GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード45:とある自衛官の回想録

         

 

 伊丹の同僚だった柳田 明は、『アルヌスの戦い』を奇跡的に生き延びた自衛官の一人である。

 

 ホドリューらと共にイタリカへ移った柳田は、同都市の『再建(レコンストラクション)』期に財を為し、後に『建国の父』の一人にまで数えられるほどになった。

 

 晩年に彼が執筆した回想録は、当時の状況を自衛隊の側からを記述した貴重な資料となっている。

 

 

 **

 

 

 回想録の中で、柳田は次のように記している。

 

 

「 ――かつて我々は、難民を受け入れる側だった。

 

 

 ゲートが開いていた頃の自衛隊はまるで神のような存在で、あまりの強大さゆえに我々は自身が強大になったと錯覚していた。

 

 私自身、その一人だったのだと思う。

 

 

 

 ゲートが永遠に閉じられ、アルヌスが陥落したその日、我々は一つの事実を認識した。

 

 

 ――守るべき国も、国民も、家族も、その一切が消え失せてしまったのだと。

 

 

 日本、そして地球という靭帯が引き離された時、私も一人の難民になったのだと強く自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 一人の難民となった私はあまりに無力だった。アルヌスから命からがら逃げだした私の手には弾切れになった拳銃が握られているだけで、ポケットには湿気たタバコが1ケース、腰にはナイフが差してあるだけだった。

 

 

 一時は絶望し、自殺も考えた。アルヌス陥落時にピストル自殺した狭間陸将のように、思い切って死んでしまえば楽になるのかもしれない。

 

 

 だが、そんな私に一人の話かけてくる者がいた。美しい女性のヴォ―リアバニーで、聞けば「合戦場に行かないか」という誘いだった。

 

 参戦するのか、それとも物見見物でもするつもりか。そう問いかけた自分に彼女――デリラは笑って答えた。

 

 

「死体を漁るのさ。身ぐるみ剥いで、使えそうなものを得る。運が良ければ、貴族さまの死体が金貨をぶら下げてるかもしれない」

 

 

 

 あっけらかんと笑う彼女に、私は亡霊を見た。

 

 

 自衛隊の圧倒的な戦力を前にしても諦めなかった、皇帝モルト・ソル・アウグストスの亡霊を。

 

 

 

 

 そして翌日の夜、私は初めて死体漁りをした。

 

 中には日本人もいたし、瀕死の自衛隊員に自分が留めをさした事もあった。戦利品はタバコが2ケース、拳銃の弾倉、眼鏡、上物の時計だった。

 

 それら商人に売って得たパンの味は、今でもはっきりと思い出せる。ライ麦や雑穀が混じった粗悪なパンだったが、どうしようもなく美味しかった。

 

 

 多分その日に、私の中にあった最後の日本的な部分は死んだのだろう。

 

 故郷を無くすと同時に私は日本人で無くなり、一人の畜生にも劣る難民となった。

 

 

 ――それでも私はもう、二度と立ち止まろうとはしなかった。

 

 

 

 

 それから30年が経つ。難民は夜盗になり、さらに闇商人から高利貸しへと転職、最後にはイタリカ商人ギルドの副会長にまで出世した。

 

 

 結果的には、それでよかったのだと思う。

 

 

 新しい生活に不満はない。デリラとは後に結ばれ、子宝にも恵まれた。

 

 

 何より、今の私には故郷がある。イタリカという、第2の故郷が。

 

 

 

 

 それでも時々、“あの日”が近づくと考えざるを得ないのだ。

 

 

 モルト皇帝と、アルヌス駐屯地の命日。

 

 

 

 ……そして、一人の変わった友人の命日でもある。

 

 

 死んだという話を聞いたわけではないが、彼とはそれから一度も会っていない。

 

 唯一の手がかりは、数十年前にホドリューさんのところに届いた一通の手紙だけだ。ホドリューさんの娘・テュカのもので、「ゲート」の謎を探しに旅に出るとだけ書かれていたらしい。

 

 エルフの少女と、人間の魔法使いと、ゴスロリの亜神と、……オタクの自衛官。

 

 

 もし手紙の内容が本当なら、彼らも一緒に旅立ったのだろう。まるで、それが当たり前であるかのように。

 

 

 そこで彼らが何を見つけ、何を考えたのかまでは分からない。どんな光景を目の当たりにしたのか、何に巻き込まれたのか。あるいは新たな仲間を加えて、別の冒険にでも出かけたのか……今となっては想像するしかない。

 

 

 

 あれから数十年たった今でも、想像は尽きることが無い。

 

 

 

 もしゲートが開いたままであったら、どうなっていたであろうか。

 

 

 ミサイルを積んだ攻撃機が帝都上空まで進出し、全ての軍事目標を精密爆撃していたら。あるいは空挺部隊が帝都に降下し、特殊部隊が宮殿を制圧していたら。

 

 ゲートは、歴史の勝者と敗者を変えていただろうか。共存できたのか、あるいは侵略者となったのだろうか。その後の歴史はどうなっていたであろうか。

 

 

 そうやって“あの日”は一人で酒を飲みながら、思い出に浸る事にしている。当時の部下や上司、時には敵にも思いを馳せることがある。

 

 

 それが歴史の生き証人たる自分に唯一出来る、彼らへの供養だと思うからだ  」

   




モルト皇帝「儂の屍を超えてゆけええぇぇぇ!!」

柳田「ローマ軍団で自衛隊に立ち向かう無理ゲーに比べりゃ、異世界生活なんてヌルゲーや。ゲートなんか開かなくてもかまへんで」


 柳田さん、メンタル面もすっかり逞しくなられて……。

 彗星のガルガンティア的な「元いた世界には帰れなかったけど、何とか適応してそれなりにうまくやってます」みたいなイメージをしていただければ。



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