GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード44:歴史の証人たち

                    

 その年の秋、二つの事件が起きた。

 

 

 

 

 ――アルヌスが陥落し、同じ日に皇帝が暗殺されたのだ。

 

 

 

 

 事件は一夜のうちに、町から町へと噂が一気に広まっていゆく。

 

 

 

「最強の者が帝国を継げ」

 

 

 

 一説によれば、それが最期の言葉だったという……。

 

 

 

 瞬く間に大陸全土の人間が知ることになった噂は、生き残った人々の野心に火をつけた。

 

 

 そして世界はこの日を境に、再び動き出す。皇帝が後継者を指名していなかった事で、帝国は事実上分裂――大陸は混沌の中へと没していく……。

 

 

 帝国はアルヌスの門と共に地上から消滅し、代わって血と争いの時代が到来したのだった。

 

                                       

                          ――『帝国衰亡史・3巻』

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 しばしば歴史は、ある事件をきっかけにその人物に対する評価を180度変換させることがある。

 

 

 アルヌス要塞の陥落は、粗野なばかりで無能だとばかり思われていたゾルザル・エル・カエサルを稀代の英雄に変えてしまった。

 

 

 『アルヌスの戦い』に勝利した彼は帝都には戻らず、そのまま軍を率いて学都ロンデルを制圧。皇位継承を宣言すると共に、帝位継承レースの最有力候補として瞬く間に頭角を現した。

 

 一連の戦いを通して魔術の重要性に気付いた彼は軍事改革を行い、魔術師を中核とする編成に改めた。大規模な魔術の運用によって軍隊は火力を大幅に増し、各勢力は競ってこの新技術に力を入れるようになる。

 

 

 為政者としてのゾルザルは独裁制を志向し、軍事力を背景に強権的な中央集権化を推し進めた。一度決めた方針を迷わず貫き通す意志の強さは、時として失敗することもあったものの、変化の大きい激動の時代においては必要な能力であった。

 ゾルザルは専制政治の利点を最大限に生かし、大胆な改革を矢継ぎ早に行った事で歴史家の中には『帝国中興の祖』と呼ぶ者さえいるほどだ。

 

 

 独裁者としてのイメージが強いゾルザルだが、個人としてのゾルザルは良くも悪くも身内に甘い人物であったらしい。敵対者を残酷な方法で皆殺しにする一方、自らの役に立つ者・忠誠を誓う者に対しては身分や種族に関係なく取り立てた。

 

 有名なエピソードとしては、フルタという元自衛官の料理をいたく気に入り、「陛下に使えるより自分の店を持ちたい」と言い放った彼を高く評価したという。

 

 こうしてゾルザルの陣営には多くのオーガやコボルト、ヴォーリアバニーといった亜人が仕える事になり、将軍クラスまで出世する者もいた事が記録されている。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一方でゾルザルの最大の敵として立ちはだかったのが、その人格と能力から帝位継承レースの本命と見られていた第3皇女ピニャ・コ・ラーダである。

 

 

 皇帝暗殺の報を聞いたピニャは素早く帝都に帰還し、キケロ伯爵、マルクス内務相、カーゼル侯爵などが中心となって反ゾルザル同盟を結成する。人望の高かった彼女の元には多くの人物が集まり、貴族、官僚、軍人、商人と豊富でバランスのとれた家臣団も強みの一つであった。

 

 

 こうして閣僚と元老院議員の大半を味方に付けたピニャは帝都の行政機構を完全に掌握、「古い革袋に新しい酒」をスローガンに漸進的な改革を進めていった。

 

 独裁政権を築いた兄ゾルザルとは異なり、もともと権力への渇望が薄かったピニャは元老院の擁護者として貴族たちと良好な関係を築いた。

 

 そのため急進的なゾルザル政権に比べれて改革のスピードは緩やかであったものの、元老院を通じて社会のあらゆる階層に配慮したピニャの統治は非常に安定したものであり、順調に社会資本が整備されていった。

 

 

 名君と呼ばれたピニャだったが、激務がたたって体を壊し、即位後15年で志半ばにして病死する。生涯誰とも結婚する事はなく、「妾は国家と結婚した」と独身を貫いたため、その死後には彼女の遺言に従って共和制が復活した。

 

 『帝国』は『共和国』と名前を変え、後世に「鉄血宰相」の異名をとる女傑シェリー・テュエリが跡を継ぐ。シェリーはピニャの路線を引き継いで富国強兵を推し進め、のちに共和国は平和と繁栄の時代を迎えることになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 地味であまり目立たなかった第2皇子ディアボも、戦後の覇権をめぐって争った有力候補の一人だった。

 

 

 「帝国再統一」を目指した2人の兄妹と異なり、ディアボは自分の領国を帝国から独立させようと画策していたらしい。そのため第3勢力として振る舞い、どちらか片方が強大化すれば対抗する弱者を常に支援した。

 

 

 一方でゾルザルのような軍事力も、ピニャのような人望と政治手腕も持たなかったディアボは、その権威を活かつつ徹底的に地方領主たちの懐柔に努めた。

 

 エルベ藩王国やアルグナ王国、リィグゥ公国、トュマレン国などが中心となってディアボを支え、ディアボ本人は彼らの「盟主」として複雑な利害関係を調整することで連立政権をまとめあげた。

 

 

 ディアボの構築した支配体制は、基本的に地方領主との共生を念頭においた集団指導体制であり、良くも悪くも保守的な封建国家であったとされる。

 

 この方針は無数の中小領主たちの支持を得るには最適であった反面、地方勢力の高い独立性によって国家としての一体性を欠き、軍事や意思決定面での脆さをも内包した。

 

 

 そのため晩年には強大化する地方領主の制御に失敗し、エルベ藩王国のデュラン王にその地位を譲って退位した。

 退位後は神官になり、回想録を執筆するなど悠々自適に過ごしたという。没年はよくわかっておらず、デュラン王に暗殺されたという説もある。

 

 なお、ディアボの執筆した「帝国衰亡史」は歴史書の古典として当時を知る貴重な資料となっている。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 人間の統一国家であった「帝国」の分裂は、亜人たちのような少数部族には有利に働いたようである。中でもとりわけ数奇な運命を辿った女性といえば、テューレであろう。

 

 テューレは元々ヴォーリアバニーの女王であったが、帝国との戦いに敗れて一旦は奴隷となった。しかしゲート開閉による一連の騒乱の中で、帝都の混乱に紛れて奴隷反乱を引き起こし、その指導者として頭角を現した。

 

 

 モルト皇帝の死後、テューレは皇族の一人であったレディ・フレ・ランドールを擁立し、彼女を傀儡として後に『奴隷王朝』と呼ばれる政権を打ち立てる。

 

 『奴隷王朝』は奴隷や亜人のほか、悪所と呼ばれたスラム街の住民、宮殿から脱走した高名な魔術師たち、行き場を失った自衛隊のヘリボーン部隊(第3偵察隊など)を吸収したことで、瞬く間に数万の軍勢に膨れ上がった。「戦乙女」と呼ばれて恐れられたシノ・クリバヤシら多くの勇者を抱え、最盛期には帝都にすら迫る勢いだったという。

 

 しかしテューレ達が勢力を拡大するにつれ、その存在は第3皇女ピニャに警戒されるようになる。テューレは巧みなゲリラ戦でピニャの軍団を苦しめたものの、「ロー河の戦い」で決定的な敗北を喫し、テューレやクリバヤシをはじめとする主な指揮官たちも戦死した。

 

 ピニャたち帝国軍の報復は苛烈を極め、見せしめとして殆どが殺されるか奴隷にされたという。辛うじて生き残った者はアルペジオ・エル・レレーナに率いられて北へ脱出、皮肉にも魔術師を欲していたゾルザルによって保護される事になった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 帝国の残党と敵対した奴隷王朝と異なり、ホドリュー率いる「アルヌス共同組合」は平和的な方法で生き残りを画策した。

 

 

 距離的に近いこともあり、アルヌス陥落時に生き延びた組合員たちの多くはイタリカに流れ着いた。当時のイタリカは炎龍の襲撃で焼け野原と化していたが、それゆえピニャやゾルザルも攻め込む価値を見出せず、放置された事が結果的には幸いした。

 

 

 難民たちは戦争や既存の権力者、古いしきたりや因習から解放され、何者にも縛られることなく自由に活動することが出来た。

 

 伝統も文化もバラバラな人々が集まって建国した「難民の国」イタリカでは、身分や人種・性別で差別されることは無い。一人の「自立した個人」として、それぞれの持てる知識や技術を生かして時に助け合い、時に競争をすることで建国まもない新国家を支えた。

 

 

 こうして古い因習を捨て去った難民たちは、一から自分たちで新しいルールで作り上げていった。法の下では全ての市民が平等であるとされ、自由と法の支配が徹底されてゆく。

 

 

 イタリカは厳しい競争社会である反面、身分や種族にとらわれず努力と能力次第で誰でも成功を勝ち取れる流動性の高い社会であり、貧しい移民が一代で巨万の富を得る者も珍しくは無かった。このような自由で活力のある社会は「イタリカン・ドリーム」として、今でもイタリカ人の精神に強く根付いている。

 

 

 ちなみに初期の「建国の父」リストには日本人の名前も多く記述されており、傭兵や外交官、技術者に医者と幅広く活躍したようである。

 

    




群雄割拠の始まりじゃー!


作者の抱いている、それぞれの勢力のイメージ

ゾルザル・・・強いリーダーシップと強力な軍隊。上杉家とか

ピニャ・・・バランスのとれた経済と官僚制。北条家とか

ディアボ・・・伝統と地方領主の支持による安定。毛利家とか。

テューレ・・・奴隷や食い詰め者の大軍。加賀一向衆とか。

イタリカ・・・・経済特化の都市国家。堺とか

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