【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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四五話:女王会談

 そして来たる会談の日。

 俺達は夢月さんと燐火さんをはじめとした派閥の面々を従えて、向こうが指定したカフェテラスへとやって来ていた。

 

 高級な洋風の薔薇庭園が一望できるテラスは今はレイシアちゃんと食蜂さんそれぞれの派閥のメンバーしかおらず、完全な貸し切り状態となっている。

 しかしその場の雰囲気は、優雅なお嬢様同士の談笑というにはあまりにも重苦しく――――。

 

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございますわ」

 

 

 にっこりと微笑みながら言ってみたものの、その場の雰囲気は変わらず。

 というか、なんかこう……敵対組織同士が顔を合わせましたみたいな、そんな緊迫感があるんだよな……。俺はほら、食蜂さんが良い子だって知ってるからさ、そんな良い子が理不尽に嫌なことしないって信用してるんだけども……。

 

 ……まぁ、無理もないよね。

 食蜂操祈といえば、学園都市最強の精神系能力者。そんな相手と対面で話をするとなれば、どんな馬鹿でも洗脳の可能性は疑わざるを得ない。

 食蜂さんは自分の弱みを見せないから、能力についてもけっこう隠してる部分あるからね。具体的には、食蜂さんの能力の制御にはリモコンが必要とか、その原理が水分操作にあるとか、そういうことまでは一般的には知られていない。

 まぁ、俺はそういうのを知ってるからけっこう気楽なんだけど、他の子達からしたら戦々恐々だよね。

 

 だからまぁ、一応『透明な亀裂』で防御はしておくからねってみんなに言っておいてはあるんだけども。

 

 

 で、対する相手の方はと言えば。

 

 

「ようこそ、お待ちしていたわぁ。さ、お座りくださいな」

 

 

 カフェテラスの中央。最も庭園がよく見えるテーブルに、優雅に腰かけている少女。

 蜂蜜色の長髪に、星が瞬くような輝く瞳の、女王。

 にっこりと底知れない笑みを浮かべたまま、彼女は俺──いや、レイシアちゃんに手招きするように言った。

 

 

「さ、話をしましょぉ? 『これから』の話を……ねぇ」

 

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

四五話:女王会談 Keen_Competition.

 

 

 


 

 

 

 ──そんな開幕だったものの、話は和やかに進んでいった。

 入院していた俺の体調を慮ることから始まり、学究会での活躍と研究成果の話。

 どうやら学究会での騒ぎの混乱鎮圧には食蜂さんも手を貸していたらしく、そのへんで思い出話を咲かすこともできた。しかし──そのあたりから、不意に食蜂さんの空気が変わった。

 

 

「ブラックガードさん、最近随分と能力開発に精を出しているそうねぇ」

 

 

 食蜂さんはそう言うと、ついとティーカップを傾ける。

 もちろん、能力開発に精を出しているのは最近の話ではない。それこそ入学してからずっとだ。むしろ、最近は超能力(レベル5)のこともあるので一時期よりはかなり抑えめになっている。

 その話をあえてここでするということは、俺の能力のことについて何か言いたいということなのだろう。

 

 

《この女……》

 

《レイシアちゃんはちょっと見ててね》

 

 

 で、この手の相手とやり合うとなると、レイシアちゃんはすぐ険悪にしちゃうので……。

 此処は一旦、俺が受け持つことに。

 

 

「ええ。第五位の食蜂さんと比べれば、見劣りしてしまうかもしれませんけれど」

 

《シレン……謙遜でもそれはどうかと思いますわよ……》

 

《これは余裕の演出なんだよレイシアちゃん…………》

 

 

 微笑みながら、バリバリに余裕を保って言っているので、多分今の俺の発言を額面通りに受け入れている人などレイシアちゃんくらいのものだろう。

 多分相手からすれば、『第五位のお前にも劣らないくらいわたくしの能力はスゲーんだぜ』という自信の顕れに見えているハズ。多分。

 

 

「……、……なるほどねぇ」

 

 

 そして、食蜂さんはそんな俺の態度を見て、どこか納得したようだった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 あー……、なるほど。なんとか構図が見えてきた。

 

 

《シレン? 何か分かったんですの?》

 

《レイシアちゃん、ほんとこの手の相手と相性悪いなぁ……》

 

 

 ステイルといい食蜂さんといい、とりあえず相手に対してツンケンするタイプだと、ムキになるというか……冷静な判断ができなくなるというか。

 これが相手も利益や欲望に従って動いてる感じなら、多分レイシアちゃんは眉一つ動かさず冷徹に対応できるんだろうけどね。このへんのスイッチの切り替えは俺には分からない部分ではあるけど……。

 これは今後も、俺がメインになって話をした方がいいかもわからんね。

 

 

《食蜂さんがわざわざ俺達と話をしようとした理由だよ》

 

 

 最初から、違和感はあった。

 何故、食蜂さんがわざわざ会談を申し込んできたのか。

 何故、それがかなり急な持ちかけだったのか。

 それはおそらく、すぐにでも会って確認しなければならない『何か』があったからだ。

 そして、余裕を見せたらすぐに出てきた『その余裕は御坂美琴と仲良くなったからか?』という言葉。

 

 これが決定的だった。食蜂さんの言う『これから』の話について、当然ながら、本来なら美琴さんは一切関係ないはずだ。これは俺と食蜂さん、双方の派閥の話なのだから。

 でも、そこで食蜂さんは美琴さんの話を出した。

 多分、本人的には仄めかすつもりはなかっただろう。内なる不安がつい口から漏れ出てしまった、その程度だと思う。

 だからこそ、それだけ彼女が『レイシア=ブラックガードの背後には御坂美琴がいる』という事実を強く意識していることが分かる。

 

 極めつけに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 事後処理をしたのなら、当然ながら食蜂さんはその事件の顛末も知っている。『亀裂』によって大型の機械を破壊し、そして美琴さんと協力して、より仲を親密にしたことも。

 

 あとは、食蜂さんの立場になって考えてみればいい。

 

 急激に能力が成長している対抗派閥の長が、自分と双璧をなす超能力者(レベル5)の後ろ盾を得て、派閥の統率力も上げている。

 傍から見れば、その一連の動きは、きっと不気味に映ることだろう。何かを企んでいると思うことだろう。夢月さんや燐火さんといった派閥の面々だって、最初はそうだったのだから。

 

 

「ご安心を」

 

 

 だから、俺は穏やかに微笑むことができた。

 不安に駆られている目の前の少女に対して俺がすべきことは、表面上の厳しい態度や脅威に対する反発ではなく──その不安を、和らげてやることだと思うから。

 

 

「今のわたくしにとって大事なことは、わたくしを含めた『GMDW』全体の成長。その為にできることをしているに過ぎませんわ。食蜂さん、()()()()()()()

 

「……、」

 

 

 食蜂さんの不安というのは、別に自分の地位が脅かされるとか、そういう話ではないと思うのだ。

 もしも俺が、美琴さんとのコネや強くなった自分の力量を使って派閥の勢いを伸ばせば、当然食蜂さんの派閥とぶつかることになる。そしてその衝突は、真っ先に末端の構成員を傷つける。

 だから食蜂さんは、派閥のみんなを守るために、こうして自分が矢面に立っているのだと思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「信頼してくれとは、言いませんし言えません。わたくしはまだ、アナタにそうしてもらえるだけのものを積み重ねていないから」

 

 

 そこで俺は、()()()()()()()()()()()()『亀裂』だけをあえて解除する。

 

 

《シレン……。アナタまたそんな……。まぁ、いいですけど》

 

 

 記憶を覗かせるつもりは、流石にない。色々と見られたらマズイものもあるからね。

 ただ、『窓口を開いた』という事実は、相手にも伝わる。『亀裂』によって間を隔てるのではなく、そういったものを取り払って向き合ったという、事実は。

 

 証拠に、食蜂さんの派閥の面々の何人かが目を丸くしたのが分かった。『亀裂』は透明だけど、音も遮断するから、音の聞こえ方とかで分かる人ならどういうことをやってるのかは分かるからね。

 

 

「ただ、同じ常盤台を代表する派閥同士。お互いに切磋琢磨していけたらいいと、わたくしは思っていますわ。そんな『これから』が作れたら、いいですわね?」

 

 

 


 

 

 

 異常事態といえば、異常事態だった。

 

 事の発端は──革命未明(サイレントパーティ)

 拗らせた優等生たちがテロを起こそうとした例の事件の後始末を第三位に依頼された際のことだった。

 当時は御坂美琴や彼女に近しい人物以外は全員記憶改竄の対象とする予定だった。フェブリに関する情報は、妹達(シスターズ)にも繋がるものだ。あまり余人が知っていていい情報ではない。

 

 なので、当然ながらレイシア=ブラックガードの記憶も消去する予定だった。

 しかし──

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 心理掌握(メンタルアウト)は万能だが、決して全能ではない。

 同系統能力者や発電能力者(エレクトロマスター)の場合は能力に対する耐性も存在している。もちろん、最強たる食蜂はそうした耐性を乗り越えて攻撃を仕掛けられるが……御坂美琴のような強力な能力者の場合は、そうもいかない。

 試したことはないが、おそらく第四位以上の超能力者(レベル5)についても、何らかの理由で心理掌握(メンタルアウト)は通用しないはずだ。

 

 だが……レイシア=ブラックガードの場合は、そうした単純な力量の差とは違うものが働いていた。

 

 ()()()()()()()()

 

 まるで正しい形式で開かなかったファイルが文字化けするように、覗き見ることはできてもその情報を読み取ることができなかったのである。

 これには、食蜂も目を疑った。こんな壊れに壊れた情報で、人が正気を保てるわけがない。現在のレイシア=ブラックガードは発狂したゾンビか何かが人間のようなふるまいを見せているだけと言われた方がまだ納得がいく。

 

 だから、食蜂はレイシアやその周辺の人物に対する記憶改竄は見送った。

 そうすることによって発生する影響や、レイシアの反感が未知数だったからだ。

 

 そして同時に、レイシアのことを強く警戒した。

 そうして()()()()の関係者だった男に調査をさせつつ、学内での動向をつぶさに観察していた食蜂だったが、それでも当面の接触をするつもりはなかった。

 不気味なのもあるが、今のところの彼女はあくまでも派閥の面々の力を伸ばすばかりで、外部に対して権力を広めようという動きがなかったからだ。

 

 そんな彼女が、レイシアに接触をとったきっかけは、一つ。

 

 

『……なんですってぇ?』

 

『ですから、件の残骸(レムナント)。アレの鎮圧にレイシア=ブラックガードが参加していたようでス。噂にあった「亀裂」の翼も出していたようですネ』

 

『…………そこには、他に誰か参戦力はあったかしらぁ?』

 

『? 聞いた話によれば、他には第一位と、無能力者(レベル0)の少年が一人、ト。なんでも、レイシア=ブラックガードは今回最初から無能力者(レベル0)の少年と行動していたとのことでス』

 

『……、ふふ。そう。そうなのねぇ、やっぱり、あの人なら善性力をここぞとばかりに発揮しちゃうわよねぇ』

 

 

 場末のハンバーガーショップでその話を聞いた時、食蜂は操っている人員の首には下がっていない『何か』を握りしめるような所作をしてから笑みを浮かべ、

 

 

『派閥の再統治。妹達(シスターズ)をはじめとした秘匿力の高い案件への接触。第三位との友誼。それに加えて……ねぇ』

 

『能力の強化と──それの()()。プロファイルしていたレイシア=ブラックガードの人間性とは、聊か乖離しまス』

 

 

 これだ。

 能力開発において相当の執着を見せていたレイシア=ブラックガードが、明らかに強化された能力を秘匿した、という事実。

 まるで、『今は注目を集めたくない』と言わんばかりの動き。そこに、上条当麻との関連性。……あの女が、何を考えているのかまでは分からないが。

 

 制御不能なイレギュラーが自分の周りでちょこちょこと力をつけているのを放置して計画を進めていられるほど、食蜂操祈は呑気な精神をしていない。

 

 

『分かったわぁ。直接会って、見極める。…………そーしなきゃ、判断力もきかなさそうだしねぇ。()()()()のことは、その結果で決めることにするわぁ』

 

 

 食蜂操祈にも、守りたいものがある。

 

 彼女はただ、その為に動くだけだ。


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