【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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三三話:そこは暗く、深淵の

「言っておくが、これはかなり危険度の高い方法で、僕は君の医者だ」

 

 すべてが始まる直前、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)はそんなことを言っていた。

 

「分かっていますわ。今更それが何か……、」

「だから、もしも何かが起こって、それで君の命が危なくなるようであれば。……その時は、プログラムを途中終了させる。一生君に恨まれることになろうとも」

「……………………」

()()()()()()()()

 

 そして、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)はヘッドギア型の機材を手に持ったレイシアに背を向ける。

 

「あれだけ威勢のいいことを言ったのだからね、有言実行してもらわないと恰好がつかないんだね?」

「……ふん、無論ですわ」

 

 その言葉を鼻で笑い、傲岸不遜な令嬢は堂々と機材を装着する。

 

 己の半身を救うために。

 

***

 

第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.

 

三三話:そこは暗く、深淵の Dive_into.

 

***

 

 気づくと、そこは暗闇だった。

 

 死。

 

 レイシアが最初に思い描いたのは、その感覚だった。彼女にも、覚えはある。飛び降りた後、体内に流れ込んでくる水の中で、その感覚は確かに彼女の足先に触れていた。

 その感覚が今、沼のように大量に集まって、彼女のことを包み込んでいた。

 

『…………っ』

 

 思わず身震いしかけ、レイシアは首を振る。

 ここが、今の自分の戦場なのだ。

 こんなもので怖気づいているわけにはいかない。

 

『ここは…………』

 

 改めて、レイシアは暗闇を観察する。

 今回のプログラムには、複数の段階が用意されていた。

 

 まず第一段階、魔術における瞑想の手法を応用した『セーフティ機能』の確立。

 これによってレイシアの精神を科学的には不可能なほど安定した状態に落とし込むことができる。この時、護符によってレイシアの人格に対して補強を加えるといった魔術措置も行われていた。

 こうした『プログラムの本流には直接かかわらない』『誰にも気づかれないような些細な関与』にとどめたのは、神裂が政治的な配慮を行った結果……らしい。これならば、『条約』に抵触する危険もないのだそうだ。レイシアなどは『条約』をブッチ切る気満々だったので気にしていなかったのだが、やはり魔術師としてはそこもきちんと考えるらしい。

 

 次に第二段階、機材を用いてレイシアを催眠状態に置き、外部制御でレイシアの人格を司る脳とシレンの人格を司る脳同士の接触を構築。

 ありていに言えば、レイシアが精神世界に潜り込んで、シレンと接触をとる――ということになる。二重人格は、何らかの形で人格同士のコンタクトを形成している場合がある。ただ、二人の場合はそれが著しく乏しいため、これを作ることで刺激とし、そこを起点に『励起』を始めるわけだ。

 今、レイシアはこの段階に入っている。

 

『ここからが、本番ですわね』

 

 そう考え、暗闇の中を進んでいくと――――ふと、遠くに、小さな白い光が見えた。

 どんどん進んでいくと、その光は人と同じくらいの大きさで……その中心に、丸まっている一人の少女の姿が見えた。

 金色の長髪。

 常盤台の制服を身に纏ったその少女は、レイシアの目にも覚えがあった。

 

『…………わた、くし…………?』

 

 呟いてから、レイシアはそんな自分の印象が、間違いではないが、正しくもないことを悟る。

 微妙な違和感――魂が、彼女に告げている。

 今目の前にいるこの少女は、レイシア=ブラックガードの中に滑り込んでいた一つの魂。來見田志連の、その残滓である、と。

 なぜ、彼の外見がレイシアのものと同一になっているのかは、分からない。

 精神世界での外見は肉体に依存するのか、この二か月弱で彼の自己認識がレイシアのそれと混じったのか、魔術的な魂の変化の法則でもあるのか、あるいはレイシアの主観ではそう見えるだけなのか…………。

 

 なんにせよ、レイシアは大して迷わなかった。

 

『――シレン!! いつまで寝ているんですのっ! とっとと起きなさいっ!!』

『………………ふぅぐ…………? ん、ぁ、わっ!? いっ、ち、ちこく!?!?』

 

 …………叩き起こしておいてなんだが、非常に緊張感に欠ける第一声だ――とレイシアは憮然とした。

 まぁ、記憶を参照する限りでもシレンという人格はそんなもんだったかもしれないが。

 

『まさか精神世界でも寝ぼけているとは、驚きましたわ……。まず自分が目覚めているという事実に驚愕してみては?』

『は? レイシアちゃん? いや俺? …………レイシアちゃん!?!?』

『いちいち話が進まない人ですわねぇ…………』

 

 いまだに状況把握が追いついていないシレンに、レイシアはため息をつく。

 

『今、アナタの人格を――』

『なんでレイシアちゃんが()()()にいるんだ!?』

 

 そんなシレンに事情説明をしようとしたレイシアが口を開きかけると、それを塗りつぶすようにシレンが絶叫した。

 その表情に、常のような平和ボケした印象はない。むしろ、どこか絶望すらしたような、そんな切羽詰まった顔だった。

 

『な、なに、』

『だって……だってそうだろ! ()()()は君が来るべき場所じゃない! なんで来た!? 今すぐ帰れ! こんなところにいたら、君まで()()()()()()ぞ!! ……いや、もう既に、なのか……? そんな、嘘だろ、なんで、』

『あ、ああ! 待って! 待ってくださいまし! わたくしは死んでません! 死んでませんから!!』

 

 勝手に早合点しだしたシレンに、レイシアは慌てて手を振って説明する。

 すると、シレンは何か話が噛み合っていないと感じたのだろう、すっと冷静さを取り戻し、レイシアの目を見た。

 

『それじゃあ、どうして君が()()に?』

『…………というか、()()とは? わたくしはただ、機材を使って瞑想状態に入っているだけなのですが……』

『なるほど。……そういうことか。じゃあ……そう繋がった、ってことか』

 

 シレンは呟くように言ってから、

 

『……結論を言うとね、レイシアちゃん。君は、今死後の世界に片足を突っ込んでる状態なんだよ』

 

 と、そう言い切った。

 

『は? 何言ってるんですの? 馬鹿なんですか?』

 

 …………レイシアには、ばっさりと切り捨てられてしまったが。

 

『馬鹿じゃないし! …………いや真面目に考えると否定しづらいけども! ほんとなんだって! っていうか考えれば分かることだろ、俺ってそもそも死んでる人間なんだよ! 死者! えーとほら、覚えてないかなぁ、小説でもあったろ、オティヌスの世界にいた「総体」の話でさ!』

 

 シレンは手をわたわたさせながら、

 

『アイツは死者と生者の二つに生物を区分して世界を支配してた。つまり、そういう区分の概念がこの世にはあるってわけだ』

『そんな話、ありましたっけ……?? オティヌスが世界を作り変えていったって話は覚えてますけど』

『……興味のあるなしで、記憶を引き出せる分野と正確さに違いがあるのかな……』

 

 シレンは少し悲しそうな表情を浮かべ、

 

『つまり、一言で魂と言っても、そこには生きているか死んでいるかで明確なタグの付け替えがされているってわけ。俺の魂はもともと死んでいる人間のものだから、こういう事態になったら……存在の位階? みたいなものが、あの世に近づいてるんだと思う』

『………………また唐突におかしな話が出てきましたわね』

『いや、俺の感覚を適当に用語に当てはめて言語化してるだけだから、合ってるかどうかは正直疑問なんだけどね……。でもまぁ、そう外してはいないと思う。このままいけば俺はあの世行きだけど、レイシアちゃんは巻き込まない。……でも、こうやって『接点』がある状態だと、ひょっとしたらレイシアちゃんまで巻き込まれかねないぞ。今なら、まだ間に合う。接続を切るんだ』

 

 シレンは、大真面目にそう言った。

 それに対し、レイシアはいっそ鼻白んでいますと言っていいくらいの表情で、

 

『ええと、何から説明すればいいのやら。一つ言っておきますと、これ、外部制御ですのでわたくし自身にはどうしようもできませんわよ?』

 

 と言い放った。

 

 つまり、外部制御なので途中終了は外部の意思にゆだねられ。

 しかも、内部の様子はレイシアにしか分からないので。

 ……シレンの魂が死に、レイシアに異常が出るまで、この状態は終わらない、ということだった。

 

『…………ええええええええええええええええええええええ!?!?!?』

 

 寝起きでこの事実を突き付けられたシレンの心中や、いかに。

 

***

 

『そ、そんなことを……』

 

 どうやってここまで来たのか。

 そのあらましを説明されたシレンは、呆れるやら感心するやらで感情の行き来が忙しそうだ。

 

『……正直、話をしたいと思ってくれるかな、ってちょっと思ったりもしたし、そう思ってくれたら俺もうれしいなとは思ってたんだけどさ。でもこれは違うだろ、違うでしょ…………』

 

 腕を組んでいるレイシアの横で、シレンはただ頭を抱えていた。

 彼の視点からすれば、完全にきれいに終わって、後腐れもないなーと思って意識を手放したら次の瞬間に、目をかけていた女の子本人が死の淵まで飛び込んでしまったのだから、こうなるのも当然といえば当然ではある。

 

『違うといえば、こちらのセリフですわ。アナタ、心得違いも甚だしいのではなくて? 勝手に助けて、勝手に消えて、そんなのわたくしが認めるわけがないではありませんの』

『それはそうかもしれないけど、まさか命の危険をおしてまで来るとは……っていうか方法があるとは…………()()()()()()()()()()()()

 

 そう言われて、レイシアはぴくりと眉根を動かす。

 ……先ほどからというもの、レイシアは少し気になっていた。

 シレンは、彼女と出会ってからずっと、レイシアがシレンと『話をする』ためにやってきているとしか考えていないのだ。普通なら、命の危険をおしてまでとなれば助けに来たという可能性くらい考えてもよさそうなものだが、シレンに限ってはそんな様子……言ってしまえば『期待する気持ち』が一切行動に出ていなかった。

 

 心外だった。

 

 あれだけのことをしてもらったのだ。感謝の気持ちくらいはレイシアだって持っているし、そんな自分が、たかが話すためだけにしか動けない人間だと、思われていたのだろうか。

 

(確かに以前のわたくしは性格が悪かったと思いますが、それにしたって信頼が……。……い、一応あの事件ではわたくしだって手をお貸ししたのに! 少しくらい、わたくしのことを見直してくれたっていいのではありませんか……?)

 

 それは、『認めてほしい』という可愛げのある自己顕示欲の発露でもあったかもしれない。

 ともかく、少し不機嫌そうに、レイシアはシレンをなじってみた。

 

『……少しは、期待してはどうですの? たとえば、わたくしがアナタを助けに来たとか、』

『やめてくれよ』

 

 ……だから、レイシアは一瞬、ぎょっとしてしまった。

 自分の言葉を遮って、シレンが放った言葉の、冷たさに。

 

『……やめてくれ。そういう冗談は、やめてほしいんだ。……今すごい悩んでるけど、でも、レイシアちゃんがこうやって最期に会いに来てくれたのは、すごいうれしいんだ。だから、レイシアちゃんにあまり、怒ったりとか、したくないから。だから、そういう冗談は、やめてくれ』

 

 きっぱりと、シレンはそう言った。

 怒りたくない、と。相変わらずな有様だったが、そこにあるズレを、レイシアは感じていた。

 ……まるで、自分が助かることなんて一ミリたりともありえないとでも言うかのような、そんな言動だった。

 

『何を……何を決めつけていますの? 助かりますわよ。だってわたくしは、その為に来たんですから、』

『だからやめろって言ってるだろ!!』

 

 ……それでも、シレンは頑なだった。

 

『……! ああ、ごめん、ごめんよレイシアちゃん……。俺のこと、慰めようとしてくれてるってことは分かってる。でも、……ごめん、こればっかりは、ダメなんだ。分かってほしい。……それより、現状の解決策を考えよう。どうにか体を動かして、それで異常を外部に示せばきっとプログラムを途中終了してもらえるし……』

『な、何を…………言ってるんですの……?』

 

 レイシアは、それ以外に何も言えなかった。

 これは……さすがに、異常だ。

 だって、命をかけてここまできて、それでやることが会話をする『だけ』なんておかしい。しかも、外部制御だから戻れないというのもおかしな話だろう。会話をするだけなら、帰るための道筋だって用意していてしかるべきだ。

 そうでない以上、彼を助けようとしていることは明白なはずなのに――まるでその選択肢が用意されていないとばかりに、シレンはその選択肢を選ぼうとしない。

 

『何って、帰るための方法だよ。まったく向こう見ずな……大丈夫、安心してくれ。方法は絶対にある。俺が一緒に見つける。……最後の最後にとんでもない共同作業になったけど、きっと大丈夫だから、』

『そうじゃ!! ありませんわ!!』

『…………っ、』

『ですから、助けに来たと、そう言っているでしょう!? なんでそれを素直に受け止められないんですの!?』

 

 おかしい。

 絶対におかしい。

 だって、こんな異常性は、彼にはなかったはずだ。少なくとも、そんな発露はこの二か月誰も知らなかったはずだ。……確かに、献身という点ではかなりのものだったが、自分を救おうとする言動を一切信頼しないなんてことは、なかったはずなのに。

 あらゆる論理性を無視しても、最適解を否定するような異常な兆候はなかったはずなのに……。

 

『わたくし以外にも、刺鹿が、苑内が、上条が、御坂さんが、インデックスが、ステイルが、神裂さんが、瀬見さんが、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)が、色んな人たちが協力してくれています。アナタを救うために、です!! アナタを救って、また一緒に笑いあうためにです!!』

 

 誰もが手を貸してくれたのだ。

 シレンに今まで救われた人々が、かかわってきた人々が、手を貸してくれて、ようやくここまで到達したのだ。

 だから、シレンは救われてもいい、のに。

 

『…………そんなこと、できるわけないだろ』

 

 ぽつり、と。

 

 今まさに救おうとしていた青年が、そう呟いた。

 

『できていいわけが、ないだろ』


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