【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:第X章 世界を彩る純白の絵の具 ②

「な、んだ……!? ついにここまで攻撃が……!?」

 

 

 通話を開始しつつも思わず身構える上条だったが、ぱらぱらと落ちてくる天井の欠片に、身構えている場合ではないと思いなおす。

 もう、このままだと此処が崩落するのも時間の問題だ。早いところ脱出しなくては──

 

 上条が壁に設置された螺旋階段の方へ足を伸ばした、その瞬間だった。

 

 ゴコン、とひときわ大きな天井の欠片が、不幸にも上条の足元に降ってきたのは。

 その欠片が上条の脚を傷つけることはなかったが、代わりに上条の足元に転がっていたカプセルのようなものを破壊する。

 ボファ!! と、そのカプセルの中にしまわれていたと思われる粉末が、勢いに乗って拡散する。

 

 

「ッ!! まずッ」

 

 

 上条は反射的に両手で口を抑えた。

 彼の脳裏にまず去来したのは、この粉末が何らかの薬品である可能性。ここは表沙汰にはできないような研究をしている研究所である。つまり、そこで研究されているモノも合法でない可能性が高い。

 そんな研究所にある薬品だ。上条が警戒するのも無理はない。まず口元を覆い隠して吸引のリスクをなくそうとするのは、当然の発想だった。

 

 だが、それだけに『回避』が遅れた。

 

 先ほどと同じように、崩落した天井の欠片が幾つか降り注ぐ。

 そして。

 

 ズッパァァァァン!!!! と。

 直後、上条は全身を同時に殴られたような衝撃を受けて数メートル吹っ飛んだ。

 

 

 上条は知る由もないことだが──

 

 この研究所の主である微細(びさい)乙愛(おとめ)は、衝撃の伝播する方向性をある程度制御する応力誘導(ストレスコンダクタ)を武器としていた。

 この能力はいわば自分が発生させた衝撃専用の一方通行(アクセラレータ)のようなもので、殴打の反作用を打ち消したり、殴った衝撃をより深く狭く伸ばしたりといったことができる。

 彼女はこの能力の汎用性をさらに上げる為に、『伝導粉』と呼ばれる衝撃を伝導しやすい性質を持つ粉末を空中に散布し、それに対し攻撃を行いさらに能力を使うという戦術をとっていた。

 

 彼女のアジトである火星の土(マーズワールド)にはこの粉末がそこかしこに配備されており、有事の際に彼女の戦闘を補佐する仕掛けとなっていたのだ。

 だが、この時は()()()()──

 

 

「ぐ、あァァああああああああッ!?」

 

 

 上条は顔面を抑えて、その場でのたうち回る。通話をかけていた携帯もその場に転がるが、それどころではなかった。

 何せ、欠片とはいえ数メートル上からの落下による運動エネルギーが無差別に伝播して顔面──感覚器の集中した場所に満遍なく直撃したのだ。

 全く覚悟なくその激痛を味わった上条は、数秒間前後不覚にならざるを得なかった。そして、相手もそれを待ってくれはしなかった。

 

 

「…………なんだ、そんなところにいやがったのか。かくれんぼはいい加減おしまいにしようぜ」

 

 

 天井に空いた大穴から。

 

 破滅を呼び寄せる天使が、顔を覗かせた。

 

 

「…………ッッ!!!!」

 

 

 一瞬で喉が干上がった。

 この状況、垣根が翼をはためかせるだけでおそらく螺旋階段は跡形もなく倒壊する。もし螺旋階段が倒壊すれば上条は上階に昇る方法を失うし、そうなればなぶり殺しの憂き目にあうほかなくなる。

 いや。そんなまどろっこしいことをせずとも、たとえば垣根が現象の変質に頼らない暴風を浴びせるだけで、地下研究所は乱気流に巻き込まれ、上条も中でピンボールのようにめちゃくちゃに吹っ飛ばされるだろう。

 そうすれば『伝導粉』も当然滅茶苦茶に撒き散らされ、その中で上条は挽肉になるに違いない。

 

 逃げの一手を打とうとすれば、その未来は確実に来る。

 

 かといって、今垣根帝督は上条の上方十数メートルの位置にいる。上条の拳はせいぜい目の前一メートルの人間を殴打することくらいしかできない。

 文字通り手の届かない状況で、上条は──

 

 

 ──咄嗟に近くにあった『伝導粉』のカプセルを、垣根目掛けて思い切り投げた。

 

 

「……んだ、この研究所で作られた毒薬か何かか……? くだらねえ、こんなもん──」

 

 

 それが『伝導粉』であるとは知らない垣根は、苛立たしげに呟きながらカプセルを未元物質の翼で叩き、

 

 

 ボッゴン!! と『伝導粉』が衝撃を伝播しながら拡散した。

 

 

 並の能力者であれば今の一手で完全にノックアウトできているところだが、上条は垣根がどうなったかは一切確認せず螺旋階段の上を駆け上がる。

 これまでの攻防で、上条には今の一撃程度で垣根を倒せないという確信めいた予感があった。

 その証拠に。

 螺旋階段を駆け上がるたびに響く無機質な鉄の足音に急かされながら、上条がようやく一階に戻ると──そこには、頬に殴打の跡を残しながらも平然と立つ垣根の姿があった。

 

 

「面白れえ玩具を引っ張り出してきやがったな。衝撃を伝導しやすい性質を持つ粉末……か。確かに不意打ちで食らわせれば、未元物質の攻撃力をそのまま俺が食らうことになる。だが、こうは考えなかったのか?」

 

 

 そして垣根帝督は笑みを浮かべる。

 今まで上条には見せたことのない性質の──肉食獣のような獰猛な笑みを。

 

 そこで上条は気付いた。

 

 

 ──風を感じる。

 

 

 地下から出たとはいえ、ここは天文台の中のはずだ。屋内であり、山の中を駆け巡る風は本来なら感じないはずだ。

 そう。此処が屋内であれば。

 

 

「…………嘘だろ、建物全体が揺れている……とは思っていたけど……!」

 

 

 天文台は、根こそぎ『消滅』していた。

 

 

「粉末よりも先に俺の周囲を満たしている未元物質によって、その性質が捻じ曲げられていた──ってなァ!!!!」

 

 

 垣根の激高が号令となったかのように周囲を漂う粉末の残りがビデオの巻き戻しのように明らかに不自然に凝縮され、一つの塊となる。

 そして。

 

 

「異能を打ち消す右手だろうが何だろうが、所詮は人体のパーツの一部だろ。音速を超えちまえば反応できねえんじゃねえの?」

 

 

 ズッドンッッッ!!!! と、まるで大気全体を布団叩きのように乱暴にはたいたような爆音と共に。

 超電磁砲(レールガン)の三倍程度の速さで、上条に殺到する。

 

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

おまけ:

  第X章 世界を彩る純白の絵の具 ②  

Dark_Matter.

 

 


 

 

 

「………………なんでだ」

 

 

 確殺の一撃により、敵を葬った後の勝ち誇ったセリフを放つはずだった垣根の口からは、動揺の言葉が漏れていた。

 超電磁砲(レールガン)の三倍の速度で撃ち出したはずの一撃は、衝撃波だけで人間など容易く薙ぎ倒されるはずだった一撃は──右手を翳した少年一人倒すことができずに、打ち消されていた。

 

 

「何故防ぐことができる!? ただの右手で!! それ以外に特別な能力なんて持っていねえくせのお前に!!!! なんで第二位の一撃がこうも易々と防がれるんだよ!?」

 

「……やっぱりだ」

 

 

 激情を吐き出す垣根に対して、上条は何も答えなかった。

 ただ、彼は自分の中の疑問の答え合わせをしていく。

 

 

「ずっとおかしいと思っていた。最強過ぎてすぐに戦いを終わらせてしまうせいで喧嘩慣れしていない第一位と違って、きっとこの街の中でずっと戦い続けていたテメェはプロとして、かなりの戦闘経験を持っていたはずだ」

 

 

 きっと、金髪にグラサンのあの胡散臭い少年のように。

 

 

「そんなテメェが、今この状況に至っても俺一人倒せてない。それ自体が、極大の違和感だったんだ」

 

 

 『プロ』と『素人』の壁は、分厚い。

 一度はその壁の前に膝を突いた上条だからこそ、分かる。レベルの差など問題じゃない。本気でやると決めたプロの意志は、技術は、素人がその場の思いつきでどうにかできるようなものではない。たとえ一瞬は拮抗できたとしても、すぐに当たり前の地力の差で押し流されてしまう。

 にも拘らず、垣根帝督は何故、素人である上条当麻を未だに始末できていないのか?

 

 

「テメェは、ずっと本来の手札を封じられ続けてきたんだ」

 

 

 上条は、そう断言する。

 

 

「たとえば、未元物質を使って空から一方的に俺を攻撃していれば? たとえば、高速移動で常に俺の死角に回って攻撃していれば?」

 

 

 それは、いわゆる反則だろう。そんなことをされれば上条の勝機など一ミリもなくなる。

 だが、プロとはそういうものだ。反則だけをかき集めて一つの戦術としてまとめあげたような、そんなモノを当然のように振るうのが上条の知っている『プロ』だ。

 ならば、垣根がその戦略を選び取らないのには、合理的に説明のつく理由が存在することになる。

 

 

「……くだらねえ。そいつはただ俺が、テメェの能力を打ち消す右手に未元物質だけで打ち勝ちたいと思ったから縛りプレイしてただけで、」

 

「それにしてもだ。そんなの、能力でも同じことだろ。能力を打ち消されてもすぐに能力を再発動して攻撃していれば、俺は右手で防御に集中するしかなくなるし、いずれは物量に磨り潰されていたはずだ」

 

 

 確かに、未元物質を溶け込ませた現象を打ち消すと、大本となる未元物質も同様に打ち消されてしまう。

 だが、それはあくまでも打ち消すだけだ。発現に制限を加えるような効果は幻想殺しにはない。つまり──。

 

 

「未元物質は、意図しない強制終了のあとはすぐ再発動できない。そういう制約があった。そうなんだろ」

 

 

 未元物質の問題。

 

 

「考えてみれば当然の話だ。世界のどこにも存在しない新物質を生成して操る能力? その異物が組み込まれた世界の挙動を丸ごと演算する? ……そんな凄まじい能力に、何の負担もないわけがないだろ。幻想殺しで能力が強制終了された場合、そんな膨大な演算もまとめて強制終了することになる。そんな負荷を受けて、間髪入れずに再発動なんかできるわけないだろ」

 

 

 演算負荷を抜きにしても、己が絶対の自信を置いているはずの能力が打ち消されているのだ。分かっていたとしても精神的なダメージは蓄積されていくはず。そういう意味でも、徐々に悪影響は発生していくに決まっている。

 だからこそ、垣根は能力による攻撃を躊躇い、出し惜しみしていた。

 だからこそ、第二位は単なる無能の高校生を今まで殺せずにいた。

 

 

「飛行しているときに俺の右手で翼が消されれば、よっぽど高いところを飛んでいない限り再発動する前に地面と激突するし、高速機動中に打ち消されれば生身のまま制御を失っておろし金みたいに地面で肉を磨り潰されてしまいかねない。そりゃあ、滅多に使えねえよな」

 

 

 つまり。

 

 

「だからテメェは、もっともらしい理屈を並べてさっきは俺のことを運ぼうとしなかった! おそらく、幻生と戦うときにでも俺に能力を使おうとして解除されて、その時幻想殺しの危険性に気付いたから!」

 

 

 垣根帝督は、目の前の無能力者にビビっていた。

 

 

「……だったらどうした」

 

 

 すべてを見抜かれ。

 己の弱気すらも暴き立てられた垣根は、しかし口元に笑みを貼りつけたまま言う。

 

 

「テメェだけが攻略側だなんて思ってんじゃねえぞ!! こっちだってその右手の弱みは分かってるんだ! テメェの能力を打ち消す効果は右手首の先にしか宿っていねえ!」

 

 

 言葉と同時に、三対の翼が無数の羽根箒となって周辺に散らばる。

 それは当然上条の右手にも触れて打ち消されるが、『分割』されている羽根は一つ一つが打ち消されても全体が消えたりはしない。

 

 

「羽根の雨で攻撃したとき、テメェは防御じゃなくて回避を選んだ。つまり制御を分割した未元物質はまとめて消されることはねえ! そして──」

 

 

 ボコボコと。

 羽根が触れた地面が、異音を立て始める。

 

 

「『噴火』。テメェはコイツを受け止めたりはしなかった。この攻撃も、テメェの右手だけでは受けきれないから有効だったと考えられる。つまり、だ。テメェの右手が追い付かねえ数の『噴火』を! テメェめがけてぶちかませば!! テメェが何をしようと確実にブチ殺せるってことだろうがッ!!!!」

 

「…………!!」

 

「ようやく蒼褪めたかよクソったれ。テメェの解析なんざ、とっくに終了してんだっつの」

 

 

 土壇場。

 次の行動が己の生死を分かつその局面で──上条は、猛然と目の前へと駆けだした。

 垣根は一瞬息を呑む。が、すぐに笑みを浮かべ直し、

 

 

「なるほど。未元物質で歪められた現象は誰にでも平等だ。つまり、俺との距離が近づけば攻撃に自分自身も巻き込まれる可能性があるって? ナメていやがるな。俺は歪めた現象を利用しているんじゃねえ。()()()()()()()()

 

 

 分割に使った残りとなる一対の翼を蠢かせ、垣根は構える。

 たとえ上条との距離が近づこうが、噴火の巻き添えにならないように。

 だが、上条の行動は垣根の予想の外にあるものだった。

 

 上条当麻は──地面に触れていた。

 

 垣根はそれを見て上条の行動を鼻で嗤う。

 

 

「ハッ! ちまちま『噴火』を一つ一つ潰そうって? 涙ぐましいなあオイ! だが無駄だ。未元物質の分割はテメェの処理能力を計算に入れて行った。テメェが全力で『噴火』を潰して回ろうが、」

 

「誰がテメェの能力を打ち消しているって言った?」

 

 

「…………あ?」

 

 

 そして、気付く。

 未元物質の感覚が、消えていないことに。

 垣根は己が支配下においている未元物質の所在は感覚で分かる。そして右手で打ち消されれば、その感覚が消滅するので当然分かるのだ。だが……上条が地面を触れたタイミングで、感覚の消滅はなかった。

 それどころか、上条の触れた場所には未元物質も『噴火』も存在していなかった。

 

 

「もっと言えば、さっきの『粉』もテメェへの攻撃の為に仕掛けたわけじゃねえ。……こういうとき、アイツは透明なヤツを使うからな」

 

 

 『伝導粉』の残りがまだかすかに漂う地表周辺。

 真っ白い粉塵の中に描くようにして、透明の『亀裂』が浮かび上がっていた。

 

 

 ──レイシア=ブラックガードの気流操作とは、『亀裂』で作り出したいわば『繭』による真空を解除することで発生する空気の流れを精密にコントロールすることで実現している。

 レイシアは現在も戦闘中であり、積極的に助力を乞うことはできないが──ロボットによって遠隔で状況を見ている馬場の視点から上条の戦況を伝えれば、レイシアであればそこに『亀裂』の繭を設置する程度の気は利かせてくれる。

 上条は、それに賭けた。そしてその確認の為に伝導粉を投げつけていたのだ。純白の絵具で、『亀裂』の繭を彩る為に。

 

 

「馬鹿な、そんな都合のいい──!!」

 

「都合がいいもんか。テメェは知っているはずだぞ。レイシア=ブラックガードっていう女の子の人格を。自分の大切なものを傷つけやがったクソ野郎を、それでも救いたいって言える、そんなお人好しの女の子のことを」

 

 

 上条は脳裏に二人の少女の表情を思い浮かべながら言う。そして、そんな少女達が守ろうとしていた一人の男の横顔も。

 幻想殺しが、『亀裂』に触れる。

 解除された『亀裂』によって、暴風が発生する。そして上条はその暴風に載せるように、地下研究所から回収していた伝導粉のカプセルを乗せて──

 

 

「アイツの幻想を、俺は守る!!」

 

 

 ズッパァァァァン!!!! と。

 

 

 暴風に載せられたカプセルに、咄嗟に垣根は翼による防御を試みたようだが──分割し一対しか手元に残らなかった翼で撒き散らされる粉塵を完全に防ぐことなどできない。

 殆ど完全に粉塵を浴びた垣根は、そのままノーバウンドで数メートルも吹っ飛んだ。

 

 

 ──噴火は、起きない。

 垣根が意識を飛ばしたことによって、分割された未元物質も全て解除されたのだ。

 それを見届けた上条は、歩いて垣根の傍らに近寄る。仰向けに倒れた垣根の背からは、もう翼は伸びていなかった。

 

 

「ふう……。何とかなったか。とりあえず、あとは他の二人の応援に行くか……?」

 

「いいや、その必要はねえぜ」

 

 

 下を見る暇もなかった。

 ボッ!!!! と、上条の身体は未元物質に叩かれていともたやすく宙を舞う。

 

 上条が死ななかった理由は単純だ。距離が近かった、ただそれだけ。翼の操作によって叩かれたのではなく、単に発現したときの勢いで吹っ飛ばされただけだから生き残れた──そんな不幸中の幸いによるものだった。

 もしもそれがなければ、上条の上半身は今頃血煙になっていただろう。

 

 

「ごっ……がァァあああああああああああああああ!?」

 

 

「……何も知らねえ表のクソガキが。黙って聞いてりゃあ噴飯モノのご高説を垂れ流しやがって。テメェが正義のヒーローぶってやっていることが、林檎の救われる道を断っているんだと何故分からねえ!?」

 

 

 垣根帝督は、立ち上がる。

 おそらく全身にくまなく暴風や未元物質の運動エネルギーの伝播を浴びて、もう立ち上がることすらできないはずなのに。それでもなお、彼は気力だけで立ち上がる。激痛すらも乗り越えて、脳をフル稼働させる。

 

 

「仕方ねえじゃねえか……。この街の闇の中じゃ、何かを救うのに何の犠牲も払わねえなんて、そんなことは土台不可能なんだよ!! より自分にとって必要なものを選び取り、他を捨てる。そういう風にして生きていかねえと、本当に大切なモノまで失っちまう。そういう風に、この街の闇はセッティングされていやがるんだよ!!!!」

 

 

 その言葉を聞いて、上条も立ち上がった。

 

 

「今まで表のぬるま湯の中で『ヒーローごっこ』をしていただけの甘ちゃんが、知った風な口聞いて何の罪もねえガキの未来潰して正義漢ヅラしてんじゃねえぞ……。代わりに死ぬのは悪党のクソったれなんだろ。ならいいじゃねえか! クソ野郎一人死んで善人が救われるなら、そんなもん誰も文句なんかつけねえだろ!! そのくらい妥協したって別に良いだろうが!!!!」

 

「…………ふざけてんじゃねえぞ」

 

 

 唸りを上げる猛獣のように、ツンツン頭の少年は呟いた。

 彼もボロボロだった。学ランは地下研究所に置きっぱなしだし、度重なる戦闘でその中に着ていたオレンジのポロシャツもすっかり煤けている。

 ダメージも膝に来始めていて、立っているのすら辛くなりつつある状況だ。

 

 だが、それでも上条当麻は折れない。

 

 

「テメェこそ、やりもしねえうちから勝手に諦めやがって。悪人だからいいじゃねえか? そのくらい妥協しろ? ……そんなクソったれな諦めに負けたくねえから、テメェはここまで必死こいて頑張ってたんじゃねえのかよ!!!!」

 

 

 牙を剥くように、上条は叫ぶ。

 一歩一歩踏みしめるように、彼は前に進んでいく。

 

 

「テメェ、そのみっともねえ理屈を林檎ってヤツにぶつけられるのかよ。『この街の闇の中では誰かを犠牲にせずにお前を助けることなんてできないから、代わりに誰かに犠牲になってもらいました』なんてクソくだらねえ無様な言い訳を、テメェを慕ってくれてる女の子にぶつけられるのかよ?」

 

「…………ッ!」

 

 

 垣根帝督の足が、一歩分後ろに下がる。

 おそらく、目の前の無能力者(レベル0)に気圧されて。

 

 

「テメェが言っていることは、つまりそういうことだ。情けねえ言い訳を口から垂れ流して、林檎ってヤツに全部押し付けているだけだ。……そんな行為を『救う』とは呼ばない」

 

「…………、……うるせえ」

 

「テメェがやっているのは誰かを救うことなんかじゃねえ。そんな耳障りの良い言葉を使って、『救う』って名目で逃げ道をなくして、救いたかったヤツに『誰かの犠牲の上に自分は生きている』っていう十字架を強制的に背負わせる、最悪の外道だ」

 

「……うるせえんだよ」

 

「この街の闇の中じゃ何かの犠牲なしでは誰も救えない? くっだらねえ。そんなのテメェの経験にすぎねえだろうが。俺は知っているぞ。テメェなんかよりもずっとずっと深い闇の中で戦いながら、大切なモノを守ってきたヤツらを。血反吐を吐きながら、嘘つきと呼ばれても、それでも自分の世界を守るためにボロボロになって戦った馬鹿な野郎を。たとえ拒絶されても、好きな女の為に使命も投げ捨てて、その周りの世界を守る道を託した男を。……そんなヤツらに比べれば、テメェの聖人君子ぶった理屈なんて屁だ。何の価値もねえ!!!!」

 

「うるせえって、言ってんだろこのクソったれがァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 

 前提が、無視された。

 脳髄を苛む激痛さえ無視して、垣根の背後から伸びる三対の翼が常識外れの伸長を行う。

 一気に数百メートル以上も拡張した翼を、垣根は怒りのままに振るう。もはやそれは、打撃ではなかった。その余波となる、単なる物理現象としての空気の流れ。それだけで、人を殺しうる。

 たとえ未元物質に右手で触れたとしても、『亀裂』を解除したときと同じように、きっと垣根を中心として暴風が吹き荒れるだろう。

 

 だが、それが分かっていても上条は止まらない。

 

 

「それでもテメェが、勝手に諦めているなら。自分で定義した常識(ぜつぼう)の中に閉じこもっているんなら」

 

 

 矢のように右の拳を引き絞り。

 

 

「まずは、その窮屈な幻想をぶち殺す!!!!」

 

 

 ──垣根帝督の顔面に、上条当麻の右拳が突き刺さった。

 

 

 


 

 

 

 当然、暴風は吹き荒れた。

 

 そしてその中心地にいた上条と垣根は、その暴風をモロに浴びて致命的なダメージを負う──はずだった。

 それを半ば覚悟していた上条を待っていたのは──ふわりとした柔らかな『何か』の感触だった。

 

 

「…………まったくもう。相変わらず、無茶をしますわね」

 

「お前らなら助けに来てくれるだろうと思ってたからな…………シレン、レイシア」

 

 

 数百メートルに及ぶ未元物質。

 そんなものを見れば、空間の収縮による暴風のスペシャリストであるレイシアならその危険性に思い至るはずだ。

 だから上条は、彼女の救援に賭けることができたのだ。いや、仮に救援が期待できない状況でも、上条は関係なく垣根を殴っていただろうが。

 

 

「……あ! そうだ! 垣根のヤツは!?」

 

「心配要りませんわよ」

 

 

 慌てて顔を上げると、垣根もまた別の誰かに回収されていたようだ。

 土星の輪のようなヘッドギアを身に着けた少年が、垣根を俵のように肩に担いでいる。どうやら継戦の意志はなく、そのまま撤退するつもりらしかった。

 

 

「……ああ、そうだ」

 

 

 そこで思い出したように、上条は顔を上げて言う。

 

 

「色々ありがとな、シレン、レイシア」

 

 

 返事は、真っ白な肌の頬を彩る薄い赤だった。




ようやく上条さんと垣根を戦わせることができました。

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