【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:人格励起計画、その顛末

 ――同時刻、上条当麻。

 

「……ここで間違いないのか?」

「はい。一九九九〇号はここに監禁されているはずです、とミサカは説明します」

 

 上条、美琴、御坂妹の三人は、第七学区にある廃研究所の前までやってきていた。

 廃研究所……ということで、上条は本当にここが敵のアジトなのか……と疑問をおぼえているようだったが、電撃使い(エレクトロマスター)の美琴と御坂妹の感覚には、敷地内で稼働する電子機器が放っている微弱な電磁波がとらえられていた。

 

「どうやら、中でいろいろとやっているみたいね。……ったく、コソコソ隠れたりして、悪役としてもチンケな連中ね。……これなら、()()()のレイシアさんのがよっぽど堂々としていて、かっこよかったわよ」

 

 吐き捨てるように呟いた美琴の瞼の裏には、あの頃の、傲岸不遜そのものだったレイシアの姿が映る。

 彼女を過剰に美化するつもりはない。

 確かにあれは彼女の悪性の発露だった。醜いまでの自己顕示欲により少女たちを弾圧する姿は、誰かに叱咤されるべきものだっただろう。

 でも彼女は、誰かを貶めたくてそうしていたわけではなかった。自分の居場所を守るために、彼女も彼女で必死に戦っていたのだ。ただ、歯車が噛み合わなかっただけ。誰かがそれを直して、油をさしてやれば……今のように、何も問題は起こらなかった。

 

(そのことに気づけなかったのは、誰? ずっと見てきたはずなのに、何度もぶつかったはずなのに、あの人のことをただ悪と決めつけていたのは、いったいどこの誰?)

 

 美琴が気づけたのは、結局、全てが手遅れになってからだった。たまたま橋にやってきていたら、見慣れた少女が飛び降りていた。慌てて磁力を使って助け上げたが、全身ずぶ濡れになった少女は、死んでしまったように眠っていた。

 ……ただでさえずぶ濡れだったのに、ぬぐってもぬぐっても、少女の目元はずっと濡れたままだった。

 

 ――美琴は思う。

 多分、レイシアがそんな彼女の心の声を聴けば、きっと否定するだろう。むしろ、怒るかもしれない。

 

『あれはわたくしの選択であり、意思であり、落ち度ですわ! そこまで他人に責任を持たれるほど、わたくしは落ちぶれていません! 馬鹿にするのも大概にしてくださいまし!』

 

 ……想像できる。ぷんぷんと顔を赤くして怒って、それからもじもじしながら、何事かフォローを入れようと不器用に話し出す姿が、目に浮かぶようだった。……あの人格自体と再会したのはさっきだったはずなのに、もうそこまでイメージできるほど、美琴は彼女と心の距離を近くしていた。

 だからこそ、これは美琴自身の納得の問題だ。

 誰が何と言おうと、レイシア自身が否定しようと、美琴は、傲慢かもしれないが、自分自身が彼女の問題に気づいて、支えてあげたかった。

 あのときは、それができなかった。

 もう、同じ轍は踏まない。

 

「…………友達、だからね」

「おいおい、御坂」

 

 拳に力を込める美琴の肩に、ぽんと上条の手が置かれる。

 

「俺のこと、忘れるなよ」

「まったくです。ミサカもいるんですから。というかもう一九九九〇号は助けた気になってませんか? とミサカは常識的なツッコミを入れます」

「当たり前でしょ」

 

 美琴はバツが悪そうに頬をかき、

 

「こんな小悪党なんか、前座よ、前座。……私たちはこの後、すっごい『巨悪(ヴィレイネス)』を相手にするんだからね」

 

***

 

第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.

 

おまけ:人格励起計画、その顛末

 

***

 

 そしてそんな美琴の態度は、決して慢心なんかではなかった。

 

「…………そういや、忘れがちだけど、お前って学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の、上から数えて三番目なんだよなぁ……」

 

 上条が呆れてそう言うのも、仕方がない。

 美琴のハッキング能力によって、研究所のあらゆるセキュリティは素通り。ふいに遭遇した警備ロボットも速攻でハッキング&無力化と、現代文明が誇る機械警備達はことごとく美琴と相性最悪なのであった。

 敷地内に立ち入ってからそろそろ五分になるが、上条がしていることと言えば、御坂妹と漫才をしながら美琴をおちょくって場の空気を暖めることくらいである。いつもの上条なら侵入するのに一〇ページ、トラブルが起きて一〇ページ、合計二〇ページくらい使いそうな流れだというのに、正味三行くらいで進んでしまっていた。

 

「………………なんていうか、不幸だ」

 

 いや、今は幸運なのだが、普段の自分のめぐり合わせの悪さという意味で。

 

「なーにを言ってんだか。とっとと片づけてレイシアさんのヘルプに回るわよ。あと実験のデータとか集めないと」

「完全にボーナスステージ扱いだなーとミサカはのんきに宿直室から拝借したせんべいをバリバリ食べます」

「おまっ!? さっきちょっといなくなってると思ったらそんなことしてたのか!?」

「アンタたち……遠足じゃないのよ?」

 

 呆れながら言う美琴だったが、その間も彼女は警戒を怠っていない。電磁波による走査で、実質的に半径三〇メートル内のあらゆる物質の挙動は美琴の手のひらの上なのである。

 だからこそ、美琴はすぐに『異変』に気づくことができた。

 

「……!! アンタ達! ふざけてんのもここまでにしときなさい! 来るわよ!」

 

 そう、美琴が言った瞬間。

 ボゴォァア!! と、建物の外壁が発泡スチロールみたいに安っぽく吹っ飛ばされた。

 

「アー、本当にここで合ってンのか? ったく、天井の野郎こンなしけた場所に逃げ込みやがって、いくらなンでもお粗末すぎンだろ………………あ?」

 

 そして。

 目が合う。

 その赤い瞳は、それまでなんだかんだ言って弛緩していた上条の精神を一気に引き締めるには十分すぎるほど危険な意味を伴っていた。少なくとも、上条にとっては。

 

「…………オマエは」

一方(アクセラ)……通行(レータ)……!!」

 

 上条がすぐさま飛び掛からなかったのは、前回の戦闘で散々遠距離攻撃に苦しめられた――というのもあるが、それ以上に、一方通行(アクセラレータ)の表情から邪気が感じられなかったからだ。

 とてもじゃないが、今ここで上条達を襲うためにやってきましたという顔ではない。むしろ、自分も別の事情を抱えてこの研究所に乗り込んできたとでも言いたげな雰囲気だった。

 

「…………お前、一体何の用で……?」

「そンなこと、オマエらには関係ねェだろ」

 

 一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てるように返して、

 

「…………運がイイなオマエら。今の俺はオマエらなンぞを構ってやる気はねェンでなァ。失せろ。俺の気が変わらねェうちにな」

 

 そして、ひらひらと適当そうに手を振っていた。

 美琴は警戒しているようだったが、上条には、一方通行(アクセラレータ)が言葉通り上条達から意識を外しているように見えた。

 つまり、彼もまた、この研究所に立ち入る理由がある、ということ。それは――おそらく。

 

「………………頑張れよ、一方通行(アクセラレータ)

「……あァ?」

「過去にやったお前の所業を、俺は認めない。……でも、今のお前は…………ちゃんと『最強』らしいんじゃねぇか?」

「オマエ…………」

「だから、頑張れよ。……今のお前なら、俺は応援してもいいし!」

 

 ニッと笑って、上条は歩き出す。

 ポカンとしている一方通行(アクセラレータ)を置いて進んでいくツンツン頭の少年の頭をひっぱたきながら、美琴と、そして御坂妹も研究所の奥へと進んでいく。

 

「…………ふざけてやがる。もしくは、ヒーロー様は見る目がねェのか?」

 

 白髪赤目の少年の憎まれ口を、背に聞きながら。

 

***

 

 道中も非常にあっさり目だった。

 もちろん警備ロボットやトンデモ科学兵器、それからボス格らしき研究者の男などもいたのだが、まぁまぁ全部美琴が片づけてしまった。上条一人だったら単行本一巻分くらいの大立ち回りだったのだが、そこは超能力者(レベル5)。往々にして全部一行で片づけてしまっていた。

 研究者の男など口上の途中でビリビリやられて拘束である。トークがバトルの基本が信条な上条としては、最後まで話聞いてあげようよ……と逆に同情してしまうまであった。

 防備が手薄だったのは、ひょっとしたら同時に研究所に侵入してきた一方通行(アクセラレータ)への対処に手数を割かれていたのかもしれないが。

 

 そんなわけで、研究者の男を締め上げて聞き出した一九九九〇号の居場所である。

 

「こちらになります、とミサカはせめてナビゲート役に努めることで今回ついてきただけだった無能ツンツン頭との差別化をはかります」

「おい! おい!! 傷心の上条さんの傷をさらに抉るのは感心しませんよ!!」

 

 実際には上条がいなければ美琴と一方通行(アクセラレータ)は出会った時点で殺し合いかねない関係性なのでかなり役立っているのだが、まぁそのあたりは本人たちには分からない事情である。

 

 プシュー、と空気の抜ける音と共にドアが開くと、そこには――ビーカーを思い切り巨大化させたような水槽と、その中に浮かぶ一人の少女があった。

 一九九九〇号。

 なお、もちろん全裸である。

 

「っっらァァあああああ青少年の健全なる育成のためのキック!!!!」

「ごァァああああああッ!? 御坂さん!? 御坂さん今のは不可抗りょグフォ不幸だあ!!」

 

 ノータイムでの延髄蹴りをもろにくらって吹っ飛び(ごァァあああ)、その後机に激突した(グフォ)ミスターアンラッキー上条はさておき、美琴は足早に一九九九〇号が入っている水槽、その横に取り付けられたパソコンに触れる。

 

「貴方はそこの資料でも読んでいてください、とミサカは衝突の衝撃により散乱した紙の資料を指さしつつ裸の妹の為に適当なカーテンをむしって服の代わりにしています」

「…………あんまりにもな扱い……不幸だ……シレンが恋しい…………」

 

 呻きつつ資料を漁る上条に(主に嫉妬で)ムッとする美琴は、滑らかなハッキングによって各種ロックを解除し、一九九九〇号を引っ張り出す。

 

「……お、姉様……?」

「もう大丈夫。私達が来たからね」

 

 くしゃくしゃと一九九九〇号の頭を乱暴に撫でると同時に、御坂妹がカーテンでもって彼女の体を覆い隠す。それを確認した美琴は、資料を漁っていた上条の方へと声をかけた。

 

「ねえ、そっちはどう!?」

「…………ああ。凄いもんが見つかったぞ」

 

 美琴にこたえた上条の声は、少し震えていた。

 

「なになに? どしたの?」

 

 何の気なしに近寄った美琴に、上条は無言で冊子になっている資料を手渡す。

 最初は怪訝そうな表情を浮かべていた美琴の表情は、読み進めていくごとに険しいものへと変わっていった。

 

***

 

 人格励起(メイクアップ)計画報告書

 

 残り一万人の妹達(シスターズ)では、決定的に崩壊した実験の軌道修正を行うことは難しい。

 そこで我々は、例の『予定外の因子』を実験に取り込むことを提案する。

 『予定外の因子』を取り込むことで、因子同士の対消滅を起こし、実験を元の正常な状態に戻すのだ。

 そのために、例の『予定外の因子』が誕生した経緯を分析・体系化して、その感情データを封入することにより、人格の励起をもたらす。

 感情データを封入された能力者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に衝撃を与え、それによってAIM拡散力場に揺らぎが生じる。その揺らぎの波長同士がちょうど共鳴を起こすように、波長をコントロールするのがこのプログラムの重要なポイントだ。

 

 言ってしまえば、水を張った盆を小刻みに揺らすことで、大きな波を生み出すのと同じ理屈。

 そして、この共鳴により、AIM拡散力場を通じて自分だけの現実(パーソナルリアリティ)はより強固な形へと変貌することになる。これが、プログラムの最終目的である。

 

 このプログラム自体に汎用性はない。変数以外にも感情データや演算パターンに応じて一部定数を組み替えないと、正常に作動しないだろう。

 

 ……研究者として持つ最後の良心に従って書き残しておくが、この研究は根本的に失敗だ。

 先程の例を使うならば、このプログラムを実行した場合、小刻みな揺れによって波立った水は、そのまま盆から零れる――つまり、能力の暴走が待っている。

 仮に器が大きくなれば話は別だが、器以上のことをすれば、待っているのは当然、死である。

 ――しかし。

 もしも、もしもこのプログラムをきちんと稼働させることができたならば、その人物の意識レベルは飛躍的に向上し、単なる能力の成長以上の『励起』をもたらすだろう。


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