【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
《…………暇になっちゃったなぁ》
夢月さんと別れた俺達は、常盤台の中庭をぶらぶらしていた。
上条もダメ、派閥のメンバーもダメ、美琴やステイルもダメとなると……あれ、俺の交友関係全滅じゃないだろうか。ひょっとして俺の交友関係って狭……いや。思い返すに前世でもこのくらいの数の友人が全員予定ありだったら、普通に誰とも遊べなかったと思う。そして前世の俺はぼっちではないのでレイシアちゃんもセーフ。
《どうしよっか、レイシアちゃん。アニメでも借りに行く?》
《それは断固拒否しますわ! せめて匿名宅配レンタルサービスとかを使って、わたくしが借りたと分からないようにしてくださいまし!》
《了解了解。で、いつまで時間をつぶせばいいの?》
《ええと、四時ですわ、って……あ》
何気ない風を装って話を振ると、レイシアちゃんはあっさりと答えてくれた。
うん。自分が何か企んでますって白状しちゃったようなもんだね、今の。
《え、ええと、その、ええと……》
《大丈夫大丈夫、もうだいぶ前から何かあるって分かってたから。でも、レイシアちゃんが主導してやってるなら大丈夫でしょ。俺は黙ってサプライズされてるよ》
その心意気がなんだか微笑ましくてそう返すと、レイシアちゃんはむすっとして、
《…………それでは、サプライズにならないではありませんか……》
言われてみれば。
***
***
まぁ、それ以上何してるかを聞くのは野暮というものなので、それ以上は聞かずに時間をつぶすことにした。
《……だからといって、一人オセロはどうかと思いますけど……》
《一人じゃないよ、レイシアちゃんがいるし》
そんな感じで、俺たちは自室に戻って、部屋に置いてあったなんか無駄に値の張りそうな高級感あふれるボードゲームをやっていた。なんでもレイシアちゃんが以前興味を持って買ったものの、遊ぶ相手がいないからと放置していたものらしい。レイシアちゃん………………。
ちなみに、現在プレイしているのはリバーシ。オセロっていうのは商品名らしいね。…………
それはともかく。こう、人格が二つあると一人ボードゲームでも別々に分かれてプレイできるから、暇つぶしが非常に簡単だな。傍から見た時のアレさ加減がひどいけども。
でもまぁ、所詮はボードゲーム。何ゲームもやってるとさすがに飽きが来るなぁ……。俺もレイシアちゃんも、けっこう飽きっぽい性質だしね。
《次、何しようか。トランプ系は、視覚を共有しちゃってるせいでやるのが面倒くさいんだよなぁ……いちいち手番ごとに奥に引っ込まないといけないし》
《まだ感覚のシャットアウトまでは上手くいかないんですのよねぇ》
なんとなく、慣れれば常時共有じゃなくて、こっちの人格の視覚はシャットアウト、みたいな芸当も、できそうな雰囲気ではあるんだけど……俺達まだ二重人格初心者(?)だから、そこまで器用なことはできないんだよね。
結果として、常に相手の手番が分かるのが前提なボードゲーム類しかできないという。
うーん…………。
《あ。そうだ。瀬見さん達のところに遊びに行こうか》
《えっ……あ、そ、その、今日はおやすみですから、多分瀬見さん達も研究所にはいないんじゃないかなと……》
《ああ…………今回の件、瀬見さん達も一枚噛んでるのね……》
《うぅぅ~~~~察するのが早いんですのよぉぉ~~~…………!》
そりゃレイシアちゃんが嘘吐けなさすぎるのが悪い。
《大体、シレンはデリカシーがないのです!》
グイグイやり込められていたレイシアちゃんが、唐突にそんなことを言い出してきた。
…………また唐突な。
《たとえばどこがさ?》
《わたくしの裸体を見たこととかっ!》
「うごふっ!?」
…………くっ、突然言うもんだから、口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになったぞ…………。
《そ、それは悪いと思っているけど、不可抗力だし……それに俺達二人で一人なんだし……》
《二人で一人とか言っているくせに、初めてわたくしの裸体を見た時はだいぶ憔悴してましたわよね? 最後の方にネグリジェ着たときとか、だいぶドギマギしてましたわよね?》
《くっ……なぜそれを!? っていうかレイシアちゃんどこまで見てた!?》
思わず戦慄した俺に、レイシアちゃんは(何故か)胸を張って、
《大事なところはだいたい見ていましたわ》
《俺がレイシアちゃんの裸で消耗してたのは大事なところだっていうのか!?》
明らかにいの一番に切り捨てるべき場面だろ! なんでそこだけピンポイントなんだよ!
ツッコミを入れてみた俺だったが、レイシアちゃんは飄々とした様子でそれを受け流す。
《シレンがぁー、鏡に映ったわたくしのぉー、裸をガン見ぃー》
《ガン見はしてない! ちょっと凝視はしちゃったけど! っていうかレイシアちゃんちょっとキャラおかしくないか!?》
《一心同体とはいえ当時見知らぬ男の人に裸を見られたわたくしの精神的ショックははかりしれませんわー》
《うぐぐ……まさかこの先もこのネタで延々いじられるのか……》
さすが悪役令嬢、やり口がだいぶあくどいぞ。
《でもレイシアちゃん。それなら俺が恥ずかしがって体をろくに洗わずに不潔なことになっててもよかったのか?》
《…………そ、それとこれとは話が別ですわ》
《別じゃない。言うなればあれは……医療行為だったんだよ。刃物で人の肉を斬るのは悪いことだ。でも、それが手術のためだったとしたらどうだろう?》
《………………》
レイシアちゃんは何も言えないみたいだな。
ククク、あの時既に、必死に自己弁護の言葉を塗り固めてあるんだ。今更ちょっとやそっとのツッコミで揺れ動く俺では……ない!
《もちろん、それは正しい行いだ。女の子の裸を勝手に見るのは悪いことだろう。でも、体を洗うためだから……正しい行いなんだよ…………》
《くっ、わたくしが間違っていましたわ……》
そこあっさり認めちゃうんだ。
《でも、それはそれとして恥ずかしいのが乙女心なのですわ》
《あ、うん》
それはそうかもね。俺も入院時代にやむに已まれず恥ずかしい部分を看護師さんに見られた経験があるので、そこは分かるよ。医療行為だとしてもナイーブな部分にダメージいくよね。
《でも、何かしようにもシレンはわたくし自身になってしまったじゃないですか》
《そうだねぇ》
自分をビンタしたら、レイシアちゃんも痛いわけで、それじゃ割に合わないよね。
《なので、わたくし考えたのです。どうすれば、わたくしが感じた恥をシレンにも味わわせられるのか》
《んっ? ちょっと待ってくれ。雲行きが怪しくなってきたんだけど》
《そう! シレンの元の姿の裸を見ればいいのです!!》
《いやだ!!!!》
思わず、どうやってだよ、とかなんでだよ、みたいなツッコミより先に拒絶が出てしまった。
《っていうか、無理だろう。現状、エピソード記憶は共有できないし、鏡を見た時の記憶はエピソード記憶だし……》
《ほら、ノートとペンならいっぱいありますし、前世のシレンの裸体を書くとか》
「
はっ、あまりにいやすぎて思わず生身で悲鳴をあげてしまった。なんておぞましいことを想いつくんだこの子……。下手な悪役より邪悪な発想してるぞ、マジで…………。
《っていうか、それやるとアレイスターに怪訝に思われないかな?》
《書いたイラストがシレンの前世だと? いや、それはさすがに発想が飛躍しすぎでしょう。単にエロイラストだとしか思われませんわよ》
《エロイラストだと思われるけど?》
…………アレイスターに、エロイラストを描き始めたと思われるのかぁ……。
あのビーカーの中で逆さまになりながら、『フム、身体のバランスが狂っているな』とか分析されるのかぁ…………すっごいやだなぁ…………。
《…………この件は、ちょっと保留にしましょう》
《うん、そうだね。それがいい》
お互いのためにもね。
と、そんなことを話していると、スマホが着信音を鳴らしだした。何気なく携帯を見てみると、上条当麻の文字。
《あっ、シレンちょっと……》
……あっ、これもダメなやつか。
レイシアちゃんが制止しかけたけど、時すでに遅し。
そのころにはもう、俺はスマホの画面を指でスライドして、通話を始めてしまっていた。
「……もしもし」
『あ、レイシアか?』
「……あの、シレンの方ですわ」
『準備、早めに終わったから連ら、……あっ…………』
…………ちゃんとシレンの方って言ったのに…………。
ま、まぁ何か準備してるってことは分かってたからいいけどね? ただちょっと気まずくなるなーというだけで、ね?
「……え、えーと、すみません。ちょっと外にいるので、車の音でよく聞こえなかったのですがー」
『………………そ、そうか! えーとだな、突然で悪いんだけど、第七学区にある「KARAO!」ってカラオケボックスの二〇三号室まで来てくれないかなー詳しい事情はレイシアから聞いてくれそれじゃ!』
連絡事項を一息に伝えきると、上条は逃げるように通話を切った。
《………………あのツンツン頭、後で粛清ですわ…………》
うんまぁ、今回ばかりは弁護できないかなぁ。
***
というわけで、カラオケにやってきたのだ。
そういえば、前に打ち上げをしたときもカラオケに来てたっけなぁ。カラオケボックスってけっこう広いし騒いでもOKだしごはんとかも意外といい感じだから、学生のパーティとかにはもってこいなんだよね。分かる分かる。
《どんなことになってるんだろうなぁ》
《…………………………》
レイシアちゃんはボロを出すまいとさっきからずっとこの調子だし。
《もうちょっと気楽にしてていいんだよ? 俺、基本ネタバレくらってもそれはそれで物語は楽しめるタイプだしさ》
《フォローになっていないのですっ! ……あっ》
というか、別人格とはいえ同じからだを共有してる人も巻き込んでサプライズをしようっていうのが厳しいと思うんだよね……。レイシアちゃんもまだ中学生だからそこそこ抜けてるところはあるしさ。
なんてフォローを心の中でしつつ(面と向かって言うと怒るので)、俺は指定された部屋の扉に手をかける。
…………すごい、扉の向こう側からの緊張感が、扉を通して俺に伝わってくるかのよう――いや違う。これレイシアちゃんが緊張してるだけだ。
「……すぅ、はぁ」
落ち着けよ、という気持ちも込めて意識的に深呼吸をし、俺は勢いよく扉を開け、
「シレン(さん)、復活おめでとう(ございます)――――っ!!!!」
た瞬間、ぱんぱんぱん、とクラッカーの破裂音を響かせながら、歓声が俺達を……いや、俺を出迎えてくれた。
どうやら、(分かり切っていたことだけど)みんながこそこそといろいろやっていたのは、俺の復活記念パーティの準備だったらしい。見てみると、カラオケボックスの中は色んなパーティグッズで飾り付けられていて、とても賑やかな風情だった。
始業式が終わってからやったにしてはかなり大がかりなので、多分このへんで瀬見さん達の協力があったのだろう。ここにはいないけど。
《……わたくしも、改まって言うのは初めてですわね。……おかえりなさい、シレン》
……みんな口調とか統一してないから、掛け声バラッバラで全然まとまってないし、ステイルはクラッカーをインデックスに押し付けて仏頂面で黙り込んでるし、インデックスは二倍のクラッカーで目を回してるし。なんかもう、いろいろめちゃくちゃだなぁ。
………………。
いやいやいやいや。
分かっていたけど、分かっていたけど、やっぱりクるものがあるな、こういうものって。思わず、目頭が熱く……うぅ。
「……っ、皆さん、ご心配おかけしましたが――――ただいま、戻りました」
…………ああ、俺、帰ってきたんだなぁ。