【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
三六話:ダブルブッキング
目が覚めると、そこは病室だった。
思わず跳ね起きて、自分の手を見てみる。
ほっそりとした、白い指先。まさしく令嬢と言っていい細くて長いそれは、この二か月でだいぶ見慣れたものだった。
ゆっくりとその指先を自分の頬にあてると、やはりすべすべとした、もはや『自分のもの』と認識できるくらいに慣れ親しんだ、自分の頬の感触がした。
「…………………………」
その頬を、少しだけつねってみる。
…………いたい。
《いたっ!? 痛いですわよ!? シレン!? なんでつねりましたの!?》
……………………ついでにうるさい。
と、
「――――おや、もう目が覚めているみたいだね?」
自分の内面で喧しい声を聴きながらぼけーっとしていると、病室の扉がガラッと開いて、ハゲ散らかしたカエル顔の医者が入ってきた。
うん、まぁもう分かるよ。おはよう
「おはよう、レイシアさん……いや、シレンさんかな?」
「シレンの方です」
「なるほどね、それで――――聞いてみたいことは、あるかね? 質問があれば聞くんだね?」
…………ふむ、質問ね。
じゃあ、とりあえず最初にこれかな。
「…………これ、夢じゃありませんよね?」
***
***
しっかり現実でした。
んで、レイシアちゃんにもめっちゃ怒られた。ごめん、いやだって夢みたいなんだもんという、ね。実際に自分で言うとは思わなかったよ、あのセリフ。
《まったく…………わたくしがせっかく頑張ったというのに、夢とはなんですか、夢とは》
《ごめんごめん。ちょっとしたジョークだから。ほら、サブカルではよくある……》
《そんなのわたくし、知りませんわ!》
…………拗ねちゃったよ。
というか、レイシアちゃんってほんとサブカル系疎いんだよなぁ。まぁストイックなお嬢様やってたんだから当然なんだけどさ。
《ごめんよーレイシアちゃん。感謝してるから、機嫌直して。ほら、クレープ屋行こう。おいしいもの食べよう。今日はおやすみでいいって先生のお墨付きもらってるから、学校は行かなくていいし》
《…………まぁ、食べない理由はありませんけども》
よし、チョロい。
――という感じで、九月一日。
俺とレイシアちゃんは、昨日の実験の予後安静ということで、今日一日はおやすみを言い渡されている。よって、みんなが新学期の憂鬱さに飲み込まれているのを尻目にのんびりと街中を歩けるのだった。
いやいやいや、平日の昼間の街中を闊歩するって、なんか別世界に迷い込んだような感覚がするよね。
《というかさぁ、こうやって肉体を共有することになった後で言うのもなんだけどさ、よかったのかな》
《……なんですの? 今更自分がここにいるのは間違いとか言ったら、上条にチクりますわよ》
「やめろよそれ絶対面倒くさいことになるから!」
…………っと、思わず口に出てしまった。
《……そうじゃなくってさ。俺、オタクじゃん? っていうかとある自体、オタク向けのラノベだし…………》
《自分の住んでる世界がライトノベルで描かれてるといわれても、実感沸きませんわねぇ……》
《俺も全然沸かない》
読者の声が俺に届かないからね。……そういえば、だとすると俺の世界のとあるシリーズってどうなってるんだろ? 俺の動きに応じて原作小説とか漫画の内容が書き換わってるのか? いやそうしたらアニメレールガンの婚后さんの扱いとか…………。…………うん、深く考えるのはやめよう。いろいろと難しい。
《で、こうやって俺もこの肉体を共有していいってことになったじゃないか》
《それはそうですわね》
《……そうするとさ、今まで考える余裕がなかった『わがまま』っていうのも、出てくるんだよ》
《それはいいことではありませんの!》
《まぁそれがオタク趣味ってことに繋がるんだけどさ。オタク趣味始めちゃってもいい?》
《…………》
あ! コイツ今微妙な顔した! 現実の表情が微妙な顔になるくらい微妙な感情の波動が伝わってきたんだけど!
《わたくし、自分までオタクに思われるのはちょっと》
《そういう偏見よくないぞ! っていうかレイシアちゃんはそのオタクに救われてるんだからな! オタクは世界を救う!》
《そんな視聴者の自尊心を煽ろうとして間違った方向に突っ走っちゃったサムいキャッチコピーみたいなのを掲げられても……》
…………まぁ、オタク趣味はマジで続けたいなぁって思ってるんだけどもね。深夜アニメ見たり、ゲーム買ったり、漫画買ったりとか、そういうの。
それを抜きにしても、そろそろこういうことも考えないといけないと、俺は思うわけだ。
この間のは、ぶっちゃけ感動したさ。一緒に生きていく。同じ未来を進んでいく。素晴らしいことだと思う。
でも、どこまで行っても、俺たちは元々は他人なわけだ。
しかも、そんな他人が一つの肉体を共有しているというわけで。……当然ながら、意思のすり合わせは最初にきちんと済ませておくべきなんじゃないかなと思う。
俺達が仮に喧嘩したところで仲違いなんてことは有り得ないし、別に今すり合わせしなくてもいずれはするんだろうけど、そういうのって早いに越したことはないし。
《なんなら、少女向けアニメ限定でもいいからさぁ》
《……ああ、御坂さんが好きなラブリーミトンブランドですの? それならまだ……》
《いや、日曜朝八時半とかにやってる変身ヒロイン系の……》
《却下》
《なんでだよ! どっちも少女向けアニメだろ! 偏見!!》
《レイシア=ブラックガードの! イメージをもっと大事にしてくださいまし!!》
《外のイベントとか行くときはちゃんと変装するし!》
《イベントとか言語道断ですわよ! っていうかアナタのその変装モロバレですからね! どこも変装になってませんからね!》
《なっ…………!?!?!?》
…………そんな感じで、相互理解にはまだ時間がかかりそうだった。
***
結局、オタク趣味については隠れオタクを徹底するということで決着がついた。
レイシアちゃんは不服そうだったが、まぁ俺の趣味を完全封殺するわけにもいかないという判断だったのだろう。フフフ、今に見ていろ。これから名作を見まくってレイシアちゃんを洗脳してやる。一緒にオタクになれば怖くないよ。
《そういえば》
そんな将来を思い描いて内心でほくそ笑んでいると、ふとレイシアちゃんが口を開いた。
《この先って、どうなるんでしたっけ? ほら、小説の事件です》
《あ、》
言われて、俺は思い出した。
九月一日。始業式。
そうだ、そうだった。確か……一、二、三が
あの事件もあの事件で、危ないんだよなぁ……。
詳しいところは覚えてないけど、なんか地下街が崩落してたような気がするし。っていうか俺がいる時点で同じ話が展開されるとは限らないわけだから、とりあえずシェリーを見つけた時点で捕縛しておいた方がいい気が……。
《……ん? いやいやいや待て待て。俺が勝手にシェリーを倒しちゃっていいものか?》
多分……倒せはすると思う。そのくらいのポテンシャルは、普通にある。
でも、俺はどこまでいっても科学サイドの人間だ。科学サイドの人間が魔術サイドの人間を捕縛したら、色々と角が立つよなぁ……。
インデックスの件じゃ、そもそも俺が合流してからは早々に和解してたから例外だし。基本的に、俺が首を突っ込んじゃいけない案件な気がするけど……。
《なんですの? 小説の話との乖離がどうのとかを気にしてるなら、それもう別によくありません? どうせ全く同じなんてありえないんですから、何もしないより何かした方が生産的ですわ》
そんな風に悩んでいると、レイシアちゃんはあっさりとした調子でそう言ってきた。
……分かるけど、しかしそんな大胆なことを言えるのはレイシアちゃんくらいだと思う……。
《凄いこと言うなぁレイシアちゃん……。まぁ俺もそこは同意なんだけどさ。でも今は違うかなぁ。政治的に、俺が首を突っ込んじゃダメな気がするんだよね》
《政治的に? ……なんだかよくわかりませんけど》
《ほら、魔術サイドの敵を倒すと、政治的にまずいみたいな話あったじゃん》
《あー……そういえば。初期の事件は、そういった条件づけがされていた、ような……》
俺が言うと、レイシアはぼんやりと記憶が蘇ってきたらしい。まぁ俺の記憶なんだけれども。
《でも、けっこう上条は魔術サイドの敵倒してますわよね? 旧約の終盤の方とか、そのあたりまるで気にされていませんでしたし》
《まぁそれは、上条だから。っていうか、その結果が第三次大戦だからね。こんな序盤から俺達が絡んでいったら、もっと早く、さらに酷い形で第三次大戦が起こっちゃうかもしれないし》
《んー……それは確かによくないですわね》
レイシアちゃんも分かってくれたらしい。
まぁどうせ第三次大戦が起こるのは止められないんだろうけど、それでもなるべく起こさない努力はしたいじゃないか。
《……それで、今日は何か事件、ありましたっけ?》
《ん? ああ、レイシアちゃんはまだ思い出せてないのか。ほら、始業式の時に、風斬がシェリーって魔術師に襲われた事件あったじゃん。あれだよ》
《……………………え?》
なんだか、レイシアがぽかんとしてしまった。すっかり忘れてたみたいだな。
《だから、えーと……六。旧約の六巻だよ。シェリーが学園都市を襲撃して、風斬が狙われてるから、上条とインデックスが戦うっていう……レイシアちゃん?》
なんだか、表情がひきつってきた。
ちなみに、晴れて二重人格……いや二乗人格? となった俺達だが、基本的に体の操縦権みたいなものは、二人とも同等の力があるらしい。具体的に言うと、後から体に出した方の命令が優先される。
今は俺が体を動かしているけど、レイシアちゃんが何かしたくて体を動かしたら、そっちの意思の方が優先されるってことでもあるらしい。
今みたいに、レイシアちゃんが強い感情を出したら、現実の身体がそっちの感情に引っ張られることもままある。なんだか不思議なボディになっているようだ。
閑話休題。
つまり、俺が特に何も考えてないのに表情がひきつってくるということは、レイシアちゃんの感情がそんな何かを抱えているってことなんだろうけども……。
《どしたの?》
《よし、介入しましょう。その事件》
《さっきの俺の話聞いてた!?》
突然の介入宣言に、俺は思わず内心で驚愕の声をあげた。
《いやいやいやいや! だから俺達が下手に首を突っ込んだりしたら、余計に第三次大戦が早まっちゃうかもしれないんだって! 被害が出るかもしれないから心配ってのは分かるけど、それなら民間人の保護とかそういうのをメインにやったっていいわけで、介入しないからといってできることが何もないというわけでは……》
《いや、介入します》
《なぜ!? 聞く耳を!》
《持ちません、介入します》
…………なぜだか、レイシアちゃんは鋼の意思でもって俺の言うことを無視してしまった。
う~~~~ん……。どうしよう……。この調子だと、多分何か理由があるんだろうなぁ。俺には言えないみたいだけど。
……あっ、そうだ。科学サイドとしての俺が無許可で首突っ込むから問題なわけで、それなら許可をとりつければいいんじゃないか?
《分かった。でも、下手に勝手に動くと問題になるかもしれないから、その前にやることをやらせてくれ。それで駄目だったら、諦めること。俺も、これ以上は譲歩できないぞ》
《…………分かりましたわ。で、その『やること』とは?》
《ちょっと、連絡をね》
そう言って、俺はスマートフォンを取り出す。
イギリス清教のことは、イギリス清教にお伺いを立てるのが一番手っ取り早いだろう。