【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

17 / 190
一四話:チェス盤をひっくり返す

 外部寮に戻り、諸々の準備を済ませた頃には、既に三時を過ぎてしまっていた。まぁ、数十分やそこらで解散するような集まりでもないから心配は要らないけど…………戻って来たのが一一時ちょい過ぎくらいだったから、四時間も手間取っていたのか。まぁ、そのくらい素っ頓狂なことだったから仕方がなかったとも言えるけども。

 

「…………必要な()()は……これで全部、ですわね」

 

 誰に言うでもなく呟いて、俺は紙の束を手に持つ。

 最近は、お嬢様言葉も自然と口を突いて出るようになった。順応……と言っていいのか。そのうち心まで女性化していくのかな? と少し思ったりもするが、そうなったらそうなったで受け入れるつもりだ。少なくとも今の俺にそういう兆しはないし、仮に兆しが出てきたら、その時の俺にとって『そういう変化』は好ましいモノに映ることだろう。

 …………それに、そこまで長い間レイシアちゃんの身体に居座るつもりもないしな。

 

 と、そんな感じで俺は常盤台中学にやってきた。

 

『GMDW』の集まりがある中庭に向かおうとしていると、何やら学校自体が浮足立っているような雰囲気だった。

 何か……大きな騒ぎの余波が、広範囲にわたって影響を及ぼしているような。

 気になった俺は、そのへんにいる生徒の一人に声をかける。

 

「少し良いですか? 何やら騒がしいようですが、何かありましたの?」

「え? ああ……、何かもなにも…………って、ブラックガード様!?」

 

 ……が、その少女は俺に気付くや、驚愕で面喰っていた。……俺絡みの話ってことなのか、あるいは俺自身にそれだけの悪印象があるのか、判断に悩むところだな……。

 気を取り直した生徒の少女は、オーバーリアクションを恥じたのか少し顔を赤くしながら、咳払いをする。

 

「……ご存じないと。ということは、やはりあの噂は本当だったのですね……」

「…………『噂』、ですか?」

 

 俺が眉を顰めると、それだけで少女はびくりと震えてしまう。しかし、これまでの活動の賜物か、それだけで逃げ出すようなことはせずに続きを話してくれた。

 

「ええ……」

 

 少女は小さく頷き、

 

「『レイシア=ブラックガードは「GMDW」の指導者の座を追われた。ゆえに、「GMDW」の保有する財力は宙ぶらりんとなっている。その「遺産」を我が物にするなら、今がチャンスだ』…………そんな話が、まことしやかにささやかれていたのですよ」

 

***

 

第二章 失敗なんて気にしない Crazy_Princess.

 

一四話:チェス盤をひっくり返す Demolition.

 

***

 

「…………その話についちゃあ、既に決着していたはずですが?」

 

 中庭。

 刺鹿夢月は、やってきた『使者』に対し、苦々しい表情を浮かべながらそう言い放っていた。

 口調こそ威圧的だが、彼女の浮かべている表情が、彼女達の立たされている状況の苦しさを物語っていると言っても良い。

 

「いえいえそうではありませんのよ。ですので、わたくしが申し上げているのは『委譲』ではなく『合併』ですわ」

 

『使者』の少女は、人の良さそうな笑みを浮かべながらそう返す。

 彼女は、以前レイシアがやって来た直前に刺鹿と対面し、そして『空中に現れた火花』によって気圧され一旦は退散した少女だった。しかし、今はそうした威圧も効かないと言わんばかりに余裕を持った笑みを浮かべている。

 

「そもそもが、理不尽だと言っているのです」

 

 少女は、にこやかな笑みを浮かべながら、刺鹿達を糾弾していく。

 

「ブラックガード様の入院以降、貴方がたは派閥の保有する研究機関をろくに利用していません。せいぜいが、外部の開発機関程度でしょうか? 以前に使用していた集合場所さえ利用している形跡がない」

 

 利用していない――というのは、間違いだ。

 正確には、『利用することができない』のである。能力開発に利用している開発機関を除いた研究施設――派閥の独自研究などに用いている研究所など――の権利はレイシアが保有している為、彼女達では使用許可が下りないのである。

 例の『入院』騒動の前まではいちいちレイシアが許諾を出す形で活動を管理していた為問題はなかったが、『入院』以降『GMDW』のメンバーはレイシアと決別している為、許可の申請などとれるはずもなかったのであった。

 

 もちろん、解決する方法くらいは刺鹿達にも分かっている。

 レイシアに、許可の申請をすればいいのだ。そうすれば『一応利用しようとしている姿勢』は外部にアピールできるので、目の前の少女の主張の『前提』は崩れ去る。

 だが、そんなことは彼女達にはできなかった。『許可の申請をする』ということは、レイシアの軍門に再び下るということに等しい。そんなことをすれば、せっかく達成した決別が無意味になってしまう。

 また、あの日々の再来となってしまう。

 そんな決断を認められるはずがなかった。

 

「…………ですが、そんなものは貴方達のわがままですわ」

 

『使者』の少女はせせら笑うようにしながら、

 

「この世の資源は限られています。それは、人工物であっても変わりません。常盤台周辺にある研究機関をはじめとした施設もまた。『使う予定のないリソースを支配している』というのは、あまりにも自分勝手ではなくって?」

 

 少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、そう語る。

 …………もちろん、詭弁だ。

 確かにこの世の資源は限られているし、研究機関をはじめとした施設も同じように限りがあるだろう。しかし、それは常盤台中学のいち生徒の集まり程度で余裕がなくなるほどの量ではない。彼女達の『矜持』は、他の誰かの努力を阻むような性質のものではない。

 つまりお嬢様特有の、綺麗事にまみれた婉曲的な言い回しを排して、本音だけで構成した場合、彼女の台詞はこうなる。

 

『組織として弱体化したお前らから、技術情報を奪い取ってやる』

 

 …………『GMDW』は、掛け値なしの大派閥である。

 それも、分子関連については特化した技術力を持っている。専門的な技術は使いようがないように見えるかもしれないが、特化した戦力というのは何かしらの分野にも接しているものだ。持っておけば、何かしらの技術的な壁にぶち当たったときに技術的なブレイクスルーを生み出す助けになるかもしれない。

 だから、持てるものなら持っておきたいのだ。

 

「………………、」

 

 それに対し、刺鹿は答えることができない。

 彼女達の本音は分かり切っているが、一方で彼女達の言い分は()()正論だからだ。特に誰にも迷惑をかけているわけではないが、リソースを無駄にしていると言われれば否定することはできない。

 常盤台の社会は表立った戦力によって支配される社会ではないが、一方でその分『風聞』が物を言う場所だ。

『彼女が派閥を作れば脅威になるかも』という憶測()()()潰される可能性のある世界。

 そんな世界で、このまま話を大きくされて、『リソースを不当に独り占めしている』などという風聞を撒き散らされれば――当然ながら、まともなことにはならないだろう。彼女達には及びもつかない手順で、各種権利が全てむしり取られるに決まっている。そういう手筈が、既に整っているとみるべきだ。

 そして、実際のところ、刺鹿達にはこの問題について譲歩することはできない。

 実質的に契約の権利を有しているのはレイシアだから手続きが出来ない――――なんていう理由ではない。

 それだけなら、『GMDW』から脱退してしまえば彼女達に累が及ぶ心配はなくなる。派閥の研究成果については失われてしまうが、そんなものはレイシアの『入院』騒動が起きてからは既に諦めていたものでしかないし、未練などない。

 問題は、そこではない。

 かつてのレイシアは、『GMDW』のメンバーの能力開発について、全てを自分で管理しようとしていた。メンバー全員について『GMDW』のコネを介した斡旋を行う、という形で。

 つまり、彼女達が自分の為に利用している能力開発の為の研究機関ですら、『GMDW』が所有する権利の範疇に収まってしまっているのだ。

 そんな状況で『GMDW』の持っている技術力が根こそぎ奪われでもしたら、彼女達の手元には彼女達がきちんと活用している能力開発機関すら残らなくなる可能性がある。

 

 ひらたく言うと、『GMDW』の技術力を奪われた場合、彼女達の能力開発水準は数レベル低下する。

 最悪の場合、最大で一か月ほど能力開発自体が完全に滞ってしまうかもしれない。

 

 そして、能力開発のエリート校である常盤台中学においてその足踏みは致命的だ。

 確かに彼女達には、レイシアの『遺産』を使ってどうこうしようという意思など存在しない。だが、それは彼女達が清貧を心がけなければならないという意味にもならない。あくまで彼女達は能力開発のエリート集団であり、()()()()()()()()()の為にドロップアウトを良しとする集団ではない。

 それに何より、暫定的ではあっても組織の長として、そんな話を認めるわけにはいかない。

 

「応じないのであればそれでもよろしい。ですが、我々は徹底的に戦いますわよ。貴方がたが自分勝手に限りあるリソースを食い荒らし続けるのであれば、我々は正義の為に貴方がたを打ち倒します。……ブラックガード様を倒した、御坂様のように」

 

 彼女達にはどうにもできないということを知りながら。

『使者』の少女は、笑みを浮かべる。レイシアの『遺産』を我が物にする為の策略を張り巡らせながら。

 そこに、切羽詰った事情など存在しない。

 ただ、自分達の派閥の規模を大きくし、名誉や将来の為に有利だから。それだけの、軽い思いで。

 分かったような口ぶりで、そこにあった心の動きも知らない癖に、上から目線の『白々しい正義』を振りかざす。

 

「…………!」

 

 刺鹿は、その傍らに立つ苑内は、そして派閥の少女達は、悔しそうに歯噛みする。

 だが、もう彼女達にはどうしようもない。

 状況は既に、詰みの領域にまで至っていた。

 

 その、はずだった。

 

「――――随分と、面白くない話をしているようですわね」

 

 その少女の、凛とした声がその場に響き渡るまでは。




派閥の世界観については独自設定ですが、原作を見る限り派閥社会は色々窮屈そうです……。
……一方で、仲良しグループレベルで収まっている面もあるようなので、
このへんはエンジョイ勢とガチ勢みたいな感じの違いなんでしょうね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。