【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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最終話:二人で一人の

「かんぱーい!」

 

 かちーん、と軽質な音が、カラオケボックスの一室に響き渡った。

 この場にいるのは俺、派閥の面々、美琴、上条、インデックス、ステイル、神裂、――それと何故か、風斬だ。

 まぁ正体は分かっているが、一応礼儀として、彼女を連れてきたであろう上条に問いかけてみる。ていうか、すっごい居心地悪そうにしてるしなあの子。

 

「えっと……こちらの方は?」

「ん? ああ、風斬って言ってな。今日知り合ったんだけど、インデックスと仲良くなって、それでレイシアにも紹介したいってさ」

「はぁ、なるほど」

 

 ああ、そう繋がるのね。インデックスとしては、初めて()()()()()作った(上条の力を借りていない)友達なんだっけ。アイツの精神性を鑑みれば、自分の友達とほかの友達が仲良くなってほしいと思うのは当然か。

 

《……シレンの復活パーティなのに知らない人を呼ぶなんて、無粋ですわよ、あの白シスター》

《まぁまぁ。俺たちはまんざら知らない相手でもないんだしさ。……それに、風斬がAIMの天使だってこともほんのり自覚させないといけないわけだし》

 

 と、思っていたのだが。

 

「え……と、すみません、お邪魔しちゃった……みたいで……」

 

 そう思っていた矢先、風斬の方から普通に声をかけてくれた。っていうかこの口ぶりから察するに、やっぱ居心地の悪さはあったみたいだなぁ。そりゃそうか、だって初対面の子ばっかだもんね。皆気の良い子だけど。

 

「いえ。聞けばインデックスさんのお友達とのこと。であれば、わたくしにとっても友人同然ですわ。わたくしは、レイシア=ブラックガード。どうぞよしなに、風斬さん?」

 

 にっこりと微笑んだのは、正解だったらしい。

 おどおどとしていた風斬は目に見えてほっとした様子を見せると、ぎこちなく、しかしだいぶ打ち解けた雰囲気を伴わせて、こう切り返してきた。

 

「……初めまして。えっと…………人間……()()()()()()の……風斬氷華です」

 

 …………ほわっつ??

 

***

 

 思わず、ぽかーんとしてしまったが。

 風斬の語るところによると、どうやらもう自分が化け物でーとかそういうイベントは既に終了しちゃったらしい。ついでに、美琴とか白井にも自分の素性は説明しているとか。

 途中で口を挟んできたインデックスの話によれば、ステイルや神裂とかの魔術サイドには、詳しい話をすると冒涜とかそういう話になっちゃうからダメねと口止めしているんだと。

 ……いや、多分二人とも気づいてるよ。気づいてるけどインデックスの友達だから立場とか全部かなぐり捨てて見て見ぬふりしてるんだよ。後ろの方見たらものすごい勢いで目を逸らされたし。

 

 で、自分が人間でないと気づいた詳しい経緯についてそれとなく尋ねてみたら、どうやらエリスの襲撃がなくても、ちょっとした事故(ひざをすりむいた)とかで風斬の異常(中身が空洞)が判明して、同じころ小萌先生が風斬の正体を突き止めて電話説明があったらしい。……そんな話だったっけ? いかん、六巻の内容とか細部はもう全然覚えてない。

 

「なるほど……いよいよびっくり人間の集まりになってきましたわねぇ、上条さんの周辺も」

 

 と言ってみると、風斬はひきつった笑みを浮かべていた。

 暴食シスター、吸血鬼吸い寄せ地味子、ツンデレビリビリ少女、クローン少女、二重人格お嬢に続いて、人造天使だ。バリエーションが豊富にも程があろう。

 

「それで、話によると存在が不安定という感じみたいですが、大丈夫なんですの? せっかくお友達になれたのですから」

「……うん、それは…………大丈夫。いろいろ不安定だけど……いなくなっちゃうわけでは……ないから」

 

 俺がそう水を向けてみると、不安そうな視線を向けたインデックスを安心させるように、風斬は微笑んだ。なんだかお姉さんしてるなぁ。

 と、

 

「――失礼。ちょっと切り替わらせてもらいましたわ、レイシアです。ちょっと風斬さん? 話を聞いてれば消えてないから大丈夫などと、少し控えめすぎではなくて?」

 

 あっ、レイシアちゃん。

 

「……で、でも……私には、そう言うしか…………」

《そうだよレイシアちゃん。確か、この後はしばらく、風斬は立体映像同然の状態にしかなれなかったはずだし。そのうち自由に出てこれるようになったと思うから今はさ……》

《ええいシレンのその微妙な決着で妥協するところは直すべきですわ!》

 

 うっ……。一喝されてしまった。

 しかも前例があるだけにあまり強く言い返せない。

 

「――連絡手段を、作りなさい!」

 

 ビシイ! と。

 レイシアちゃんは、当然と言えば当然なことを言った。……ああうん、そうだね、不定期に出現するとしても、連絡手段があればまたすぐ、それもわりと簡単に遊べるよね……。

 

「どうせインデックスは四六時中暇なのです! 遠慮せず連絡を入れるのです!」

「ちょっとレイシア! それは心外かも! 私だってカナミンを見たりと忙しい日はあるんだよ!」

「オぉタぁクぅアぁニぃメぇと友達、どっちが大事だと思ってますのぉぉ!?!?!?」

 

 …………うう。レイシアちゃんのオタク趣味への風当たりが強い……。

 でもカナミンと聞いて一発でオタクアニメだと看破できるくらいには知識を蓄えたんだね。いい傾向いい傾向。

 

「…………そうだね! レイシアの言う通り!!」

 

 ああ、インデックスが論破されてしまった。別に一緒にアニメ見たっていいじゃん……。

 

「で、でも……具体的に、どう連絡をとれば……? 身分証明の手段もないから携帯も使えないし……あの子も……電話、苦手だろうし……」

「公衆電話があるでしょう! 電話の使い方は教えます! わたくしが!」

「……お金が……」

「このわたくしを誰だとお思いですか!? お金くらいそこらのコインロッカーを適当に貸し切って放り投げておきます! 勝手にお使いなさい! はいこれで問題は全部解決ですわね!?」

 

 ……おおう、レイシアちゃん、すげぇ。普通に今後ともインデックスと風斬が遊べるようにしちゃったよ。

 まぁ盛大に無駄遣いではあると思うけど、俺自身レイシアちゃんに『自分が必要だと思ったことには金を惜しむなよ』って言ったしなぁ。レイシアちゃん的にこのお金の使い方は無駄じゃないってことなんだろうし、俺も『いい無駄遣い』だと思うし。

 

「あとは、適当にアイドルっぽい芸でも覚えさせれば、SNSのトレンドに上がることですぐインデックスが気づけるようにもできますが…………」

「…………なんだかよくわからないけど、すごくすごく怖いことを考えられてる気がする……」

「………………ま、適性的にこのくらいが限度ですわね。ともかく、どんな状態だろうと、遠慮せず、諦観せず、貪欲にいろいろとチャレンジしてみなさい!」

 

 そこまでで、レイシアちゃんは矛を収めた。

 なんだか凄く満足げな感じである。ついでに、インデックスと風斬もめっちゃ喜んでた。全体の歴史から見ればほんとに些細なことなんだろうけども、それでも、ミクロな人間関係にとっては劇的な、素晴らしい変化を齎していた。

 …………成長したなぁ、レイシアちゃん。前までの俺なら、喜びで成仏してもいいやって思ってたところだったんだろうけども。

 

 年長者として、俺もまだまだ、頑張っていかなくちゃな、と……今なら思える。

 俺も少しは、成長したんだろうか?

 

***

 

「――おい、女」

 

 風斬とインデックスがイチャイチャしだしたので、逃げるように離れて肩を組みながら歌を歌っている夢月さんと燐火さんを遠目に見つつ飲み物を飲んでいると、ステイルに声をかけられた。

 俺が振り向いて応対しようとすると、その前にレイシアちゃんが口を開いた。

 

「わたくし、女なんて名前ではありませんわ。それともポリティカルコレクトネスの面から詰られたいドM志向ですの?」

「…………お前じゃない。もう一方の人格の方だ」

「はいはい、お呼びでしょうか? ……レイシアちゃん、()()()()()()()()()()()()()()

《ですが……》

 

 ぶーたれるレイシアちゃんは放っておいて、と。この手のタイプの言葉尻をいちいちとってあーだこーだ言ってたら話が進まないからね。本質を読み取るのが重要なのだ。

 

「……フン、レイシアちゃん、か。どうやらヒエラルキーはお前の方が下らしいな。副人格なのだから当然といえば当然なのだが」

《この野郎、喧嘩売ってるなら買ってやりますわよ……!》

《レイシアちゃん、落ち着いて、落ち着いて》

 

 相性悪いなぁこの二人。

 

「それで、わざわざ呼びかけるほどなのですから、何かお話があるのでしょう? なんでしょうか。……ああ、そういえばあの一件でステイルさんが協力してくれるとは思ってませんでしたわ。お蔭で助かりました。神裂さんも……」

「いえ、私は借りを返したまでです。それに、実際に術式を編んだのはあの子ですから。私としては、まだ完全に借りは返したとは思っていませんので」

 

 少し遠巻きに俺とステイルの様子を見ていた神裂に水を向けてみると、神裂は相変わらずの様子でそう返してきた。なんかこの人、放っておくと一生借りを返そうとしそうだよなぁ。俺としてはもう十分って感じなんだけども……。

 

《………………そりゃ目の前であんだけわんわん泣かれれば罪悪感的な意味で借りの重さも倍増ですわ》

《泣かれれば? …………何の話?》

 

 ヤバイ、真剣に覚えがないんだけど……どっかで泣いたっけ、俺?? なんかの隠語か? ……まぁ、とりあえずこの件は棚上げしとこう。

 そう思っていると、ステイルは苦々しそうな顔で、

 

「まったく……神裂は甘いな。僕としては、これで借りは返したぞ。それと、だ。僕は断じて、イギリスからお前を助けにこの極東の国にまでやってきたわけではない。この、手紙の、話をしにきたんだ!」

 

 ばん! と、ステイルは俺に一通の手紙を突き付けてきた。

 ……ああ、そういえば書いたなぁ。ステイルに、そろそろ死ぬから戻ってきた人格には手心加えてくださいねっていう、遺書みたいな手紙。神裂にも似たような内容のを送ってたと思うけど。

 

「なんだこの……! このふざけた内容は!」

「えっ……。なんだと言われましても、あの一件では、ステイルさんの矜持を傷つけてしまいましたし……。お詫びと、それとわたくしが原因となった人間関係のもつれを、レイシアちゃんに引き継がせないようにと……」

「そこだっ!!」

 

 ビシイ! と、ステイルが人差し指を俺に向けてくる。

 う、ううむ……。そこ……?

 

「なんでお前は……! そこまで僕を理解しておきながら……あの子との仲を取り持っておきながら、悪印象を好印象が上回っているという発想に辿り着かない!?」

「え、……え……?」

「自分のやっていることを過小評価しすぎだと言っているのだ! お前のやっていることが、完全なるマイナスだとでも思っているのか!?」

 

 ………………えーと、それって。

 

「もちろんあの子に余計な苦しみを与えたことは許せない。自分の行いを誇ろうものなら、その瞬間僕がお前を焼き殺す! だが、見誤るなよ。僕だって施しを施しと認められないほど偏狭ではない!」

 

 …………かな~~り遠まわしに言っているけど……。

 

「……つまり、わたくしのことを悪く思っているわけではない、と?」

「――――――ふん。君がそう思いたいなら、勝手にそう思えばいい」

 

 それだけ言うと、ステイルはとっとと離れていってしまった。

 

「ふふ。彼も素直ではないですが――彼なりに、感謝はしているんですよ。分かってあげてくださいね」

「ええ、それはもう、」

「わたくしは気に食わないですけどね」

「レイシアちゃん…………」

 

 やっぱりレイシアちゃんとは合わないかなぁ、ステイル。

 

***

 

「……よーやっと空いたわね、シレンさん」

 

 と、離れていく神裂を見送っていると、入れ違いに美琴が入ってきた。

 

「あら、御坂さん。……どうやら楽しんでいらっしゃったようで」

 

 そういえば美琴の友達とかいないなーと一瞬心配だったが、そんなのはいらんお世話だったらしい。何気にコミュ力の塊でもある美琴は、派閥の面々と普通に一緒に楽しんでいるようだった。よきかなよきかな。ホストとしてはお客さんが楽しんでくれているようで……、

 …………いや? よく考えたら今回俺だけがお客さんのはずだな?

 

「まーね。……ま、アンタの交友関係の異次元さには負けるけど」

「美琴さんも大概だと思いますが……」

「美琴?」

「えっ、あっ」

 

 しまった……つい名前で呼んでしまった。いつも心の中でそう呼んでたから。

 

「あ、な、直さなくていいわよ! それでいいわ。美琴さんで。レイシアなんていつの間にか御坂呼ばわりだからね」

「――なんですの? 何か問題でも? 大体、今までさんづけで呼んでいたこと自体おかしかったのですわ」

 

 張り合うな張り合うな。

 

「――失礼。……では、美琴さんとお呼びしますわね」

「う、うん!」

 

 にっこりと微笑むと、美琴も同じように微笑んでくれた。

 …………こんなにうれしそうにしてくれるなら、もうちょっと早くやっておけばよかったかなぁ。

 

「……。ありがとね」

 

 ほんのり後悔していると、不意に美琴がそんなことを言い出した。

 俺に、だよな。……ああ、革命未明(サイレントパーティ)騒ぎのときの協力か。なんだかんだですぐ寝ちゃった後に俺が消えたから、その話するタイミングなかったしなぁ。

 

「学究会の一件もそうだし、それに……あの実験のことも」

「……例の一件ですか? その件については、わたくしがやりたくて勝手に首を突っ込んだだけですし……」

「それでも。……アンタが、勝手に首を突っ込むついでに私を巻き込んでくれたから。私に、戦う資格を与えてくれたから、私、すっごく救われたんだから」

 

 ……。

 

「もしもあの一件のとき、ただ泣きじゃくるだけで、アイツに全てを任せていたら、私は一生、自分の無力を責め続けてた。でも、あそこで自分の手であの子達を救えたから……私なりに、少しは自分のことを許せたの」

 

 もちろん、全部じゃないけどね、と美琴は笑う。

 それは、一四歳の少女が抱えるには、あまりにも重すぎる自負だ。……それでも、美琴は背負っちゃうんだろうけども。

 

「なら、いずれは全部許せるようにならないと、ですね」

 

 なら、俺はせめて、この子が自分を許せるようになるまで、支えてあげたい。

 レイシアちゃんだって、同じ思いだと思う。

 

「……随分、残酷なことを言うのね、アンタ」

「背負い方にも色々あるという話です。わざわざ負担のかかるやり方をしては、既に亡くなった人はともかく、今いる人は、浮かばれないでしょう?」

 

 大事なのは今、そして未来。

 最近は、そう思えるようになった。

 ある意味では無責任なのかもしれないけれど――。

 

「……あー、ほんと、シレンさんと話してると、同い年な気がしないわ。やりづらい」

「わたくしは、美琴さんと話すのは楽しいですわよ? 妹と話しているみたいで、」

「がるるるる……ちょっと近づきすぎですわよ御坂のくせに」

「…………かと思えば唐突にこうなるし。ほんと、やりづらいなぁ」

 

 …………ま、まぁ、そのうち慣れるよ。多分。

 

***

 

 そのあとすぐ、美琴は現れた派閥のメンバーに引っ張られて人の輪の中に取り込まれた。

 …………ほんと、あの子人望あるよなぁ。さっそくGMDWの面々の中心にいるし。これがほかの派閥だったら、『うちの派閥のメンバーなにたらしこんでくれてるの?』ってなるのかもしれないけど……まぁ、俺はそんな心配ないしねぇ。俺達とみんなは、何よりも強い絆で結ばれているからね。

 と、

 

「どーです? 楽しんでますか?」

「シレンさんっ、レイシアさんっ、流石に今回のパーティの主役だけあってっ、今までずっと囲まれてましたねっ」

 

 紅茶をのんびり飲んで(レイシアちゃんが安物ですわって文句をつけたりして)いると、ちょうど入れ違いで夢月さんと燐火さんがやってきた。

 

「ええ。お蔭さまで。この企画、提案したのは誰なんです?」

「? 言い出しやがったのは、例のツンツン頭ですね。会場の飾りつけは瀬見さんと協力してやっていやがったみたいですけど」

「あたくし達はっ、飾りつけの為の部品作成担当だったんですよっ、ほら、あの紙の輪っかとかっ……」

 

 そう言って、燐火さんが天井あたりを指さす。

 ああ、それでいつもの部屋に入れてくれなかったのね。で、やっぱり提案したのは上条と。アイツもこういうことできるんだなあ。デリカシーないヤツだと思ってたけど、そういう面ではちょっと見直した。

 

「なるほど、そうだったのですか……」

「…………シレンさん。悪いことは言わないですが、男の趣味は考え直しやがったほうがいいと思いますよ?」

「は? …………え!? 待ってくださいまし、誤解、誤解ですわそれは!」

 

 俺は、慌てて手を振った。

 

 いやいやいやいや……。

 上条とはそういうのではないから。アイツとは友達でね……。…………でも、男っ気のない俺がたった一人男と仲良くしてたら(ステイルもいるけど)、そういう風に見られるのかなぁ。俺としては、普通の男友達っていうつもりなんだけども。

 

「誤解なんですかっ?」

「ええ全く。ほんとに全然…………って皆さんなんですのその顔は? 特にそこで固まってるインデックスさん達はなんでそんな怪訝そうな顔を……??」

 

 当事者の上条は美琴にかみつかれてて聞こえてないのが幸いだけども、インデックスもステイルも神裂も『コイツマジかよ』みたいな目で見ているのはなぜだ……。

 

《レイシアちゃんヘルプ。俺には人の心が分からないみたいだ……》

《傍から見たらモーションかけすぎって話ではなくて?》

《えぇ……》

 

 そう見えるの? マジで? …………ってか、リアクション的に少なくともインデックスはそう思ってたってことだよな。うおおおおお……危ねぇ、致命的な誤解を抱えたまま次に進むところだった。

 

「上条さんは、あくまで大事なお友達ですわ。美琴さんやインデックスさんと同じ。特に含むところはありませんわよ」

「……そーですか? まぁ、強いて色々と問い詰めるつもりもありませんけど」

「ちなみに、友情に順位をつけるつもりはありませんけど、夢月さんと燐火さん含め、派閥の子達は『特別』ですわよ?」

 

 夢月さんが矛を収めたタイミングで、俺はやり返す意味も込めてそう切り返した。

 実際、俺やレイシアちゃんの意識でもそういうところはあると思う。上条や美琴、インデックスは友達だし、もちろん大事ではある……けど、GMDWの子達は友達であり、仲間でもあるわけだ。なんかこう、関係の絶対値がどうこうというよりは、さらに別の軸の関係がねじ込まれている、というかね。

 

「シレンさん……というか、その、呼び方が……」

「ん? ……ああ、いいでしょう? レイシアちゃんだって砕けた呼び方ですし、いつまでも苗字というのも他人行儀ですからね」

「――ではわたくしも夢月、燐火と呼ぶことにしましょう」

 

 ……レイシアちゃん、別に張り合わなくてもいいと思うけど。

 

「ふふっ、うれしいですっ、レイシアさんっ、シレンさんっ」

「…………なんか妹と姉が同時に突っ込んできやがってる感じがしてやりづらいです……」

 

 美琴も似たようなこと言ってたね、そういえば。まぁ、人生経験的にはその通りだから仕方がない。

 いやという感じではなさそうで、俺は安心したよ。

 

「ふふふ、副会長達! 歌を入れましたわ! ししし、シレイシアさんを連れてこちらへ!」

「了解です! 行きますよ二人とも!」

「わ!? ちょ、ちょっとお待ちくださいませ……!」

 

 夢月さんに引っ張られ、俺はいよいよ派閥の面々の輪の中へと入っていく。

 っていうかシレイシアって。なんかちょっと語呂いいけどさ。

 

 ……ま、いっか。

 

***

 

「…………ふぅ」

 

 それから……三〇分くらいは歌ってたかな? さすがに疲れたので、俺は一旦部屋を出て、火照りを鎮めていた。

 カラオケで歌いすぎると、なんか体に熱がこもる感じがするよね。

 

《ずいぶん楽しんでましたねぇ》

 

 と、そんな俺をからかうようにレイシアちゃんが笑う。……よく言うよ。レイシアちゃんだって途中何度か割り込んでノリノリで歌ってたくせに。

 ……でもまぁ。

 

《ああ、かなり童心に帰らせてもらったよ。こんなに楽しかったのは、いつ以来だろうなぁ》

 

 前世でも、こんなに楽しかったことはなかったかもしれない。この身体になってから、感情の起伏がだいぶ激しくなった気がするのは……肉体に引っ張られているのか、それとも単純にイベントが増えたせいか。

 

《…………そういえば》

 

 ぼんやりと考えていると、レイシアちゃんは何やら神妙な感じでそう切り出した。自然と、現実の表情も引き締まる。

 

《先ほど、色々と呼び方を変えてらっしゃいましたね》

《ああ。……半分くらいはボロが出たって感じだけどね。でも、ああいう風に呼びたかったっていうのもあるかなぁ。晴れてこの体で、シレンとして生きていいってことになったから……心機一転かな?》

《……ふぅん》

 

 レイシアは興味深そうに頷くと、

 

《では、もう今さらわたくしの口調を模倣する必要もないのではなくて?》

 

 と言った。

 うーん、確かに。

 

《そうなんだけど、ぶっちゃけもうお嬢様口調に慣れちゃったって部分もあるんだよねぇ。わたくし、ですわ、でしてよ。だいぶ板についてないかな?》

《ついてると思いますけど。傍目からは分からないくらいには。ただ、もしもシレンが模倣にとらわれて自分を出せないでいるのなら、と……》

《ははは》

 

 レイシアちゃんの心配に、俺は思わず笑ってしまった。

 

《まさか。それは心配しすぎだよ。俺、けっこうレイシアちゃんの身体で好き勝手やってたと思うよ? 口調まで変えたらさすがに怪しまれると思ったからマネしてたわけで、自分を出さないとかそんなつもりは毛頭……、》

《でもシレン、わたくしの身体で恋愛とか全然考えてませんわよね?》

《え?》

 

 いやいやいや、それは当たり前では……? だってステイルも言ってたけど、俺、副人格だからね。そこは主人格たるレイシアちゃん優先だろう。

 そもそも俺はまだそういうこと考えたこともないし……。以前は、いずれはそういうことも考えるようになるのかなと思ってたけど、こうしてレイシアちゃんが目覚めたあとは、そういうこと考えてる暇ないなぁって思うし。

 

《そこですわ! どうせまた自分はオマケだからだのと余計な遠慮をしているのでしょうが、わたくし達は一心同体なのです! サブとか、そういうのは雑念ですわ! ステイルのアホからなんか言われてましたがアレはアホですので真に受けてはいけません!》

 

 ステイルに辛辣だなぁ……。

 

《……俺も恋愛していいというのは分かったけど、別に俺は好きな人とかいないよ?》

《そこも分かってますわ。でもこれからは女性として生きていくんですから、変わるかもしれないではありませんの》

《そうかもしれないけどさぁ……変わってからでよくない? それかレイシアちゃんが好きになった子なら、俺も性別がどうあれ受け入れるし》

《その問題ですわよ》

 

 レイシアちゃんは我が意を得たりとばかりに、

 

《わたくし、普通の女の子ですわ。女の子同士の恋愛とかには興味ありません。恋愛対象は普通に男性です》

 

 うん、それは分かる。

 

《でも、シレンは元々普通の男の人でしたわ。恋愛対象は女性で、男性は恋愛対象ではない》

 

 まぁそうだね。レイシアちゃんが好きになった子なら別にいいとは思ってるけども。

 

《で、色々と考えるに――二重人格であるということも含めて、スムーズに恋愛ができそうな人って、わたくし達が知りうる中で一人しかいないのではなくて?》

《ほう?》

 

 俺は思わず興味深げな声をあげた。そんなヤツいたっけ? 男の娘でぐう聖な子……とか? 加納君が出てくるのはもうちょっと後だよね。それかトール? アイツとはうまくやれなさそうな気がするけど。

 

《ご存じ上条当麻ですわ》

《えっ? そうきたか》

 

 思わず普通に返してしまった。……ええ、上条? なんでさ、女装が似合うとかない気がするけど……いや、意外と細マッチョだし試してみたら分からないのか? うーん……微妙そうな気がする。

 

《だってそうではありませんか。わたくしはアイツそこそこ良いと思いますし、二重人格でも普通に受け入れそうですし、シレンだって多分そのうち上条のこと好きになってますし》

《待て!! 待って! 俺の好意が予定に加わってるってところもアレだけどレイシアちゃんそこそこ良いって思ってたの!? 初耳なんだけど! あのたらし野郎レイシアちゃんまで毒牙に……!》

《えぇ……? 引っかかるのそこなんですの……?》

 

 俺にとってはそっちの方が重要な問題だよ!!

 

《落ち着いてくださいまし。御坂だのインデックスのように好き好き大好きとか言うつもりはありませんわ。あくまで人生を共に歩むパートナーとして魅力的、という話をしているのです》

《……意外とドライだね?》

《まぁ生まれが生まれですからね》

 

 レイシアちゃんはそこはかとなく胸を張った雰囲気を出して、

 

《で、そうなるとご存知の通り、上条は競争率が激しいではありませんか》

《まぁ一万人くらいライバルいるしね……》

《あんなお子ちゃまは選外ですわ》

 

 ひどい……。妹達(シスターズ)だって本気なのに。

 

《話を戻して。競争率が激しいということは、放置してたらものの一年もしないうちにルート確定してゴールインされてしまうということですわ。悠長なことはやっていられないのです》

《う、うん……》

《わたくしは! 全部終わった後、『ああ、俺って実はアイツのこと好きだったんだな』とか言ってほろりと涙を流す中途半端な終わりにしたくないのですわ!!》

《は、はい!》

 

 そんな自信満々で言われると、ほんとにそうなりそうな気がしてきた……。

 でも、レイシアちゃんの今の発言って、徹頭徹尾俺の為なんだよなぁ。……恋愛くらい、レイシアちゃんの自由にしていいと思うんだけど…………いや、これがレイシアちゃんのやりたいことなんだろうか。

 でもなぁ……俺自身、たびたびからかわれたり、疑われたりしてるみたいだけど、上条のことを恋愛的な意味で意識したことって(当然だけど)一度もないんだよなぁ……。

 ……いやラッキースケベされたときはほんのりそういうことも考えたか? でもまぁ好きとかそんなのではないし……。

 

《…………まぁ、良いですわ。わたくし達の物語は、これから。昨日もそう言ったばかりですし》

 

 レイシアちゃんはまだ言い足りない様子だったけど、そう言って矛を収めてくれた。

 

 う~ん。

 ……でも、これからの長い人生、そういうことも考えていかなくちゃいけないんだよなぁ。

 

***

 

「皆で記念撮影とかしようぜ」

 

 宴もたけなわ。

 そろそろお開きにしようか、というところで、ふと上条がそんなことを言い出した。さすがに言いだしっぺだけあって、こういう音頭をとるのは得意みたいだ。上条って大概リア充だよね。けっこうオタク趣味にも精通してそうなのに。

 

「しゃしゃしゃ、写真! 大丈夫かな、魂抜き取られない?」

「インデックス、それは迷信ですよ」

 

 インデックスがかちこちになり、それを神裂がたしなめ、ステイルがそれを微笑ましそうに見ている。

 

「写真……写真かぁ……。……」

 

 その横ではなんか上条と隣り合ったせいで一気に恋愛モードに入った美琴があれこれと考えている。

 

「シレンさんレイシアさん! 貴女達は主役なんですから、真ん中に移動しやがってください!」

「周りはあたくし達が固めておきますねっ」

 

 夢月さんと燐火さんが、俺の腕を引っ張ってみんなの中心に連れて行く。

 あ、上条が人の波に飲まれて遠ざかっていく……。そして美琴とインデックスが取り合って…………ステイルの顔がヤバい! 眼光だけで上条が五、六回死にそうだ!

 って、なんで上条のこと見てるんだ俺は。さっきレイシアちゃんがあれこれ言ってたからつい目で追いかけてしまった。

 

《おやおや~? シレン? おやおや~?》

 

 ……いや違う。これレイシアちゃんが勝手に上条を目で追ってるだけだ。あぶねぇ騙されて異性として意識するところだった……。レイシアちゃんが分かりやすくなければあぶなかった。

 

《…………チッ》

《舌打ちて。…………まったく、レイシアちゃんは》

 

 これから、そういうのも変わっていくんだろうか?

 …………それは自明だ。

 きっと、変わっていく。

 レイシアちゃんだって変わっていくし、俺達以外の人達も当然変わっていくだろう。

 絶対に変わらない人間なんて、いるわけないし、それが当然だ。

 

 ()()()再起する物語は、もう終わった。

 

 でも、それは俺達がこれから歩んでいく道のりの長さに比べれば、ちょっとばかり長いプロローグに過ぎない。

 

「皆、もう平気かー?」

 

 テーブルの上に置いたデジカメにリモコンを向けながら、上条が言う。

 その言葉を聞いて、俺は周りを見渡してみる。

 俺を、俺達を中心に集まってくれた、皆の顔を。

 

 この後は、俺が覚えている限りでも、過酷な事件が待っている。

 それこそ、命の危険すらもあるだろう。

 まぁ首突っ込まなきゃいいんだろうけど、俺はそういうことはできないし、レイシアちゃんだって、黙って見ていることなんかできない。

 

 ただ、そこまで心配はしていない。

 失敗もするだろう、挫折もするだろう。ひょっとしたら、絶望だってするかもしれない。

 レイシアちゃんとだって、いつも仲良くできるわけじゃないと思う。喧嘩だって、もちろんするだろう。

 

 でも、大丈夫。

 

 写真撮影の瞬間、俺とレイシアちゃん、二人の声が重なった。

 

「はい、チーズ!」

 

 ――だって俺たちは。

 

***

 

終章 とある再起の悪役令嬢 We_are_"a_Villainess".

 

最終話:二人で一人の Best_Partner.

 

***

 

 パーティの後、自室。ベッドの上にて。

 

《…………あ、そうだシレン。今度お父様とお母様にご挨拶に行きましょう。あとついでに婚約破棄も》

《あ、挨拶…………って婚約破棄ぃ!? なんだその設定! 初耳!》

《だって、どうせ体面の為だけの政略結婚でしたから日記に書くようなものでもありませんでしたし……。でも上条とのゴールインを目指すなら邪魔かなぁと》

《っていうか! 政略結婚ってなんだよ! そういえばレイシアちゃんがあんな性格に育った原因を全く考えてなかったけど、まさか裏ボスがいるとは……!》

《あ、上条とのゴールインを目指すというところは否定しないんですのね》

 

《あっ…………そ、そこもだよっっっ!!》

 

 

 




シーズンⅠ・完結。
あとがきも投稿してありますので、シーズンⅡを読む前によろしければどうぞ。
感想、高評価なんかも良かったらお願いします。

次話はキャラ設定まとめやイラストの紹介になります。
(イラストはネタバレを含むこともあるのでお気を付けください)

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