【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
――
上条当麻を近づけさせてはならないということを学習した
(……プラズマにはまだ至っていない。風圧程度ならレイシアちゃんの
まだまだ
完全に
「上条さん!」
「わかってる! 援護を頼む!!」
呼びかけると同時、上条はみなまで言うなとばかりに前方へと走って行ってしまう。
「ああもう……話が早いというか、早すぎますわっ!?」
それに呼応するように、レイシアは
(だが……接触の直前には破らなければならないもの。
レイシアが分岐A~Gまでを展開できるとして、分岐Aを一方通行との仕切りにし、分岐Aが突破されそうになればその内側に適宜分岐Bを敷居として起用する……という形にすれば、一応一方通行の風に対する盾としては継続的に機能しうる。その上、一方通行は上条と違いあくまでベクトルを操作するのみ。つまり、手を放せば分岐Aは即座に復活する。
しかしながら、上条の右手は異能全体を一気に殺す。分岐Aに触れれば、分岐Gまで一気に消滅してしまうのだ。そして、
つまり、分岐Aのベクトルを乱されて、それに対抗するために内側に分岐Bを展開した場合、上条が前進できる距離は分岐Aと分岐Bの間の距離分縮まる、ということになる。
もしも一方通行がそのことを認識していて、分岐A、分岐B、分岐Cというようにどんどん内側に分岐を展開させ、そして上条と戦う前に下がられたら……当然、一方通行と
そうなれば、次に訪れるのは言うまでもなく一方通行のカウンターだ。そして、異能を強制解除された直後のレイシアは、すぐさま上条を守ることができない。
(だからそこの作戦を練る時間が欲しかったのにっ……!)
もちろん、一方通行が怒り狂っている今は、ほどほどのところで撤退などという理性的な発想は出てこないという可能性は大いにある。しかし、敵の不手際を期待するような策は策とは言えない。ただの楽観論だ。ゆえに、レイシアは悩む。ここから、どう動くべきかと。
(…………俺としては、上条が一方通行を殴るだけの……ほんの一秒、そのくらいの時間が稼げれば、言うことなしなんだが)
まだ戦闘は序盤も序盤といった感じで、両者ともに消耗は少ない。だが、一方通行は基本的にひ弱だ。上条が一方通行の攻撃によって消耗していないことを考えれば、一方通行にどうにか隙を与えることができたならば、一撃KOも十分考えられる。それでなくても、マウントをとった上で右手で相手を押さえつければ、異能も使えないはずだ。
(問題は、その隙を……どうやって作るか)
時間はない。こうしている今も、上条は一方通行に接近している。幸い一方通行は亀裂による盾を壊そうとはしていないが――逆に言えば、そうする必要性を感じていないということでもある。分岐Aから一方通行までの距離でも、十分に上条を屠れるという自信あってのものだろう。
(一方通行が……反射できないもの)
まずはそこを考えてみるが――当然ながら、レイシアの手札にそんなものはない。この世ならざる
かといって、木原数多が見せた反射を逆手に取った技術を使うにはレイシアの頭脳も技術も足りていない。そもそもあれは一方通行の開発に携わり、彼の知能を熟知した数多や、同じ思考パターンを持ち機械によってベクトルを精密制御できる黒夜だからこそできた芸当である。
実際に数多の技術を模倣しようとした杉谷という忍者の男は、不完全な一撃を入れただけで引き換えに腕を潰してしまう程度でしかなかった。
であるならば――。
(…………残っているのは、反射が関係なくなるような行動をとること)
たとえば御坂妹は周りの空気を電撃で電気分解することで、一方通行の呼吸を阻害しようとした。あれに近いことならば、レイシアでもまだ可能だ。
もっとも、レイシアがやりたいのは空気に対する干渉ではない。そもそも、一方通行は暴風を操っている。空気に干渉しようにも、すぐさま乱されて無意味になってしまうだろう。
だからレイシアが狙うのは。
(――――地面!!)
そして、レイシアが動いた。
上条が、猛スピードで走る。その足取りに迷いはなかった。自分がやるべきことは、一方通行に肉薄し、拳を叩き込むことだけ。後のことは、レイシアがなんとかしてくれる。……そんな愚直な信頼を感じさせる足取りだった。
この信頼に、こたえなくてはならない。決意を新たに、レイシアは能力を発動した。
そう――――分岐Aを、さらに伸ばした。
レイシアの目論見はこうだ。
一方通行の眼前に盾として展開している分岐Aをさらに伸ばし、一方通行の足元の地面を網目状に分割する。
すると一方通行の周囲を渦巻く暴風は勝手に細切れになった地面を巻き上げる。そうなれば、一方通行は自分の暴風によって自分の足元を崩し、それによってバランスが崩れる。すると一方通行は一瞬だが確実に隙ができる。あとはその隙に、一方通行に拳を叩き込めば良い。
そのまま上条が右手で一方通行を押さえつければ、それで詰みにできる。一方通行がそこから何をしようとも、その前に
そして、その目論見は――この上なく正確に遂行された。
「――――ぉ。ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォッッ!!!!」
雄叫びを上げながら突貫する上条が、亀裂の盾に触れる瞬間。細切れになった地面が暴風に乗り、ヒュガガガガガガガ!! という音を立てて亀裂の盾に直撃し、バラバラに散る。
「――ッ、な、ァ、ンだァ!?」
当然、寝耳に水である一方通行は目を白黒させ、結果として演算が一瞬だけ緩み、暴風がほんのひとときだけだが凪ぐ。
その間隙を突くように、上条の右手が亀裂の盾を破壊し――、
「しまッ、そォか金髪、オマエの能力が展開するのはただの力場じゃなくて、物体を『切断』する力場――――」
「…………うるせえな。テメェはここで、黙って寝ていろ!!」
ゴッガン!! と。
上条の右拳が、一方通行の顔面に勢いよく叩き込まれる。まるでてるてる坊主か何かのように、重量を感じさせない動きで、頭ごと地面に叩きつけられた一方通行は、そのまま何回かバウンドしながら、数メートルも転がって行った。
見事な、クリーンヒットだった。押さえつけるという当初の目的こそ失敗しているが、それこそ一撃で昏倒しかねない――当たり所によっては、後遺症すら残りかねないのでは? と一瞬レイシアが心配になってしまうような有様だった。
「…………いや、違います! 上条さんいけません!! すぐに右手で彼を取り押さえてください!!」
だからこそ、すぐさま切り替えることができたのは正史の展開を知るレイシアだからこそだっただろう。正史において、一方通行は何度となく上条に殴られても完全なダウンはしていなかった。打たれ弱いは打たれ弱いが、それでも妙なしぶとさはあるのだ。
ここで間髪を容れずに追撃すれば問題はない……のだが。
上条の追撃が間に合わなかった時のことを考え、新たに亀裂の盾を生み出し、すぐに上条を一方通行の反撃から守れるように待機。
そしてその備えは、今回の場合最悪の展開を回避するのに機能した。
轟!! と暴風が吹き荒れる。
一瞬早く上条の前に亀裂の盾を展開していなければ、上条の身体は上空高く巻き上げられていたことだろう。亀裂の盾にしても、今の一撃で軽くきしんでいた。ただの暴風で、である。
(これが、第一位、この規格外が…………ッ!!)
内心、レイシアは歯噛みする。
いや、歯噛みするどころではない。
まさしく、レイシアは戦慄していた。何故なら、一方通行が巻き上げた風が――――光を帯び始めているのだから。
それが意味するのは、即ち。
(……夢月さんのそれもプラズマを操って物体を溶断できる能力ではあったけど……これは、規模が違いすぎるぞ……!? あんなの、どうやったって乗り切れるわけ…………ッ!!)
あれだけは、絶対に出させたくなかった――レイシアは内心で悔やむ。アレは、正史においても一万の
とてもではないが、上条の右手でも対処できるものではない。
ましてレイシア一人がいたところで、そこで何かが変わるわけではない。
「――――ッ! 上条さん、一時撤退ですわ! アレは、どうしようもありません!!」
ゆえに、レイシアの選択は早かった。
上条へと駆け寄ると、レイシアはすぐさま撤退を進言する。
勝負を諦めるわけではない。ただ、プラズマをやり過ごす。一方通行の体力だって無限大ではないのだ。あのプラズマさえ切り抜ければ、まだチャンスは残っている。いったんこの場から離脱することさえできれば、まだこちらに勝ちの目は残されている――それどころか、むしろ今度は却ってレイシアたちの方が優勢になっているはず。
…………そう考えたレイシアの判断は、実に常識的、かつ現実的な見解だった。
確かにその通りではある。絵にはならないが、盛り上がりはないが、そうすれば一方通行は確実に攻略できる。少なくとも、上条当麻というジョーカーさえこちらの手元に残っていれば。
そう、手元に、残っていれば。
「……………………いや、ダメだ」
逆に言えば、上条が否定してしまえば、そのすべてはご破算になる。
「なぜです!? 計画のことならば問題ありません!! 方法論がなんであれ、絶対に負けないからこその最強なのです! どんな手を使おうと、最終的に我々で一方通行を倒すことができれば実験を中止に追い込むことは不可能では――――」
「そうじゃねえ。……気づかないのか、レイシア?」
そう言って、上条はあらぬ方へ指を向ける。
そこには――――
…………つまり、ここで上条達が逃げ出せば。
彼女たちは、ここで一方通行のプラズマに呑み込まれ、この世から完全に消し飛ばされてしまう。
「…………あ、あ、…………」
「やるしか、ないんだ。俺たちで、あいつを止めるしかない。できるできないじゃない、やらなくちゃ、ならないんだよ」
上条の言葉を、しばしかみしめていたレイシアだったが――――その瞳に悲壮な覚悟を浮かばせ、そして頷いた。
「…………言ってくれますわね、上条さん。プラズマによって熱された空気についてはどうするおつもりで? その熱を潜り抜け、なお一方通行に肉薄する策を考えろと?」
「頼むよ、レイシア」
「…………………………ええい! 今更無理ですなどと言えるわけがないではありませんか!!」
ほとんどやけくそで、レイシアは手を構える。
まず、最優先課題はあのプラズマをどうにかすることだ、とレイシアは考える。そうすれば、熱源を失われた外気は急速に冷却される。虎の子のプラズマを無効化されて棒立ち同然になった一方通行は、正史と同じように上条に殴り飛ばされK.O.。いたって単純な話だ。
(………………それができれば、苦労はしないんだけどな…………!)
内心で毒づきながら、レイシアは亀裂を分岐させ、プラズマの中に叩き込む。これによりプラズマを分断することができれば、緻密な計算によって成り立っている一方通行のプラズマだ。すぐさま乱すことができるはず、だ、が――――。
バギン、と。
今まで、穴を突かれたりして攻撃を受けることはあっても、どんなものでも切断し、攻撃を防いできたレイシアの
力場はあっけなくへし折られ、消滅し、そしてプラズマには一ミリも揺らぎはない。一方通行はそんな光景を見て鼻を鳴らし、そしてそれから哄笑する。
「アヒャハハハアハハハ!! どォした三下、そンなモンか、オマエらの反撃ってのはよォ!! つまンねぇ、まったくつまンねェぞ!! 少しは歯ごたえのあるとこ見せてくれよォ!! まだまだこンな程度じゃ、全ッ然足ンねェンだからよォおおおッッ!!!!」
それでも、レイシアは諦めない。彼女の手に、すべてがかかっているのだ。どうして諦めるだろうか。
一閃。二閃、三閃、四閃五閃六閃七閃八閃。
幾たびも亀裂を走らせ、一方通行のプラズマへと切り込んでいくが……結果は同じ。一瞬にして亀裂は破損し、効果はゼロ。
「………………ッ!!!!」
しびれを切らしたレイシアは、今度は
「こ、これ、でも……」
結果は、一瞬揺らぐ程度。一方通行に至っては、その風による誤差すら計算に入れて完璧な制御をおこなって見せる余裕っぷりだ。
「――――!!」
追い詰められたレイシアは、今まで無意識に避けていた手法を取る。
つまり、一方通行に対する直接攻撃だ。
今の一方通行は学園都市中の風を演算している。それは、膨大な演算式のはずだ。同様に膨大な演算式を計算していたとき……たとえば
それが原因で脳に傷を負うことになったのだから、間違いない。
先ほど同様足元を破壊する作戦も、考えたには考えた。しかし、さすがに一方通行も二度目ともなれば学習しているだろう。風で自分を浮遊させるとかいったことをされれば、その時点で足場崩しは効かなくなってしまう。
やるとすれば、直接攻撃による激痛で演算できなくさせる、くらい。
(…………この能力を、人に向けて振るうのか……)
今までは、なんだかんだ言って当たらないことが前提だったり、人ではないものを破壊することだけがこのチカラの用法だった。
しかし……事ここに至っては、『殺さない程度に傷つける』ことをしない限り、自分たちだけでなく、美琴や
(やるしか……ない!)
後遺症は残さないように。
しかし、確実に激痛は与えられるように。
細心の注意を払って能力を行使したレイシアだったが。
「……あァ? 今、なンかしたか?」
実際には、それすらも反射によって無力化されて終わる。
足裏から仕掛けたことで、反射した亀裂がこちらに向かってこなかったのはせめてもの幸いだっただろう。
そこで、レイシアは自分の間違いを悟る。
一方通行にとって、
一ミリのミスも許されない大一番と、単なる思い付きで自分のスペックを確かめている今。……どちらに余裕があるかなど、明白だった。
「…………なンだなンだ。チャレンジタイムはもォ終わりか金髪。ンじゃあ、今度はこっちから行かせてもらうとしますかねェ!! 王者からのクエスチョン、まずはレベル1ってかァ!?」
返す刃で、ドヒュオア!! と、暴風が吹き荒れた。
ちょうど、レイシアが暴風を展開した直後だ。余裕ゆえか、ご丁寧に人ひとり分が吹き飛ぶような規模で計算されつくした疾風が、二人のもとへ殺到する。
すぐに体が動いたのは、レイシアの警戒の賜物だっただろう。
「上条さん!! 危ない!!」
レイシアは頭の中に残っていた冷静な部分を総動員させ、現状で唯一相手への有効打を持つ上条が消耗することだけは回避しなくてはと判断。
咄嗟に上条を突き飛ばしたレイシアは、そのまま暴風をもろに受けて吹っ飛ぶ。
「レイシア!?」
「ヒャハハハハハハハハハ!! 面倒くせェ盾役がここでリタイヤァ! コイツはイイ! 残ったのは妙な能力のでくの坊だけと来た!! 悪りィがこのゲームにコンティニューはねェンでな、そこで無様に這いつくばって寝てろやァ!!」
一方通行の言葉通りだった。
まだ、能力が使えなくなったわけではない。だが、風で十数メートルも吹っ飛ばされ、地面を何回もバウンドしたレイシアの身体パフォーマンスは明らかに落ちていた。このままでは、自力で逃げ出すことも難しいだろう。
(…………
激痛で朦朧とする意識は、レイシアの脳裏に弱気な思考を呼び起こす。
(あの時みたいに…………また、駄目なのか…………?)
あの時もそうだった。全力で、自分にできる最善の行動をとったはずだった。暴風は、確かに成功したはずだった。……にも拘らず、救うことができなかった。
今回もそうだ。暴風はあの時よりもむしろ進歩していた。自分に展開できるすべての分岐を利用し、あの時の数十倍の規模の暴風を展開できた自信があった。本職の
以前失敗したときと、同じように?
「…………諦められるわけが、ないじゃないですか」
その瞬間、萎えかけた心身に力が戻る。力技で、引き戻す。
もう、あの時のような思いはしたくない。もう一度みすみす、目の前で友人が『死ぬ』ところなど、見たいはずがない。
そう思えばこそ、レイシアは力が入らないはずの足に力を入れようとする。結局力が足りず、無様にまた倒れ伏すことになるが……それでも、顔だけは前を向き、渾身の力で手を前に向け、能力を発動する構えだけは見せる。
朦朧とする意識の中で、ただその意思だけは手放さない。
…………絶対に、諦めない。
――――そう、それでこそですわ。
その瞬間。
脳裏で、少女がうれしそうに笑う声がした。
「…………、」
――――これまでだって、頑張ってきたのですから。
――――アナタの道程は、失敗だらけだった。いつも何かしらの失点があった。一度で綺麗に成功したことなんてなかった。
――――それでも諦めず前に進んできたからこそ、アナタは幸せを掴みとることができた。あの子達とだって、関係を修復してみせてくださった。
――――勝手に諦めて、現実からただ逃げていたわたくしに、そんな素敵な可能性を魅せつけてくれました。
――――わたくしに、良いところを見せるんですものね。人生、捨てたもんじゃないって、思わせてくれるんですものね。
「……………………一回や二回の挫折くらいで諦めるなんて、アナタらしくありませんものね」
――――失敗なんて、気にしない。
――――それがアナタの、最大の強みなのですから。
…………いつの間にか、レイシア=ブラックガードはその足で立ち上がっていた。
不敵な……それでいてどこか皮肉げな笑みすら浮かべ、一方通行を睨み付けていた。
実際問題、精神論でどうにかなる相手ではない。
この世には残酷な法則がはびこっていて、その前では絶対諦めないなんて、子供の強がりでしかないのかもしれない。
でも、世の中を知らない子供は、こうも思うのだ。
「――――ただ、それでも」
そんな強がりでも、ずっと続けていれば、ひょっとしたら残酷な法則とやらに一筋のバグを生み出せるかもしれないではないか、と。
ただ拗ねて引きこもっているだけだった自分を、こうして呼び起こした、どこかの誰かみたいに。
彼女は此処にはいない誰かに語り掛けるように、優しく……それでいて力強く、言葉を紡いでいく。
「アナタの力が、この現実に一歩届かないのでしたら」
尋常ではない力が、少女の拳に宿る。令嬢にあるまじき野蛮な表情を浮かべ、はっきりと――――世界に宣戦布告するように。あるいは今一度、産声を上げるように。
彼女は、堂々と宣言した。
「…………今度は一緒に。このレイシア=ブラックガードが…………アナタの幻想を押し通すお手伝いを、して差し上げますわ」
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