【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:身体検査の話

《ごめんよ~レイシアちゃん……》

 

 

 とある日。

 身体検査(システムスキャン)を終えた俺は、拗ねるレイシアちゃんを必死で宥めていた。

 

 

《でも、しょうがないんだよ。まだ全然準備とか整ってないし……》

 

《…………むぅ》

 

 

 なんで俺がこんなにレイシアちゃんを宥めているかというと、それは今日の身体検査(システムスキャン)が発端になっていたのだった。

 話は、今日の午前中まで遡る──。

 

 

 


 

 

 

「今日は身体検査(システムスキャン)ですね!」

 

 

 ()()()()()()。HRを終えて空き時間にいつもの集合場所に来た俺達へ、刺鹿さんがそんなことを言った。

 この時期、学園都市の多くの学校では、全校を上げて能力の計測を行う。夏休みがあけて、大覇星祭に向けて学生の現時点での力量を明確化するという意味合いなのだろう。

 そして、全校生徒の全てが強能力者(レベル3)以上という驚異のエリート校である常盤台でも、それは例外ではない。むしろ、他の多くよりも熱心な傾向があった。

 

 

「ですわね!」

 

 

 熱心な生徒の多い常盤台において、身体検査(システムスキャン)はそれまでの己の研鑽を発揮するまたとない機会。

 もちろん、俺達『GMDW』も例外ではなく、今日は朝から皆がやる気に満ち溢れていた。

 レイシアちゃんもまた、己の研鑽の成果を発揮できるということでウキウキである。そりゃそうだよね、多分今回の身体検査(システムスキャン)超能力(レベル5)認定は確実だから。

 

 

「流石、気合が入ってやがりますねレイシア」

 

「宜なるかな、ですよっ。ついに我々の『派閥』から超能力者(レベル5)が出るんですものっ。これは『GMDW』のさらなる躍進も約束されたも同然ですからねっ」

 

 

 やいのやいのと、『派閥』の面々もほぼ確実視されているレイシアちゃんの超能力者(レベル5)入りを言祝いでいる。みんなは正負それぞれの面でレイシアちゃんがどれだけ超能力者(レベル5)になりたいか知っているから、感慨もひとしおだろう。

 この状態で言うのは気が引けるが…………、

 

 

「あの、そのことなのですが」

 

「? シレンさん、どうかしやがりましたか」

 

 

「わたくしの超能力(レベル5)、もうちょっと秘匿しようと思っていまして」

 

 

 言った瞬間、その場の空気が凍ったのを確かに感じ取った。

 

 

「は、はァァあああああああああッッ!?!?!? 何を言っていますのシレン!? 正気ですか!? なんで!?!?!?」

 

 

 直後、レイシアちゃんが烈火のごとく反応する。

 うんまぁ、レイシアちゃんはそうなるよな……。で、

 

 

「ちょっ、シレンさん? 何を言いやがって……? あの、そんな、え……?」

 

「じょっ、冗談ですよねっ? せっかく超能力者(レベル5)に認定されるのにっ……」

 

 

 『派閥』の面々も、レイシアちゃんほどではないにしても信じられないという表情を前面に押し出している。

 そう思うのも無理はない。長が超能力者(レベル5)となれば、そりゃーネームバリューも凄いので『派閥』の力も強くなる。俺達の活動も今よりやりやすくなるだろう。

 それに何より、長年の夢が叶うのだ。俺達の未来を考えても、その肩書はあっていい。俺もそれは分かっている。ただ……、

 

 

「ちょっと落ち着いてくださいましね、レイシアちゃん。……時期が悪いのですわ」

 

 

 超能力者(レベル5)とは、それだけで済むほど明るい世界ではない。

 

 

「時期……ですかっ?」

 

 

 熱くなりかけている夢月さんを抑えながら、『派閥』の面々を代表して燐火さんがそう切り返した。

 落ち着いて対話している燐火さんを見て、ヒートアップしかけていた『派閥』の面々も少し冷静さを取り戻したらしい。やいのやいのの声も少し落ち着いた。

 ……ホント、こういうとき燐火さんの存在ってありがたいなぁ……。

 

 

「ええ。確かに、超能力(レベル5)判定を得ることで我々が得る利益は莫大ですわ。『GMDW』の長として、この利益を得ない手はない。そういう認識はもちろんわたくしにもあります。しかし一方で──不利益を被るリスクもあるはずですわ」

 

 

 そう、レイシアちゃんが超能力者(レベル5)になったら、当然それを利用しようとする汚い欲望にもさらされてしまうわけだ。

 しかも、俺達は他の超能力者(レベル5)と違って素養格付(パラメータリスト)にない予定外の超能力者(レベル5)だ。

 

 他の超能力者(レベル5)は上が決めてたからまだ暗部が状況を制御できてたんだと思うんだよな。

 俺達の場合はそういうのが関係ない完全なるイレギュラーだから、多分学園都市の能力開発界隈ではパニックが起きる。

 素養格付(パラメータリスト)を無視できる希望だの、そういうのがなくても単純に暗部の息がかかってない超能力者(レベル5)を利用しようという勢力がわんさか出てくるだろう。

 

 そういった汚い大人たちを相手にするには、俺達はまだ弱すぎる。

 

 

「…………だからせっかくの能力を隠すってんですか? ()()()()()()

 

 

 夢月さんの目つきが、一気に鋭くなる。まぁ、そうなるよね。こういう論法で『自分を抑える』選択肢、夢月さんが一番許せないやつだし。

 分かってるよ。だから俺の理由は、そこにはない。

 

 

「違います。()()()()()()です」

 

 

 はっきりと、そこは断言する。

 みんなの為に自分の栄達を、レイシアちゃんの夢を諦めるのではなく。

 

 自分の為に、今この場は踏みとどまる、と。

 

 

「もちろん、この先一生というわけではありませんわ。ようは、今のわたくしでは自分の肩書を他人に利用されるしかないから、それは得策ではないと言っているのです。これから関連の研究機関など地盤固めをして、味方を増やして、余計な欲望に付け込まれないよう盤石の体制を築いたうえで、後顧の憂いなく大手を振って超能力者(レベル5)となりたいのです」

 

 

 その為には、今回の身体検査(システムスキャン)だと少し時期が悪かった。

 

 今回は、たったそれだけの話なのだ。

 気負いなく言った俺に、『派閥』の面々もどうやら納得してくれたようだった。

 

 

《………………理屈は、分かりますけど…………》

 

 

 たった一人。

 己の半身を除いては。

 

 

 


 

 

 

序章 現状確認は大事 Lost_Remnant. 

 

 

おまけ:身体検査の話

 

 

 


 

 

 

 まぁ俺の理屈は正論だと思うけど、でもやっぱりそれだけで納得できるほど、感情というのは単純ではないわけで。

 レイシアちゃんは、やはりムッとしていた。いやいやいや、俺もそんなレイシアちゃんの思いは理解してるつもりだから、謝ることしかできないんだけどさ。

 

《でもさ、分かっておくれよ。ずっとってわけじゃないから……》

 

《分かっています》

 

 

 レイシアちゃんはピシャリと言って、

 

 

《……分かっていても、納得できない自分が情けないのです》

 

 

 と、しょんぼり言った。

 ……ああ、本当にダメだなぁ。

 

 彼女の夢を、現実的な危機管理のためとはいえ妨げたことが、ではない。そんなクソったれな理屈を打ち破ることが出来ず、この少女に我慢を強いていること自体が、駄目だ。

 俺が言うべきは、『だから今は時期が悪い』じゃなくて、『だからそれを打ち破る策を用意していた』だったのに。

 でも俺は、上条さんみたいになんでもできるヒーローではないから。だから、こんななぁなぁの『現実的な策』しか選べない。

 

 

《……あの、シレン? も、もう良いですから表情でだいたいどんなことを考えてるか分かりますから、気持ちは伝わりましたからどうか落ち着いて……》

 

 

 え? ……あ! しまった! 顔に出ていたか!

 

 二乗人格(スクエアフェイス)、まだ慣れてないせいか、最近は意識しないと顔に感情が出ちゃうんだよな……。

 

 

《いけませんわね。シレンだって辛いに決まってますのに》

 

《一番辛いのはレイシアちゃんなんだし、気にしなくていいんだよ》

 

《……本当に、気をつけますわ。甘えていたら本当にどこまでも背負い込んでしまいそうなので……》

 

 

 レイシアちゃんは俺のことを何だと思っているのだろうか。

 

 

《ところで、この後って何かありましたっけ》

 

《何って、身体検査(システムスキャン)があるじゃない》

 

《いや、そうではなく》

 

 

 レイシアちゃんはあっさりと言って、

 

《『正史』の話ですわ。ええと、この間は六巻でしたっけ? 風斬の》

 

《だね、今は……多分オルソラさんの一件も終わってるし……》

 

 

 次は残骸(レムナント)……だけど、衛星は結局落ちてないんだっけ。じゃあこれは起こらなさそうだな……。結標さんが暗部堕ちしないことになるけど、そのへんはまぁ……何とかしよう。

 

 ということで、次に起こるのは――

 

 

《大覇星祭。いよいよだねぇレイシアちゃん》

 

 

 呑気に呼びかけると、レイシアちゃんの無言の緊張が返ってくる。

 実際、夏休み明けから俺たちはだいぶ頑張ってきた。意外と体力方面はそこまでだったレイシアちゃんが、今や普通に運動神経良いですよって顔をしても問題ないくらいだ。若いってすごい。

 『派閥』のみんなも頑張っていたので、なんとしてもいい結果にしてやりたい。確か、『正史』じゃあ美琴さんは上条さんに総合得点で負けていたみたいだけど……。

 

 

《それもそうですけど》

 

 

 と、そんな俺にレイシアちゃんは付け加えるように言って、

 

 

《楽しい大覇星祭にする為にも、さっさと婚約破棄をしないといけませんわね。もしも婚約者のままだと、十中八九家族枠で行動を共にするハメになりますし》

 

《あ》

 

 

 そ、そうだった……! 婚約破棄。それがあった……。まぁ、もう()()()()()()()んだけど……。

 

 

《レイシアちゃん、アレ本当にやるの?》

 

《当たり前ですわ! 面倒な婚約破棄をとっとと済ませ、なおかつヒロインレースで一歩リードできるんですのよ? やらない理由がありませんわ》

 

《ヒロインレースて……》

 

 

 本人が言うのはなんか、すごい迫力があるというか……。確かに、現状はまさしく美琴とインデックスと俺たちのヒロインレースなんだけども……。

 

 

《まぁそれは冗談としても、大覇星祭に婚約者なんて来た日には最悪ですわよ。向こうにも面子がありますからね。婚約者として来たイベントで婚約破棄なんてされた日には、絶対に色々とこじらせますわよ、あの男》

 

《……そんな面倒な人なの? ええと……》

 

塗替(ぬりかえ)斧令(おのれ)。まぁ、プライドの高い男ですわ。プライドが高すぎるあまり、現実の方を取り繕うレベルですわね。『離婚したのは新たなる、さらなる上玉を見つけたからだ』って方向性に持って行こうとするくらいには》

 

 

 うわぁ、辛辣。でもまぁ、実際そんな理由で婚約されたらたまったもんじゃないしなぁー……。

 ぼんやりとそんなことを考えていた俺に、レイシアちゃんは続けてこう言った。

 

 

《……その、シレン。話は変わるんですけれど》

 

《ん?》

 

《シレンは、もしもわたくしが本当にどうしようもない、最低最悪の女だったら……どうしていましたか?》

 

 

 その問は、不安な感情に溢れていた。

 ……なんでこのタイミングで、そんなことを聞くのかは分からないけれど。

 

 

《わたくしは、シレンに救われましたわ。でもそれは、シレンの言葉を受け取れるくらい、わたくしに救いようがあったからだとも思っています。もしもわたくしがシレンの言うことに耳を貸さない、本当の意味で最悪な人間だったら……》

 

《…………》

 

 

 考えてみる。

 自分が憑依した人間が、最低最悪の、呼び覚まさない方が絶対に幸せな人間だったときのことを。

 それでも俺は同じように、その人格のことを信じて、その人格のために行動できたか? 分かりやすい感動物語なんかには絶対にならない、一歩間違えば全ての道程がサイケデリックな色彩に塗り替えられてしまいかねない相手でも。

 

 俺は、最初の意志を貫き通せたか?

 

 

《それはーーーー》

 

 

 その時の俺は、単なる思考実験のつもりだった。

 それを考えることは、俺という人間を見つめ直すのにも有用だと思ったから。

 

 でも。

 後から思えば、あの時の答えで、全ては決まっていたのかもしれなかった。






【挿絵表示】

画:かわウソさん(@kawauso_skin
とある魔術の禁書目録 幻想収束(イマジナリーフェスト)風です。絶賛運営中なので皆やろう。


今回のこだわりポイント:ノー説明でシレンとレイシアの区別がついている『派閥』の方々。

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