【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
八月二二日 晴れ
また苑内が『ホルモンバランスの調整による内的な豊胸技術の研究』だかなんだかに血道を上げ始めていたので、軽く『オシオキ』をしました。まったく、せっかくわたくしが開発関連の斡旋をしてやっているというのに彼女は一体何をしているのやら……同調している馬鹿もいますし。聞けばまだ研究発表のノルマも終わっていないらしいではありませんの。…………これ以上続くようなら元・苑内派閥以外の誰かを監視につけることも視野に入れる必要がありますわね。今日のところはオシオキまでにしておきますが。
それから、派閥のメンバーとお茶会に興じつつ今後の活動についての指示などをしました。最近は結成当時の動揺や確執も大分落ち着き、メンバー同士の不和もなく、わたくしを組織の長に据えたパワーバランスも安定傾向にあります。
少し前に締め付けを少々緩和させた影響か、コミュニケーションも比較的円滑にとれるようになり、派閥のメンバーの精神状態も概ね安定傾向にあると言えるでしょう。
…………正直なところ、このわたくし自身も、ただ彼女達とお茶会をしているだけでも満足感を得られている部分は認めなくてはなりません。
ただし、これは『派閥』という小さな世界の頂点に立っていることへの満足感にすぎないでしょう。この状態に甘んじて、さらなる高みを目指さないのは愚の骨頂であると、自分で自分を戒めておきますわ。
わたくしが目指すのはただ一つ、頂点のみ。
その為には、他者との馴れ合いなど必要ありませんわ。
***
………………研究所へ向かうまでの間、朝に読んでいたレイシアちゃんの日記の一ページを思い返していた。
最初の方は、派閥のメンバーひとりひとりの動向を、開発関連に至るまで厳しく管理している、レイシアちゃんの暴君的かつ神経質な一面がこれでもかと出ている文章だった。
だが、後半になってくると、レイシアちゃんが迎えられたかもしれないもう一つの可能性を感じさせる文章だった、と思う。
レイシアちゃんの中に確かにあった、『芽生え』の兆し。
居心地の良さ――レイシアちゃんの中にも、僅かではあるが、彼女達に対する歩み寄りの形跡があったんじゃないだろうか、これは。
日記の時点では歩み寄りと呼ぶのもおこがましいくらい小さなものだが、それでもそのままの道を進んでいれば、今頃はもう少し違った未来があったかもしれない、と思わせるようなものが此処にあると思う。
…………結局は、それが完全に開花する前にレイシアちゃんが自縄自縛で追い詰められて、――詳細は分からないが――美琴に敗北し、自ら自分の人生を諦めてしまったが。それでも彼女は徹頭徹尾、誰も受け入れようとしなかったわけじゃない。
派閥の中に、自分の居場所を感じ始めていた節だってあったんだ。
自分の力だけでなく、そういった居場所を認めることが出来れば…………。
…………だが、レイシアちゃんが『GMDW』に居場所を見出しかけていたということは、逆説的に言えば現在の元『GMDW』のメンバーにもレイシアちゃんを受け入れる素地はあるはずなんだ。
確かに『GMDW』メンバーのレイシアちゃんに対する警戒はちょっと想定外だったが、警戒されているということが分かれば別のアプローチで歩み寄って行けばいい。要するに、もう俺には警戒に値するような思惑なんてないよということを理解してもらえればいいんだ。
…………じゃあどうすればいいの? って具体論になると、ちょっと思いつかないけども…………まぁ、小さなことからコツコツとやっていけば、伝わるものもあると思う。人助けとか、挨拶とか。いきなり近づきすぎると昨日みたいなことになるから、細かいことから少しずつ。
ただの思考停止じゃない。
昨日話してみて、根本的に彼女達がレイシアちゃんのことを拒絶したいだけではないということは理解できた。
ということは、きっと何とかできる。途中で衝突があっても…………それは、俺が呑み込めば良いだけの話だ。多分。
……が、だからといって派閥の人達にばかり集中することもできず。
俺は、能力開発の為に研究所に召集されていた。
三日失踪した上にそのあと一五日間罰掃除プログラムで、一か月に一度の
『……遺憾ではあるが、成績は今一つ、ね』
通り一遍の実験を終えると、瀬見さんのアナウンスが聞こえてくる。
『ただし、それは貴方が成長していないというわけではないわ。今回試した新しい演算方式はまだ今まで貴方が使っていたものほど洗練されていないのだから、成績が振るわなかったとしてもそれは実質的には向上を意味していると言っても過言ではないの』
「分かっていますわ。もう、
あまりにもこちらのことを気遣っているのが丸分かりな台詞に、俺は思わず赤面しながら返してしまう。まぁ実際にそれで拗ねてしまったレイシアちゃんが言っても説得力はないんだろうけども。
「…………ありがとうございます」
でも、それは彼女達が俺のことを慮ってくれている証だ。
過去に起きた過ちを二度と繰り返さないように、俺のことを想って行動してくれているということに他ならない。
それは、俺の二週間にわたる彼女達への『歩み寄り』の結果だ。そのことが、俺に自信と勇気を与えてくれる。その成功体験が、一度の失敗では折れないように心を補強してくれる。
『では、一旦ブリーフィングルームに戻って。今回の実験の検証を行い、演算方式をブラッシュアップしていきましょう』
そのアナウンスに従って、俺は今の今まで向き合っていた実験場に背を向ける。
そこは、ちょっとした戦場痕のようになっていた。
具体的には、今まで動くだけの『的』だったHsOシリーズから攻撃が飛んでくるようになった。
と言っても当たったらこっちがダメージを受けるような兵器を使って万が一でも俺がケガをしたらマズイということで、使われているのは単なるペイント弾に制限されているらしい。
…………そのペイント弾が普通に野球選手の剛速球よりも早くて、しかもガトリング並に連射されているあたり、開発陣からの俺への恨みは未だに凄まじいんだろうなってことが分かる。……ああ、いずれ謝罪の挨拶に行きたいんだけど、そこまでは流石に手が回らない……。
で、戦場に転がっている残骸の名は、確か…………HsO-07、『ウィングバランサー』とか呼ばれていた機体だったっけ?
成長した
相手の逃げ道を塞ぐ為に『亀裂』を伸ばしていたら、今度はこっちの『一度伸ばした「亀裂」は能力自体を全解除するまで消せない』っていう欠点を突いて襲われたり……なんかもう、命がかかってないだけでマジのバトルだった。絶対向こうもムキになってたって。
…………まぁ、お蔭で能力の応用技術に関しては、それなりに伸びてると思うけども。
***
***
「……どうかしたのかしら。浮かない顔をしているようだけど」
「………………顔に出ていましたか?」
思わず、そう言って俺は頬に手を当てた。
「いや、カマをかけてみただけよ」
………………。
今の今まで俺と演算方式のブラッシュアップ方法について議論を交わしていた瀬見さんは、携帯端末を見ながら俺と話しているが……それは俺のことを蔑ろにしているというわけではない。
実験時の俺の演算領域の稼働具合を、専用の機材でモニタリングしていたのだ。
「これを見て。普段よりも脳の稼働率が若干低いわ。おそらく無意識に何かしらの心配事を考慮しているものと思われるが、何かあったの?」
「ええ、まぁ…………。少々、派閥の方で」
と言うと、瀬見さんの方も状況を察したのか、少しばかり表情に苦い色を滲ませた。
「仕方がないことというのは重々承知しているんですけれどね。それでもやはり、何も感じないかと言われれば、そうもいかないのです」
内心でどれだけ『どんな仕打ちを受けようと仕方ない』と
「それは…………そうだろうと思うわ。率直に言って、私達も最初は、貴方の真意について測りかねていた部分はあったし。まして、彼女達は貴方と接する機会も多かった。悪感情に関しては、私達よりも根深いでしょうね」
「ええ、まあ」
「だが…………レイシアさん、貴方も理解していると思うが、『それが当たり前』なのよ」
瀬見さんは、そう断言してみせた。
「謝罪する姿勢は大事だが、だからといってそれが受け入れられるとは限らないの。むしろ、最初のうちは拒絶される方が多い」
……実際、研究チームに『歩み寄り』を始めた当初も、最初は拒絶ムードが強かった。
瀬見さんなどは俺の一挙手一投足を警戒し、何かの反動で癇癪を起こしたりしないかと怯えていた節もある。研究チームの一員に出合い頭に舌打ちされたこともあった。
それは、そうされて当たり前のことを今までレイシアちゃんがしてきたってことだ。
でも、そこから二週間かけて俺は研究チームの面々に歩み寄って行った。結果、今も完全にとまではいかないが、少なくとも瀬見さんは俺に心を開いてくれた。
「…………だが」
そこで、瀬見さんは表情を引き締める。
「たとえば、問題を私達とレイシアさんにだけ絞ったときには」
俺に、教え諭すように。
「…………レイシアさん。確かに私達にしたように、関係の改善をする為には貴方の歩み寄りが必要不可欠よ。その為には、どんな方法であれ、反省したことを伝えるのも大事ではあるわ。…………だが、果たして反省する必要があるのは貴方だけなのかしら?」
「………………………………へ?」
「確かに、私達に対し横暴に振る舞い、理不尽な行いをしてきたのは貴方よ。…………だが、そこに至るまでに私達にできることは何もなかったのかしら? 私達は、貴方の気持ちをただ受け取るだけでいいのかしら?」
………………いや。
いやいやいやいやいやいや!!
それは、それは違うだろう! 確かに俺はレイシアちゃんがそこまで悪いとは思っていない。自殺する前に誰かが手を差し伸べるべきだったと、正直今でも思っている。
でも、それは『無関係な外野』が第三者視点からそう思っているだけであって、
確かに最初は瀬見さん達がどうにかできなかったのかと思ったりもしたけど、立場ってモンもあるだろうし、人間できることとできないことがあるって今は分かっている。それなのに最適解の理想論を言って『お前にも責任がある』なんて、それこそ横暴じゃないか!
レイシアちゃんは、開発チームの皆に自分の能力が上がらないことで当たり散らし、自己満足の為に余計なオプションをつけて迷惑をかけ……総じて、自分の機嫌一つで様々な人達に傲慢を振りかざしていた。
…………そこに至るまでのレイシアちゃんに同情できる部分はあると思うし、彼女にだって立ち直るチャンスや道筋くらいは与えられるべきだと思う。彼女の身体に入った俺の使命は、そういうことをする手助けだと思っている。
でも、それとこれとは話が違うだろ? 同情できるからって責任まで分散されるのなんか、論理が思いっきり飛躍してるぞ!
「そんなのおかしいに決まっていますわ! 私が貴方達に苦痛や理不尽を強いて来たことは紛れもない事実、」
「私が言っているのはね」
瀬見さんが、私の肩を掴む。
「
「…………………………………………………………………………へ?」
思考が。
予想外の言葉に、思考が冗談抜きに数秒ほど停止した。
「……悪いのは、貴方だけではない。私達開発チームの面々は、貴方の危うさについて気付いていた。仮にも貴方の脳を開発する人間の集団よ?
「………………………………、」
「にも拘らず、私達は貴方に改善を促したりはしなかった。『私達の仕事は開発だから』『多少の横暴にさえ我慢していれば勝手にお金を出してくれるから』……貴方との衝突を
………………………………それは。
「貴方が自殺未遂をはたらいたと聞いたとき……私の胸に去来したのは、『何てことをしてくれたんだ』という言葉だったわ。貴方を追い詰めたことに対する良心の呵責なんて何一つなかった。私達は被害者で、貴方は加害者だから。貴方がいくら痛い目を見ても私達は悪くない。私は、そう思っていたの。そんな、救いようのないことを思っていたの」
瀬見さんは、血を吐くようにそう言った。
「…………だが、貴方の在り方を見て、私達が、私達こそが貴方をそうしてしまったのだと気付いた。一番悪くて、狡くて、醜かったのは私の方だと思い知った。なのに、自分だけが悪い? 私達は悪くない? …………そんな訳が、ないでしょう……。一番悪いのは私達大人よ。…………貴方にばかり謝らせて、申し訳ないと思っているわ」
………………俺は、なんて言えばいいのか分からなかった。
糾弾する? とんでもない。そういった事情があったとはいえ、レイシアちゃんが横暴だった事実に変わりはない。瀬見さん達が被害者ヅラする為に衝突を避けていたのだとしても、元はと言えばそれはレイシアちゃんが横暴だったからだ。レイシアちゃんの性格では衝突すればさらに大変なことになるのは目に見えているし、楽な方に流れたことを責められるわけがない。
なら庇う? それも、……違うと思う。そんなことをしても瀬見さんは余計に辛くなるだけだ。それに…………瀬見さんの話を聞いてもレイシアちゃんにだけ原因があると思うほど、俺はレイシアちゃんが悪いとも思っていない。
…………なんて言えば良い? なんて言うのが正解なんだ?
……いや、俺は、なんて言いたいんだ?
「もう、貴方は十分私達に歩み寄って来てくれた。これからは、私達に歩み寄らせて。私達は貴方ほど綺麗じゃないから、時間もかかるかもしれないけど……それでも、お願い」
そう言って、瀬見さんは頭を下げた。
………………瀬見さんは、自分の悪かった部分を包み隠さず晒してくれた。……
それこそ、瀬見さんが俺に心を開いてくれた真の証左だ。
…………レイシアちゃんを『許した』ってことだ。彼女が拗れさせていた人間関係をほどけたってことだ。
「…………頭を、上げてくださいな」
そう言って、俺は瀬見さんに頭を上げてもらった。
そして、一番に伝えたかったことを言う。
「…………ありがとうございます。なんだかとても、救われた気がしますわ」
「そう。それなら、良かったわ」
「……わたくし、そんな風に思われていたなんて、思ってもみていなくて……」
「無理もないわ。自殺するほどに自分を責めていたということだもの、自罰的なメンタリティを獲得していても無理はないの。むしろ、私達がもっと早くに言うべきことだったわね」
そう言って、瀬見さんはもう一度『ごめんなさい』と呟くように笑った。
…………いや、それは違うんだけどな。…………でも、レイシアちゃんの日記の最後のページにあった、『こんなわたくしは嘘に決まっています』っていうのは、ある意味それくらい強い自己否定があったってことでもあるんだよなぁ……。
「…………だが、こういうことを思っている場合もある、ということよ。貴方が『自分だけが悪い』と全てを背負い込むことは、その認識を前提に相手と関わるということは、逆に言えば『相手が想いを吐き出す機会を奪う』ことでもあるの。……
「…………」
………………………………俺は、今までこの人間関係の拗れは、
過去にしたことを謝って、自分が変わったことを見せて、わだかまりを解いて、相手にレイシアちゃんを『見直させる』ことができたならば、全て上手く行くと思っていた。
でも、そうではないとしたら?
俺がただ歩み寄って行くだけでは不十分だったとしたら?
問題は、そんなに単純ではないとしたら?
瀬見さんの言ったことが、『GMDW』のメンバーにも当てはまってしまうとしたら?
彼女達にとってはレイシアちゃんは『圧倒的な強者』で、それに対抗する弱者としての構図が彼女達の中に染みついている。そんな節があることは……否定できないと思う。
もちろん、そこに悪意のようなものはないだろう。面倒臭いからとか、そういうことを意識していた訳ではないと思う。だが…………正直、警戒が過剰すぎるなとは思うんだ。
確かに、最初に拒絶されるのは織り込み済みではあった。何度拒絶されても接触を繰り返して、少しずつ変わっているんだってことを認識してもらおうと思っていたんだし。
でも、彼女達は美琴との和解やら寮監とのやりとりやら罰掃除プログラムやら、果ては渡されたケーキに至るまで『自分達を支配する為の足がかり』としてしか見ようとしていなかった。
それだけのことをレイシアちゃんがしていたんだ――――と結論づけるのは簡単だし、実際に俺もそうしていたが、果たして本当にそれだけなのか? 自分にだけ原因があって、自分さえ変われば問題が解決すると思うのは、それはそれで短絡的じゃないか?
そして、彼女達はレイシアちゃんが自殺未遂をしたってことを知らない。瀬見さん達と違ってレイシアちゃんの『弱み』を見ていない。
……ってことは、このまま色々な手で『変わった自分』を見せ続けたところで、『自分達を支配する為の方式を変えただけ』と認識され続ける可能性があるってことになる。
本当に和解したいのであれば、相手の問題も解きほぐす必要がある。そういう風に、問題を認識し直す必要があるんじゃないか?
………………じゃあ、具体的に、どうしようか?
やや唐突なドラゴンキラーは別に何かの比喩ではなく、普通に他鎌池先生作品ネタです。
(HsOシリーズの元ネタを破壊し続ける主人公コンビの通称・参照:ヘヴィーオブジェクト)