【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
――気が付くと、そこは見知らぬ病室だった。
「……ここは……」
目を覚ました俺は、まず首だけを動かして周囲を確認する。ええと……俺は確か、派閥の人たちと研究をしていて……ちょっと息抜きに外に出て…………そのあと、どうしたんだったか?
まさか疲れすぎて気絶……? 根詰めすぎるなって言われた直後にそれはさすがに……ああ、夢月さんに怒られ、
「――――違う…………!!」
いや、そうじゃない。
俺は呆然として体を起こした。
俺がここにいるのは、過労じゃない。――
と、そこまで思考が回り始めた直後、病室の扉が開く。
「…………っ!」
ほとんど反射的に、右手が病室の入り口に伸びる。――
「……少し落ち着いたほうがいいね? 僕だよ、君の主治医だ」
先手必勝とばかりに能力を使おうとした、まさにそのタイミング。心の隙間に滑り込んでくるような声を聴き、俺は思わず手を止めた。
そこにいたのは、ご存知カエル顔の医者だった。
「先生…………?」
「いや、よかった。どうも見かけの怪我のわりに意識レベルに深刻なダメージがあってね? これは君に言っても仕方のないことだけど…………君、何かマズいことに踏み込んでいるね?」
「……は……?」
マズいこと……? 覚えがないぞ。最近だって俺は研究しかしていないし、その研究が危険なものというわけでもない。確かに画期的な技術だろうし、業界に変革をもたらすのは間違いないが……それで世界が変わるというわけでもなし……むしろ学園都市なら、その技術の変革を歓迎すると思うんだが。
…………いや待て。
とすると、俺があのまま起きていたら困るヤツが、実験に携わっていた……?
「……その顔は、どうやら心当たりがあるみたいだね?」
「何のことやら、さっぱりですわね」
「そうかい? ――なら、僕にできるのはここまでだけどね?」
「――――レイシアさんっ!!」
そう言うと、
***
***
「あっ、アナタ達!?」
「よかった……よかったです、ご無事で! 本当に!」
夢月さんが、可愛い顔をくしゃくしゃに歪ませて泣いている。……明らかにちょっと倒れたって感じの雰囲気じゃないな。そういえば、さっき先生が意識レベルに深刻なダメージとか言っていたっけ……。
……ハッ!? となると俺、いったいどのくらい寝ていたんだ!? 学究会は!?
「皆さん、わたくしはいったいどれほどの間? それと研究は?」
「もうっ……! 今はそれよりご自分の体を心配しやがってください! レイシアさんは五日間も目が覚めやがらなかったんですからね!」
「……五、日…………?」
そ、そんなに長い間眠ってたのか、俺……。
ってことは、今日は八月二一日……八月二一日?
――――――――――!!
八月二一日。
ヤバいぞ、今日ってたぶん美琴と上条が
そして多分、その内容は、俺が小説で読んだものとは大なり小なり異なっている。
だって、何者かが
今の時間は――――、
「七時……ですか……もう、行かなくては……!」
「ちょ、レイシアさん!? だから病み上がりなのですから、安静にしてくださいっ……」
燐火さんが俺の身体を支えるようにしながら言う。
確かに、まだ身体は少々だるい。……が、ここで止まってるわけにはいかないんだ。このままだと取り返しのつかないことになるかもしれない。そんなことが分かっているのに何もしないでいるなんて、そんなのは間違ってる。
まして、俺には力がある……。少なくとも、連中が優先して俺のことを狙うくらいには。それなら、俺にだってやれることがあるはずだ。
そう思って燐火さんの身体を押しのけたのだが、意外にも彼女は退かなかった。それどころか、ほかの派閥メンバーまで今までにないくらい強い意志を持って俺の前に立ち塞がる。
「――現場の状況は聞き及んでいます」
代表するように、夢月さんがそう言った。
「レイシアさん。貴女は襲われやがったんですよ。それは貴女自身分かっていやがってますよね? そして犯人に心当たりがある。だからこうして起きてすぐそこに向かおうとしやがってるんですよね? ならばこそ――そんな危ないところに一人で行かせるわけには、いかねーんですよ」
…………そうか、
俺は得心がいって、先生のほうを見る。先生はただ黙ってこちらを見ているだけだが、大体の流れは分かった。
多分、先生は俺が起きたあとこう動くことを予測して、多分目覚める前兆が確認できた時点で彼女たちを呼んだんだろう。俺が無理して動こうとすれば、彼女たちが俺を止めるであろうことを見越して。
…………まったく本当に、患者のために必要なものをそろえるプロだよ、あんたは。
だが、俺もそこで止まっているわけには、いかないんだ。
「……………………わたくしを襲ったのは、御坂さんです」
状況を打破するため、俺はその札を切った。
「…………!?」
「な、なんと……」
「確かに御坂さんは最近お休みしていらっしゃったそうですが……」
「しかし…………」
「な、何かの間違いでは…………」
ざわざわと、派閥のメンバーがざわめく。それを見て、俺はさらに続ける。
「……正確には、御坂さんを模した何者か、というべきでしょうか。彼女とは一度戦ってその強さを肌で感じていますので、わかります。アレは御坂さんには到底及びません」
と、レイシアちゃんならわかるであろう情報を添えつつ、
「…………つまり、何者かが御坂さんに罪をなすりつけようとしている、と考えられます。わたくしと御坂さんを分断するために。……それほどの敵、ということです。それに、襲撃がこれで終わりとも限りません」
つまり、脅威はまだ去っていないという理屈。これは実際俺も否定はできないし、そういう意味でもここで留まっているのはあまり良い策じゃないのも確かだ。
「となれば、打って出る他ありません。……皆さんには脅威は及ばないはずですわ。その手が有効だと向こうが判断しているならば、わたくしを直接襲う前に皆さんを人質にとるよう動いていたはず」
そう言って、メンバーの反応を窺ってみるが――全員、特に動じている様子はない。それどころか、代表するように夢月さんが俺の肩を掴んで、こう言ってきた。
「だからなんだってんですか?」
「……! ですから! このままでは襲撃の危険性があるから、こちらから打って出ると言っているのです! それより早くわたくしから離れるべきですわ。向こうが皆さんに人質としての価値を見出していないとはいえ、一緒にいれば襲撃に巻き込まれてしまうおそれがあります。だから――」
「だから、それがなんだってんだって言ってんですよこの分からず屋!」
胸倉に掴み掛るくらいの勢いで、夢月さんが言う。
「GMDWのメンバー一〇人……そのうち、
「…………、」
「貴女が作ったこの派閥は、決して弱くなんかない! 貴女がそうなるように育てやがったからです! なのになんで、貴女が本当に困ったときに力を借りようとしやがらねーんです!?」
「ちょ、ちょっと夢月さん……落ち着いてくださいましっ……レイシアさんも動揺していらっしゃるのですしっ……」
「うるせーですよ燐火! これが落ち着いていられますか! このバカは、せっかく私達と仲良くなったってのに一人で全部抱え込もうとしやがって……」
「あ、はいっ、これ以上は話がややこしくなるので引っ込んでてくださいましねっ……」
「あうっ」
……あ、その他大勢のメンバーに連れ去られてしまった。
ヒートアップした夢月さんを退場させた燐火さんは、穏やかに、それでいてしっかりと話を引き継ぐ。
「……夢月さんのこと、悪く思わないでくださいねっ。我々も、貴女が倒れてから色々と考えたのですっ。……そういえば貴女が七月末に無断で外泊したことがあったとか、貴女は我々が知らない『何か』に首を突っ込んでいるのではとか……そしてそれに気付けなかった自分たちを恥じたのですわっ。夢月さんは、特にっ……」
「そ、それは……!」
「ですから、あたくし達も決めたのですっ。もしもレイシアさんが危険に飛び込もうとしているのでしたら、それを自分たちでサポートしよう、とっ」
「…………それは……ありがたい、と思いますわ。しかし……」
……それはあまりにリスキーすぎる。
特に今回は、たぶん
さすがに俺もレイシアちゃんの肉体を致命的なまでに傷つけるわけにはいかないから、ヤツとの接触は慎重にするつもりだが……それでも危険なことに間違いはない。
「……少し、卑怯な言い方をさせてもらいますがっ」
そんな俺の心情を察したのだろうか。薄く微笑みながら、
「自分ばかりが施しを与えて、他者からのそれは受け取らないというのは……少し酷ではありませんかっ?」
「…………!」
「貴女はもう少し……そう、もう少しだけでいいですから、ご自身に自信を持ってくださいっ。……反目していたあたくしが言うのは恥知らずですがっ……。…………今はもう……貴女は、立派な我々の女王なのですから」
そう言って、燐火さんは少し照れくさそうに微笑んだ。
女王。……食蜂には遠く及ばないとしても、確かに俺は、一つの派閥のリーダーで、それを認められている。……他でもない俺自身が手繰り寄せた関係性を、まったく頼らないというのは……確かに、不義理といえるかもしれない。
彼女たちと友人で在り続けたいと思うならば。
皆を信じて、力を借りるという選択を選ぶべき時もある……か。
「…………アナタ方の行動はすべてわたくしが責任を持って管理します。すべての行動はわたくしの指示によって行っていただき、アナタ方は原則、わたくしの命令に絶対服従。…………それでも構いませんか?」
「はいっ、あたくし達の安全の為に、危なくない範囲でサポートをしてもらう……お願いだからその範囲を超えた独断専行はしないでほしい……ですねっ」
「………………、裏の意図は、読まなくてよろしい」
……心を開いてくれたのはいいんだけど、素の状態だと大人びすぎてて燐火さんがちょっとやりづらい…………。
「皆さん、聞きやがりましたね。この口下手な女王様を助ける為――――私達が、優秀な兵士となるんです!」
そこで、戻ってきた夢月さんが気炎を巻きながら言ってみせる。
ええ! とやる気に満ち溢れながらもそこはお淑やかな派閥メンバーに呆れつつ、俺はふと気が付いて先生のほうを見る。
……まさかとは思うが、先生が彼女たちを呼んだのは、無理をして一人で向かおうとする俺を説得する為ではなく、彼女達の協力をとりつけて、俺の負担を軽減させる為……なのか?
「…………アナタは……」
「ん? どうかしたのかい? 僕は『患者に必要なもの』を揃えただけ、だよ? 後は君次第だね?」
……………………食えない狸爺だ。カエル顔なのに。