【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
結局、神裂とはその後別れた。
作戦を始める前に、神裂の口からステイルに事情を説明し、彼を説得するということになったのだ。
俺達は俺達で、その間にインデックスと合流し、事の次第を説明するということで結論が出た。
…………まぁ、合流するのにはそこはかとなく時間がかかったが。
「まったく! とうまもレイシアも勝手に迷子になっちゃうんだから! 私は一生懸命探し回ったんだからね!」
銭湯への道から外れた大通りをうろちょろしていたインデックスを発見したのが、つい数分前。探し回った時間は実に三〇分以上だ。
そういえば、インデックスは完全記憶能力持ちにも拘わらず、重度の科学音痴によりこの街の街並みをなかなか覚えられないとかそんな話があったような気がする。実際のところ、実験都市ゆえに頻繁に作り替えられてるから記憶と一致しなくなってるとかそんなオチのような気もするが……。
で、迷子になっていたインデックスは何もなかったかのようにぷりぷりと怒っている(逆ギレだ)が、俺達は何も言う気になれなかった。
というのも、神裂から既に、インデックスがステイルに別口で追い回されていたことを教えてもらっていたのである。つまりインデックスは、俺達から離れている間にステイルに追い回されていたというのに、それでも何もなかったかのように振る舞おうとしている、って訳だ。……ここまでくるとなんか、泣けてくるよな。
…………なんて、上条が呑み込めるキャラじゃないのは誰もが良く分かっているわけで。
「あの魔術師の仲間に会ったよ」
上条が切り出した瞬間、インデックスの身体がこわばったのが見て取れた。
「俺達がいない間に、インデックスがアイツに追い掛け回されてたってことも教えてくれた」
「…………、」
「嘘を吐くのは、なしにしようぜ。俺に謝らせてくれよ。お前を一人にして悪かった。怖い思いさせて悪かった。…………そのくらい、言わせてくれ」
てっきり怒ると思ってたんだが、意外と冷静だな、上条。
これまでのイメージだと『そのくらいで俺が折れるとでも思ったのかよ、見くびってんじゃねえぞ!』くらいの熱いセリフをぶちかましかねないかなーと思ったんだが。……言いそうだよね? 上条だし。
「ご、ごめ、」
「インデックスさんが謝る必要はないのですわ。この場合、
そこで、俺は話を断ち切って流れを切り替える。
…………さて、こっからはひたすらインデックスには酷な話になるだろうが……。
そうやって過保護に嘘を吐き続けることがフェアなやり方かって聞かれたら、申し訳ないが『無責任な外野』としては迷わず『NO』って答えられちゃうからなぁ。
***
***
そして。
俺と上条、インデックスの前に、二人の魔術師は現れた。
「…………………………」
「……話は、全部聞いたよ」
ステイルと神裂の表情には、
だが、俺達は既に知っている。その裏に、インデックスへの溢れんばかりの愛情を湛えているってことを。本当は抱き締めて、おでこをくっつけたりして笑い合いたいんだってことを。
「私が、一年ごとに記憶を消さないと死んでしまう――『首輪』をかけられているってことも、あなた達が、そんな私のことをこれまで支えてくれた親友
対するインデックスの表情は、慈悲に溢れていた。あるいは、罪悪感に塗れていた。親友だった人達が自分の
そんなインデックスの横で、上条は言う。
「インデックスを助ける為には、俺達だけじゃ足りない。お前達の力が必要なんだ。この最悪な物語をぶち殺す為には。……だから、頼む。力を貸してくれ」
そう言って、その右手を差し出す。
神様の
「…………………………何か、勘違いしているようだが」
ステイルは、あくまで無表情のまま、インデックスや上条の言葉を切り捨てるように言う。
「僕がこの場にいるのは、話し合いに応じたからなんかではない」
「っ!! ステイル!」
「
「ステイル、テメェ……」
「気安く僕の名前を呼ぶな、能力者」
その場の全員を敵に回しながらもステイルの眼光は少しも揺るがなかった。
…………ステイルが意固地になっているとか、神裂が揺らぎやすいとか、そういう問題じゃない。……そんな言葉で割り切れるようなものでは、ないだろう、これは。
「確かに、インデックスには教会からの首輪がかけられているんだろう。僕達は騙されていた。それは認めてやる。だが、お涙ちょうだいのギャンブルなんて不確かなもので彼女の命を左右するのが『彼女の為』か? 『首輪』を壊して、その後何が起こるかも検証できていないのに? そんなものが彼女の為というのなら、彼女の為じゃなくたっていい。僕は、完全に、僕だけの自己満足の為に、彼女の命を
「お願い」
インデックスは、あくまで冷徹に振る舞うステイルに、そう言った。
「…………私は、とうまやレイシア……かおりやステイルと
「…………………………………………ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
ステイルは、奥歯が砕け散るくらいきつく歯を噛み締める。数瞬の沈黙があった。
そして。
「
…………それは、ステイルの言うところの殺し名だった。
ただし、『それ』には…………魔法名には、また別の意味合いも込められている。
たとえば、魔術師が魔術という超常を頼るに至った、一番最初の望み、とか。
「分かった、ああ分かったよクソったれ!! 僕の信念は君のことを救うことだ。その為なら、誰だって殺し尽くしてみせる! ――――その信念だって、例外では、ない!!」
そう、言ってみせた。
その一言を絞り出すのが、どれほどの苦痛だったかは、俺には計り知れない。だが、決断してみせた。なら、あとはもう、全力でやるだけだ。
「掴み取ろうぜ魔術師。科学と魔術が交差した、最高のハッピーエンドってヤツを!」
上条は結局、差し出した右手を一度もひっこめなかった。
つまりは、それがアイツの覚悟。
ステイルは、そんな上条の右手を、黙って荒々しく掴み取った。
『前回の物語』は、一人の少年が理不尽な神様のシステムから一人の女の子を救うお話だった。
『今回の物語』に、救う側とか救われる側とか、そんなくだらない枠組みは存在しない。
登場人物全員が、ただ幸せを掴むために協力し合うんだ。
***
「女、僕は貴様を絶対に許さないからな」
その後。
各々が準備を始めたその横で、ステイルはそう吐き捨てて俺のことを睨みつけた。全員が協力し合うとか言った直後に随分な有様だな…………。
…………まぁ、コイツの性格上、こうなることは想像できてたわけだが。
「神裂から聞いた。今回の作戦は、全部貴様の発案だと」
「…………それで?」
「確かに、彼女は僕達の所業を許すかもしれない。底抜けのお人好しだからね。だが、許すと同時に彼女は苦しむ。自分の事情の為にかつての友人がそれほど苦しんでいたんだ、と。それが分かっていながら、貴様は彼女に
「憎んでくださって大いに結構」
俺も、こんなことをして感謝してもらえるとは思っていない。
俺は、本心ではインデックスとまた仲良くしたい神裂と違って、ステイルがインデックスに『何も知らずに幸せになって欲しい』と望んでいることを知っている。そういう方向に
…………たかが小説を読んだだけだ。だが、
だいたい、感謝してほしくてやるだけなら、上条がやった通りのことをなぞれば良いだけの話なんだ。そうすれば、ステイルの望みは
それでもなお、ステイルに恨まれるであろうと理解しながらこんなことをしたのは。
「ですが、彼女はこの程度の苦しみも乗り越えられないほどやわではありません」
最終的には、俺が知っているよりもずっと幸せな結末を迎えられると確信しているからだ。
最初は罪悪感や悲しみで苦しむかもしれない。人間関係の衝突があるかもしれない。でも、それすらなかったら永久に『そこで終わり』なんだ。衝突して、一時苦しませてしまうかもしれないけど、そのことで恨まれるかもしれないけど、それを恐れていたら、何も掴めない。
そしてそれは、長期的に見れば――インデックスにとっては悲劇でしかない。知らないから苦しくないなんて、そんなのは詭弁だ。
俺は、そんな恐怖を乗り越えて世界の全てを敵に回し、そしてハッピーエンドを掴み取った一人の『どこにでもいる平凡な高校生』を知っている。
極論を言えば、今この時点でコイツらにどう思われても、
「結局は『無責任な外野』の余計なおせっかいですわ。ただし」
「……『ただし』、なんだ」
「わたくしは、この選択によって、確実に笑顔の数が増えると思っています」
この選択によって、いずれ必ず、ステイルや神裂とインデックスが笑い合える未来が来る。
俺にとっては、そんな未来の構築に比べれば、ステイルに憎まれるくらいどうってことない。
「…………チッ。あの男の手をとった以上、協力はする。だが、僕が貴様を殺す理由がなくなるわけではないということを肝に銘じておけよ」
……………………。
…………あー、でも、レイシアちゃんごめん。
なるべく、レイシアちゃんが戻るまでに悪感情は緩和できるように努力するから……。
次で旧約一巻分のストーリーは終わりになります。
中の人の言う『無責任な外野』というのは、文字通りの意味というより『責任を負ってはいけない立場にいる』という感じが強いです。
なのでステイルのヘイトを抱えるのはアレなのですが……まぁ、なんだかんだステイルはツンデレなので大丈夫でしょう、多分。