【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
四話:身体検査の日
あの日、俺と上条は普通に別れて帰宅した。
何だかんだで所属校は教えてもらえなかったし、特に連絡先を交換することもなかった。しっかりお礼もしたかったし、何気に上条の通う『とある高校』の正式名称は気になるところだったんだが……まぁ良いか。
上条は貧困生活を送っているっぽいし、何か食糧でも送れば少しは生活も楽になるかなと思っていたが、まぁ、普通に断られてしまったので、それならいいかとなったわけだ。
連絡先については、どうせ縁があればまた会うことになるだろうしと思って聞かなかった。結局行きずりで行動を共にした程度の関係だし。
「………………うん、良い感じ」
そんな邂逅から二週間ほど後。
じゅうう、という音と共にお肉の焼ける匂いが漂い、そしてコンロの四隅に設置されている四つの
この部屋、元々電気コンロが設置されていたわけではない(っぽい)ので、換気扇もついてはいないのだ。一応洗面所には水気が溜まらないように換気扇がついているが、そもそも換気をする理由のないこっちの部屋に換気扇があるはずもなく。
そこで登場するのが、この
本来はタバコの煙を吸引する為に使われていたものなのだが、別に煙は煙でも肉の煙でも吸引できるんじゃね? ということで油汚れなどの対策を取った上で新発売したのがこれなのである。
持ってはいるのは(商品についての知識がわりと詳しくあるので)分かっていたけど、どこに置いておいたのかが分からず、探すだけで休日が半分潰れたのは内緒だ。
それで、イメチェンを始めてから少し経つが……、他の生徒の俺への評価はあまり変わっていない。
開発に行くのに手作りの弁当やクッキーを持って行ったり、すれ違う時に遠慮がちに目礼してみたりしているのだが、弁当については研究者からは普通にスルーされるし、渡したクッキーにしてもいまいち反応が薄いし、目礼された生徒に至ってはぎょっとして逃げ出してしまう。
夏休み前ってことで半日授業が多かったし、普通の生徒は相変わらず俺のことを避けてるからな。美琴については事あるごとに俺の手助けをしようとするが、先日『自分でけじめをつける』と言ったこともあり、黒子によく制止されている。
ただ、外部に出かけることが多くなったり、買い物袋を持った所帯じみた姿についての目撃情報は確認されているらしい。寮監に釘を刺されたから間違いない。『イメチェンです』と答えたら、何となく納得してくれたようだが。
しかし、もうじき夏休みか……。夏休みに入ったら余計に生徒達との交流の機会は減ることになる。…………いや、派閥の予定表によると、夏休みのうちに研究テーマに一区切りつけるという話だったはずだ。
彼女達はまだバラバラにならずひとまとまりになっているようだし、この夏休みのうちにこちらから働きかけてみるのも良いかもしれない。
………………問題は、こちらが向こうの心の準備が整うのを待っているうちに、向こう側が『こっちに詫びの一つも寄越さずなに普通にのんびりしてんだ?』と思ったりしないか、ってところだが………………。
まぁ、今までの彼女達の様子を見るに、そこまで警戒するのは邪推がすぎる、か。
***
***
さて、記念すべき夏休み初日の俺のスケジュールだが――――朝から
他の人はそうではないらしいのだが、俺は美琴に公開処刑された上に自殺騒動だ。
そういうのって最初にやるものじゃないの? と思ったんだが…………
いや、下手に計測して能力の出力がガタ落ちしてたらどうしよう、って感じでな。まぁレイシアちゃん、かなり優秀だったしねぇ。俺も日記やら書類やらを見てレイシアちゃんの能力についてはだいたい把握しているので、開発担当の方々の気持ちは分かる。そんな有望株が勝手にへし折れちゃったら、彼らの未来はお先真っ暗である。
んで、彼らはこの二週間、おそるおそる俺に対してメンタル面のケアをしまくっていたというわけだ。その結果、俺のメンタルにそんなにブレが見られなかったので計測に踏み切る勇気が出たらしい。
実際、能力の出力が落ちているかもしれないってのは……俺にとっても懸案事項ではある。何せ、俺は中身が違うからな。何巻かは忘れたが、
その理屈で言うと、レイシアちゃんでない魂の俺が能力を使ったら、能力が弱くなっている可能性も十分あるのだ。
まぁ、駄目だったらその時はその時だと思っているが…………。
「…………では、久しぶりになるが、能力の計測を行うわよ」
俺の
彼女の名前は
この二週間接してみての感想を言うと、落ち着いているように見えて、実は肝が小さい。日記によると、レイシアちゃんに『気長にやって行こうぜ』みたいなアドバイスを出して『日和見主義の無能』の烙印を捺されたのもこの人だ。
実際に会ってみて、まぁこの人にレイシアちゃんの内心の焦りを見抜けっていうのも無理な話か……と納得した。口調の落ち着きぶりのわりに、この人自身にはわりと余裕がないのだ。能力は高そうだけど、まだ経験が伴ってないんだろうな。
ちなみに、俺の眼前には、横一〇メートル、縦二〇メートル、深さよく見えないくらいの大規模な大穴が空いている。記憶としては、何の為の物なのか分かっているが……しかし実際に見ると威圧感あるよなぁ。
「…………ええ。……よろしくお願いします」
そんな風にのほほんと考えながら頭を下げると、瀬見さんはなんか居心地が悪そうな表情をしている。多分、前とのギャップにまだ慣れてないんだろうな。
一応、最初に会った時に心境の変化と言ってこれまでの非礼は詫びたんだけれども。
「…………………しかし、久しぶりだと緊張しますわね」
言いながら、俺は専用の計器――主に脳波測定だ――を体の各所に取りつけながら、『的』が現れるのを待つ。
実際には久しぶりどころか初めてなんだけどな。一応、レイシアちゃんの手続記憶のお蔭で能力の使い方を忘れていたりはしないが、エピソード記憶はすっからかんなので使っていた記憶は一切ないからな。
そんな不安をちょろっと変換しての言葉に、
「…………。心配は、要らないわ。仮に結果が振るわなかったとしても……私達がサポートするから」
瀬見さんは、声を震わせながらもそう言った。
……おぉ、瀬見さん……。初対面(俺視点)の時は俺と目も合わせてくれなかったのに、そんな心強いことを言ってくれるなんて…………。毎回開発のたびに持ち込んでいたクッキー差し入れ作戦が功を奏したか?
俺はフッと笑いながら、クールに返す。
「………………頼りにしていますわ」
そう言った直後、
大穴の底の方から持ち上がった地面は、ゲル状だった。その上に、アメンボのような外観の機械が現れる。
名称はHsO-02……通称『ウォーターストライダー』だったかな?
確か、エアクッションによる移動方法を採用していて、四本のアームで水上だろうが山場だろうが関係なく動ける三次元的な立体起動がウリとかいう話だったはずだ。
俺の
このゲル状の地面の上を縦横無尽に駆け巡るアメンボ野郎を、如何に素早く捉えて破壊することができるか。
攻撃対象を指定する為の演算速度と、物質を破壊する威力強度、二つをシビアに測定するものなのである。
ちなみに、これまでのレイシアちゃんの記録は一二秒。アメンボ野郎はスペック上の記録で言うと時速二〇〇キロ(ハヤブサのトップスピードと同等だ)のまま世界レベルのボクサー並のフットワークをキメるらしいので、一二秒でブッ壊せるというのはとんでもない記録である。
さて、俺にどこまでやれるか…………。
…………ただ、瀬見さん達の為にも、結果は出したいよな。
それからほどなく、瀬見さん達は実験室から出て、モニター室に移る。ややあって、瀬見さんのアナウンスが聞こえてきた。
『では、これより
言われた通り、俺はゲル状の大地のすぐ横まで移動する。
それから、
『準備は?』
「OK」
短く答える。それで、準備は終わった。
『では――――実験開始』
そう、瀬見さんが言った瞬間。
俺の脳裏に無数の計算式が躍り、
ゾバッッッッッッッ!!!! と。
ゲル状の地面が、真っ二つに
まるで地割れのような亀裂は目にもとまらぬ速さで伸びると、ウォーターストライダーの足元へ直進する。しかし、ウォーターストライダーの方も速い。フェイントを織り交ぜてこちらを攪乱しながら、こちらの動きから逃れようとしていた。
だが、それだけじゃ甘いってことを教えてやるよ。
俺は、目に力を込めてウォーターストライダーの周辺を凝視する。
すると、今まで一本だけだった『亀裂』が八本に枝分かれして、ウォーターストライダーを包囲した。そして、『亀裂』がウォーターストライダーの足元に到達した瞬間――。
ボッ!! と。
エアクッション式で移動していたウォーターストライダーは、足元の地面が割れたことで足を取られ、動けなくなってしまう。
そして、その間に八本の『亀裂』はウォーターストライダーに絡みつくように移動していく。しかしそれは、紛れもなく『亀裂』だ。
ウォーターストライダーは無惨にもヒビ割れていき――、
……ピシッ、と『
ボンッボンッと破裂音を響かせて、黒い煙を上げてしまった。
…………ややあって、実験終了を知らせるベルが実験室にけたたましく響いた。
***
さて、もう理解できたと思うが、一応おさらいの意味も込めて再確認しよう。
俺の――というより、レイシアちゃんの能力は
触れた物質を分子レベルで切断する能力だ。
触れたところから『亀裂』が伸びていき、接触してさえいれば別の物質であっても『亀裂』を伸ばしていくことができるらしい。もちろん、『亀裂』の上に立っていた人間も真っ二つ。ちょっと凶悪すぎる。
流石に、気体や液体など、流体には『亀裂』を生むことができないという制限はあるが……地面に『亀裂』を入れることで遠隔攻撃も可能である。
ちなみに、『亀裂』と言っているがその深さは最大で一〇メートルにも及ぶ。たいていのものなら『亀裂』というより『両断』といった趣になるのだ。
『亀裂』が伸びていく速度は最大で時速二〇〇キロ。『亀裂』の本数は一本までだが最大で八本まで枝分かれさせて操作できるというのだから凄い。
当然ながら、
レイシアちゃんが増長する気持ちも分かろうというものだろう。食蜂くらいだったら勝てる自信が…………いや、能力使う前にピッ☆ されそうだわ。やっぱ
ただ、彼女にとってはたとえいずれ越すという強い意志を持っていたとしても、自分より上がいるという現状は――なまじ
この、Hsシリーズを投入するようなトンデモ
レイシアちゃんの能力の分子切断も、パワーの限界みたいなものは存在しているらしく、レイシアちゃんの切断能力に勝てるような新素材の開発とか、ウォーターストライダーの足回り性能の向上とかのテストも兼ねているんだとか。
レイシアちゃんが派閥のコネを使って研究機関の協力を勝ち取った、と日記にめっちゃ誇らしげに書いていたので間違いないだろう。
ちなみに、地面がゲル状なのは、地面の破損を修理するお金がかからなくて済むからだ。ウォーターストライダーの開発チームと協定を結んだのも、まずゲル状の地面の上でも普通に活動できる『的』が欲しかったからなんだとか。
まぁ、その結果、レイシアちゃんの能力が高まっても相手のスペックも上がるわ、レイシアちゃんの能力が高まらなくても相手のスペックは上がるわで、『見た目上の成績』に関しては最近落ち込み気味だったらしい。
それでもレイシアちゃんのスペックが落ちていたわけではないし、成績は相手のスペック上昇も加味して判定されるわけだが、プライドの高いレイシアちゃんにはとにかく成績が落ちるのが我慢ならなかったんだろうな。
…………ただこれ、ウォーターストライダーの開発チームの人達の意地もあるよね、多分。だって、普通に考えて自分達が作った珠玉のマシンをぶっ壊す為だけに使わせろとか言われたら『はぁ?』ってなるもん。
レイシアちゃんは色々とアレだから気にしなかったんだろうけど、開発チームの人らはレイシア憎しの思いでマシンの開発を進めてたんだろうなぁ……。
半分くらいは自業自得とはいえ、自分の能力開発の環境を向上させる為の努力が、逆に自分へのプレッシャーになる、というわけだったのだ。最終盤の派閥の人達への無茶な八つ当たりも、このへんのプレッシャーから来てそうなんだよなぁ。
この子も難儀な子だよねー…………。人一倍努力はしているんだけども、
そういうわけでこの
あまりにも多くの人が関わりすぎているし、いくら『俺にとっては価値のない努力』だったとしても、レイシアちゃんがここまで努力して積み重ねてきたものを、俺の一存で無にすることなんてできない。
だから、俺はこれまで通り真剣に開発に取り組むつもりだ。…………たとえ
「結果が出たわ」
実験が終わり、結果が出るまで控室で待機していた俺のところに、瀬見さんがやって来る。手にはレポートのような紙の束が用意されていた。
「率直に言うが、喜んでいいわ。前回の実験よりも、能力の速度、制御、破壊力ともに劇的に向上している。破壊に要した時間も八秒。途轍もない進歩ね」
「……………………!」
ま、マジか!? てっきり能力が低下しているもんだとばかり思っていたが……。
いや、そうか。
さっきの理屈で言えば、今の俺はレイシアちゃんと俺自身、『二つの魂』がある状態なわけだ。つまり、『能力の元』が二つある。そんな状態なら、能力の出力が強化されるのは何らおかしくないってことになる。盲点だった……!
「それと…………これについては、カメラを見てもらった方が早いかもしれないわね」
そう言いながら、瀬見さんは控室にあったパソコンを起動させて、何やらカタカタと入力していく。すると、先程の実験室の様子が映し出された。
それと、ゲル状の地面の横に屈んでいる俺の姿も。
これは…………さっきの実験風景か。
映像の中では、俺が地面に手を当てたところから、一気にビギィ!! と亀裂が走り、それが凄い勢いでウォーターストライダーを取り囲んでいく。
それがウォーターストライダーのことを捉えた、その直後。
「ここ!!」
瀬見さんがパソコンを操作し、画面を一時停止する。そしてウォーターストライダーのことをズームで表示する。
既に、ウォーターストライダーの足には『亀裂』が何本も走っているが……、
「ここ、スローで再生するのでよく見ていてね」
瀬見さんがそう言うと、コマ送りのような遅さで再生が始まる。
ウォーターストライダーの足パーツに、ぐちゃぐちゃの線を引くみたいにして入って行った『亀裂』だったが…………、それが、足パーツの付け根付近に到達した、次の瞬間。
足パーツの付け根に実際に到達することなく、急に球体状の胴体パーツに『亀裂』が『飛び火』したのだ。
そこで映像を止めた瀬見さんは、気持ち興奮したように言う。
「分かるかしら。本来、
「………………、」
「『亀裂を生じさせないまま能力を波及させる』ということができるようになった――というのは、あまり現実的な見解ではないわ。まだ研究してみないことには分からないが、おそらく
「……!!」
そう言うと、瀬見さんは俺の手をがっちりと握りしめる。
「おめでとう、ブラックガードさん」
「…………ありがとうございます、瀬見さん……!」
この握手は、生徒と教師――なんて関係のものではなかった。
たとえるなら、コーチと選手かな。同じ目的の為に頑張っている仲間同士のような感覚だ。
…………俺はここ二週間しかやってきていないけど、それでも何か感慨深い気持ちがある。
「それで、早速で悪いんだが『流体にも能力を使える』という前提で実験スケジュールを再構成したので、そちらの資料を読んで実験場に戻ってくれないかしら」
「…………もちろん、ですわ」
正直、休憩したいところだったが……まぁ、いいか。
レイシアちゃんが戻って来たら、このドーピングみたいな能力の強化も弱まってしまうのかもしれないが……、それでも、その後にレイシアちゃんの能力開発の手助けになるように、少しでも頑張ってデータを残しておかないとな。
【挿絵表示】 |
レイシア=ブラックガード( |
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憑依直前 |
・触れた固体を切断する能力。 ・切断深度はおよそ一〇メートル。 ・速度は時速二〇〇キロ。 ・亀裂の本数は一本。ただし八つに枝分かれして操作可能。 |
憑依後 |
・流体は能力適応外だったが、憑依後は流体も対象となった。 ・空中や水中に真空地帯を作り、離れた場所に能力を行使できる。 ・切断深度はおよそ一五メートル。 ・速度は時速二三〇キロ。 |
……なんて
次はおまけ回です。今回は、真面目なやつです。