【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「おや、やっぱり動いてましたか」
──そうして病院を出た直後、だった。
ちょうど正門を出たところで、一人の少年とバッタリ出くわした。──茶色い髪を短く切りそろえた、引き裂くような笑みの少年。
木原相似。
その周辺には、やはりというべきか、UAVと数個の水塊が漂っている。
……これ、どう考えても病院に引きこもっていた俺を狙い撃ちするつもりだったよね。
屋内で万全の準備をした木原一族に狙われていたと思うと、本当にゾっとしちゃうな……。というか、相似さんは那由他さん達の『レイシア=ブラックガードを温存しておく』って作戦を読んでたのか。まぁそりゃそうか。そのくらいの裏は読んでくるよね。
そしてこの口ぶりからして、『那由他さん達はそういう方針で動くだろうけど、俺達はそれをガン無視して行動を開始する』ってところまで読んでたってことか……。
「当麻さん」
「…………ああ」
俺達がひと声呼びかけると、当麻さんはサッと動いて別方向へ走り去る。
まぁ、二人で一塊になると、相似さんの未知の攻撃で一網打尽とか普通にあり得るからね。電撃にしろ水流にしろ、どっちみち当麻さんとの相性は最悪だし。それに何より──
「……せっかくのリベンジマッチですもの。当麻の力のお陰で勝てたとか、そういう不純物が入り込む余地はナシにしたいですからね」
「ん~、実に
相似さんが嬉しそうに声を上げると同時。
「なッ!?」
直後、UAVから無数の紫電が放たれる。
先ほどの戦闘において、消火用スプリンクラーを誤作動させた電撃だ。当然、人間が食らえば昏倒は必至だが──こんな風に空気中に不純物をばら撒いてやれば、想定された威力を出すことはできない。
「わたくしに反撃の隙を与えずに勝負を決めるなら、初手に電撃を放って昏倒させるのが一番の安定策。……そんなありきたりな凡策を、わたくしが読めないとでも?」
実際のところ、
何せ、『亀裂』が空中を走る速度は音速を凌ぐ。初手で仕留めることができなければUAVを破壊されて窮地に立つのは相似さんの方なのだ。
確かに、
ただし、俺達にとれる行動は、
開幕の一瞬で勝負が決まるというのであれば、その開幕の一瞬を乗り切る為の『策』を用意することは、当然可能なのである。
つまり。
「電撃は──不発でしたわね」
この一瞬。
この一瞬さえあれば──『亀裂』で、全てのUAVを破壊することができる!!!!
ズガガガガガガン!!!! と。
空中を白黒の『亀裂』が駆け巡り、相似さんの周辺に飛び交うUAVを一つ残らず破壊する。電磁波が乱れたからか、相似さんの周囲に浮かんでいた水塊が破裂するようにして四方八方へと飛び散っていった。
あえて砂煙をも切断する形で展開することにより、カウンターの静電気操作も無効化する手筈だ。これで、相似さんの手札は一旦消し去った。
……もちろん、この程度で完封できるような相手なら、那由他さんが『絶対に勝てない』とまで言うとは思えないから、何かあるんだろうけど。
「さて。何もなければこれにて決着ですわ。……アナタの目的を、話してもらってもよろしくて?」
「………………ふふ、勝ち誇りますねぇ」
相似さんは、この期に及んで笑みを崩さない。
やっぱり、何かある? でもこの状況から戦況を覆す一手って、いったいなんだ……? ……とりあえず、相手の攻撃を待つ必要もない。一旦空へ移動して相似さんの射程距離から出よう。それから相似さんの策とか思惑を少しずつ暴いていけば良い。
そう考え、俺達は白黒の『亀裂』を翼のように展開して空へと移動する。三メートルほど飛び上がった、その直後のことだった。
『亀裂』の間を滑り込むように、水塊が襲い掛かってきたのは。
「なっ!?」
「あはははははははは!! 勝ち誇りますよねぇ! これ見よがしに提示したガジェットを全て破壊すれば!!
「が、ぼっ!?」
水が、呼吸器を覆い尽くす。水流操作における対人戦法の常套手段だ。
そして──攻撃を受けて、遅れて気付く。あのUAV……おそらく、囮だ! ……というか、疑問に思うべきだった! 静電気を使って水流を操作しているとして、あんな十数機程度のUAVが放つ電磁波で精密な水流操作なんてできるのか? と。
水流操作を行うというのなら、もっと広範囲に相似さんの技術が及んでいると考えるべきだった。たとえば──目に見えないほど微細な機械。信号に従って電磁波を放つナノマシンによってコントロールしている、とか。
(ぬかった!! UAVはおそらく、
内心歯噛みするが──でも、まだ致命的な問題じゃない。
呼吸の問題は当然あるけど、原因がナノマシンであるのならば俺達の敵じゃない。気流操作を使えばナノマシンは簡単に吹き飛ばせるし、流石に空間全体のナノマシンを吹き飛ばせば水流操作だって覚束なくなるはずだ。
まずは、今の一撃で乱れた飛行の姿勢制御を──
そう考え、『亀裂』を動かそうと演算をはたらかせてみる。
しかし。
「が、ぼが……っ!?」
『亀裂』が、伸びない。
いや、むしろ俺達の制御を無視して解除されていく……!? ど、どういうことだ!?
「ぐ、がぁっ……!!」
突然『亀裂』が解除されたことによる突風に押され、俺達は急加速して地面を転がる。その勢いで辛うじて水からは脱することはできたが──しかし、それだって完全じゃない。
気流操作による高速移動を失った以上、俺達の機動力はちょっと運動ができる女子中学生並だ。とてもじゃないが生物的に蠢く水流から逃れられるようなポテンシャルはない。
《レイシアちゃんっ!!》
ひとまず、方針を変更する必要がある。
何らかの方法で能力にジャミングを受けているなら、相手の懐に入って接近戦に入らないとこちらが削り潰されてしまうからな。だから、肉体の制御権を買って出た俺はレイシアちゃんに状況把握を頼んで前へと走り出そうとする、が、
「あっ……!?」
その一歩目で、
別に、何かしらの妨害があった訳じゃない。純粋に、足がもつれたのだ。慣れないダンスの振り付けを踊ったときにバランスを崩すように、足が足に引っ掛かって。
「あぅっ……!」
無様にその場で転んで、そして俺は自分の身体の──いや、レイシアちゃんの身体の異常に気付いた。
…………心臓が、とんでもなく早く脈打っている。
それだけじゃない。全身が、凄く震えている。指先の温度が感じられない。冷や汗が至る所から噴き出している。
そして。
《いやっ、いやいや、いやァァあああああああああああああ!!!!》
……レイシアちゃんが、恐慌状態に陥っていた。
「その様子を見るに、どうやら僕の想定通りだったみたいですねぇ」
蹲る俺達を見て、相似さんは実験結果の正しさを確信するように笑みを浮かべる。
「再起だのなんだのって言ってますけど、結局は中学二年生の少女の精神性です。自殺未遂のトラウマをそう簡単に完全払拭なんてできるはずがない!! だから絶対に心の中にはあるはずだと思っていたんですよ、
……レイシアちゃんは、川に身を投げた。
そして、川に身を投げたからといってすぐに意識を失ったわけではないはずだ。少なくとも、呼吸器の中に水が入り込んで、意識を失うまで苦しい思いをしていたはず。自分が死ぬと分かって、自分で飛び込んだにも拘らず苦しくて辛い思いをして、自分の選択を後悔する。それだけの時間があったと思う。
…………そんなトラウマが、いくら再起したってきれいさっぱりなくなるわけがないんだ。
だからこうやって、突発的に
いや、自分で言っておいてなんだけど、レイシアちゃんだってそこまでやわじゃない。
これまでだってプールでの水泳授業のときは全然問題なかったし、お風呂にだって問題なく入っていた。──ただ、水が呼吸器に入り込む息苦しい感覚。そこまで克服できているかと言われれば、そこは確かに分からない。
現に、今の俺達はボロボロだ。
レイシアちゃんが我を忘れて狂乱状態にあるせいで肉体の制御はめちゃくちゃだし、演算の片翼が失われたことで、能力はまともに使えない。もしも無理に使おうものなら、恐慌状態のレイシアちゃんに引っ張られる形で能力が暴発しかねないし。
……なるほど、こうして考えてみると、俺達は相似さんのことを甘く見ていたのかもしれない。
『亀裂』展開時の電子の揺らぎに目を付けたカウンターすら手札の一つでしかなく、本当の目的はこれ見よがしに提示していた水流操作そのものにあった。
相似さんは、きちんと考えていた。
「…………っ!!」
水流が、俺達に追いついてきた。
呼吸器にまとわりつき、レイシアちゃんの狂乱がさらに増大するが──俺はなんとかそれを抑え込むようにして、よろよろと立ち上がる。……立ち上がらなくちゃ、戦えないからな。
……レイシアちゃんのトラウマを最悪の形で抉る戦略を叩きつけられたわけだけど、不思議なことに俺の中に相似さんへの怒りはなかった。
相似さんは、俺達を超える為に真剣に考えて策を練ってきた。確かに悪辣ではあるけど、だからといってそれに文句をつけるのは、真剣勝負をしている以上無粋だと思う。
……
バチィン!! と。
思い切り、頬を叩く。
痛みで呼吸の苦しみが一時途切れ、レイシアちゃんの思考も空白に染まった。
そこに滑り込むように、俺は叫ぶ。
《なんという無様を晒しているのですか、レイシア=ブラックガード!!!!》
……気流で滑るようにだったとはいえ、三メートルの高所からの落下。
さらにレイシアちゃんの恐慌に引っ張られる形で呼吸は荒かった。多分、時間はあまり残されていない。物の数秒で、俺達の意識は酸欠でブラックアウトしてしまう。
いや、もう既に気を抜けば途切れそうな意識を気合いで持たせて、俺は言う。
俺として──というより、『レイシア=ブラックガード』という人間を作り上げてきた、一人の仲間として。
《確かにあの時の恐怖は、苦痛は、アナタの中に色濃く残っているのかもしれませんわ。ですが!! たかがこの程度の揺さぶりで何をそんなにみっともなく慌てふためいているのです!!》
……分かっている。
分かってる。レイシアちゃんにこんなことを言うのがどれほど酷なのかってことくらい。
だって、それだけの苦痛だったはずだ。絶望だったはずだ。レイシアちゃんにとって、それは一人で抱え込むには大きすぎる闇だと思う。俺と一緒だったからこそ、ようやく立ち上がることを決意できた程度には。
俺だけが、自分一人では立てなくて、レイシアちゃんに支えてもらって生きていたなんてわけがなかった。
レイシアちゃんだって、一人では不安定で進めないって部分を、俺に支えられてなんとかやってきていたんだ。
そんなこと、ずっと前から分かっていた。……でも。……でも!!
《アナタの隣に誰がいるのか、この程度で忘れているんじゃありませんわよッッ!!!!》
君の隣にいる半身は、この程度で忘れてしまうほど頼りない存在だったか……!?
一人では支えきれない絶望でも、二人でなら耐えられる。その先の希望に目を向けられる。そうやって俺のことを救ってくれたのは、レイシアちゃん、君自身だ。
だったら、君自身がそのことを忘れて、
共に『レイシア=ブラックガード』を担う者として。
その再起の価値を知る者として。
《それとも、わたくし達が歩んできた道のりが、こんな小細工にすら劣るとでも?》
《…………ごめんあそばせ。情けないところを見せましたわね、シレン》
レイシアちゃんはそう言って、ふっと笑った。
そして。
轟!!!! と。
一陣の風が吹き抜けて、呼吸器にまとわりつく水の塊が地面に落ちる。
水そのものを吹き飛ばしたのではなく、それを制御するナノマシンを吹き散らしたことによって、水が制御を失ったのだ。
呼吸を遮るものがなくなり、俺達は必至の思いで呼吸をする。ほんの十数秒ぶり程度だったにも拘らず、途轍もなく長い間呼吸を止めていたかのような、そんな苦しさだった。
「は、……はっ……! はっ……!」
「…………なるほど。シレンさんですかぁ? しまったなぁ、
顎に手を当てて、まるで実験動物の挙動を観察するかのように相似さんは言う。
多分、彼の手はこれだけで失われたわけではないはず。あと一つか二つだろうか。俺達を完封する為の策を用意していて、だからこそああいう余裕が残っているんだ。
…………正直、今みたいな初見殺しをあと二つもやられたら、俺達も大丈夫かどうかはかなり怪しい。ただでさえ、前回の電撃や今回の水責めで体力を相当消耗しているんだもの。今だって意識を強く持っていないと膝を突いてしましそうだし。
そんな内情を察しているのか、相似さんは引き裂くような笑みを浮かべて言う。
「……気が滅入ってきましたかねぇ? ご安心ください。僕の残り手札はあと五枚です。あと五回、今みたいに乗り切れば、晴れて無策の僕と対峙できますよぉ」
「………………五枚」
それは、絶望的な事実だった。
いや、俺達の心を折る為のフカシも入っているのかもしれないけど、本当にあと五枚も切り札があれば、流石に俺達の勝ち目はないかもしれない。気流操作に対するカウンターとか、かなり厳しいラインだよね。
「あは、流石に諦めてくれましたかね? いやぁ、僕としてもあんまりブラックガードさんのことを傷つけたくはないんですよ。だから降参してこちらに身柄を預けてくれると、とっても助かるんですけどねぇ」
でも。
「アナタは『わたくし達』を攻略したことでレイシア=ブラックガードを攻略したつもりになっているのかもしれませんけど──」
すい、と。
俺は、相似さんの方を……より正確には、その背後に立つ者のことを指差す。
「『レイシア=ブラックガード』は、断じて独りで戦ってなどいなくてよ?
悪辣な笑み。
相似さんは、俺達を倒す為だけに全精力を注ぎこんだのだろう。レイシア=ブラックガードというパラメータに最適化した戦力配置。それだけ準備をしてきた相似さんと俺達では、この戦闘にかけてきた労力が違いすぎる。それじゃあ、俺達が勝てないのは道理だ。
だが、一方で。
別に戦いは、俺達と相似さんの一騎打ちだけで決まらなくちゃいけないなんてルールは一個も存在しない。
『……やれやれ。だから他に任せて安静にしていろって言ったのにこれだ。我らが女王様は本当に負けず嫌いだな』
「とかなんとか言ってメチャクチャ乗り気だったじゃねえか。えーと、馬場だっけ?」
『黙れよ
相似さんの背後に立つのは、先ほど別れた黒髪のツンツン頭──上条当麻。
それと、馬場さんの操る四足歩行のロボット、『T:GD』がざっと一〇体。
「…………増援、ですかぁ」
「アナタの言う再起だのなんだのによるわたくし達自身の成長なんて、たかが知れていますわ。それこそ、徹底的に対策を取れば完封できてしまう程度には。ですが……その過程で得た
相似さんは、結局最後まで諦めなかった。
そして。
一人の