【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:舞台裏の英雄達

「馬場さんっ。こちらのデータはまとめ終わりましたよっ。次は何をすればいいですかっ?」

 

 

 跳ねるような言葉遣いの少女に問われ、馬場はゆっくりと椅子を回転させてそちらへ視線を向けた。

 目の前に立つのは、カチューシャをした青緑がかった黒髪の少女。

 前髪をカチューシャでまとめているので、額を大きく出しているのが特徴的だ。

 彼女はこのGMDWの副長の一人で、仲間からは『燐火様』と呼ばれていた。

 

 

「……ああ。もうレイシアとシレンは戦闘態勢に入ったからな。この後は相手の情報を調べて弱点を探すことになるだろう。あーっと……誉望、と呼ばれていたっけな。あれほどの高位能力者なら、『こっち』に来る前にも研究で成果を残しているだろう。あのヘッドギアとかあからさまだしな……。念動能力(テレキネシス)関連の研究データを調べてもらえるかい?」

 

「はいっ! 分かりましたっ。……ふふっ」

 

 

 馬場の指示に頷いた苑内は、そこで唐突に笑みを零した。

 リーダーが戦闘態勢に入ろうかというときに見せる表情ではないと、馬場は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべる。その表情の変化を見咎められたと解釈したのか、苑内は慌てて居住まいを直して、

 

 

「し、失礼しましたっ。そのっ、頼りになる方だなとっ……」

 

「…………そうかい。そりゃあ僕もヤキが回ったってもんだ」

 

 

 馬場は自嘲気味に笑うと、自分の持ち場へ戻っていった苑内を横目に見て盛大な溜息をついた。

 

 

(……なんだって俺が、こんな脳内お花畑のお嬢様どもの面倒を見ているんだろうな……。ほんと。頼りになるだって? お前ら、いつも超能力者(レベル5)の──あのレイシア=ブラックガードの庇護下にいるんだろ。俺程度の『頼り』なんか、いつでも感じられるだろうに)

 

 

 しかし、低い自己評価とは裏腹に、この場は馬場のはたらきによって回っていると言っても過言ではなかった。

 馬場を含めたGMDWメンバーの役割は、暗部の情報網によって吸い上げた情報の精査と分析である。

 暗部の情報網と言ってもレイシアの指揮下に入った段階で違法性のある手段は封じられているのだが、それでも『表の学生』が知っていては不都合な情報というものはままある。

 馬場は、それを吸い上げる段階で整理し、『GMDWが知っても問題のない情報』のみを渡し、精査させていた。

 

 もちろん、そんな手間をかけるくらいなら馬場一人でやった方が良いのは間違いない。

 何せ彼は先日の大覇星祭において、常盤台の競技出場選手全ての能力を調査し、その弱点まで洗い出したほどの情報分析能力を備えているのだから。その処理能力の高さは、複数のロボットから見聞きした情報を瞬時に精査し、狙いの情報を獲得できるほどである。

 これを特別な機械なしの生身でできるのだから、馬場もまた、能力だけで言えば無能力者(レベル0)でありながら暗部の『一軍』にいる『化け物』の一角と呼んでいいはずなのだが……。

 

 

「…………さて、こっちは少し余裕が出てきたな。どれ、徒花のヤツの対戦相手の方でも調べてみるか……。確か、あっちの方は弓箭とか呼ばれていたっけ?」

 

「あら、何見ていやがるんですか?」

 

「うわっ」

 

 

 耳元から突然聞こえてきた声に、馬場は咄嗟に椅子を横にスライドして飛びのく。

 そこにいたのは、先ほどいた苑内と同じくGMDWの副長である刺鹿夢月だった。

 実は、馬場は彼女のことがけっこう苦手である。そもそもが熱血キャラなので馬場とは趣味が合わないというのもそうだし、そこはかとなく男嫌いのケがある彼女はデフォルトで馬場への当たりが若干キツイというのもあった。

 もっとも、彼女の方は明確に馬場のことを嫌っているわけでもなく、こうして平然と接してくるのだが。

 

 

「コイツは……徒花さんと敵対していやがる人ですか。……ん? でもなんか……見覚えがありますね?」

 

「は? 見覚え?」

 

 

 刺鹿としては何気ない一言だったのだろうが、馬場はそれを聞き逃さなかった。

 相手は暗部の人間なのだ。そんな人物に『見覚えがある』というのは、並大抵のことではない。直感的に、重大なヒントがそこにあると馬場は直感した。

 

 

「確か、大覇星祭期間中、どこかしらでお会いしたような……」

 

「…………障害物競走か!!!!」

 

 

 そこまで言われて、馬場も気付いた。

 

 

「馬鹿だ、俺は……! なぜここに至るまで気付けなかった!?」

 

「え? えっ??」

 

「あの競技で、レイシアと同じ第一レースを走っていただろう!! しかも二着だった! クソ!! 一度は直接顔まで見ているのに、今の今まで全く気付かなかった……!! 認識に干渉でもされていたのか!? いや、だがアイツは間違いなく無能力者(レベル0)だ……!」

 

「あ、あのうー? 馬場さん?」

 

「まさか暗部の人間が公的な学校行事に参加しているとはね……。ひょっとして『表』の生活との両立なんて夢見ちゃってるタイプだったのかな? バカだな……。俺達にそんなことができるわけがないっていうのにさあ。だが素性さえ分かればあとは芋づる式だ。学校から過去を漁っていくなんて、公的なライブラリを参照するだけでも、」

 

「オイコラァ!! こっちにも分かるように話しやがれ馬場さん!!」

 

「ヒィ!! スミマセン!!!!」

 

 

 お嬢様に軽めにキレられ、馬場は思わず縮こまる。

 とりあえず馬場をこちら側に引き戻した刺鹿は、こほんと小さく咳払いをして、

 

 

「で。その弓箭猟虎って方をこちらの方で調べればいいんですか? 『学舎の園』の生徒ならこっちの情報網を使った方がけっこう詳しく調べられそうですが」

 

「あ、ああ。頼むよ。……ちょうどこっちに通信が入ってきたな。どれ、こっちもぼちぼち忙しくなってきそうだ」

 

 

 そう言って、馬場は無数の通信機器をほぼ同時に操りだす。

 その後ろ姿を驚嘆の眼差しで数秒ほど見た刺鹿は、ふとあることを思い出す。

 

 

「……弓箭……。…………弓箭?」

 

 

 とはいえ、考え込んでいる暇はない。刺鹿はすぐに己の持ち場へと移動を開始した。

 自分を含め、この場の誰一人とってみても遊んでいる余裕などない。

 

 命の危険はないけれど。

 

 ここもまた、立派な戦場の一部なのだから。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

おまけ:舞台裏の英雄達 

 

 

 


 

 

 

「……ハァ、ハァ……!」

 

 

 浅く息をしながら、徒花──ショチトルは得物であるマクアフティルを構えなおした。

 状況は──ややショチトルに有利だった。

 何せ、弓箭の得意戦術は暗殺。自分は人込みなどに隠れて、一方的に敵を削り殺すのが必勝パターンだ。

 今回のように接近戦となっても一応格闘戦に狙撃を交えるなどまともに戦えはするが、しかしそれは彼女の本領ではない。

 とはいえ──

 

 

「まあ、近づかなければ無駄なんですけど」

 

 

 弓箭は、ショチトルに近づきはしなかった。

 距離を取り続けていれば、マクアフティルしか得物のないショチトルに弓箭を傷つける術はない。

 痺れを切らして以前の戦闘でやったように地面を抉ってこちらに石礫として飛ばそうとすれば、その隙が命取りとなる。

 そしてショチトルは弓箭の遠距離攻撃を防御するだけで精一杯──となれば、弓箭が余裕を見せるのも納得がいく。

 

 

(とはいえ……このまま身を隠す場所もないところで戦うのは……)

 

 

 だが、スナイパーとしての本能が弓箭に現状維持を躊躇わせた。

 身を隠し、一方的に狙撃するのが弓箭の本領。今のままでも『ショチトルに対して』の勝ちは揺るぎないが、いつ誉望が倒されてレイシアが合流するともしれない現状を考えると少しでも勝率は上げておきたかった。

 

 

(……周辺には森。さすがは第二一学区、自然が豊富ですねえ……♪ となれば、森の中にいったん身を潜めてメイドを誘い込み、いつものパターンに持っていくのが一番安全、ですか……)

 

 

 パシュシュッ!! と弓箭は立て続けに銃弾を撃ち込む。これは狙いが明確だったこともあり、ショチトルに全て受け切られるが──目的は牽制。そして、弓箭の狙い通りショチトルはしっかりとその場で足を止めていた。

 それを確認した弓箭は、そのまま森の中へと駆け込んだ。

 

 選択を迫られたのは、ショチトルだ。

 

 

(……森の中へ逃げた? いや、ヤツは狙撃スタイル。一旦身を隠してこちらを一方的に狙う腹積もりか。……一度でも見失えば、先ほどまでのアドバンテージを失いこちらが一方的に攻め続けられることになる!!)

 

 

 相手が逃げているのだから、この隙にレイシアのところへ合流して早々に誉望を倒すという案もショチトルにはあったが、その場合でも同じことだ。

 たとえレイシアでも、遠距離からの狙撃に対して完璧な警戒をするのは難しいだろう。何より、それでは護衛の意味がない。この敵はここで確実に無力化する。それでこそ、ショチトルも護衛としての本分を発揮できると判断した。

 

 

「……逃がすか!!」

 

 

 ショチトルはすぐさま弓箭の後を追うが──しかし、それでもなお自分の判断が遅かったことを、直後に思い知ることになる。

 

 

『「逃がすか」? いやですねえ……。逃げたんじゃありません。「誘い込んだ」んですよ』

 

 

 パパシュッ!! と。

 ガスが抜けるような軽い音が響く。……飛びのくのがあと一瞬遅ければ、銃弾はショチトルの耳を削いでいただろう。

 そのくらい、ギリギリのタイミングだった。──既に弓箭は、森の中に姿を消していた。

 

 

(バカな!? ヤツが森の中に入ってから一秒も経っていないぞ!? どんな隠形術の使い手だ……!!)

 

 

 さらにショチトルにとっての誤算は、森の中という狭いロケーションにあった。

 所狭しと伸びる枝葉が、マクアフティルを振るうのを邪魔するのである。森の中に駆け込んだ弓箭はこれも想定していたのだろう。この時点で、ショチトルは己の武器も奪われたに等しかった。

 

 

『さあて、飛車角落ちってところですかねえ? あ、声を頼りに攻撃を仕掛けてもいいんですよ。どうせ無駄ですけど』

 

(どうせスピーカーをそこらにちりばめているんだろうが……。声を頼りに反撃しようとすれば、その隙を突いてこちらの機動力を奪うつもりだろう)

 

 

 つまりショチトルにできるのは、とにかくひとところに身を置かないこと。

 この森の中はショチトルにとってもマイナスだが、夜の森というロケーションは狙撃にも悪影響を及ぼす。とにかく動き回ることで、弓箭の狙いを正確にさせないのが肝要だった。

 

 

「……づっ……!」

 

 

 ──長めのエプロンドレスに指先ほどの穴が空く。

 今の一撃で太ももを銃弾が掠めた証拠だった。

 

 

(……服装にも助けられているな……。特にエプロンドレスのお陰で、下半身に狙いを定めるのが難しいらしい。こればかりは、ブラックガード嬢の酔狂に感謝といったところか……)

 

 

 そうこうしているうちに、メイド服の各所が徐々に削られていく。

 常に動き回るという作戦が、ショチトルのことを辛うじて生かしていた。

 

 

 


 

 

 

 ──そこはまさに、修羅場だった。

 

 

「千度さん! 弓箭猟虎の素性を! 食蜂派閥の連中を頼っても構いません! とにかくかき集められるだけ情報をかき集めやがってください!!」

 

「ははは、はいっ! 意近さん、枝垂桜学園の協力者からは!?」

 

「いえ~、それがあまり。あっちではあまり関係があるお方はいらっしゃらないようで~……」

 

「ある意味当然ですが……やはり痕跡は残しやがらないってことなんですかね」

 

 

 調査は遅々として進んでいなかった。

 というのも、枝垂桜学園に残された弓箭の情報は、あまりにも希薄だったのだ。普通に入学し、普通に生活している。不審な欠席もないし、強いて言うなら交友関係が絶無なところだが……しかし別にいじめられていたりするわけでもなく、言うなれば『高嶺の花』というポジションにいるのみ。

 学内での評判を聞いても、『愛嬌がある』とか『物憂げな表情が魅力的』とか、おおむね高評価が並ぶ。しかしそれらの高評価はあくまで『人柄』に留まっており、逆に言えば彼女の能力や技術に関係する部分はなかった。

 せいぜい、運動神経が学年で一番いいとか、その程度だろうか。

 

 

「…………あ、あの」

 

「枝垂桜学園に入学してからの情報では不足……? なら、入学前の情報をあたってみるしか……って、そっちの情報はなぜか全然出てきやがらないんでした! あーもう!!」

 

「あ、あの!!」

 

 

 頭を抱えそうになった刺鹿に、誰かの声がかかる。

 視線を上げると同時に、桐生千度が声を上げた。

 

 

「好凪さん。どどど、どうしたんです?」

 

「そ、その……お、思い過ごしでございますかもしれないのですが……」

 

 

 言って、阿宮は縮こまりそうになってしまう。

 それを見た桐生は、彼女を安心させるように肩に手を置いた。

 

 

「大丈夫です。……あの時、我々を塗替の『攻撃』に気付かせてくれたのは、アナタではありませんか。言ってみてください」

 

(……こーやって人を落ち着けるときは、どもり癖が収まるんですがね)

 

 

 普段とは違った包容力を見せる桐生に内心で笑みを浮かべながら、刺鹿は改めて己の心に活を入れなおして話を前に進める。

 

 

「桐生さんの言う通りです! 阿宮さん、何に気付きやがりました?」

 

「え、ええと……。その……確か、弓道部の三年生に……弓箭様、という方がいらっしゃったな……と」

 

「……へ?」

 

 

 その一言に、刺鹿はぽかんとしてしまった。

 同性、というのは確かに珍しい繋がりだが、そこと彼女とのつながりがいまいち見いだせなかったのだ。

 

 

「あ! いえ! ただその……弓箭様は、弓道の腕前も素晴らしく。そちらの映像の弓箭猟虎様も狙撃の腕前は筆舌に尽くしがたいようですから…………何か、符合のようなものを感じたのでございます」

 

「……! なるほど、『目の良さ』は遺伝だと?」

 

「え、ええ……。まあ……」

 

 

 考えられない話ではない。

 視力といった形質的な素養は、確かに遺伝によるところが大きい。あるいは同系統能力のAIM拡散力場が関係しているのであればそういう関連性も考えられるが、どちらにせよ弓箭猟虎と弓道部の弓箭には何らかの繋がりがあるとみていいかもしれない。

 

 

「……! でかしやがりました! 阿宮さん! 早速食蜂派閥に連絡です! 常盤台のことなら連中に聞くのが一番早いでしょう!」

 

 

 泥臭い笑みを浮かべながら、刺鹿は阿宮にサムズアップを送る。

 阿宮もまた、照れ臭そうにしながら親指を立てた。

 

 

 ──この時の、GMDWの一連の調査。

 

 これが、とある少女の運命を大きく変える転換点となる。

 

 

 


 

 

 

「ハァ……!」

 

 

 やはり、ショチトルは浅く呼吸をしていた。

 メイド服はところどころ破損しており、その下の地肌が見え隠れするなど多少目のやり場に困る状況にはなっていたものの……この様子を見て『煽情的だ』という感想を抱ける者はいないだろう。

 何せ、一歩間違えば死に至るような負傷である。何よりもまず、生命の危機を感じざるを得ない様相だった。

 

 

(…………ぐ、なぜ……!?)

 

 

 ──しかし、焦燥していたのはむしろ弓箭の方だった。

 

 草の茂みに隠れ、複数のスピーカーで自分の居場所を誤魔化し、一方的にショチトルを消耗させつつ──それでも弓箭は、ショチトルを殺しきれていなかった。

 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

白黒鋸刃(ジャギドエッジ)が来てしまえば森を丸ごと伐採する形でわたくしが丸裸にされてもおかしくない! だからわたくしも今回ばかりは長引かせず始末しようとしているのに……なのに、メイドに致命傷を与えることができない!? なぜ!?)

 

 

 そもそも、おかしかったのは最初からだった。

 開けた場所だったとはいえ、相手は銃撃である。マクアフティル一本で中距離から一方的に放たれる弓箭の攻撃から一度も負傷を受けなかったのが、おかしい。

 あの時点から……『何か』をされていたとしか思えない。

 

 

(何をされた……!? 光学系能力による照準の誤差!? いや違う! ()()ならわたくしが分からないはずがない……! ならば、認知……? それもありえない。もしも認知を操られているなら、相手もここまで防戦一方にはならないはず……)

 

「…………迷いが生まれたようだな」

 

「ッ!?」

 

 

 思索に気を取られて狙撃の手が緩んだ瞬間。

 マクアフティルをだらんと構えたショチトルは、過たず弓箭のいる方へ向き直った。

 

 

(ば……バカなッ!? わたくしの位置が……読まれている!? わたくしの隠形術をかいくぐって……!?)

 

「……居場所が読めている、とでも思っているのか? いいや。実際のところ、貴様の居場所は正確には分かっていない。私が知ることができるのは、あくまでも死者の声だ」

 

 

 ショチトルはどこか自嘲するような声色で言う。

 

 

「貴様、どうやらけっこうな人間を、それもいたぶって始末してきたようだな。憑いてはいないようだが……()()()()()()()()()。お陰ではっきりと分かる……貴様の手口がな」

 

(……ッ!! 残留思念!? 読心能力(サイコメトリー)でしたか!! それも、死者専用のなんて……そんな能力が存在しうるんですか!?)

 

 

 思わず、弓箭は息を呑む。

 そしてそれによって生まれた隙が、合図となった。

 

 

「ッ!!」

 

 

 真っ直ぐに。ショチトルは弓箭目掛けて駆け出していった。

 完全に居場所が割れたと判断した弓箭は飛びのく。

 

 ガサガサと茂みをかき分けて森の外へと飛び出した弓箭は、そのままショチトルへ指先を向けるが──

 

 

「……ああ、そうか。分かったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 弓箭が狙おうとした場所──首筋。

 そこをちょうど防ぐように、ショチトルはマクアフティルを盾のように構える。まるで、そこに銃弾が来ることが分かっていたかのように。

 

 

 ──ショチトルは本来、戦闘系の魔術師ではない。

 彼女の本職は『死体職人』であり、死者の声を聴くことで遺言の正誤を確認したり、葬儀の方法をまとめたりなど『死者のアフターケア』をする魔術師だった。

 ゆえに彼女が修めた魔術は戦闘では転用できず、付け焼刃の身体強化術式とマクアフティル、それと『切り札』くらいしか手札がなかったのだが……弓箭の戦闘経験の豊富さと戦闘スタイルが、ショチトルにとっては幸運に働いた。

 獲物をいたぶってから殺害するという弓箭の悪癖は、彼女に死者の声を色濃く残す形となっていた。もちろんそれは明確にオカルトめいた悪影響を及ぼすレベルではなかったが──プロであるショチトルであれば、的確に『死者の声』を聴くことで彼女の動向が読めるレベルにまで達していた。

 

 

「……もうすぐ、楽にしてやる。少しだけ待っていてくれ」

 

 

 ギィン!! と銃弾によってマクアフティルは弾かれるが、それでもショチトルの前進は止まらない。

 

 

「────ずッ、あァ、あァァあああああああああああッ!!!!」

 

 

 極限状態の一瞬。弓箭は渾身の力を振り絞って真後ろへと飛びのく。

 着地すらも考えていない乱暴な後退だったが──しかし、その一歩分の時間があればいい。それだけの時間があれば、腕の振りを使って『もう一発』を放つことができる。

 

 

(メイドの得物は今弾いた!! もう防御の手は残っていない!! 脳天を狙えばこの距離ならたとえ腕を犠牲にしても貫通して脳まで弾丸がめり込む!! これでチェックメイトですよ、メイド!!)

 

「──ああ、一つ教えてやろう」

 

 

 銃弾を放つために腕を振る刹那。

 ショチトルは頬に妙な亀裂を入れながら、こう言い残した。

 

 

()()()()姿()()()()()()()()()()()

 

 

 ──ガスが抜けるようなちっぽけな銃声が響き。

 

 弓箭が放った必殺のはずの一撃は、()()()()()()()()()()()()の頭上を通り過ぎて行った。

 

 そして。

 

 

「運がよかったな。雇い主のオーダーで貴様は『不殺』だ」

 

 

 ゴン!!!! と。

 頭部にマクアフティルの『平』の部分が打ち付けられ、弓箭はそのまま昏倒した。

 

 


 

 

 

「…………なるほど。インナースーツの上にこうやって組み立て式の銃器を『身に纏って』いたわけか。……これでよし。これで目を覚ましても銃撃で死ぬことはなくなったな」

 

 

 無事に弓箭を無力化したショチトルは、弓箭の身体を検めて反撃の芽を完全に潰していた。

 お陰で絵面が少々危険なことになっているが、このあたりはお互い様だ。気付けばショチトルのメイド服も、ソシャゲのキャラクターくらいの露出度になっていた。

 

 

「さて……あとはコイツをどうするか、だな。警察機関に渡してもこの街のことだ、裏取引で回収されそうだが……。……やはり『メンバー』のアジトで監禁すべきか? いや、だがそうなると『スクール』と全面戦争か……。……いっそここで『スクール』を壊滅させた方があとあと面倒が少ないんじゃないか?」

 

 

 『まったく不殺などという縛りさえなければ……』とぼやくショチトルだが、彼女としても今の雇い主の甘ちゃんさ加減は実のところ嫌いではなかった。彼女の意向を守るためならば、多少の面倒くささは我慢してやろうと思う程度には。

 そのあたりは、佐天のことをなんだかんだで見捨てられない優しさを持つショチトルらしいところでもあるが。

 

 ただ、この時彼女は一つのミスを犯していた。

 

 彼女は、すぐさまこの場から離れるべきだったのだ。

 弓箭を抱えてレイシアと合流する。そうすればレイシアはちょうどそのタイミングで上条と合流していたので、弓箭を捕獲したままの離脱ができていただろう。

 そして『スクール』としても、実は弓箭にはそこまで執着していないので──全面戦争となることもなく弓箭の危険を排除することができたのだ。

 

 だが、ショチトルがここで弓箭の処遇について思案したことで、一つの運命が確定した。

 

 

 

「────そのお方から、離れなさい」

 

 

 

 紫電を迸らせながら、少女が声を放った。

 

 その少女は、本来この場に現れるはずのない少女だった。

 常盤台というお嬢様の庭で、何も知らずに今日と言う夜を過ごすはずの少女だった。

 

 起点は、刺鹿の判断。

 

 彼女は弓道部の弓箭についての情報を得る為、人海戦術にかけては右に出る者のいない食蜂派閥を頼った。

 だが……()()のだ。そこには、弓箭猟虎のことをピンポイントで知る人物が。

 

 振り向きざまに潜入用の『護符』を発動して姿をもとの長身の少女のものに変えながら、ショチトルは低い声で言う。

 

 

「…………貴様は」

 

「わたくし、帆風潤子と申します」

 

「弓箭入鹿。……そこに転がっている方の妹、と言えば分かりますかしら」

 

 

 そして、紫電を迸らせる帆風の身体の陰から現れたのは片目を隠した少女。

 両方とも常盤台生──そして苗字の符合から、その時点でショチトルは自分が置かれている状況に気付いた。

 

 

『……あ! よかった繋がりました! 徒花さんすみません! 今、そちらに帆風さんと弓箭さんが来やがっていると思うんですが……ちょっと情報伝達が上手くいかず、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』

 

「心配無用だ」

 

 

 それだけ言って、ショチトルは通信を切る。

 

 誤解されているのは明白だった。よりにもよって、目の前にいる二人の少女はショチトルのことを、『弓箭猟虎を傷つけようとしている悪党』と勘違いしているのだろう。

 あまりにも見当違い。ここまで行けば喜劇の領域である。だが。

 

 

(…………ふざけやがって。ふざけやがって!! こんな甘ちゃんどもを引き連れて……何が暗部だ!? 何が『闇』だ!? この野郎……私をバカにするのもたいがいにしろよ!!)

 

 

 ショチトルは、静かにキレていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!)

 

 

 目の前の甘ちゃん二人に──ではなく、己の与えられた役回りに。

 

 

「……だとしたら、どうした。此処で戦うか? 私としては一向に構わないが……」

 

「どう……して……?」

 

 

 声に視線を向けると、そこには頭からの流血を抑えながら、しかし意識は取り戻している弓箭猟虎の姿があった。

 内心でショチトルは舌打ちする。あれほどの好条件でこの程度のダメージしか与えられていないようでは、やはり『奥の手』を使わない限り殺傷は厳しいということだろう。

 

 

「どうして。なんで……? だって、わたくし、いらない子……」

 

()()()()

 

 

 動揺する弓箭猟虎に被せるように、帆風が口を開いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 紫電を迸らせながら。

 あの才人工房(クローンドリー)の生き残りは、目の前の敵を見据えていた。

 

 

「いろいろなことを思い出しました。わたくしは……未熟で、今まであの研究所での記憶に、蓋をしていましたが」

 

 

 きっと、帆風はショチトルを『過去の何者か』に重ねているのだろう。己の大切なものを奪った敵に。

 ……本当に損な役回りだ、とショチトルは思う。こんなバカみたいな勘違い、とっとと蹴散らしてこのお花畑お嬢様をどつきまわしたいところだが……それでは、多分ダメだ。

 彼女の後ろで這いつくばっているバカを『ここ』から叩き出すためには。

 

 

(……はぁ、馬鹿は私か。『それ』でこんな身の上になっているというのに……。……本当に、救いがたい)

 

 

「ようやく、辿り着けました」

 

 

 誤解でした、の和解では、魂の浄化は済まされない。

 彼女を大切に思う人がいる。それだけで救われるには、弓箭猟虎の魂は穢れ過ぎていた。

 

 

「……遅くなってしまってごめんなさい。アナタがこんなところに来てしまうまで放っておいてごめんなさい。…………もう、アナタを独りなんてしませんから」

 

 

 だからショチトルは、お節介と知りながら、戦略的には必要のない寄り道であることを理解しながら、言う。

 

 

「目障りだ。貴様ら全員、この場で殺してやるとしよう」

 

「……させ、ない……!」

 

 

 ──声は、足元から聞こえた。

 ショチトルの足首には、弓箭猟虎が這いつくばりながらもしがみつくようにして掴みかかっていた。

 まるで、目の前の二人を逃がすように。

 

 

「あはは……、はは……。もう、ほんとに遅いんですよ……! 遅すぎですよ……! あんまり遅いから、わたくし……もう……こんなに……! もう……だから……でも……!」

 

 

 泣き笑いの表情で言う彼女の胸中に、どんな感情が渦巻いているかは分からない。

 だが、彼女は具体的な行動を出力した。即ち、目の前の二人を守る、という行動を。

 

 

「それでもわたくしは……お姉ちゃんだから……! 入鹿ちゃんの……お姉ちゃんだから……!! ……二人とも!! 逃げてください!! 此処は!! この街の『闇』は!! アナタ達が触れて良い領域じゃない!!!!」

 

「……ハァ……。……少しおとなしくしていろ!」

 

 

 心底嫌そうに溜息をついてから、ショチトルは弓箭猟虎を蹴り飛ばす。それだけで、弓箭猟虎はごろごろ地面を転がされるが、それでも何かを諦めきれない様子で、未練がましく芋虫のように地面でもがいている。

 

 

「……待たせたな馬鹿ども。同じ救いようのない馬鹿同士、少し遊んでいこうか」

 

「猟虎ちゃんは、返してもらいます……!!」

 

「もう、誰も喪いたくない。……喪わせない。だから」

 

 

 ──紫電が、ひときわ強く迸る。

 

 

「アナタが何者だろうと、足掻くことだけは、絶対に諦めない」

 

 

 変わる。

 帆風潤子一人の力に──『もう一人』が加わったかのように。

 

 

「……ハッ、存外私も、あの二つの顔を持つ雇い主に毒されてきたのかもしれんな。『変わった』のがすぐに分かったぞ」

 

 

 死者の声を聴く術式は、先ほどから使っている。なんと驚くべきことに彼女も死者の声を帯びていた。だから、たとえ相手がどんな能力を使おうとその機先を制することはできるだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……二乗人格(スクエアフェイス)に、ドッペルゲンガーに、塗替斧令ときて、『アストラルバディ』か」

 

 

 牙を剥くように笑い、ショチトルはマクアフティルを構える。

 

 

「よくよく、()()()()に縁のある夜だな…………!!」

 

 

 そうして、舞台裏の英雄達が激突する。




アストラルバディ、能力名をショチトルさんが知っていたというよりも、魔術サイドにも似たような概念があったということで一つ。(ありそうだし)

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