【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
ミサイルは無事阻止できた。
あの要領で、黒子に飛んでは戻りを繰り返し、ミサイルの軌道上に『亀裂の盾』を大規模展開するという目論見は、特に問題が起こることなく……まぁ結果として俺がちょっとくらっとするという一幕があったりしたものの、概ね無事に迎撃することに成功した。
ミサイルは『亀裂』と衝突した衝撃で全てが完全に破損、念には念を入れて美琴の砂鉄を使ってさらに粉々にしたので、被害が及ぶことはまずもってないだろう。
「…………ふぅ」
で、俺は完全に疲れ果ててビニールシートの上で熟睡中の美琴たちに別れを告げ、最後の戦場に臨んでいた。
「……あの、レイシアさん、本当に大丈夫なんですか? 無理しやがらなくても、代打なら燐火さんが……」
「いえ、こればかりは、わたくしがやりたいのですわ」
GMDWの、努力の結晶。その金字塔。これを俺がやりきらなくちゃ、死んでも死にきれないっていうヤツだ。
確かに、高空での一時間半に及ぶ能力行使の疲労は、俺の想像を超えていた。アドレナリンも一段落ついた瞬間に切れてしまったのか、今は大分眠い……けど、まだまだ余裕は残っている。
もうひと踏ん張り。
だからもうちょっとだけ、頑張らせてくれよ。
「――――これで、最後ですから」
「ちょっと! レイシアさん、縁起でもないことを言いやがらないでください! なんか死ぬみたいな雰囲気じゃないですか!」
「わたくしが、死んだら、遺灰は空に……」
「レイシアさん!! 冗談じゃ!! ないんですよ!!」
あ、ぎゃーぎゃー騒ぎ出す夢月さんのお蔭で、眠気はちょっぴり減衰しました。
***
「――――以上で、総合分子動力学研究会の発表を終わります。ご清聴いただきありがとうございました」
俺が頭を下げると、微妙な量の拍手が帰ってきた。
まぁ、これが学究会の常である。これでも、今回は
ちなみに、学究会は基本成績は個人に帰属するのだが、今回はあえて形式上は派閥を名乗ることをごり押しさせてもらった。まぁ論文を書いたのは俺なんだけど、それに必要なデータ集めのほとんどは派閥の人に手助けしてもらったわけだし、データ取りに必要な実験の形式とかも大部分は派閥のメンバーが提案したものだから。
ぶっちゃけ俺の役目なんか全体の指揮と名目上個人戦である学究会に参加するための名義貸しくらいのものだよ。
「お疲れ様でしたー!!」
舞台から降りて発表会場外に出ると同時に、夢月さんが歓迎するように俺を出迎えてくれた。いや、夢月さんだけじゃない。裏で機材の調整などをしてくれていたGMDWのみんなが出迎えてくれた。…………はぁぁ~~~~、やっと安心した、これで一息つける……。
と、安心したせいだろうか。俺の身体が、不意によろりと傾いた。
「っとっ。レイシアさんっ、発表も終わったのですし、今日はもう寮に帰って休憩するべきではっ? あとはもう他の方の発表だけですしっ」
「んー…………そう、ですわね……」
正直、俺も眠気の方が限界なので、そうしたいなとは思っていたところだったんだ……。まぁ、寮に帰るのも、今後のことを考えたらそっちの方がいいだろうなとは思うし……。そうさせて、もらおうかなぁ。
「では、わたくしは一足先に帰らせてもらいますわね。……皆さん、ありがとうございました」
俺がそう言って頭を下げると、みんな口々に水臭いだの、こちらこそありがとうだの、ある人は涙ぐみながら俺に抱き付いてくれた。
いやいやいや、ありがとうはこっちだよ。ほんとに。
動けないですから、と苦笑しながら、俺は皆一様に笑顔を浮かべている派閥の面々を見て、最後に一言、言い添えておいた。
「―――――みなさん、大好きですわ!」
そのあとは、まぁのんびりタクシーで寮に帰って、お風呂入って、この二か月弱の間、ついぞ袖を通すことがなかった、着るのも恥ずかしいネグリジェを身に纏った。
いや、このくらい簡単に済ませられるあたり、この二か月弱の間の俺の成長を実感する。今となっては、レイシアちゃんの裸を見てもぐっとたじろぐ程度で済むぞ。ごめんレイシアちゃん。
…………いやしかし、ほんと恥ずかしいな、これ。黒くてスケスケで……レイシアちゃんはよくこんなもん着れたもんだ。全裸を経験した俺でも、これはもっとこう……着ることによって生じるエロスが……いやいやいや。これについては考えすぎないほうがいいな。
……えーと、机の上……
うん、後顧の憂いなし。
ああ―――――これでようやく、俺も眠れる。
『俺』は――この『レイシアちゃんに憑依した俺』という自意識は、もともと余分な存在だ。
本来この世界にいるはずがなかった存在、そして『來見田志連』という人間の人生においても、本来あるはずのなかったロスタイム。それが、『レイシアちゃんに憑依した俺』の定義だ。
いやいやいや、だからといって死にたいとは思ってないけどね? そこまで異常者じゃないというか、死にゆく人間の矜持みたいなのは、一般人の俺は持ち合わせてないし……。
でも、本当、夢のような時間だったんだ。
女の子だったけど……それはけっこう戸惑ったけど! でも、今更俺が感じることのできない、青春っていうのかな。友達とか作っちゃったりして、柄にもなく熱くなっちゃって、大変だったし、辛かったこともいっぱいあったけど――――でも、すごい幸せな二か月間だった。
だから、今すぐ死ぬってことになっても、わりとすんなり受け入れられるんだ。
……それに、これ以上居座っちゃうと、レイシアちゃんへの迷惑がいよいよ洒落にならなくなるからな。
能力の成長。これが研究者に特別視されるのは、とんでもない想定外だった。いや、言われてみればそうだったんだけど、本当に言われなきゃ気づかないくらいノーマークだったから。
ま、そういうわけで、二か月弱の間だけどとても幸せな気持ちにさせてもらったし、レイシアちゃん周りの関係性はだいぶ改善されているし、これ以上俺がレイシアちゃんの時間を奪っていい理由はないし、未練らしい未練は……、……、もう、ないかな。……うん。
これから、俺という人格は、多分かなりの勢いで薄らいでいくだろう。尽きかけの蝋燭の灯がだんだんと小さくなっていくように、徐々に消えて行って、そして最後にはふっとなくなっていく。というか、こうして思考できるのも、多分今が最後。
この世界では本来ありえない知識も、この世界では本来ありえない成長も、きれいさっぱりなくなる。レイシアちゃんの異常性も消え失せるわけで、きっとほどなくして妙な連中の特別視もなくなることだろう。
つまり、全てが全て、きれいに収まってくれる。
ひょっとしたら…………万に一つくらいの可能性でレイシアちゃんは、俺と話したりできないことを残念がるかもしれないけど、まぁ、落ち込んだところで、GMDWの面々や瀬見さん達が慰めてくれるはず。
まぁ、ちょっとした別れというのも、人生経験の一つになると思えば、俺の消滅もレイシアちゃんにとっての糧になってくれるかもしれない。生憎、俺は誰かとの別れって、実は経験したことがないから、あんまり実感はないんだけどね。 前世も早死にだったし。
まぁ、なんだ。
後腐れは、ない。
俺はぼすりとベッドに倒れこんで、今まで出会ったいろんな人たちを脳裏に描いて、呟く。
「……みんな、みんな、みんなみんなみんな…………ありがとうございました、おやすみなさい」
***
***
記憶が曖昧だ。
なんだか、長い長い夢を見ていたような気がする。
――彼女が目覚めたとき、抱いた思いはそんな言葉だった。だいぶ長い間、水の中を揺蕩っているような、そんな現実感の薄い世界にいたような気がしていた。
その中で、何かフィルター一枚を隔てて、世界を見ていた。
全てではない。微睡の中にいるみたいに、断片的な記憶だ。だが、それでも大切なことは全て見てきた。
むくり、と体を起こす。
随分と無茶をしてきたのだろう。なんだか、体中が重いような気がする。目は腫れぼったいし、肩は凝り固まっている。体のコンディションは……最悪とまではいかないが、お世辞にも良いとは言えない。
服装は……かろうじてネグリジェ。どうやら、最後の力を振り絞ってシャワーくらいは浴びたらしい。時計を確認してみると――午後一二時。学究会での発表が八時ごろだったから、三時間ほどは眠れていたらしい。
正直、彼女としてはまだ寝足りないくらいだが…………とてもではないが、惰眠を貪るような気分にはなれなかった。
「わたくしは…………」
その少女は。
レイシア=ブラックガードは、なんとなくわかっていた。
すべては
とある青年の人格はその役目を終え、静かに、永遠の眠りに就いたのだと。
「わた、くしはっ……!」
寝起きのぼんやりとした脳内がクリアになっていくにつれて、レイシアの心裡は説明できない強大な焦燥感に襲われ始めていた。
縋るような思いで自身の机に飛びつくと……そこには、十数冊のA4のノートが転がっていた。それらの表紙には日付がメモされていて、最後の一冊には『わたくしへ』の文字。
……最初から、準備は整えていたのだろう。
その答えが、これだ。
レイシアに対する助言をまとめた、備忘録代わりのノート。
自分の人格が消え失せた後にレイシアが同じような過ちを犯さないように、あるいはレイシアに伝えたい言葉を伝えるために残しておいた、といったところだろうか。
…………題名は、一応気にしていたらしい監視とやらへの配慮だろうか? にしても気を付けるところがそこか、とレイシアは苦笑してしまう。そんなところを気にするくらいなら、そもそも周囲との関係修復など考えなければいい。傲岸不遜な少女が急にそんなことをしだせば、誰であれ不思議に思うのは当たり前だろうに。
本当に……やることなすこと、色々と気を遣っているようで、そのくせ詰めが甘い。
なのに、その根底にあるのが、思わず鼻で笑ってしまうくらいに愚直なやさしさだというのだから、憎みきれない。どうしても、皮肉ってやろうと浮かべた笑みの端に、温かい何かが染み出てしまう。
……その甘さによって、自分が救われていると、レイシアはもう知ってしまっているから。
レイシアは、無言のままにそのノートのうち、『わたくしへ』と書かれた一冊を開いた。
あの青年が最初にそうしたときと、同じように。
***
■アナタの現状について
きっとアナタは、今とても混乱していらっしゃるでしょうね。私は、アナタが自殺未遂をした後に生まれた、アナタの第二人格。この二か月の間、アナタの身体を好きに使わせてもらっていました。
アナタがどこまで私のしていたことを見ているかは、私にはちょっと判別がつきませんが……アナタを取り巻く環境は、大きく変化しています。
まず、アナタにNOを突きつけた派閥……GMDWの面々との関係は、大幅に改善されています。御坂さんや白井さんとはお友達になっていますし、瀬見さんをはじめとした
それと、後述しますが私が勝手に知り合って友達を作ってしまいました。
人間関係を丸投げすることになってしまい申し訳ないですが、変化についてはこれまで書いたノート(日記部分)と合わせて、これから書いておくまとめのメモを参照してください。伝えたいことについても、そちらの方に書くことにしました。
説教臭いかもしれませんが、私の最後のお節介だと思って聞いてくれると、うれしいです。
……。
■振る舞いについて
まず、無駄な出費は、なるべく抑えるようにしましょう。アナタは無駄な出費を富める者の美徳と考えている節がありますが、それは間違いです。他者にお金を見せびらかすような振る舞いは、周囲との軋轢を生んでしまいます。それに、もったいないです。お金は、それが自分のためになるかどうか、使う前にじっくり考えてから使いましょう。
でも、アナタが必要だと思ったなら、遠慮する必要はありません。お金も、アナタの持つ力の一つです。無理せず、おかしなことにならない範疇なら、存分に使っちゃっていいと思いますよ。
同じようなことになりますが、人と関わるときには自分が優位に立とうとしなくても、案外なんとかなるものです。アナタは最初から魅力的なのですから、へたに自分の優位性をアピールしようとしても、逆に相手から煙たがられてしまうおそれがあります。自然体のままのレイシア=ブラックガードを見せていきましょう。それだけで、きっとだいぶ変わってくるはずですよ。
…………。
■上条当麻やインデックスについて
ごめんなさい。丸投げするようなことになってしまって。
でも、彼らならアナタもすぐに打ち解けられると思います。とても優しい方ですから、私の『消失』のことを素直に打ち明けてもいいかもしれません。きっと、力になってくれると思います。
もしも彼らと関わりたくないなという場合は……そのことを素直に話せば、受け入れてくれると思います。私としては、彼らとのかかわりがアナタにもいい働きをするんじゃないかと思いますけど、こればっかりは強制できないですから。
……あ、でも御坂さんとの付き合いがある限りは、やっぱりどこかで上条さんとのかかわりはあるかもしれませんね。まぁ、うまくやれると思いますので、なんとかやってくださいな。
上条さんは、簡単に言うと鈍感で、熱血漢で、それでいて妙な時だけ鋭い、油断できない裏表のない好青年です。普段は鈍感なせいでなんとなくイラッとくることがあるかもしれませんが、ふとした表情の機微を見抜いてこちらの事情に遠慮なく踏み込んでくるので注意が必要です。ただ、一方で彼の選択は不思議と誰かを鼓舞するものであったりすることが多いので、彼のデリカシーのなさにイラッときても、ぐっとこらえて改めて考えてみると、一考の余地があるという場合が多々あります。
ただ、彼は自己犠牲のケがあるのでそこは注意。寄り掛かりすぎると、いずれあっさり折れてしまうかもしれません。いやまぁ、よほどのことがない限りそんなことはないと思いますけど……一応彼も人間ですので、過信しすぎないように。付き合い方を間違えなければ、彼ほど頼れる存在はこの世に何人とないでしょう。
………………。
■ステイル=マグヌスほかについて
こちらについては本当にごめんなさい!! 彼からの悪感情、どうにかすることは叶いませんでした……。ほんとにごめんなさい。一応、手紙を送ることで手は打ってありますので、あとはなんとか……後始末を任せてしまって本当にごめんなさい。
一応アドバイスをここに書いておきますと、彼はとてもプライドが高いですが、心の底ではやさしさのある少年です。彼の矜持を尊重しつつ、芯の強いところを見せれば、彼の態度もある程度は軟化してくれると思います。
あと、彼のやさしさに注目しておけば、その言動の節々に見えるやさしさにも気づけるはず。神裂さんはとにかく人がよいので、人格が違うということを説明すれば問題ないでしょう。逆に、下手に隠そうとすると、彼らは察しがいいので関係が悪化してしまうかもしれません。
……………………。
■瀬見さんをはじめとした
アナタにとっては頼れない大人に見えたかもしれませんが、今は違います。私が、自信をもって断言してあげましょう。今の彼らは、アナタと目的を同じくするパートナーであり、アナタが困った時には支え導いてくれる有能なサポーターです。
脳開発をしている関係上、アナタの思考パターンについても熟知しているプロの方々です。時には耳が痛い言葉をかけられるかもしれませんが、今の彼らには、アナタを思いやる気持ちが根底にあるはずです。そこに耳を傾ければ、きっと今までとは全く違った言葉に聞こえるはず。
でも、たまには思い切って不満や不安を吐き出してもいいかもしれません。彼らはきっと、アナタのそれをきちんと受け止めてくれるはずです。私が保証しますよ。あと、本当に本当に困ったときは第七学区にいるカエル顔のお医者さんを訪ねてみるのもいいかも。
…………………………。
■GMDWについて
こちらについては、私から多く語る必要はあまりないと思います。
あの子達は、もともとアナタを受け入れる素養を持っていました。私が人間関係の問題をほどいていますが、これは本来、アナタでもできたことです。自分の弱さを見せる勇気さえ持てることができたなら。
それはきっと、アナタにとってはとても勇気のいることだと思います。怖いですよね、気持ちはよく分かります。でも、アナタはもう既にその壁を乗り越えているはずです。だから、大丈夫。
上とか下とか、そういうことを考えずに対等な立場で関われば、彼女たちはもともとのアナタを、きれいにしっかりと受け止めてくれることでしょう。
あ、夢月さんはわりと熱血が入っている方なので、彼女がヒートアップしたら燐火さんの仲裁があるまで凌ぎましょう。燐火さんも調子に乗ることがたまにあるので、そのときはほどほどのところでアナタが抑えましょう。
ただ、脅威をちらつかせるやり方はもちろん厳禁。普通にやめてと言うだけで、彼女たちは普通に答えてくれますよ。
それから今後の予定ですが……、
………………………………。
■最後に
いろいろ言いましたけど、たぶん、今のアナタなら大丈夫なんじゃないかなと、筆を執っている私などは思うわけです。なら何故こんなものを書いているのかと言えば………………なんででしょうね? たぶん、親心とか、そういう感じなのかもしれません……。おこがましい話ですけど。
でもきっと、たぶん、アナタは既に、私を通していろんなことを見てきたと思うんです。だから、ここに書いてあるようなことは、ただの備忘録。ふとした時に、ここに書いてあるようなことを読み返して、私の言葉を思い返して、元気を出してくれれば、幸いです。
それじゃあ、このくらいで筆をおきたいと思います。
レイシアさん、私にこんな素晴らしい毎日を貸してくれて、ありがとうございました。
ちゃんと返せているか、少しだけ不安ですけど…………。
どうか、幸せに。
……………………………………。
***
「…………本当に…………」
ぽつり、と。
少女の口から、何事かが漏れ出る。
「…………本っ……当に……」
その呟きの色は、『激情』。
「本当に、本当に本当に本当に本当に……!!」
感謝でも、惜別でもない。
彼女は、これ以上ない激情に駆られていた。
「ふざけるんじゃ、ありませんわよ……!」
彼の言葉が、心に響かなかったわけじゃない。
むしろ逆だ。彼の言葉は、痛烈にレイシアの心を貫いていた。
これが、知り合ったばかりの他人からだったら、別だろう。自分は何もせず、ただ口ばかり動かす部外者だったら、別だろう。
だが、彼は違う。実際にこのきれいごとをレイシアに伝えるために、この二か月、不器用なりにボロボロになっても諦めずに頑張り続けていたのだから。
だからこそ、レイシアは今こうしていられるのだから。
その軌跡を、ずっと、特等席で見てきたのだから。
だが……それだけに、彼女は納得がいかなかった。
確かに、『中の人』は――あの青年は本来死んでいるべき人間だ。末期ガンで、これ以上文句もつけようもなく完璧に死期を迎え、そして当然の歴史の流れで命を落とした。それはつまり本来死んでいるべき人間、ということだ。
そんな彼がレイシアの身体の中に居座って、頼もしい友人に囲まれた彼女の輝かしい未来を一部でも食いつぶすようなことは、あってはならないのかもしれない。終わった人間は終わった人間らしく、潔く消え去る――他人から、あるいは彼自身から見ればそれが正しい選択なのかもしれない。
「これで、終わり? 冗談じゃ……冗談じゃ、ありませんわ!」
でも、そもそも終わりそうだったレイシアの未来を、『輝かしい』ものにまで引き上げてくれたのは、いったいどこの誰だ?
レイシアは、その問いに即答できる。
それは、勝手に満足して、日記に偉そうな文章をしたためて消え失せてしまったあの底抜けのお人好しだ。
だから、これは当然の帰結なのだ。
レイシアに対して、それ以外の誰かに対して、やって当然という顔をして手を差し伸べておきながら、自分だけは誰にも助けてもらわず消えていく在り方なんて、絶対に認めない。他でもない彼にだけは、絶対に認めさせない。
「こんな……こんな終わりは、認めません」
未練がないなんて嘘だ。
だって、彼にとっても、この世界は素晴らしいものだったはずだ。
でなければ、本気でGMDWの面々に友情を感じたりなんてしない。
でなければ、自分だけの友達なんか作ったりしない。
でなければ、『素晴らしい毎日を貸してくれた』ことに感謝なんてするわけがない。
きっと、もっと生きたかったはずなのだ。
こんな素晴らしい毎日を、もっと過ごしたかったはずなのだ。
今も、そして昔も――そう思っていたはずなのに。
諦めて、本音を仕舞って、黙って消えようとしている。
「…………会ってっ……、…………っ、言いたいことがっ、山ほどあるんですのよ……ッ!」
開いた日記の端に、ひとつの染みが生まれた。
とある一文が、僅かに滲む。
あのときと、同じように。
だが、今回はそれ以上染みが増えることはなかった。
ノートを机に置いた彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
そのノートに書かれた、最後の一文――それをゆっくりとなぞって、少女は小さく笑みを浮かべた。
小さく、しかし確かに、世界のすべてに宣戦布告するような不敵さで。
目を瞑れば、あのお人よしの呑気な性格のバカが、見ていて張り倒したくなるくらい能天気な表情で、こう言っているのが、脳裏に思い描ける。
『どうか、幸せに』
「ええ、幸せになってやりますとも。我儘で傲慢な
役目を果たした余分な人格が消え失せて、全てが元通りに戻る?
……
「………………『勝ち逃げ』なんて、許しませんわよ」