【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
結局、今回のお留守番はインデックスということになった。
当然ながら妹さんを救うべく
もちろん、みんな他の連中を戦いに行かせるのは嫌ということで誰が行くかで揉めた──というか、上条さんはもう絶対行くしインデックスはお留守番と言って聞かなかったので、インデックスが留守番するか俺とインデックスが留守番するかで揉めたのだが、なんとか肉じゃがの力でインデックスを鎮めることに成功したのだった。
正史、確かけっこうギリギリだったような気がするからね。少しでも状況はよくしたいよね。ただでさえ
「……帰ったら肉じゃがの代わりに何か作りますね」
「肉じゃがはなくなる前提なのかよ!?」
まぁインデックスだから……。
んで、実際にここからどうするか、だけども。
「上条さん。今のままでは手がかりも何もありませんわ。一旦空から状況を見ます」
「……空? シレンさん? 何か不安な気配を感じたのですがそれはいったいどういう意味でせう……?」
「『飛びますわよ』と、そう言っているのですわ」
直後。
俺の背後から、八十八対からなる白と黒の『翼』が顕現した。
レイシアちゃんと俺の能力──
それはたとえば空気とかでも例外ではなく、『亀裂』の内部が真空になることを利用して、『亀裂』を解除した時に発生する空気の流れを操作して、超強力かつ精密な気流とかを生み出すこともできる。
仲間の演算があったとはいえこの街の第一位の気流操作すら上回るほどのパワーと精密性だ。その威力は折り紙付きである。
で。
この気流は能力の『余波』なので、
「うォォあァァああああああああああああッッッ!?!?!?」
「上条さん! ジタバタしない! じっとしてれば遊園地のアトラクション並に安全ですわよ!」
「そんなこと言われてもッ!?」
その気流を使って、俺と上条さんは上空五〇メートルくらいまで一気に吹っ飛んだのだった。高いところまで行けば全体が見渡せるし、全体が見渡せれば何か異変がある場所も分かりやすいしね。
あ、上条さんの体勢がちょっと狂ってる。このままだと右手から着地しかねないな……。ちょっと角度を調整して、と。
「よいしょ」
「うおっ、……凄いな、これ『亀裂』か? こういう風に使うこともできるのか」
上条さんが感心しているのは、俺が展開した白黒の『亀裂』が足場のようにして俺達を支えているからだろう。
流石に
「一応『亀裂』は分岐ごとにブロック管理しているので触れても一撃で全部は消えなくなってますけど、一瞬落ちるので右手はくれぐれも気を付けてくださいね」
「……ハイ」
上条さんに釘を刺した俺は、そのまま肉体と能力の制御をレイシアちゃんに託し、視覚の方に意識を集中させる。
こういうのも、二重人格もとい
完全なるマルチタスク、とでもいえばいいのか。まぁ、人格同士の連携が取れてなければデメリットにもなりそうだけど、俺達の間でそんな心配は要らない。
宵闇のせいで分かりづらいが、確か事件は正史でも上条さんがなんとなく辿り着ける距離で起きていたはず。その上派手に戦っていれば、ここからなら簡単に戦場が見つかるはず──
あ。
「──大覇星祭ではおそらく、」「見つけましたわ!」「……シレン、いいところで……上条、この話の続きはまたいずれ」
あん? 何か話してる最中だったんだろうか。悪いね話の腰折っちゃって……。でもまぁ、こっちの方が大概緊急だろう。
「シレン、何か分かったのか?」
「美琴さんを見つけました。あそこですわ。足取りの迷いのなさからして……おそらく、戦場がどこか目星はつけているのでしょう。合流しましょうか」
俺が指さす先には──紫電を迸らせながら、一直線に走る中学生の少女の姿。
遠目に見ても分かる。アレは美琴さんだ。
「美琴さん!」
「シレンさん? ……って! なんでアンタまでいるのよ!?」
『亀裂』で作り出した階段を駆け下りながら呼び掛けると、振り返った美琴が目を丸くして顔を赤らめた。忙しい子だなあ……。
「御坂、アナタも
「……ってことはアンタらもか。ったく、こんなの私だけで十分だってのに」
美琴さんは苦笑して、
「そうよ。アンタ達と同じように、例の『実験』を復活させようって馬鹿を追ってる真っ最中。……なんだけど、私がヘマをした」
そう言って、美琴さんは目を伏せた。正しく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、しかしそれを振り払ってから美琴さんは言う。
「後輩が、この件に巻き込まれた。私がチンタラやっていたせいで、
「それは……美琴さんのせいではありませんわ」「シレン、この女の矜持なのですからそこにつっかかってもしょうがないですわよ」
「……シレンさん、気遣いありがと。でもレイシアの言う通りよ。……私は、どうしてもこの手でその落とし前をつけたい。自分の後輩を守りたい」
そこまで言って、美琴さんは顔を上げ、俺達のことを見据えた。
その目は、助けを求める少女のそれではない。もっと大きな──守る者がいる人間の目をしていた。
「だから、来てもらって悪いけど、アンタ達の出る幕は多分ないわよ。ま、ついてくるのは止めないけど」
「それで十分だよ」
そして、上条さんもまたそれに笑って応じた。
あるいはそれは、
「この
──そこは、もはや戦場という言葉で表現できるものではなかった。
ビルを内部から突き破るようにして現れる、調度品の嵐。それは、その中心点にいる人物が物質を連続的に
……流石隠れ
「この先にいるって話だけど……くっ、あの
問題のビルを見上げながら、美琴さんが悔しそうに歯噛みする。
それこそレールガンは一瞬で障害物を破壊して白井さんを救出するための道筋を作ってくれるだろうが、しかし万一、レールガンの軌道上に重なるように
たとえどんな物質であろうと、
つまり、美琴さんが放ったコインに
安定して、かつ遠距離に干渉できる能力が求められている。
「それならば、わたくし達の出番ですわっ!!」
ズアッッ!!!! と、突き出したレイシアちゃんの指先から、白黒の『亀裂』が勢いよく伸びた。
四つに分かれた『亀裂』は精密に外壁と床を切り取り、その端材も瞬く間に
そしてその向こう──憎しみに表情を歪めた結標淡希と、目が合う。しかし横にいる美琴さんは、そんなところには目を向けていなかった。彼女の視線の先にいるのは、この場でただ一人。
「黒子ぉッッ!!!!」
バヂヂッ!! と。
美琴さんの周囲から紫電が迸ったと思った瞬間、彼女の傍らから、漆黒の巨大な右手が飛び出した。
否、それは腕ではない。瓦礫や粉塵の中に含まれる砂鉄が寄り集まって、一本の腕を形作ったのだった。
白井さんを救うための、右手を。
「おね、さま……ッ!」
全身に貫通傷を負った白井さんは、砂鉄の右手に包まれて迅速的に危険地帯から救出される。だが、それでも彼女の表情が晴れることはなかった。
それは、己の不甲斐なさに対する憤りというよりは、未だ過ぎ去らない危機に対する憂慮という色を含んでいて──
「あははははッ!! それで救ったつもりッ!? 馬鹿みたいね、それじゃあ何も救われない! この
「四五二〇……キログラム……ですわ……」
震える唇を無理やりに動かして、白井さんが言った。
「学園都市では今、交通渋滞が……起こっています。あの女は……それを利用して……巨大トラックを……此処に、転移させる……つもり、なのです……!!」
「そ、そんな…………ッ!!」
…………! クソ、そういえば正史でもそんなようなことをしていた気がするぞ!
このまま逃げるのは簡単だが……こんな街中で巨大トラックなんて出された日には、被害がどれほど拡大するか分かったものじゃないぞ!? ただでさえ第七学区の地下には巨大な地下街があるから、地面の耐久力は高くないっていうのに!
《シレン、やりますわよ》
《……レイシアちゃん?》
《『亀裂』でしてよ! 光すらも切断できるようになっている今の状態なら、一一次元特殊座標ベクトルに対しても何らかのジャミングになるかも! 少なくとも、
あ、そっか。そもそも五トン弱の物質くらいなら、『亀裂』を使えば余裕で支えられるんだった。じゃあそんなに慌てる必要もないのか。
落ち着いて、レイシアちゃんと心を合わせて──
ズバシュ!! と、白黒の『亀裂』が伸びて、歪み始めた空間を貫く。
が……、
……ん、なッ!?
なんだ、このベクトル……!? なんか感じたことのない方向から圧力がかけられてるんだけど……!? うわこれ、ダメだ! 三次元的な強度とか関係ない! 完全に俺達の想定していない方向から、強引に『亀裂』がぶち壊される……!?
《はァ!? わたくし達の
俺が戦慄したその瞬間、レイシアちゃんがなんか逆ギレをかましだした。
《いやあの、レイシアちゃん?》
《あんな自己防衛丸出しの醜い自分本位女などに、わたくし達の絆の結晶が負けるなどあってはなりません!! シレン!! 気張りなさい!! 本気を出しなさい!!》
《えぇ……》
そんな根性論……、……いや、考えてみればレイシアちゃん、あの日記でもけっこう『派閥』の人達にはスパルタやってたよーな。脇道研究に逸れるとは何事かーみたいな。
理論派ではあると思うけど、やっぱ根本は熱血なのかなー……。
ともあれ、我らが
あと結標さんもアレで同情の余地があるというか、もうちょっと優しくしてあげてもいいと思うよ……。
さて、能力全体の操縦を担当しているレイシアちゃんに変わって、演算回りの作業をやらねば。
んーと、まず圧力をかけられてるベクトルの割り出し……一一次元だから既存の『亀裂』の構成だと破綻しちゃうなあ。
まず一一次元ベクトルを考慮に入れた形でフォーマットを再調整……、あ、意外と簡単だった。よかった計算式全部作り直しとかになったらどうしようかと思った。
じゃあここから一一次元ベクトルを組み込んだ『亀裂』の演算──ん? なんだこれ? なんか想定してない方向に『亀裂』が捻じ曲がっているような……?
「ナイスだ! シレイシア!!」
という感じで若干雲行きが怪しくなりだしたのと同時。
俺達が展開した『亀裂』の上を、上条さんが駆け出していた。
あ!! そっか、亀裂を足場にすれば完全に崩れて登る方法もなかった上条さんでも、ビルを駆け上がることができるんだ!
「ちょっ、上条!? 今からわたくしの大逆転が始まりますのよ!? 何を勝手に飛び出していますの!? アナタ今回脇役って言ってましたわよね!?」「レイシアちゃん、脇役なのはわたくし達も同じだからお互い様ですわ……」
ま、美琴さんが白井さんを助けた時点で、この物語のハッピーエンドは決まったようなもので、あとのこれはエクストラステージって感じなんだけどもさ。
いやいやいや、紆余曲折あったけど、やっぱり最終的にはこうなるわけだ。
逃げだした結標淡希の『置き土産』は、とある少年の右手によって無事殺され──
「おーい、終わったよ」
広がり散らばった未来は、一つに収束する。
まるで、ゴムが元の形へ戻る弾性か何かのように。
「……いいえ、終わっていませんわ。
それでも。
少しでもいい方に未来が傾いてくれてたらいいなと、俺は思うわけだ。
ところで。
──もう二か月前の話なのでいい加減忘れそうだが、正史において
その結果、インデックスと戦った場所とか、時間とかが正史とは乖離した。実際に
もっとも、致命的なエラーが確認され、全ての演算の妥当性を検証する必要が出てしまったが、コストがあまりにも高すぎるので、損切りの意味も込めて
しかし……、
ここまで聞けば分かると思うが、この話の流れで
学園都市の意向で計画的に破棄されることになった
そういうわけで、旧約八巻は
いったい、何が起きてるんだ……?