【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
一話:目覚めたら令嬢
悪役令嬢モノ――――というジャンルが存在する。
知らない人の為に説明しておくと、『途轍もなくわる~い悪女(乙女ゲーの悪役ポジとか)に転生ないし憑依してしまった主人公が、本来のポジションであれば確実に訪れるであろうバッドエンドを回避すべく今までの行動を改めることで未来を変えようと努力する』…………そういうweb小説のジャンルだ。web小説界隈じゃあ男性向けのVRMMO転生、女性向けの悪役令嬢ってくらいの人気ジャンルだったりする。
まあ、女性向けと言いつつ男だった俺が知っている程度には男性人気もそれなりにある(と思う)ジャンルで、中には男が転生ないし憑依するような作品もあったくらいだ。
んで、その俺が何故こんな話を出し抜けにしているのかというと。
「………………オーマイガ…………」
実際に、『悪役令嬢に憑依』というのを体験してしまったからに他ならない。
***
***
ぶっちゃけ揺らぎまくっている自己同一性というかアイデンティティ的なものを強固にする為に、一応確認しておくが……俺の名前は
少なくとも、気付いたら知らない病室に叩き込まれていたり、ふと病室の窓ガラスに目を向けたら超絶・性格悪そうな美少女が映っているという怪奇現象を目の当たりにしたりする――なんて
では、目の前の少女の姿は一体何なのか。……そう、窓ガラスに映っているというところからして論理的に考えれば十中八九俺の今の姿なのでした‼‼
…………うん、そうだね。冗談じゃないね。
しかも、いっくら自分の記憶を漁ってみても体感時間で昨日の夜見てた『ゆるゆり』三期の最新話の内容しか思い出せないしどうして俺がこんなことになったのかとかはちっともわからない。
せめてこの身体の記憶とかでも思い出せないのかお前ェ! と気張ってみたが、それも無駄。何気に憑依したのに元の身体の持ち主のことが思い出せないというのは致命的過ぎる気がするのだが、どうなんだろうか。…………どうなんだろうかじゃないよ。
…………ん?
っていうか、よくよく考えてみたらこの状況…………俺が今こうやって動かしている身体は、当然ながら赤ん坊ではない――多分一六~一八くらい――少女のものだ。となると、この身体がクローン技術で急速に生み出された空っぽの肉体でもない限り、そこには『元々あったはずの精神』……魂みたいなものがあるはずだ。
そこに俺が収まってしまっているってことはつまり、本来のこの身体の持ち主の魂は…………追い出されてしまったか、あるいは塗り潰されてしまった…………ってことになるんじゃないのか?
………………………………………………。
…………やめよう、考えても仕方がない。
もし仮に『そう』だったとして、俺にはどうすることもできないんだ。償おうにも償う相手がいないし、親御さんに告白したところで頭がおかしくなったと思われるのが関の山だと思う。俺に出来るのは、『この子の分も精一杯生きる』なんて思考停止の論点すり替えくらいだ。
と、
「――――おや、もう目が覚めているみたいだね?」
自分の現状を考えてぼけーっとしていたら、病室の扉が開いてハゲ散らかしたカエル顔の医者が現れた。なんかこう、愛嬌のある顔つきだ。可愛らしいという訳じゃないんだけども、なんか憎めない感じの。
ただ、俺はそんな印象とは裏腹に内心で戦慄していた。
「君が何を想って
途轍もなく真剣な声色だったが、俺にとってはそれは絶望の上塗り、根拠の補強以上の意味をなさない。
絶対に患者を救うと誓い、そして実際に実行する男。
カエル顔の医者。
………………そんな人物が登場する、ライトノベル作品が存在する。
とある魔術の
…………あのさ。憑依ってだけでもいっぱいいっぱいなんだから、属性の上乗せは勘弁してくれないかな?
***
まぁ、カエル顔の医者――
一応検査の結果も異常なしだったし、経過観察の為とかで月一で通院することを除けば退院だって
…………俺の身体の持ち主さん、入水自殺を試みたんだね。
とすると……いったいどんな事情があるかは知らないが、入水自殺を試みた拍子に何らかの事情で幽体離脱した俺の魂が入った――ってところか。
…………記憶はないけど、多分死んじゃったんだろうなぁ、俺。
だって俺、末期ガンだったし。
いやあ、綺麗にすっぽり抜け落ちるものだなぁ、今わの際の記憶。いつ死んでもおかしくないとは思ってたから不思議ではないけども。
まぁ、末期ガンだったとはいえ余命宣告からだいぶ最後の生活をエンジョイしてたし、俺としては自分の人生にはそこそこ満足している、ので別にこの身体の持ち主さんを押し退けてまで生き続けるつもりはないんだが……。
…………入水自殺、そうか、入水自殺かぁ…………。
それはきっと、辛かったんだろうなぁ。この科学の発達した都市で、わざわざ入水なんて方法で死のうとするくらいだし……。
……俺はしばし体の持ち主さんの苦悩に思いを馳せ、それから
常盤台中学の外部寮、どうやら此処が俺の暮らしている場所らしい。
………………いや、いやいやいや。常盤台て。
常盤台中学と言えば、言わずと知れた名門校。小説にも登場してくるくらいの有名スポットだよ。ヒロインも二人入ってるし、名ありキャラだけなら多分二桁くらいはいる。
まだ自殺未遂済みの超絶・ワケありそうな美少女に憑依しちゃったのは良いとしよう。
良くはないけどもう呑み込んだ。でも、さらにそこにお嬢様属性を乗せるのはなしでしょ。流石の俺もそろそろキャパオーバー近いよ、マジで。
しかも……俺、自分の部屋番号すら知らない。というか、この子の名前すら分からない。
病室の前にかかってるネームプレートみたいなの見ればよくね!? と気付いたのはついさっきだ。だってそれまで部屋番号のこととか全く頭になかったし…………。
背中くらいまである金髪の肩にかかった部分が縦ロールっぽくなってるあたりとか、ドギッツイ鋭さの碧眼とか、そのへんから推測するに、おそらく西洋人的な雰囲気の名前なんだろうけども。
さて、どうしようか。
……うーん、やっぱり此処は素直に聞いた方がいいよな。溺れたショックで記憶が若干混乱してて、とか言えば適当に誤魔化せるでしょ。
「──ブラックガードか」
とか寮の前でぼんやりと考えていたら、突然後ろからから声をかけられた。
凛々しい、芯のある女性の声だ。それでいて、射竦められるような威圧感がある。
こ、この声は……!
「……寮監?」
『とある科学の
う、うう……俺の本能が言っている、この人に逆らうべきではないと……!
まぁ、本能が言ってなくても、良い子ちゃんな俺は先生に逆らうつもりなんてないんですけどね。
「…………ふむ」
その寮監さんは、俺の様子を見るなり無表情でこくりと頷き、
「どうやら、表情の険はとれているようだな。病院で何かあったか?」
「!」
え……ど、洞察力鋭すぎるだろ! 最初の一発で違和感を覚えられるとは思わなかったわ! っていうか、俺が分かりやすいのか!? だとすると何気にヤバい気がするんだけども……!
「え、ええ。心境の変化と言いますか…………」
俺は、なんとか動揺を悟られないようにそう返すのが精一杯だった。視線も泳ぎそうだったから、ちょっと逸らしがちにするしかなかったし。
…………あ、そうだ。このタイミングで部屋番号聞けるんじゃね?
「…………ですがその、少し記憶が混乱しておりまして、部屋番号が分からなくなっておりましたの」
…………言いながら、俺は思う。
お嬢様言葉、違和感ハンパねえ………………。
いやいやいや。常盤台の生徒だったしおそらくお嬢様言葉が正解なんだろうと思って演じてみてはいるが、これすっごい恥ずかしいぞ。下手に女言葉で演じるより数倍恥ずかしいぞ?
よくこの学校の生徒は当然のようにお嬢様言葉でやっていけるよな……。それともお嬢様言葉で話すのが校則で定められているのか?
寮監様のリアクション的には俺の口調は違和感ないっぽいし、このままでいいんだろうが…………。
「…………何? 記憶が混乱だと? それは大丈夫なのか? 精密検査は……、」
「あ、ああ! 心配には及びませんわ。混乱が見られるのは意味記憶と手続記憶だけですので! エピソード記憶の方はしっかりしていますし、二つの記憶分野もじきに元通りに戻ると診断されていますので!!」
「…………? いみ、エピソード……? ……私は
寮監様は懐から携帯端末を取り出し、
「二〇一号室だ。御坂美琴の隣室――……と言えば、少しは思い出すか?」
そう、何気ない調子で言った。
美琴って…………御坂美琴!? マジかー、凄い偶然もあったもんだなー。自室に帰って一段落したら、退院しましたってことで挨拶でもしに行こうかな。
いやいや、ちょっとミーハーすぎるけど、小説の登場人物に出会うのってなんだか、遠い世界の有名人に出会うみたいな感じでちょっとわくわくするね。まぁ、
…………………………なんて、その時の俺は呑気に考えていた。
まぁ、自室に帰ってすぐ、そんな余裕は消し飛んだんだけど。
***
自室である二〇一号室に到着した俺は、まず部屋の中を確認した。
俺の部屋は、ベッドが一つ、それと机が置いてある。部屋の隅には電気コンロや冷蔵庫も置いてあるが、使用されている形跡はない。
部屋の使い方からして、どうやら相部屋のルームメイトはいないらしい。部屋の広さはおそらく二人用っぽいので、なんだか寂しい感じがしないでもないが……正直、俺としては一人でいられるのは非常にありがたい。
部屋に入った俺は、まずこの身体の持ち主――ブラックガードさんの私物をチェックすることにした。非常に申し訳ないが、これからこの身体でやっていくにあたってやらないわけにはいかない。
何せ、俺はブラックガードさんがどんな人物かもさっぱり分からないし、思い出せないのだ。そんな状況で、その人として生きていくとか流石に厳しいものがある。
せめて、何か日記でもあればなー…………。
などと思いつつ、心の中でブラックガードさんに詫びながら机の引き出しを開けると、
本当に、日記帳が入っていた。
…………嗚呼、神様ありがとう……! どうせならもうちょっと巡り合わせをイージーにしろよと思うけど、でもとりあえずありがとう……!
内心で神様に感謝しながら、そしてブラックガードさんに謝罪しながら、俺は引き出しの中から日記帳を取り出し、パラパラとめくっていく。
………………そして、それから神様に内心で中指を立てた。
***
四月五日 晴れ
今日は常盤台中学入学の日。せっかくですので、日記を始めてみようと思いますわ。
入学前には
この常盤台中学の最高の能力開発カリキュラムをフルに利用して、必ずや
……。
四月一〇日 晴れ
常盤台中学には、派閥というものが存在しているそうです。
もちろん事前に調べておいて把握はしていましたが、所詮は烏合の衆と思い特に対策はしておりませんでした。しかし……この認識は改める必要がありますわね。
どうも、派閥には単なる研究組織、サークル活動と言った意味合いの他に、『派閥の長の持つ権力の象徴』といった意味合いも存在しているようです。わたくしであれば、当然ながら相応の権力の象徴がなくてはなりませんわ。
早速今日、同系統能力の新入生でわたくしを知る者たちを幾人か集め、派閥を発足いたしました。情報によれば、こういった行動をすれば別の派閥が危機感からこちらに仕掛けて来るとか……。
そこを乗り越え、打ち勝てば常盤台の派閥として動き出すことができます。
いい機会ですわ。
わたくしの恐ろしさを、この学校の有象無象に知らしめてやりましょう。
…………。
四月一一日 晴れ
今日は清々しい一日でしたわ。
こちらに争いを挑んできたのは、二年生を中心に構成された分子構造に干渉する能力者が集まった派閥や、三年生による工業用切断機の開発を行っている派閥………確か、『
まぁ、もう名前は関係ありませんわ。彼女達の派閥は、わたくし率いる『ブラックガード派閥』に取り込まれたのですから。
とんだ不届き者でしたが、わたくしの能力に恐れおののいたのか、もはや反抗の意思すらないようでしたわ。やはり、こうでなくては。これこそ上に立つ者の景色でしてよ。
…………しかし、早い段階で派閥を取り込めたのは僥倖だったかもしれませんわね。彼女達の派閥のデータを取り込むことで、わたくしの能力開発もより進展しそうですわ。
………………。
九月二一日 晴れ
今日は腹立たしい一日でした。
わたくしに刃向う愚か者に、少しばかりお仕置きをしていたら――――あの女、御坂美琴が邪魔をしてきました。
少しばかり
寮監が来たのであの場は手打ちにしましたが、いずれ
その日まで、精々かりそめの女王様気分を味わっていると良いですわ。
……………………。
四月六日 曇り
今日からわたくしも二年生。
前年度中は御坂美琴と食蜂操祈の二人に後れをとりましたが、今年度はそうはいきません。既に分子制御分野においてわたくしの派閥は右に出る者のいない大派閥。
食蜂操祈の派閥には劣りますが、分子制御に特化したわたくしの派閥の力を使えば、開発の速度もきっと向上するはず。
その為には、もっと研究のペースを上げて行かなくてはなりませんわ。…………最近、どうもメンバーの態度にたるみが見られていますし、このあたりで少し締め付けを強める必要があるかしら。
…………………………。
七月四日 曇り
今日も
成績自体は悪くない。派閥の研究も進んでいる。にも拘らず、能力が向上しないのはなぜなのでしょうか? 努力の仕方が悪い? しかしもう、何度も根本的な方針の見直しはしているはず……。教員は『焦らずじっくりやれ』の一点張り。まさか名門と謳われた常盤台中学の教員がここまで日和見主義の無能だったとは思いませんでした。
最近は、派閥のメンバーもわたくしに対して反抗的な態度が目立ってきました。
わたくしがいなければ、ここまで強力な勢力の一員にはなれなかったはずなのに、なんて恩知らずな連中…………。
そろそろもう一度、わたくしの恐怖を味わわせる必要があるのかもしれませんわね。
………………………………。
ありえない
こんなわたくしは嘘に決まっています
こんな夢、はやくさめて
わたくしは完璧で、誰にも負けない存在のはず……
そうだ、夢なら、死んでしまえばきっと
……………………………………。
***
いやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!
なんだこれ。ものすっごい性格悪い子じゃん、レイシアちゃん!!
なんていうかこう、典型的悪役? お嬢様学校だし、美琴にことあるごとに突っかかってたみたいだし、なんかもう悪役令嬢だよね、悪役令嬢。
web小説とかでよく見かけるタイプですよこれ。悪逆の限りを尽くして、性格の悪さをフル回転させた挙句、主人公にみじめに敗北してフェードアウトする人。……多分、描写されてないけど小説or漫画でもこんな感じでフェードアウトしてしまったんだろうなぁ。実に脇役っぽい感じだし。
まさしくVillainess(ネイティブな感じ)だよ。ヴィランの女の子版。
もう、なんていうかもう……、
「………………オーマイガ…………」
って感じだ。
見事に悪役って感じでねぇ……。向上心とプライドが死ぬほど高すぎて、自分の周りの世界で自分が一番上じゃないと気が済まなかったんだね。
だから美琴につっかかったりして、鬱憤が溜まって、それを派閥の人に向けてぶつけて…………んで、派閥の人からそっぽ向かれた? あるいは、派閥の人をいたぶってるところを美琴とかに見られて、それで退治されたとか?
どのみち、多分やられて、レイシアちゃんの自信やプライドや立場ってヤツは完璧にぶち壊されちゃったんだろうね。それで死ぬ道を選んだ、と…………。
…………でも、何でか、この子には同情してしまう。
身体が覚えている悲しみに引っ張られているから、とかではない。断言できる。そんなものがあるならこの日記を読んで欠片も記憶を思い出せないのはおかしい。
俺が同情してしまうのは…………この日記の片隅に、一つの染みができているからだ。
悲しかったんだろう、悔しかったんだろう。この子には、自分の力を振りかざすことでしか、自分の居場所を確認する方法がなかったんだ。
………………確かにその在り方は客観的に見れば愚かだったと思うし、醜くも見えたかもしれない。
でも、それってこの子だけの落ち度なのか? 誰かがこうなる前に、教え導けたんじゃないのか?
だって、たかが一四歳の少女だぞ? この子の性根が腐ってるって断ずる前に、誰かがこの子に、誰かと繋がれる暖かさってもんを教えるべきだったんじゃないのかよ。
この子が世界に絶望して自分から命を断とうとする前に、大人がなんとかしてやるべきだったんじゃないのかよ。
救い上げるタイミングはあったはずだ。
この子の日記によると、開発の為に教員とはそれなりにやりとりをしていたらしい。ここまでになる前に、この子のことを助けてやれなかったのか?
………………大人って、そういうことをしなくちゃいけないんじゃないのか。
…………こんな、俺みたいなどこの誰とも知れないオッサンの魂が滑り込んで、成り代わるなんて最悪のバッドエンドの前に、なんとかできなかったのかよ……。
…………。
…………そんなこと言っても、もうしょうがない、か。たかが開発の担当者にそこまでを求めるのも酷ってものかもしれないしな…………。
気持ちを切り替えよう。
それに、俺に嘆いている暇はない。
こうなってしまった以上、俺にできることはレイシアちゃんの代わりに、精一杯に人生を生き抜くことだけだ。そして、それを以て彼女の弔いにするんだ。
その為には、まず知識をつけないといけない。
だいたい常盤台中学とかただでさえ名門校だったはずなのに、知識が全部吹っ飛びましたとか退学不可避だ。
そう考え、俺はパラパラと物理学の本を開いた。なんか
…………ふむふむ。
ぱらり。
………………ほぉほぉ。
ぱらりぱらり。
…………………………なるほどなぁ。
ぱたむ。
なんか、全部理解できた。
いや、いやいやいやいや! 俺、物理学の知識なんか全然ないぞ!? なのになんでレイシアちゃんの意味記憶が思い出せるんだ? 身体が記憶を覚えているから? それじゃあなんでレイシアちゃんの思い出――エピソード記憶の方は思い出せない?
…………っていうか、俺が元々持っている記憶の方はどうなんだ? エピソード記憶……思い出の方は思い出せるし、さっきから知識……意味記憶の方もちょこちょこ引っ張り出してるよな。これはどこから来てるんだ?
多分、俺の魂があるから、そこから俺の前世の知識を引っ張り出せてるってことなんだろうけど、そうなると、レイシアちゃんの魂が塗り潰されているのに、レイシアちゃんの意味記憶が引っ張り出せる理由がないよな。
……うーむ。
…………
そういえば、あの事件には、火野神作とかいう二重人格の殺人者が登場してきてたっけ。
……………………。
…………待てよ?
ぎちり、と頭の中で歯車がかみ合う感覚がした。
ひょっとして、もしかしてもしかすると。
俺の魂が入ってきたことで、元からあるレイシアちゃん魂を塗り潰してしまった――憑依を自覚した当初はそう考えていた。
でも、
つまり…………、
レイシアちゃんの魂は、まだ塗り潰されて消滅したとは限らない。そうじゃないか!?
そう考えると、納得がいくことがあるのだ。
俺の記憶が残っているのに、レイシアちゃんの意味記憶を引き出せる理由。
レイシアちゃんの魂が普通に残っているのであれば、俺が自分の記憶を保持したままレイシアちゃんの意味記憶を引き出せるのも説明がつくんだ。要するに、レイシアちゃんの魂が持っている記憶を引き出しているだけなんだからな。
そうなると…………俺が既に出した結論も変わって来る。
レイシアちゃんの魂は、まだ生きている。
俺の魂に塗り潰されたとかじゃなくて、自殺のショックで眠っているのか、その前の『事件』で拗ねて寝たふりしているのか、憑依の時の衝撃で奥の方に押し込まれているのかは分からないが、とにかく…………生きている。
なら、俺がやろう。
大人たちがレイシアちゃんに教えてやれなかったことを、レイシアちゃんが知ることのできなかった喜びを、俺が教えよう。
俺だって一応、一人前の大人だ。
それが、俺が一人の大人としてできる、レイシアちゃんの肉体を間借りさせてもらう精一杯のお礼なんじゃないか。
………………よし、決定だ。
どのみち、今後、俺が生活していく為にも必要不可欠なことなんだ。
俺は、これから、レイシアちゃんがこじらせにこじらせた人間関係を一つ一つほどいていく。
そうして、レイシアちゃんに伝えるんだ。
人生ってのは、そんなに捨てたもんじゃないって。
末期ガンだった俺でも、こんなに前向きに生きられるくらい――人生には、素晴らしいことがいっぱいあるんだって!!
『