【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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  第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.
二三話:そろそろいい加減


「えー、皆さん、無事、受理されました」

 

 パソコンとにらめっこしていた俺がそう言うと、部屋中から安堵のため息が溢れ出た。

 場所は、いつもと同じGMDWが普段使用している研究施設の一室。和解してからというもの、研究のためだけでなくもっぱらたまり場にも使われるようになったこの部屋には、夏休みの夕方――正確にはほぼ夜に差し掛かる時間帯にも関わらず、そのフルメンバーが勢ぞろいしていた。

 ただ、そのメンバーの顔色は、揃いも揃って、あまりよくない。いや、悪いとすら言ってもいいだろう。

 

「………………まぁ、いろいろと……本当にいろいろと、ありましたが。無事に原稿も完成しましたし、あとは学究会を待つだけ、ですわ」

 

 ……机に寄り掛かったり、椅子の背もたれに寄り掛かったり、壁に寄り掛かったり、級友に寄り掛かったり。もはや自分の身体では体重を制御できないご令嬢諸君を見て、俺はばつが悪そうに笑う。

 

 まぁ、俺が休んでいる間、彼女たちが心配して研究なんかまともに手が付けられなかったのは明白なわけで。

 例の一件が片付いて、パーティも終わった翌日……俺たちは、残った作業の消化を迫られたのだった。

 過去形で説明しているところからもわかるように、まぁそれは無事に片付いた……のだが、とにかく大変だった。八月二二日から作業を始めたのだが、その時点で進捗が七〇パーセント。しかもなんか俺の指示とかで研究所の機材をひっくり返したりしつつ演算作業していたもんだから、資料が散逸。再整理に一日時間がかかるやら、なんかバックアップミスとかで進捗が二〇パーセントほど後退するやら、責任感から半べそをかき始める一年ガールを優しくなだめるやら、その間作業の指示は怠らないやら、ついでに提出が遅れることを担当者に事前連絡して協力してくれた研究機関の方に頭を下げて……。

 …………うん、終わってみた今だからこそ言える。

 あれは、地獄だった。

 まぁ、その甲斐あって、なんとか締切(もちろん延ばしてもらった)である八月三〇日の時間ギリギリに発表用のレジュメとスライドのデータを学究会実行委員会に提出できたんだが。

 俺はこれから原稿読みの練習と機材の確認をしなくちゃいけないわけだけど、とりあえず派閥メンバーのみんなの役割はこれで終了だ。……マジぎりぎりだった。だって、学究会って八月三一日だぞ? 一日前……一日前に提出て。一〇日前には完成して、んで三日くらいかけて推敲して、それで一週間前……つまり本来の締切日一日前に提出しようと思ってたのに……。

 いやいやいや、人手は完璧だから推敲についてはまぁまぁできたけどね? 一応常盤台として恥ずかしくないクオリティには仕上がったけどね? あと俺が入院したりとかもけっこう周知されてはいるから、派閥の力とかいろいろとかで美談にする手筈は整ってるって夢月さんとかは言っていたけど……。

 正直、自己管理云々で批判の対象になりやしないかと心配です。まぁ、その時は甘んじて受け入れようと思うけども。

 

「ともあれ! 皆さんお疲れ様でした。まぁ、今日ばかりはゆっくり休んでいいでしょう。ただ、寝坊だけはしないように――――」

 

 と、ねぎらいとともに気を引き締める警句を発していると、ふと俺のポケットのスマホが着メロを流しだした。

 

「……っと。すみません」

「レイシアさーん? 別にお仕事じゃないですから電源切りやがれとは言いませんけど、タイミング悪すぎやしませんかー?」

「夢月さん、着信のタイミングは流石にレイシアさんでもどうにもなりませんわっ」

「あはは……ちょっと失礼しますわね」

 

 みんなに断わって、俺は画面に表示された電話番号を確認する。

 ……? これは、美琴の? あの一件で連絡先を交換してはいたけど、いったいなんでまたこんなタイミング……? …………んー、そういえば夏休みの最後にいろいろあった気がするけど、とくに危なそうな事件はないしなぁ。

 

 なんてことを怪訝に思いながらも、待たせるのも悪いので俺はさっさと呼び出しに応じる。

 

「もしもし? 御坂さん、どうしましたの、こんな時間に、」

『もしもし? レイシアさん? …………悪いんだけど、折り入って、お願いがあるの』

 

 ………………あの。

 

 ……その、私、これから読み原稿の調整が…………。

 

***

 

第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.

 

二三話:そろそろいい加減 Please,_Give_Me.

 

***

 

 美琴の『お願い』をまとめると、以下の通り。

 

 曰く、学究会当日に有冨春樹なる研究者が、STUDYなる暗部組織を率いて大規模テロ(二万体に及ぶ駆動鎧(パワードスーツ)によるもの)を企てているらしく。

 曰く、そのためには自分達だけでは力不足らしく。

 曰く、この前の一件で、何でも自分だけで背負い込むことの愚は身に染みて分かったらしく。

 曰く、であればこそ、レイシア=ブラックガードに、そしてその仲間たちに力を貸してほしいらしく。

 

 …………そんな通話を聞かれちゃったら、そりゃもう夢月さん以下ウチの派閥のお人よしさん方は黙っていられないわけでして。

 いやまあ、俺もそんな話を聞いたら黙っていられない人筆頭である自覚はあるけどね?

 

「――なるほど。その駆動鎧(パワードスーツ)軍団を抑えれば、早晩敵の本丸が投入される、その時の抑えが欲しい、と」

「……ええ。私は、敵の本陣に乗り込むつもりよ。フェブリにはもう時間がないの。だから、私達だけじゃ手が回らないの」

 

 頷く俺の目の前で、美琴が申し訳なさそうに俯く。

 

 電話を受けた俺は、夢月さんと燐火さんを連れて風紀委員(ジャッジメント)の一七七支部にやってきていた。ほかのメンバーはお留守番だ。あんまり大所帯で押しかけてもあれだからな。

 支部の詰所には、美琴と黒子、それから花飾りの……初春と、えーと……佐天。それに……名前忘れたけど、メガネの風紀委員(ジャッジメント)の人がいた。

 えーっと、確かなんか……事件名忘れたけど、Sから始まるなんかの、確か、アニメの二期の最後にオリジナルでやっていたような……そんな流れの事件だ。たぶん。何年も前の話だから、ぼんやりとしか覚えてないけど……。

 …………あ、そういえば婚后さんいないなぁ! あれ、原作……っていうか漫画の方だと確か二学期編入だった気がするから、まだ知り合ってないのかな?

 とすると、俺たちは今回、彼女たちの代わり……ってことになるのか。

 

「……だから、あなた達にやってほしいのは駆動鎧(パワードスーツ)の無力化後に出てくるであろう敵主戦力の排除。大変な役回りだと思うけど……」

 

 ……ああ、なんかもう、横にいる夢月さんがぷるぷるしてるよ。

 もういい加減俺もこの子がどういう性格してるのか分かるからなんとなく察しがつくんだけど、この子、こういう展開大好きなんだよね。助けを求める誰かの手をガッ!! と掴む感じのアレが。ちなみに、求めない意地っ張りの手を無理やりガッ!! と掴むのも好きなのは俺が経験したとおり。

 それが、こんな風に言われたらもう……。

 

「水臭いですよ!! 御坂さん!!」

 

 ……となってしまうわけだ。

 案の定、ガッ!! と美琴の両手を掴んで、目の奥に思いっきり炎を燃やしている。アナタ、寝不足どうしたの? って感じだ。

 

「貴方にはたくさん借りがあります。……そりゃー、レイシアさんと比べれば私達は接点が薄いかもしれません。ですが!! 困っているとあればたとえどんな苦難であろうと――」

「…………はいはいっ。すみません皆さんっ。この人、ちょっと徹夜明けでテンションがおかしくってっ」

 

 頃合いを見計らって、ヒートアップした夢月さんを燐火さんが回収してくれる。ありがとう、いつも助かります。

 

「――――事情は、呑み込めました。……ふふ、わたくしも随分と甘くみられたものですわね?」

 

 人当たりのいい笑みを意識しつつ、俺はにっこりとその場のメンバーに笑いかける。

 

「ご安心なさい。確かにちょっと……連日の研究で寝不足の感は否めませんけれど……」

 

 あ、一同やつれた感じの俺にちょっと心配の視線を……。すみません、あ、大丈夫なんで、ええ。

 

「とはいえ。摂氏一億度のプラズマが飛び出してくるならいざ知らず、たかだか()()()()()()に後れをとるほど、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)は、レイシア=ブラックガードは脆くありません。御坂さんが、一番それをご存じでしょう」

「…………いつにもまして自信たっぷりですわね、ブラックガードさん」

「乙女には色々とありますのよ、白井さん。……それに」

 

 というのはまぁ、リップサービスのようなもんである。ちょっとかっこよさげなジョークをかまして、美琴を安心させようっていうわけだ。あの子意外と責任感ものっそい強いってことは、例の一件でよーくわかったしな。

 で、これから言うのが本当の理由。

 

「――――ウチの子達が、この一か月あまり一生懸命頑張ってきた成果が、台無しにされると聞いて黙っていられるほど……わたくし、冷血ではいられませんので」

 

 そりゃあ、色々と大変だったのだ。

 実験データの算出方法が間違ってるとか、機材トラブルのせいでデータがとれてなかったとか何回もあったし、俺は昏睡するし、俺は勝手にどっか行くし、パーティするし……迷惑もかけた。それでもみんな、俺についてきてくれて、それで完成した。

 もちろん、俺一人でやろうとしていたら、まずもって完成しなかったと思う。下手したら半分も……いや形にすらならなかった可能性だってある。

 いわば今回の発表は、彼女たちの献身の結晶でもあるわけだ。

 だから、今回の発表は、誰にも邪魔はさせない。STUDY? 学園都市の闇? そんなもん例の一件でお腹一杯だ。そろそろいい加減、そんなものには終止符を打たせてもらいたい。

 

 だから。

 

「委細お任せください。ひょっとすると、皆さんの役目もとってしまうかもしれませんけれどね?」

「…………吠えますわね、レイシア=ブラックガード……!!」

 

 茶目っ気を意識してウインクをしてみせると、何やら忌々し気な様子で黒子が呻いていた。はっはっは、安心したまえ、本当に出番とれるとはこれっぽっちも思ってないから。体調あんまよくないし、何より空間移動(テレポート)は強い。

 

「ま、冗談はさておき。よろしくお願いしますわね、皆さん」

 

 と、俺はにっこり笑って一七七支部の面々に言うのだ。明日はよろしく。そして願わくば、俺たちに少しでも仮眠の時間を。

 …………あ、読み原稿の練習…………。

 

***

 

「……白井さんの話に聞いていたイメージとは、ちょっと違いましたねぇ」

 

 その後。

 レイシア達が『派閥のメンバーに作戦を周知してくる』と言って退室した後、佐天はのんびりとしながらそう呟いていた。

 レイシア=ブラックガード。

 白井の話では、とにかく傲慢でイヤミっぽい性格……ただし多少冗談は通じるし、根は悪いヤツではない、という話だったのだが。

 

 話してみると、確かに第一印象こそ冷徹そうな印象がしたし、ところどころに自分の能力への自負は感じられたものの……。

 

「なんだか、優しいお姉さんみたいな感じの人でしたね」

 

 刺鹿と苑内のやりとりから、話を引き継ぐ際の自然さ。全体的な口調の穏やかさ。白井に噛みつかれてもにっこり笑顔で軽く受け流す余裕。正直な話、同じ中学生には見えなかった……というのが、佐天の率直な感想だった。

 あと、スタイルの関係でも。あのおっぱいは反則でしょーとは、レイシア達が退室した後の佐天の第一声であった。

 

「ちょっと、眠そうでしたけどね」

 

 それに付け加えるように言うのは、初春だ。

 

「しょうがないわよ。あの子達、学究会に参加するんだもの。しかもあのレイシアって子、ほんの一週間前まで昏睡状態にいたんだから。……正直、もう発表は絶望的とまで噂されていたのに、論文を仕上げるだけじゃなく私達の協力までしてくれるんだから。……本当、凄い子達よ」

 

 固法が付け加えるのは、端的な事実。

 実際には昏睡状態が解ける時期は計算されていたのだが、何も知らない外野から見れば奇跡の目覚めと復活劇、ということになる。

 

「ほんっと、凄い人ですよねぇ。大能力者(レベル4)で、派閥のリーダーで……それでいて、あんな風に私でも親しみやすそうな雰囲気の人なんて」

「あら、佐天さん。あれでもあの人は、ちょっと前までかな~~~~~り偏屈な方だったんですのよ?」

「ええーっ!? うそだぁ!」

 

 悪戯っぽく言う白井に、佐天は目を丸くして答える。

 白井は苦笑しながら、

 

「それでも、自身の行いを悔いて、反省し、全てを改め、今までしてきたことを詫びて、ああやって部下に慕われる立派な人間に成長したんですのよ」

「…………ついでに、色々とあの人達の厄介ごとも解決した、って私も聞いてるわね」

 

 しかも私の厄介ごとにまで首突っ込んできてくれたし、とまでは流石に言わない美琴だったが。

 

「へぇー…………。……私だったら、そんなに自分のしてきたことを改めたり……変えようと頑張ったり……そんなこと、できませんね。すごいなぁ」

 

 そんなレイシアのことを見てきたわけでもない佐天としては、どうしてもぼんやりとした評価になってしまう。ただ、佐天の視点にも賛同できるところがあるのか、美琴や白井も同意するように頷いていた。

 確かに、いくら自分が間違っていると悔いていたとはいえ、自殺未遂から起きておそらく一日と経たないうちから今までの自分を変えていこうと考えていけるのは、得難い克己精神と言えるかもしれない。

 

「…………でも、それ以上に、心配かも」

「……? どうして?」

 

 そして、その克己精神に感服し、尊敬の念を抱いてすらいただけに……美琴には気づけなかったことを、佐天は思い至る。

 その懸念はある意味で的外れだったが――――ある面では、本質をこの上なく突いたものだった。

 

「だって、自分の前の性格を後悔して、反省して、謝って、改めて、ああやって皆を引っ張っていって……って、確かに凄いですけど、そんなのいっぺんにやってたら、疲れちゃいません? 私はまぁ、フツーの人なんで、そういうのって一気にやるのはキツイっていうか……」

 

 たはは、と佐天は恥ずかしげに苦笑して、

 

「なんていうか。何かの拍子に燃え尽きちゃわないか、心配だなぁって」


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