【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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三一話:万策尽きた

「たのもう! ですわ!」

 

 ばたーん! とスライド式の扉が豪快に開かれる。

 病院の受付でカエル顔の医者の居場所を尋ねたレイシアは、少々特殊な経緯で入院していたこともあって彼の居場所をスムーズに聞き出し――だというのに、無駄に挑戦的に彼の詰めていた個室(おそらく休憩室だろう)に乱入していた。

 

「…………今は少し遅めのランチタイムだから、少し待って欲しいんだね?」

「待ちません!!」

「ちょっ、レイシア! いきなりそれじゃー話がややこしくなるでしょーが!」

 

 呆れ顔のカエル顔の医者に即答するレイシアを、刺鹿が抑える。逸る気持ちがあるほかに、人となりを知っているということでだいぶ心を開いているのだろうが、外野からすればひやひやものである。

 どうにもしまらない感じだったが、カエル顔の医者の方はそのやりとりで事態の深刻さを察したらしい。缶コーヒーを一口飲むと、食べかけのコンビニ弁当には目もくれずにレイシア達の方へと向き直っていた。

 

「それで、用事はなんだね、どうも、いつものとは毛色が違うみたいだけどね?」

「消えかけた人格を呼び戻す方法を探しています」

 

 問いかけに対し、レイシアは端的に言った。常人ならば文脈を読み取ることすら難しい唐突な話題転換だっただろう。にもかかわらず、カエル顔の医者は驚いた様子も見せずに『ふむ、そうなったか』とすら呟いてみせる余裕があった。

 

「アナタなら、シレンを呼び戻す方法も知っているはずです! どうか、力を貸してください!」

 

 そう頼み込むレイシアの表情は、まさに真剣そのもの。しかし一方で、レイシアは心の中でどこか安堵してもいた。

 冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は、どんな手を使ってでも患者を救う男だ。

 この老年に差し掛かるまで、彼の敗北はただ一つ、上条当麻の死亡のみ。ゆえに完全にシレンが消えた後ならば難しいだろうが、まだ完全に消えていない今なら、救う手立てとまではいかずとも、その作戦を大幅に補強するピースは得られるはずだ。

 いや、得なければならない。

 開発官(デベロッパー)の協力は見込めず、美琴は離脱し、この状況でこの医者からも見放されれば、事実上科学サイドからのアプローチは皆無ということになる。

 魔術サイドだって万能ではない。一〇万三〇〇〇冊の叡智を持つインデックスでも、失われた上条の記憶を戻したり、自分自身の消えた記憶の修復はしていないところからして、インデックスの一〇万三〇〇〇冊の『偏り』は、脳機能や魂といった領域には不得手な可能性が高いのだ。

 ゆえにこその、科学サイドからのアプローチ。

 ここで躓くわけにはいかない。

 

「結論から言うけどね?」

 

 ――はずだった。

 

「二重人格を『呼び戻す』方法は、存在していないね?」

 

 はっきりと。

 残酷な響きすら伴わせて、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は断言した。

 

「まぁ、専門家でない君たちは仕方がないんだけどね、そもそも二重人格というのは脳のネットワークの混線・自律稼働という『バグ』なんだね?」

 

 カエル顔の医者は缶コーヒーで喉を湿らせながら続けていく。

 

「高位の精神感応(テレパス)ならその混線を模倣することで似たような二重人格状態を再現することは可能だけど、それにしたって記憶まで同じとは行かない。同じ性格、同じ思い出を共有した人格の再生は、それこそ失われた命を再現するのと同等の難易度なんだね?」

 

 それは、残酷な宣告だった。

 あとはもうないはずだった。なのに、なのに、ここに来て、最後の頼みからこんな回答が返ってくるなんて。

 呆然と、ただ聞いているだけのレイシアに、彼はさらに続けていく。

 常のような遊びを排除した、厳然たる口調で。

 

「――医者として言うならば。君はもう患者ではない。二重人格は常識的に考えれば『疾患』だ。治癒しつつあるというのであれば、それは僕が手を下すべき領域じゃあない。ただし、」

「もう、けっこうですわっっ!!!!」

 

 カエル顔の医者の言葉を遮って、レイシアは悲鳴をあげるようにそう言っていた。

 予想外の激情だったのだろう、カエル顔の医者はわずかに瞠目している。

 目尻に涙を浮かべた少女は、子供の癇癪そのままの怒りを目の前の大人に向け、こう吐き捨てた。

 

「アナタにとってはただの『疾患』でも…………わたくしにとっては、何より代え難い恩人であり、友人ですわ。…………失礼します!」

 

 踵を返した少女は、その場に涙を散らしながら去って行った。

 

「レイシアさんっ……」

「苑内さん、待ちやがってください」

 

 ……もう、あてなど、ない。

 

***

 

第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.

 

三一話:万策尽きた And_More.

 

***

 

 冷静に考えてみれば、あそこでは食い下がっておくべきだった。

 相手は科学サイドの権威なのだ。食い下がって、核心に迫るものでないとしても少しでも情報を得る努力をするべきだった。何よりも大切なのはシレンの復活。そのためなら、感情を殺してどんな方法でもとるべきなのだ。

 だが、レイシアは我慢ができなかった。何も知らないとはいえ、シレンの人格を『疾患』呼ばわりされることに、我慢がならなかった。

 絶望して、冷静さを失っていたということもあるのだろうが……今更後悔しても、後の祭りだ。

 ……感情に流されて、優先順位を見失って、挙句の果てに最後の砦を自ら手放す。まったくもって、愚かな選択だった。

 

「…………わたくし、結局何も変わっていませんのね」

 

 慌ててレイシアを追ってきた派閥のメンバーに、レイシアは自嘲するように笑ってから呟いた。

 派閥のメンバーは、みなどんな言葉をかけていいか分からない、という様子だ。

 それも仕方ない、とレイシアは思う。この状況でどんな言葉をかければいいのかなんて、レイシアにも分からない。

 

「……悪いですわね、こんなはずでは、なかったのですが……」

 

 ……落ち込んでは、いられない。

 最後の砦を失ったからといって、まだ万策が尽きたわけではないはずだ。何かどこかに、方法が残っているはず。まずは情報共有をして、それからみんなで次の作戦を考えればいいのだ。

 もしもシレンだったら、きっとそうする。

 レイシアはそう考え、手の中にある携帯に視線を落とす。メールの着信がきたのは、ちょうどそのときだった。

 連絡は、上条からだった。

 いや、違う。上条の携帯を渡したインデックス……正確には神裂からだった。

 

『少し、会って話がしたいです。今後のことやこちらの持っている情報などにもばらつきがあるようですので。お一人で病院の外までお願いします』

 

 科学サイドからのアプローチが全て不発に終わった今、この申し出はレイシアには有難かった。二つ返事を送ると、その場にいた派閥のメンバーに席を離れる旨を伝える。

 

「先ほどのポニーテールの女性と話をしてきます。皆さんは、少しここで待っていてください。人見知りな方なので」

「わわわ、分かりました」

 

 と、自分の言葉に答えたのが、同じ二年の桐生という少女だったことで、レイシアは怪訝な表情を浮かべた。

 

「…………刺鹿と苑内は?」

「ええと……ななな、なんだか、いつの間にかいなくなってましたね……」

「……心配ですわね。皆さん、探しておいてくれますか」

「りょりょりょ、了解です!」

 

 桐生の了承を受けて、レイシアは病院の外へと出向く。

 しかし、先ほどまでの絶望とは違い、その表情は不在の二人への心配に塗りつぶされていた。

 

***

 

「あ、レイシア! 待ってたんだよ! いきなり置いてけぼりにするなんてひどいかも!」

「でもアナタ、彼女たちの前ではろくに魔術の知識も披露できないでしょうに」

「うぐぐ……レイシアは辛辣なんだよ……」

 

 とはいえ再会早々のこのやりとりで、レイシアのささくれだった心はだいぶ癒されていた。なんだかんだ言って、人の心の緊張を和らげる少女である。

 

「それで、レイシアさん。今の状況は……インデックスからある程度聞きましたが、貴方の第二人格……シレンさんが消えかけていて、それを救出させようとしている、ということで、本当に間違いないんですね?」

「ええ。……間違いありませんわ」

「それならよかった。……最悪、護符を用いてシレンさんの魂を外部に切り離し、あとで魔術的に容器を用意する……という方法も考えてはいましたが、あまりにリスキーな方法でしたからね」

「……? リスキー、ですか?」

「ええ」

 

 神裂は軽い調子で頷き、

 

「魂というのは、言ってしまえば量子暗号のようなものなのです。情報の塊としては確かに存在していますが、下手に観察したり干渉しようとすると『別の何か』に代わってしまう。西洋でいう悪霊や、日本における霊魂由来の妖怪――たとえば『海坊主』の一種などはこの系統ですね」

 

 話がそれました、と神裂は言い、

 

「魂自体をダイレクトに扱うことは、魔術サイドの技術を以てしても難しい」

 

 今は、霊障という魂にこびりついた汚れのようなものから逆算して魂の形をある程度変える技術も一応研究はされているらしいですが、確立した研究技術ではないですし――と神裂は言い、

 

「我々にできるのは十字教方式。たとえば西洋の悪魔方式を利用してシレンさんの魂を羊皮紙に封印し、その後何らかの方法で肉体を与える……という非常に難易度の高いものでしたからね」

「……それは、なんとなく難しそうだなということは、分かりますが」

「難しいですよ。何せ悪魔のルーツは基本的に、十字教の教義によって歪められた神ですから。つまり、在り方を歪められているとはいえ『神の御業』に挑戦しろと言っているようなものです。人工心臓を使わずに心臓手術をするのと同レベルの無理難題といえば、分かりやすいでしょうか」

 

 要するに、無理難題ということらしい。

 一〇万三〇〇〇冊の叡智を以てすれば『無理難題』で済ませられるというだけで、本来ならば完全に不可能な芸当と言ってもいいだろう。確かに、リスキーだった。

 

「それにしても、ずいぶん科学的な言い回しをするようになりましたわね」

「それはもう、貴方がたの世界についても、理解する必要を感じましたので」

 

 それは、科学サイドからの知識によってインデックスを救うきっかけを掴めた神裂の素直な感情だった。

 

「もっとも、分からないことも多くありますがね。今回も飛行機を使いましたが、あの鉄の塊がどうやってあんなに速く空を飛んでいるのか……」

「……ああ、それは、因果が逆ですわね。むしろ、あれだけ速く飛んでいるからこそ空を飛べるんですわ。速度が遅ければ、逆に飛行がブレてしまう。言うなれば高速安定ラインのようなものがあるわけです」

 

 言いながら、レイシアはシレンの記憶を思い浮かべる。確か、アックアという人物は二つの聖人の特徴を兼ね備えた二重聖人で、同じように高速安定ラインで天使の力(テレズマ)を運用することで莫大な力を出していたということだった。確か理屈としては、ある種の力は莫大な力を運用することでかえって力が安定するんだとか。そう考えると、どの業界(というと少し語弊があるが)でも似たような法則はあるということだろう。

 

(……思考がわき道にそれていますわね。それほど、現実逃避をしたいのでしょうか……)

 

 そこまで考えて、レイシアは自分の一連の思考を自嘲する。一刻を争うときに思考を脇道に逸らすなど、現実からの逃げでしかない。

 そんな風にマイナス思考に陥っているレイシアに気づいたのか、ふと神裂はレイシアの瞳を、その奥をのぞき込むように見つめた。

 

「……ずいぶん、覇気がないですね? 先ほどはもう少し威勢が良かったと記憶していますが」

「………………実は、科学サイドの権威にフラれてしまいまして」

 

 そう言って冗談めかして肩を竦めてみるレイシアだが、やはりその声に力はない。

 

「……諦めたのですか?」

「そんなわけっっ!!」

 

 レイシアはかっと目を剥いて反駁しかけるが、しかし、その声からすぐに力が失われていく。

 

「そんなわけ……諦められるわけ、ないじゃないですか……。……ですが、魔術サイドでも厳しいというのに、科学サイドからは何ら有効なアプローチが仕掛けられないとなると…………」

「ふむ」

 

 視線を落として言うレイシアに、神裂は思案気に頷いた。そして、

 

「…………思うのですが、貴方がたが有しているのは科学知識だけなのですか?」

 

 と、むしろ不思議そうに言った。

 

「…………は?」

「ですから。貴方がたを特別としているのは、何も科学知識だけではないでしょう。むしろ貴方がたの本領は、その身に宿す能力なのでは? であれば、それをうまく利用するべきだと思うのですが」

「……それ、は…………」

 

 言われて、レイシアは何も返せなかった。

 

「あの時のレイシアさん――いえ、シレンさんも、そうしていました。既存の可能性ではない、まったく新規の可能性。思考の新天地。……貴方も彼女を救いたいと思っているのなら、そこに手を伸ばしてみるべきでは?」

 

 シレンの思考法は――言ってみればただのカンニングでしかない。小説の知識ありきの判断だ。だから、神裂のようにシレンの思考法を評価するのは、実像とは少し異なる。が……一方で、確かにその通りだとも、レイシアは思う。

 そもそも、消えかけているシレンの魂を救うということ自体、本来ならば無理筋。既存の、当たり前の方法では解法が見つからないという方が『自然』なのである。

 であればこそ、科学という『当たり前』で手の打ちようがなくなったくらいで諦めるのは、あまりにも時期尚早だろう。

 

「我々は、魔術の面からアプローチをかけます。こちらにはインデックスがいますからね、ほかにも『天使の涙』を無害化した霊装の制作など、いろいろと動いていますから。……救う役目を取られたくなければ、貴方も必死になって頑張ってください。――もたもたしていると、私たちが救ってしまいますよ?」

 

 神裂にしては珍しく、そう冗談めかして言って、彼女はレイシアに背を向けた。

 にっこりと笑って手を振るインデックスに少し毒気を抜かれながらも、彼女たちを見送るレイシアの表情は、既に陰りが消えていた。

 

「…………非常に感情的な結論ですが……。…………わたくし以外の誰かにアレが救われるのは、少し、いやかなり癪ですわね」

 

***

 

 奮起したレイシアは、そのままGMDWの面々の元へと帰還していた。

 落ち込んでいたレイシアを心配していた面々だったが、戻ってきたレイシアの勝気な笑みを見てほっとしたらしい。明らかに肩の力が抜けていた。

 

「…………刺鹿と苑内は?」

「ままま、まだ戻ってきていません。探してはいるんですけど……」

「……まぁいいでしょう。もう少し待って戻ってこなかったら全員で探します。それより、今度は能力開発の方向から……、」

 

 と、そこまで言いかけたところで、レイシアの携帯から電話の着信が届いた。

 番号は、美琴のそれ。

 

「…………っ!!」

 

 思わず、レイシアはその場で携帯の通話ボタンを押す。

 美琴の離脱は、かなり厳しいものだった。その彼女からの連絡だ。状況が好転するかもしれない。そんな希望を込めて、レイシアは祈るような思いで電話に出る。

 

『………………レイシアか』

 

 出たのは、少年の声。つまり、美琴に同行している上条だった。

 上条は、何やら興奮を隠せない声色で、次にこう切り出してきた。

 

『……すごいモンを、発見しちまった』


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