【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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二七話:ここに本当の

 彼は自身を『第二人格』と定義し、その原因を『レイシア=ブラックガードが過度のストレスにさらされたことによる逃避行動』とした。

 もちろんこれは欺瞞だが、言い訳としては巧妙だ――とレイシアは思う。

 なにせ、内部的にはともかく、外部的に見ればその説明ですべての辻褄があってしまうのだから。

 彼の意味記憶にある『とある少女』は、怒りという多大なストレスによって能力の規模を大きく拡大させた。つまり、ストレスの受け取り方によっては能力が予定外の成長をもたらす可能性は十二分にある。

 そして、そのストレスによって多重人格化し、その人格が主人格を苦痛から逃避させるためにその苦痛を率先して片づけようとする――というのも、まぁ奇妙ではあるがありえない話ではない。

 そして、そのストレスの素が消えうせたから、役目を終えた副人格が消滅する――――なるほど、能力の出力が元の状態に戻りつつあるのと合わせて、カバーストーリーとしては上出来だろう。少なくとも、誰も疑うことはあるまい。

 加えて、『レイシアが精神疾患者であった』という事実も付け加えることで多少のズレがあっても許容される。……まぁ彼がそこまで計算できたとはレイシアには思えないが、そこはご愛嬌だ。

 

「…………反吐が出ますわね」

 

 ――レイシアがしなくてはならなかったのは、この問題は『自分の手には負えない』と認めることだった。

 

 当然だ。そもそもレイシアは脳のことなど専門外。というか、魂だのなんだのの問題は彼の意味記憶を参照する限りでも『魔術サイド』の領分。小説の内容程度しかないレイシアの知識では、とてもではないがどうにもならない。

 

 ゆえに、彼女は自身の『多重人格』を早々に他者にバラすことに決めた。

 というか、それはレイシアにとってほぼほぼ前提条件であった。

 

「…………まったく、甘すぎて反吐が出ますわ」

 

 廊下を歩きながら、吐き捨てるレイシア。

 彼女にしてみれば、なぜ彼が気づかないのかといいたくなるくらい自明の理だった。

 

 彼女に代わって人間関係を修復し、その過程で世界の素晴らしさを見せる。

 その試みは素晴らしいものだろう。実際、レイシアはその過程にある開発官(デベロッパー)や友人たちをはじめとした様々な人の発言や思いを聞き、そして彼の気持ちを聞き、自分を見つめなおすことができた。

 それが、彼女の心境を大きく変化させた。

 しかし…………ここには一つ重大な欠陥がある。

 

 そもそも、彼が修復してしまった人間関係は……本来、レイシアが自分の手で乗り越えるべき問題ではないのか?

 

 彼が聞けば、一瞬その通りかもしれないと納得し、余計なことをしてしまったと後悔しかけ、それから『実際問題レイシアちゃんにそこまでやれる余力なんかなかっただろう』と思い直し、そして正しさしか許さない相手に対して憤りを見せそうな発言だが……ほかでもないレイシアが、そう思っていた。

 

 優しい彼は、レイシアがGMDWの面々や瀬見をはじめとした開発官(デベロッパー)に対して『多重人格』のカバーストーリーを話すことなど考慮すらしていなかったが、やはりそれは卑怯だと思うのだ。

 だって、レイシアは何もしていないから。辛いのも、悲しいのも、苦しいのも、全部引き受けたのは彼だ。それなのにおいしいところだけレイシアがもらうのは、アンフェアだろう。

 

 だから――――。

 

「……よろしい。皆さん、既にそろっているようですわね」

 

***

 

第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.

 

二七話:ここに本当の Final_Settlement.

 

***

 

「レイシアさん、話ってなんです? とゆーか、体はもう大丈夫なんですか? 見た感じまだ寝不足そーですが……」

 

 きょとんと首を傾げているのは刺鹿だ。

 彼女はレイシアにとって、一番大きな変化を体感した人物でもある。

 自殺未遂をする前の刺鹿との関係性は、同じ派閥の仲間でありながら敵というのが正しい関係性だった。負けん気の強い彼女はレイシアの高圧的な態度に対して反発し、そしてワンマン気質のレイシアはそんな刺鹿に苛立ちを募らせる。

 相性が悪かった……そう言えるのかもしれない。

 だが、今はこの通り。多分、『多重人格』のカバーストーリーさえ話さなければ、この先も良き友人でいられるだろう。

 ……その未来は、途轍もなく輝いて見える。

 

「というかっ、急ぎの用でないなら寝たほうがっ。明日から新学期なのですしっ……」

 

 刺鹿に合わせるように言うのは苑内だ。

 彼女も、レイシアにとっては新たな一面を見せられた人物だった。

 自殺未遂前の彼女にとって、苑内は自身のコンプレックス(貧乳)を気にして勝手にわき道にそれた研究をしだす不届きもの、という認識でしかなかった。あるいは、おどおどしていてはっきりしない、だろうか。

 ただ――彼はそんな彼女と打ち解け、意外と視野の広い一面や、時には彼以上に大人びた包容力を見せる一面すら見出してみせた。今のレイシアでも、彼女に対しては何か安心感を抱いてしまうほどだ。

 

 …………それらの関係性を、今から、崩す。

 『多重人格』のカバーストーリーを、話す。

 

 きっと、自分が今まで慕ってきたレイシアではないと知れば、彼女たちは深い失望を覚えることだろう。改心などせず、まったくの別人が相手をしてきただけなのだから当然だ。だが、その結果起こるだろう苦しみは、本来レイシアが受け止めるべきだったもの。

 

「…………話と、いうのはですね」

 

 覚悟を決めたはずなのに、声が詰まる。辛い、とすら思う。軽蔑されるかもしれない、拒絶されるかもしれないという恐怖。……こんなことを、彼はやってきたのだろうか。

 

「レイシアさん? 様子がおかしーですよ? 何かあるなら、私たちに……、」

「わたくし、は。……アナタがたが慕っていたレイシアでは、ありません」

 

 意を決して。

 はっきりとそう、宣言した。

 

「……はぇ?」

「…………んっ? どういうっ、ことですっ……?」

 

 あまりの発言にぽかんとする刺鹿の横で、雰囲気の違いを察したのだろうか、苑内はにわかに警戒を始める。

 一度口を開けば、あとはもう簡単だった。レイシアの口からは、すらすらと『カバーストーリー』の全容が紡がれていく。

 

「今までアナタがたに謝罪し、そして和解したのは、わたくしではありません。わたくしの――いうなれば、第二人格のようなものです。……わたくしが御坂さんに敗北した後、病院にいたのは知っていますね?」

「え、はい……でも…………え?」

「……目覚めた後、わたくしは現実から逃避しました。そして、その苦しみのすべてを……新たな人格に押し付けたのです」

 

 現象は違うが、大筋で間違いではない、とレイシアは思う。

 現実から逃避し、自殺した。失敗したことに気づいても、レイシアは逃避を続けた。そうしているうちに、気づけば彼が、彼女の中に滑り込んでいたのだ。

 だから、レイシアはちょうどいいと思って、自分のすべてを明け渡した。自棄になっていたのもあるだろう。自分の体を他人に使われる――というのは通常であればおぞましい体験だろうが、レイシアにとっては何もかもがどうでもよかった。

 

「…………第二人格は、そんなわたくしの逃避によって生まれたすべての歪みを、一身に背負いました。御坂さんとの和解、開発官(デベロッパー)陣との和解、そして、アナタたちとの和解。……すべて、第二人格の功績です」

 

 そう、全ての歪みを、引き受けてくれた。なぜ彼がそんなことをしたのか、それは今でもレイシアにはわからない。彼の行いをずっと間近で見てきたが、赤の他人であるレイシアにそこまでする義理はなかったはずだ。

 ……それもまた、レイシアは聞いてみたい、と思った。

 

「……そ、れって……」

「はい。……今のわたくしは、()()()()()()()()()()()()レイシア=ブラックガード本人です」

「…………!!」

 

 その場の全員に、驚愕が走る。

 

「……ってことは、なんですか? それを貴方が言ってやがっているってことは……これまで私たちが接してきたレイシアさんは、消えやがってしまった……と?」

「いえ! そんなはずはありませんわ!!」

 

 呆然としている刺鹿の言葉に、レイシアはそこだけははっきりと断言した。

 ……これも、考えてみればわかること。レイシアは目覚めてから、()()()()()()()()()()()()。これは、彼の魂が完全に消滅していたならばありえないことだ。彼自身が、レイシアの魂の生存を確信したのと同じように。

 もっとも、能力の出力が減衰している以上はいずれ消滅するだろう。死人の魂だから、あとは消滅するしかない、といったところなのだろうか。そこは、レイシアにとってはあまり関係ないことだ。

 

「第二人格は、まだ完全には消えていません。……私は、か――彼女に、消えてほしくない。どんな手を使ってでも呼び戻して、それで、話が……したい。…………ですから、アナタ達に、協力してもらいたいのです」

 

 そこまで言って、レイシアは深く頭を下げた。

 

「今更、虫のいいことを言っているのはわかっています……! どの面を下げて協力を頼んでいるのか、ということも……! これまでしてきたことの罰は、きちんと受けます。ですから、どうか……! 彼女を助ける手伝いを、していただけませんか……! 私一人では無理なのです……!!」

 

 言いながら、情けなくて涙がこぼれてくる。

 本当に、どの面下げてそんなことを言っているのだとすら思う。これまでしてきたことの償いもせずに、協力してくれなどと虫が良すぎる。

 彼女たちをつなぎとめておく材料など、レイシアには何もない。友情を感じていた彼はすでに消えかけ、そして地位すらもレイシアにはない。だから、今の彼女にできるのは、無様に頭を下げ続けることだけ。……そんなことしか、できない。

 

「…………レイシアさん、とりあえず顔を上げて、私たちの目を見てください」

 

 そんな刺鹿の声を聴いて、レイシアは言われるがままに、おそるおそる顔を上げた。

 そして次の瞬間、猛烈な勢いで首が横を向いていた。

 自分の頬が力いっぱい叩かれたのだ、と気づいたのは、一瞬あとになってからだった。

 

「――――これまでのこと、我々全員の分は、それでチャラにします。いいですね、みなさん。……それで、すべてが終わったら、貴方も私のことを、力いっぱい叩きやがってください。……それで、この話は全部終わりにしましょう」

「…………は? え、と……どう……?」

()()に対して思うことは、そりゃーありました。……でも、もう終わったことです。それに…………私たちは、一人も気づかなかった。多重人格ですって? ……そいつは、極大のストレスがかかって初めてなるもんじゃないですか」

 

 厳密には、多重人格ではない。ないが――――実際に、自殺を決意するほどの挫折をおぼえたというのは、まぎれもない事実。自業自得の結果とはいえ、それは、一人に押し付けていいものではなかった。

 そう思い、自分たちを責めることができるくらいに、彼女たちはレイシアのことを許していた。

 

「貴方がそーやって、自分の責任だと思って悔いやがるのは、貴方の自由です。とゆーか、悔いやがってくれて大いに結構。私たちだってキツかったんですから、反省してもらわなければやってられません。…………しかし同様に、私たちだって、貴方のことを追い詰めたことを、悔いたっていいはずですよね」

 

 つまり。

 

「貴方が罪悪感を覚えるのと同様、私たちも貴方に罪悪感を覚えてるってことです。……貴方の言う『第二人格』は、そりゃーもう頑固でしたからね。基本、自分が悪いって方向に話を持っていきやがりますから……と、これはあまり関係ない話ですか。ともあれ、結局私たちは対等ってことです。なら、ここにいるのはかつて敵同士だったものではなく――――同じ友人を持つ、対等な仲間同士ってことになりますよね」

 

 彼女たちは、無条件で何もかも許してくれる聖人様なんかではない。

 嫌なことをされれば怒るし、そこに至るまでの経緯に情状酌量の余地がなければ、嫌うし、軽蔑だってする。……でも、自らの行いを悔いている相手であれば、許すことはできるし、自分の行いを反省することだってできる。そんな、優しい少女たちなのだ。

 そんな彼女たちの選択など、最初から決まっていたのかもしれない。

 

「助けましょう。お人よしで甘ちゃんなくせに自分に対しては無頓着な、貴方の『第二人格』を。……それから、また改めて、始めさせてください。私たちと、()()()()の関係を。それが、私たちの総意です」


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