GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:異世界満州国
「マジかよ……怖いぐらいに、俺たちのイメージするエルフそのものだ」
イメージと現実のギャップというのはよくある事だが、伊丹らの発見したその種族は、見事なまでに日本人のイメージする「エルフ」そのものの格好だった。
外見は金髪のロングヘア、透き通った青い瞳に、すらりとしたモデル体型。特徴的な長い尖った耳をしている以外は、ヒト科ヒト属ヒト種の10代後半の少女にしか見えない。
「はぁ……本当にいたんですね、エルフ」
「ああ。流石はファンタジー、現実世界に出来ない事をサラッとやってのける」
エルフを見つけた感動で放心していた伊丹たちだったが、しばらく経つと向こうとこちらの様子に気づいたようだった。
「ソウイ・ネイエ、シエーッド・バチス!」
何やら大声を上げると、手に持っていた籠――食用あるいは薬用植物が入っていた――を落とし、背を向けて一目散に走りだす。
「ちょ、待ってくれ!」
遠ざかるエルフを追いかけようとした伊丹たちだったが、エルフの娘は服の中から笛のようなものを取り出すと、大きく息を吸い込んで口元にあてた。
「ピィ―――――――――ッ!!」
途端に甲高い高音が響き渡り、驚いた鳥たちが一斉に翼を羽ばたかせて飛び立つ。非常警報のようなものだろうか、森のそこかしこで焦りの滲んだ声が聞こえてくる。
「エウク・トルカ、テダ、エンフィ!」
エルフ少女の悲鳴と笛の音を聞きつけたのか、そこかしこから別のエルフたちが次々に顔を出す。皆、初めて見る自動車に驚いているのか、悲鳴とも驚きとも分からぬ声を上げていた。
「エーキ・テスタ!」
常識外れの事態にあっけにとられたのは、エルフも同じだったらしい。なにせ巨大な鉄の塊が猛スピードで移動している――馬ではありえない芸当だ。
当然、未知のものを前にした最初の反応は警戒――しばらくすると、武装したエルフたちが次々に弓に矢をつがえて現れる。
数は30人ほど、距離にして100mといったところか。中にはより強力な鎧に身を包んだ者もあらわれ、おののく住人たちにとって代わった。
「―――ッ!」
周囲の状況に気づき、伊丹はたたらを踏む。数分も経たないうちに、伊丹たちは見事に半包囲される格好となっていた。
数え切れないほどの矢じりが取り囲み、こちらを睨み付けている。
(流石はエルフ、素早さは人間以上って訳か……っ!)
伊丹たちの前には、弓や手斧で武装したエルフ戦士たちが立ち塞がっていた。皆、非常事態にも対処できるよう訓練された屈強な男たちだ。
「ファル・ストルロー(いたぞっ、あそこだ!)」
言葉の意味は分からないが、強い威嚇の調子が込められているのは分かった。手に武器を構える彼らの顔には恐怖と、それ以上の敵意が浮かんでいる。
「撃ち方、用意!」
富田が号令をかけると、第3偵察隊のメンバーも一斉に統率の取れた動きで銃を構えた。後は伊丹の命令が下れば、いつでもエルフ達を蜂の巣に出来る。
これで戦況は互角――いや、戦力では自衛隊側の圧倒的優位だろう。
「撃つな!――まずは対話を試みる」
伊丹はそう言うと、自分の持っていた銃を地面に降ろし、両手を挙げて敵意の無い事をアピールした。
ともかく任務は現地住民との友好関係の構築であり、敵対的戦闘ではない。
「隊長!」
富田が叫ぶも、伊丹はそれを無視して丸腰のまま、エルフたちの元へと近づいていこうとする。
「リッツ・エインガウ(それ以上近づくな!)」
エルフたちが色めき立って喚く。伊丹は雰囲気でそれを察すると、停止してかあらたどたどしく語りかけた。
「やめロ。攻ゲキ、攻撃」
◇
「しゃ、しゃべったぞ!帝国語だ!」
「遠い国の人間か!?この村に何の用だ!」
唐突に発せられた言葉に、エルフたちが再びざわめく。
「望む。治メる、武器を。お願いデアル。敵意は存在しない、否定」
たどたどしいが、目の前の奇妙な男は帝国語で会話を試みているようだ。
「ッーー」
おののくエルフたちの中から、ひとりの男性エルフが意を決して進み出た。
「コアンの森の代表、ホドリューだ。何者か、名乗れ」
「伊丹。ヨウジ、イタミ。二ホン、第三偵察隊、ジエイタイの」
ホドリューは眉根を寄せた。言葉は通じているらしいのだが、意図が通じない。
(偵察隊……? 何の偵察に来た?我らの森を攻める下準備か?)
物々しさを感じさせずにはいられない語句に、ホドリューは表情を歪めた。背後にハンドサインを送ると、率いてた弓兵隊がすかさず弦を絞る。
ホドリューは険しい目つきのまま叫ぶ。
「武器を捨てろ!」
不穏な空気に慌てた伊丹は後ろに目をやり、全員に武器を捨てるよう合図した。
「否定、敵意。攻撃、を止メロ」
「よし。では私も武器を下ろそう」
ホドリューはそう言うと、持っていた弓を地面に置く。背後で娘のテュカが息を飲む音がした。
「それで……先ほど自分たちを偵察部隊だと言っていたな? どこの国の軍隊だ?」
ホドリューの問いに対し、伊丹も返事をした。
「軍隊、違う。ジブンたち、自衛隊」
(???……どう違うんだ?)
こうして始まった異邦人たちのセカンド・コンタクトは、「困惑」の二文字で幕を開けたーー。
◇◆◇
エルフの里は、一言でいえば樹上の村だった。古い広葉樹の幹から幹へと樹の枝が渡され、その上に精巧に枝が組まれて家の骨格を作っている。
そのためか樹を痛めつけないよう、細心の注意が払われているようだった。たとえば釘や鎹の類は決して使わない。
太陽が地平線に沈むにつれて森は薄暗くなり、それぞれの家でぽつぽつと松明が灯り始める。まるで沢山の蛍が木にとまっているようだ。
「ジエイ…タイ」
不思議な響きだ……テュカは初めて耳にした単語を口の中で確かめる。
「――テュカ、聞いているのか?」
不意に横から話しかけられる。振り返ると、父親であるホドリューが珍しく真面目な顔をしていた
この場には他にも何人かのエルフたちが集められているが、皆おしなべて真剣な表情だ。
テュカたちが集まっているのは、エルフの村にある大樹の上の部分。枝分かれしている部分にお椀を乗せるようにして、20人ぐらいが集まれるテラスを作っているのだ。
ここからだと問題の「ジエイタイ」が良く見えた。森の入り口付近に、緑色の人たちと大きな動く金属の塊が、身じろぎもせずに留まっている。
武装した男たちが交代で監視しているが、見た限り様子に変化はないようだ。にらみ合いはもうすぐ半日になろうとしている。
「テュカは、あの人たちをどう思う?」
「うぅ~ん」
首を捻るテュカ。
「えっと……異世界から来たみたい?」
「はぁ?」
ずるっとホドリューが呆れた。他の者も同じように意表を突かれたように顔をしている。
テュカは慌てて、手を振りながら付け足す。
「いや、だって、なんか普通じゃないんだもの。ここ何処、どうしよー、みたいな? 言葉も通じないし、前に何度か来た難民たちとは何か雰囲気が違うっていうか」
テュカは続ける。
「やけに堂々としてるっていうか……お父さんと睨み合ってた人たち、明らかに何人も人を殺した事のある目をしていたわ。規律も整ってて、まるで帝国の正規兵みたい」
「だが、彼らは帝国軍じゃない」
「だから異世界から迷い込んだみたいって、言ってるじゃない」
初聞では荒唐無稽に思われたテュカの言葉だが、言われて見ればあながち見当違いとも言い切れない。
いずれにせよ、彼らの存在を常識の範囲内で語る事は難しそうだ。
「素性は分からぬが、少なくとも連中はヒト種だ。我らエルフと違ってヒト種は信用できん」
「騙し打ちにして、大樹の養分にしてしまえ!」
「待て待て、他にも仲間がいた場合の事を考えろ。連中が戻らなければ、後に報復に来るやもしれん」
ひと間の後、皆が口々に言始める。自衛隊については難民や帝国軍と違い、ほとんど素性が分からないだけに慎重を期せねばならない。
とはいえ20人が一斉に口を開くものだから、やがて誰が何を言っているのか分からなくなり、がやがやと煩いだけの会議になってしまう。
「あっちは話したいって言ってるのに……」
大人たちの騒ぎからテュカは取り残されたような気分になった。
(たしかに顔は平たいし。勝手に動く鉄の馬車とか、変なもの持っているし。服装も全身緑色でお揃いにするとか、センス疑っちゃうけど……)
それでも。
――あの人たち、平地に出た鹿のような目をしていた。
落ち着いているような顔をしてるけど、ひょっとしたら緊張しているのかもしれない。
――わたしたちと同じように。
何かにつけて驚いてるようだったし、時々不安そうに元来た道の方を見ていたような気もする。
(………だったら、やっぱり)
「――うん!」
自分の思い付きに頷くと、大人たちが自分の声に驚いてこっちを振り向く。
テュカは大きく息を吸って高鳴る鼓動を落ち着けると、覚悟を決めたように口を開いた。
「私、ちょっと話してくる!」
自衛隊は軍隊じゃないんやで(ニッコリ)