことなど許さない。再び横に薙がれた剣を、大地を蹴って後退することでどうにか防ぐ。
再び、火花が飛び散る。受け止めた剣の力もまた覇者のもの。そこらの者とは比べものにならない。
「仮に儂を殺したとして、その後はどうするつもりだ? 言っておくが、“門”は二度と戻らんぞ?」
ぼそり、と皇帝は呟き――光速で剣を斜めに振り下ろす。
判断が一瞬、遅れた。とっさに再びかわそうと跳ぶが、その切っ先が腕をかすめる。伊丹が体勢を立て直す暇すらない。
思わず息が詰まった。皇族は暗殺対策の為に武術を学んでいるとレレイから聞いていたが、これほどのものだったとは思わなかったのだ。
何度も振り下ろされる剣を受け止めるが、すぐさま払われて再び叩き込まれる。
対して皇帝は息を切らせるわけでもなかった。ただ次から次へと剣を繰り出す。
「魔術師共の口封じには失敗したが、あの“門”を固定する術を記した魔術書はすべて焼き払った。もはや“門”を開ける者はこの世界のどこにもおらん」
チッ、と次に切っ先がかすめたのは伊丹の首筋だった。運良く傷は浅かったが、ぼたぼたと鮮血が闇に染まって滴り落ちる。
構わず剣を振ろうとして、刹那―—その暗さも手伝って伊丹は一瞬、皇帝の姿を見失った。
――次の瞬間、振りあがった足が腹に食い込む。皇帝は突然その身を落として、屈みこむようにしたのだ。
金属製の鎧がついた足だ。視界が白に染まるほどの衝撃――次の瞬間には後ろに飛んで、地に叩きつけられる。
跳ねる体が土を削った。ナイフだけを手放さないように掴んでいるので精一杯だった。
「ぐ……っ」
一体どれだけ吹き飛ばされたのだろうか。だが、やっと体が止まったところで力が入るわけでもなかった。
呼吸ができない。どうにか剣を突き立てて、立ち上がろうとするが、再び平衡感覚が失せていく。
「話をするだけ無駄か……ならば、ここで死ぬがいい。異世界の兵士よ」
振り上げられる剣。
ガツン、と嫌な音が聞こえた。肉を切り裂き、骨が折れる音だ。
「――っ」
だが、それは皇帝にとって想定外の音。驚愕の色を浮かべる。
「馬鹿な……! 自分の腕で――」
肉を切らせて骨を切る……その諺そのままに、伊丹は皇帝の斬撃をあえて左腕で受け止めていた。肉を切り裂き、骨に食い込んだ剣はひたすらの重い。だが、振り上げられぬほどのものでもない――!
「うおおおおぉぉぉぉぉ―—っ!」
気絶しそうになるほどの痛みを堪えて、左肩の筋肉を強引に動かす。
「――っ!?」
皇帝もとっさに拳に力を込めるが、骨に食い込んだ剣のせいでバランスを失ってしまう。
どこにそんな力が残っていたのかと目を見張る皇帝へ、伊丹はナイフの切っ先を突き付ける。
誰よりも強い力を、その一振りに込めて――。
最期の力を振り絞った一撃は、――その心臓を穿った。
皇帝「ポリボロス量産の暁には、自衛隊などあっとういう間に叩いてみせるわ!」