【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一五話:雨降って――

 ………………少女の情報提供にお礼を言って急いで中庭に向かってみたら、なんか夢月さん達が凄い涙目になっていたでござる。

 

 いや、ござるじゃなくて。

 わりとマジでヤバい雰囲気になっていて、正直、焦った。

 その焦りを引っ込めて、落ち着いた声色を作れたのは……ここ一か月間のお嬢様生活の賜物か、あるいはレイシアちゃんの身体に染みついた『冷たい声色』の癖がなせる業か。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 

「…………貴方は……!」

「ご存じレイシア=ブラックガード。この派閥の『長』ですわ」

 

 そう名乗ると、夢月さんの目の前に立っていた少女は、じりりと気圧されたように後退りする。…………そんなに威圧したつもりはないんだけど、緊張で顔がこわばってたか? やっぱりレイシアちゃんの恐怖っていうのは派閥の外の生徒にも染みついているんだろうなぁ……。途中で会った少女を見るに、『GMDW』のメンバーほどじゃないみたいだけど。

 

 しかし、どうやら話の流れ的に、聞いた話と大体の流れは同じのようだ。

 …………『自殺騒動』を経て、『GMDW』が俺――レイシアちゃんの制御を離れ、それによって一部研究機関の利用が滞っているから、そこを突いて強引に『GMDW』の持つ権利をむしり取ろうとする策略。

 実際には、『委譲』だとか『合併』だとかといった婉曲的な手法になってはいるが、本質は変わらない。結果的には、『GMDW』の技術力はむしり取られるわけだしな。

 そして、それが行われる過程で使われていなかった研究機関の権利だけでなく、彼女達が開発に使っていた施設すらも取り上げられかねない。……それは、エリート学校の常盤台中学においては致命的なマイナスだ。

 

 しかも、それを実行しようとしている相手側にしても、別にそうしなくちゃいけない理由があるわけじゃない。『先進的かつ尖った技術力があれば、いずれ研究で手詰まりになった時に技術的ブレイクスルーを生み出せるかもしれないから』……まるでパズルの『ピース』でも扱うみたいに。そんな転ばぬ先の杖みたいな考え方で、彼女達から権利を奪おうとしているってわけだ。

 

 …………なら、俺がやるべきことは一つだけだろう。

 

「……今更、何の用です?」

 

 相手側の少女が、そんなことを言いだした。

 声こそ震えていて、緊張しているのが丸分かりだが――それでも、口元には笑みが浮かんでいた。

 

「長たる自分が現れたから、権利者たる自分がいるから、それで話は終わりだとでも!? 今まで散々放置しておいて、そんな理屈が通ると本気で思っているのですか!? 我々が戦う『派閥』の世界は厳密な論理よりも人々の間で交わされる『風聞』こそが物を言う社会! 『筋』が通っていなければそこには何の効力も生まれはしない!!」

「それで?」

 

 彼女の主張を全部聞いて、その上で俺は横目でちらりと一瞥し、そう切り捨てる。切り捨てられた相手側の少女は、あまりのことに何も言えないようだった。

 ま、今相手側の少女が言ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話だしな。相手が棒立ちだったら大量にコンボを叩き込めるなんて言っても、そりゃ理論上の話でしかない。こっちは分かりやすいNPCじゃないんだから、対抗だってできる。

 

 ……それにぶっちゃけた話、相手側の少女の理屈なんてのは最初っからどうでも良い。そんなもんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。重要なのはそこじゃない。…………俺にとっての最重要項目は、今この少女に追い詰められていた、『GMDW』の面々の方だ。

 彼女達を、どう納得させるか。そこにかかっている。

 

「…………何、の、つもりですか」

 

 そちらの方に視線を向けると、ちょうど夢月さんがぽつりと呟いたところだった。

 

「何故、このタイミングで現れやがれるんですか!? ……まさか、これも全て貴方の差し金だったんですか!? おかしーとは思っていたんです! 貴方が私達から手を引いたタイミングで、この騒ぎ! こうなることを予見して、私達が貴方に助けを求めざるを得ない状況を作って、そこに『優しく手を差し伸べる、改心して優しくなった正義の統治者』として君臨し直そーってハラなんでしょう!?」

 

 …………………………。

 まぁ、普通にそう思うよねぇ。俺がまだ以前の悪人のままであるっていう前提に立って考えると、このタイミングで彼女達が苦境に立たされるのは俺にとって都合が良すぎる。

 何せ、彼女達に用意されている唯一の解決策は、俺に助けを求める……つまり再びレイシア=ブラックガードに従属するっていう、彼女達にとっては最悪の結末しかないんだから。

 彼女達としては、俺が全部仕組んでいたって考えるのが自然な流れなんだよなぁ。

 というか、噂自体は前回の俺との邂逅の前からあったらしいし、あのときの警戒心もこの流れの延長線上だったのか?

 

 

 …………まったく、運がいいやら悪いやら。

 ここまで最終的な影響がプラマイゼロに持って行かれると、逆に何かの作為を感じてしまう。

 

 

「信じていただけないのですか?」

「当たり前でしょーが! どこに信じられる要素があるってんですか!」

「……それなら、仕方がありませんわね」

 

 そう言って、俺はカバンから紙の束を引っ張り出し、夢月さんに突きつける。

 バサリ、という音を立てて、その内容が彼女の前に開陳されていく。

 

「それなら、いっそのこと前提から覆してみましょうか」

 

「…………………………………………………………ぁ?」

 

 夢月さんの表情が、一瞬何の色もない透明でニュートラルなものに切り替わる。

 

「アナタ達が考えるわたくしの『目的』は一つ。何だかんだとアナタ達だけでは解決不能な問題を起こし、わたくしに縋りつかせるようにアナタ達を誘導し、最終的にわたくしを頂点とした組織構造で『派閥』を再出発させること。そうですわよね?」

「…………え、ああ……」

「ですから、その前提を覆す、と言っているのです」

 

 そう言いながら、俺は夢月さんの手に書類の束を手渡す。

 一一時すぎから、揃えるのに実に四時間も手間取ったそれを。

 

「『GMDW』関連施設の権利の委譲手続に必要な書類ですわ」

 

 そう言った瞬間、夢月さん…………いや、それだけじゃない。燐火さんや、そのほかのメンバーに至るまでが目を大きく見開いた。

 

「わたくしの方のサインは終えています。あとは、貴方がたの中の誰かを代表にしてサインすれば、その時点で『GMDW』関連施設の権利は全て委譲されることになります。…………面倒な手続きがいっぱいあったせいで、最大スペックで時間を短縮してもここまでかかってしまいましたが」

 

 俺はそこまで言って、相手側の少女を横目に見る。

 

「こうすれば、『GMDW』の権限はわたくしから夢月さん達に移ります。そもそも、彼女達が関連施設を利用できなかったのは長たるわたくしに許可をとっていなかったから……とアナタは仰っていましたが、そもそも最近のわたくしは入院、失踪、罰掃除と、彼女達との接触が極端にありませんでしたわ。申請できるような状況でなかったのも事実でしょう? きちんと仕事をしない『派閥』の長はともかく、それに振り回され続けてきた『被害者』である彼女達が新たな『派閥』の長になり、関連施設を利用する分には問題ないはずですわよね?」

 

 ここで、今までのレイシアちゃんの『風聞の悪さ』が活きてくる。

 つまり、『仕事のできないダメなリーダー』が、そうではない部下に全部の権限を委譲してしまう、ということだ。そうすれば相手側の少女が問題にしてきた口実は一旦全部リセットされることになる。

 

「…………くっ」

 

 もはや勝ち目がない、と悟ったのだろう。

 あるいはこれ以上拘泥すれば今度は自分達が不利になると考えたのか、相手側の少女は苦々しい表情のまま、その場から立ち去って行った。

 

 …………これでひとまずこっちの問題は解決、かな?

 

***

 

第二章 失敗なんて気にしない Crazy_Princess.

一五話:雨降って―― Insignificant_Settlement.

 

***

 

「いーん…………ですか……?」

 

 夢月さんが、呆然としたままそう問いかける。

 問題は、俺……レイシアちゃんの地位が全部なくなってしまうってことだが、俺としてはそこが一番最初の狙いだった。

 こんなモンがあったから、『上と下』っていう立ち位置があったから、『支配者と被支配者』っていう構図があったから、レイシアちゃんと彼女達の友情は歪んじまったんだ。

 

 …………瀬見さんは言っていた。

 被害者に甘んじて、楽な方向に流れていた、って。

 それは、瀬見さんからすれば確かにそう思うのかもしれない。実際、俺もレイシアちゃんにだけ原因を求めるのが正しいこととは限らないんじゃないかって悩んでいた。

 でも、俺は思う。……それは、仕方のないことだ。

 だってそうだろ。瀬見さんにとって俺は、レイシアちゃんは、『雇い主』でもあった。そんな相手に直接物申すなんてこと、頭で分かっていたってそうできることじゃない。職を失うかもしれないんだから。

 まして、特に親しい訳じゃない赤の他人の人間的欠点に、破滅のリスクを抱え込んでまでぶつかれるお人好しが、いったいこの世に何人いるっていうんだ。

 それと同じ。

 彼女達『GMDW』のメンバーだって、開発機関の全ての権利を全てレイシアちゃんに握られていた。レイシアちゃんの機嫌一つで、自分の将来が大きく左右される()()()()()()んだ。そんな状況で、真っ向からぶつかることができるか? レイシアちゃんの性格を考えれば、そんなのできるわけない。

『被害者っていう楽な方に流れる』って言うけど、『対等に立ち向かうっていう苦しい方に進む』ことって、実際にはどれだけ苦しいんだって話だよ。俺はヒーローなんかじゃない一般市民だから、その決断の辛さが良く分かる。

 確かに、立ち向かえないのは『弱さ』なのかもしれないけどさ。

 その『弱さ』は、罪なんかじゃない。

 だからこそ、思う。

 

 こんな構図さえなければ。

 

 あらゆる利権をレイシアちゃんが握り、瀬見さんや夢月さんや燐火さんみたいな人達がただ追従せざるを得ない環境になったりしていなければ。

 ひょっとしたら夢月さんや燐火さんはレイシアちゃんに物申して、レイシアちゃんもいくつかの衝突はあれど、少しずつ良い方向に変わって行けたんじゃないかって。

 俺なんかがいなくたって、みんなが笑い合える未来が作れたんじゃないかって。

 誰が弱いとか誰が悪いとか、そんなくだらない責任の擦り付け合いじゃない、誰かが悪者にならなきゃいけないとかいう胸糞悪い幻想をぶち殺せていたんじゃないかって。

 

 だから、俺は全てを手放すことに躊躇なんかない。

 それに見合うだけの未来を彼女に提供できると、確信しているから。

 

「構いませんわよ?」

「…………でも、だって。そんなことをしやがれば、もう返り咲きなんかできっこねーですよ! 利権を盾に私達の不満を押さえつけることだって! そんなことをすれば、どう策を弄したって私達を制御することなんかできなくなるのに!」

「ですから、『前提を覆す』……と言いました」

 

 これで、前提は覆った。

『俺が彼女達のことを再度支配しようとしている』という憶測を補強する要因は、なくなった。

 彼女達との歩み寄りを阻む壁は、全てブチ破った。

 …………本来はその為だけのものだったんだけれども、思いのほか彼女達が抱えていた問題の解決に役立ったのは…………良い偶然と言えばいいのか、悪い偶然と言えばいいのか。

 この偶然がなければ前回の邂逅でもうちょっと相互理解もスムーズに進んだだろうってことを考えると、なんとも言い難い。

 

「その上で…………お願いがあります」

 

 そう言って、改めて彼女達一人一人の顔を見る。

 今度は、怯んだりする子は一人もいなかった。

 彼女達は、恐ろしい支配者としてではなく、目の前の『レイシア=ブラックガード』っていう一人の人間をしっかりと見てくれていた。

 

「わたくしも…………アナタ達の仲間に入れてくださいな。『派閥』の長だとか、そんなしがらみが関係ない、対等な立場で。…………もう一度ゼロからやり直して、今度はアナタ達と普通の『友達』になりたいのですわ」

 

 そう言って、俺は笑みを浮かべる。

 完璧な笑みかは分からないが…………きっと、今度はちゃんと伝わると信じて。

 

「………………なんで……」

 

 ぽつり、と。

 夢月さんの横にいた燐火さんが、小さく呟く。

 

「なんでそこまでするんですかっ? あたくし達は……ここまでされても()()()()()()()()()()()()程度の人間なのにっ……貴方には、もう御坂様や白井様と言った方々との友誼が存在しているはずですわっ。あたくし達にこだわらず、彼女達や、悪評の影響の少ない他の生徒と親しくする道だってあったはずですわっ!」

 

 その言葉は、段々と大きなものに変わって行く。

 

「なのに…………なのにどうしてっ! こんなあたくし達と手を取り合うなんていう、確実性のない道を選ぼうとするんですのっ!?」

 

 言われて、俺は改めて想いを馳せる。

 それは、レイシアちゃんが自殺を選んだ、()()()()()だ。

 気付く材料なら、既に揃っていた。

 美琴に対する敗北。それが引き金を引く一つとなったのは間違いないだろう。だが、一方でレイシアちゃんは現実の見えていない自信家ではなかった。自分が超能力者(レベル5)には勝てない存在であることを承知している節もあった。

 

『寮監が来たのであの場は手打ちにしましたが、いずれ超能力者(レベル5)になったなら、あの女の鼻を明かしてやりましょう』

 

『前年度中は御坂美琴と食蜂操祈の二人に後れをとりましたが、今年度はそうはいきません』

 

 レイシアちゃんは確かにプライドの高い人間だったが、だからといって自分が誰かより能力で劣っていることだけで折れるようなタイプではない。心の揺れは、自分を高めることへのモチベーションに変換されてきた。

 では何故、彼女は折れてしまったのか。

 

『…………最近、どうもメンバーの態度にたるみが見られていますし、このあたりで少し締め付けを強める必要があるかしら』

 

『最近は、派閥のメンバーもわたくしに対して反抗的な態度が目立ってきました』

 

 ……レイシアちゃんの心を一番大きく揺さぶってきたのは、間違いなく『GMDW』の面々の態度だった。モチベーションに転換するどころか、それによる機嫌の荒れが開発チームにまで悪影響を及ぼすほどだった。

 そのくらい、レイシアちゃんの心は彼女達の近くにあったってことだ。

 

 日記には、派閥のメンバーとの楽しかった記憶も書かれていた。

 もちろんそれはレイシアちゃんの傲慢で、当の派閥のメンバーからしてみれば、単なる恐怖よりもおぞましい体験だったのかもしれないけれど。

 それでも、レイシアちゃんはレイシアちゃんなりに、歪んだ形ではあっても彼女達に『友情』を感じ始めていたんだ。

 

 だが、レイシアちゃんは派閥のメンバーにNOを突きつけられた。その上で敗北した。……勝利できていれば、無理やりにでも留まることができたのに、敗北してしまったことでレイシアちゃんの『居場所』は完璧に失われた。

 ……だからレイシアちゃんは涙を流し、だからレイシアちゃんは死を……『ここではないどこか』への逃避を決意した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………『どうして』、ですか」

 

 色々理由はある。彼女達とレイシアちゃんとの確執をなくすことが『GMDW』の面々の心の傷を癒すことにもつながると思ったから、単純に俺が彼女達の精神性を好ましいと思ったから、和解することでレイシアちゃんの立場を改善させたいと思ったから。理屈を挙げれば、きりがなくなる。

 でも、きっとそういうことじゃないんだよな。

 もっとシンプルな、いっそ陳腐に聞こえてしまうくらい、素朴な望みだったんだ。

 

「高尚な理由など、一つもありません。アナタ達が仲良く笑い合う……そんな未来が見たい。……そんな未来に、わたくしも加わりたい、そう思ったからですわ」

「…………もういーです」

 

 そこに割って入るように、夢月さんが言う。

 そして、渡した書類を突き返す。

 

「こんなもの、必要ありません。貴方に返します」

「ですが…………」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 夢月さんの表情には、照れくさそうな笑みが浮かんでいた。

 いちいち立場を捨てるとか、そんなことをしなくてももう『信頼』は生まれている、とでも言うかのように。

 

「元々、今回の一件は私達と貴方の間で殆ど連絡が途絶していたから、周りから付け入られていたってだけの話なんです。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()大義名分ってのは失われているんですよ。相手の焦りようを見れば、口でなんて言っていたって分かりやがるでしょう?」

「…………、……それは…………」

 

 言いかけた俺を遮るように、夢月さんが言った。

 

「…………過去のことを全部忘れるなんてことは、私達にはできやしません。……でも、貴方との『これから』を信じようと思えるくらいのことは、してもらいました。これ以上、貴方が何かする必要はありやがりません。あとは、私達が歩み寄る番です」

 

 そして、夢月さんは、俺の方へ一歩前に出て、俺の手をがっしりと掴む。

 

「……これからよろしくお願いします、()()()()()()

 

 夢月さんが、笑みを浮かべる。

 横に立つ燐火さんも、その後ろに並ぶ『GMDW』の面々も。

 つまり。

 それが、一つの決着。

 俺が望んだ、清算の形。理想の未来。その始まり。

 

 …………いや、いやいやいや。

 なんか柄にもなく、視界がぼやけてきてしまった。

 ああ、女の子の身体になったから涙もろくなった…………いや、素直に認めよう。俺は今、とても嬉しい。

 一度は失敗した。

 手ひどく突き放されて、落ち込んだりもした。どうすればいいのか分からなくて迷ったりもした。

 でも、背中を押してもらって、諦めずに突き進んだから、こうして今、彼女達と笑いあえる未来へ進むことができた。

 

「…………はいっ!」

 

 そんな万感の思いを込めて、俺は頷いた。


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