【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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阿宮好凪さんは、「おまけ:レイシアの研究発表奮闘記」で共有忘れで研究データを巻き戻しちゃった一年生の子です。
GMDWでは唯一の一年生構成員です。


おまけ:阿宮好凪は逡巡する

 阿宮(あみや)好凪(すなぎ)にとって、レイシア=ブラックガードとは彼女の小さな世界における『頂点』だった。

 

 入学当初、右も左も分からない中で知り合った先輩の紹介で参入した派閥『総合分子動力学研究会(GMDW)』。

 その派閥の長であったレイシアは──当時はちょうど彼女と派閥の関係が上手く行きかけていた時期だったこともあり──阿宮にとって、その時点で『頂点』に位置する存在だった。

 その後御坂美琴と衝突して敗北したレイシアだったが、それはあくまで『頂点』の世界での話。GMDWにとっては依然としてレイシア=ブラックガードは最恐の存在だったし──直後、全く別のアプローチで接触をとってきたこともあって、レイシア=ブラックガードの『敗北』すらも何か大きなはかりごとの一部だったのではという見方がGMDWの中では大半だった。

 事実としてレイシアはその後ほどなく『再起』し、再び阿宮の小さな世界における『頂点』に返り咲いた。

 そういった経緯もあって、阿宮好凪にとってレイシア=ブラックガードは、なんだかんだ言っても揺らぐことのない安定の象徴でもあったのだ。

 

 そしてGMDWが再びその長にレイシア=ブラックガードを迎え入れて一か月後──秋。

 阿宮が常盤台に入学してから五か月が経ったころ、GMDWは大覇星祭の練習ムード一色になっていた。

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

おまけ:阿宮好凪は逡巡する

 

 

 

 


 

 

「良い感じですわよー。二人三脚は能力のシナジーがモノを言いますからね。多少の妨害も計算に入れて、コンディションの振れ幅で失敗しないくらいまで連携を強化しますわよ」

 

 

 九月七日。

 二学期はじめの身体検査(システムスキャン)を一週間後に控えたこの日、GMDWは放課後にレンタルスペースで競技の練習に励んでいた。

 

 大覇星祭の選手ごとの出場競技は、基本的に学校側から指定される。しかし常盤台中学の場合、諸々の都合(主に学内派閥の力関係)もありそこは生徒側の方で柔軟に調整できるのが通例となっていた。

 たとえば白井黒子などは学年が違うというのに御坂美琴と大半の競技でペアになろうとしていたし、あの食蜂操祈の最大派閥でも、派閥の構成員を学年関係なく組ませたりしている。

 GMDWでは、今回大会を通して派閥の組織力を上げたいレイシアの意向もあって、大半の競技の参加選手を自派閥でまとめているだけでなく、派閥内で選抜テストを行い、より上位のコンビを出場選手に選出する──というやり方をしていた。

 

 

「シレンさん、そろそろ休憩にしやがってもいーんじゃないですか? そろそろ物河あたりが音を上げやがる頃だと思いますよ」

 

「ちょっ……刺鹿様!? ワタクシそんな軟弱ではありませんよ!?」

 

「ですわね。じゃあ皆さん、いったん休憩ですわー」

 

「シレン様~~!?」

 

 

 刺鹿の冗談交じりの進言に、レイシアもといシレンはパンパンと手を叩きながら休憩を宣言する。

 能力を利用しながら二人三脚でグラウンドをひたすらぐるぐる回っていた派閥の面々は、その宣言を聞いて足首の固定用バンドを外すなり次々にその場で崩れ落ちた。

 

 

「そこ! 急にへたり込まない! 身体に悪いですわよ! 休憩時間はクールダウンも込みでとってあるのですから、ちゃんと所定の時間は歩きなさい!」

 

「ひいー……ひいー……はあー……」

 

 

 先ほどまでの穏やかな語り口はどこへやら、レイシアはへたり込んだ派閥メンバーに檄を飛ばしていく。

 何を隠そうへたり込み組の一人だった阿宮も、その声に慌てて立ち上がりながらクールダウンの為にレンタルスペースのグラウンドを歩き出す。

 

 ちなみに、レイシアと刺鹿も二人三脚のコンビとして登録しており、超能力(レベル5)白黒鋸刃(ジャギドエッジ)大能力(レベル4)熱気溶断(イオンスプレー)を持つコンビなら何も問題なかろうということで絶賛監督役をやっているのだった。

 ──なお、これは派閥メンバーに対する見栄でそう見せているのであり、この二人、実は相当な猛特訓を陰で重ねている。お陰で今日も筋肉痛だ。

 

 

「お疲れ様、好凪さん」

 

「あ、千度さん! ありがとうございますでございます」

 

 

 クールダウンを終えて座り込んでいた阿宮に桐生が手製のスポーツドリンクを差し出してくる。

 ──桐生(きりゅう)千度(ちたび)。阿宮をGMDWに引き入れた張本人であり、もともとはレイシアが結成したGMDWの前身となる派閥の構成員でもあった少女である。

 その為かレイシア、シレン双方からも特に信頼されており、次期GMDWの中核として成長を期待されている人員でもあった。

 今回の二人三脚でも、彼女が阿宮のコンビを務めている。

 

 

「だだだ、大分いい調子ですわよ。この分なら二人三脚の選抜は我々になるかもしれませんわね」

 

「そうなったら、光栄ですでございますわ!」

 

「そそ、その意気ですわよ。どうやらシレンさんは、今回の大覇星祭でさらに人員獲得を目指しているようですからね。ととと、特に、一年生。──一年生は、好凪さんひとりだけですものね」

 

 

 団結力の強化というレイシアの方向性とは若干矛盾するかもしれないが、しかし一方で、こうした狙いもレイシアにはあった。

 GMDWに限らず、常盤台の『派閥』というのは公式に制度化されたものではない。あくまで生徒同士の関係性の上に成り立っているものなので、別に卒業したからといって役職を辞する必要はない。

 だから、レイシアも今のところは卒業後もGMDWの代表から退くつもりはないようだ。

 だが一方で、学年が違う以上『残される生徒』というのは当然出てくるわけで、阿宮がそうした形で学校生活の中で疎外感をおぼえないように新規派閥構成員は必須、とレイシアは考えているのだった。

 おそらく、最終的には学外で活動するGMDWという組織の中に中学生で構成された『中学部』のような部署を作るつもりなのだろう。

 

 じきに中学内での派閥活動の切り盛りを任されることになっているというのもあり、桐生はそうしたレイシアの思惑にはわりと敏感だった。

 だから、彼女は特に練習にも身が入っている。

 

 

「…………ぜぜぜ、絶対、取りましょうね。選抜の座を」

 

 

 そうした諸々とレイシアの意向もあって、去年よりもさらに熱が入っている大覇星祭の練習だが──それを除いて考えても、GMDWの面々は今回の大覇星祭に本気で臨んでいた。

 というのも、実は彼女達の中で、最近まことしやかに囁かれ始めた噂があるのである。

 

 

 

 レイシア=ブラックガードは、七月に一度自殺未遂を起こしている。

 

 

 

 最初にその噂を聞いたのは、桐生だった。開発機関の研究員の噂話でその情報を耳にした桐生と阿宮は、即座にこれを刺鹿と苑内に報告したのだったが──、

 

 

『…………絶対に、他言無用です。いーですね』

 

 

 普段感情が昂ぶると口調が激しくなりやすい刺鹿が、その時ばかりは不気味なほど静かな声だった。

 

 

『事実かどうか、そんなモンは関係ありやがりません。もしも間違いならそれはそれでレイシアさんとシレンさんを傷つけてしまいますし……それに、もしも……本当だったら』

 

 

 それは、おそらくGMDW全員に共通する恐怖だろう。

 

 

『だって、そりゃ、つまり……レイシアさんが死を決意しやがるってところまで、()()()()()()()()()()()()()…………』

 

 

 GMDWは、根本的に全員が全員レイシアの被害者である。

 全員大なり小なりレイシアの傲慢に引きずり回され、精神的にも社会的にも被害を被ってきた。その被害は、客観的に見ても甚大といっていい。

 だからレイシアが美琴に『成敗』され、人格が割れるほどのショックを受けたとしても、多少の罪悪感はおぼえたものの、そこまで深刻な話にはとらえていなかった。

 もっとも、これはレイシアとシレンがきわめて良好な関係を築いていたからという部分もあるのだが……。

 

 ともかく、そういった経緯もあって一応の『均衡』が取れていたところに、今回の自殺未遂疑惑である。

 

 

 GMDWは根本的にレイシアの被害者だが、同時に彼女達は善良である。

 だから、彼女達は人格が割れるほどのショックを受けたレイシアを()()()()()()()()()()()()()ことに対して、罪悪感をおぼえた。ある種、やったこととやられたことのつり合いがとれていた。

 そんな彼女達が、あとから『実はレイシアは誰かが救っていなければ死んでいるところだったんです』などと言われたら、()()()()がとれなくなる。

 

 無邪気に『頂点』だと思い込んでいた存在が、実は普通に傷つきうる一人の少女だったと言われれば、人間心理としてそこに触れることは不可能だ。

 もしも触れてしまえば、二度と同じ関係性でいられることはできない。しかし、もしもGMDWの大半がそれを知れば、人の口に戸は立てられぬというし、遅かれ早かれレイシアの耳にもこのことは入ってしまうだろう。

 だからこそ、刺鹿は早いうちに桐生と阿宮に緘口令を敷いたのだが──そんな彼女の思惑とは裏腹に、どこからかレイシアの自殺未遂の情報はGMDWの面々に広がっていってしまっていた。

 

 今となっては、おそらくレイシアを除く全ての構成員が、レイシアの自殺未遂の噂を何らかの形で耳にしたことがあるだろう。

 だが、今のところ全員がそれをレイシアに問い質そうとはしなかった。レイシアもシレンも、それを望んでいないと思ったからである。

 

 ただし、それで罪悪感が消えるわけではない。

 『死を決意するまで追い詰めた』という咎を背負った彼女達は、自然と代償行動をとり始める。つまり、『やりすぎた』分だけ、レイシアに尽くそうとする──という形で。

 

 

 大覇星祭の練習に彼女達が精を出しているのも、これが大きな理由だった。

 そしてほぼ全員が、この理由についてまったく疑問を感じていない。そうすることが、『やりすぎた』自分達にできるせめてもの償いだと考えている。

 

 だが、派閥に入って間もない阿宮にとっては、そうではなかった。

 彼女はレイシアからの理不尽な仕打ちを受けた経験も少なく、また彼女の恩恵を受けた経験も同様に少ない。

 彼女にとってレイシア=ブラックガードはその有能さで歪さを無理やり繋ぎ止めていた愚かな少女ではなく、どこか遠い世界の存在だった。

 

 だからこそ、阿宮はこの噂を聞いたときも他のメンバーより冷静でいられた。

 もちろん自殺未遂の話は重大だし、それに気づけなかった自分の無関心に対する憤りもある。だが、そもそもの問題として────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 桐生は開発機関から聞いたと言っていた。

 しかしもし開発機関の人間が生徒に聞かれるレベルで噂になっているのだとしたら、今頃GMDWどころか常盤台中の公然の秘密となっていなければおかしい。噂というのはそういうものだ。

 にも拘らず、今のところ派閥の外でこの噂が広まっている形跡はない。即ち、明らかにGMDWの中で噂を蔓延させようとしているのである。

 

 他の派閥メンバーは、刺鹿と苑内含めて全員が、自殺未遂という話のインパクトに引っ張られて、そこまで考えが回っていないようだったが──

 この噂は、明らかに誰かによって意図的に広められている。そこには嘘であれ『不都合な真実』であれ、レイシアを貶めようとしている悪意がある。

 

 きっと、現状は──罪悪感に突き動かされて大覇星祭の練習に邁進しているこの状態は、噂をばら撒いている黒幕にとっては望ましいものだろう。目的は分からないが、噂の結果派閥メンバー全体がその方向に動いている以上、そういう風に誘導されることを期待して噂を流しているはずだ。

 だが、阿宮にはそれをどうにもすることができない。

 一年生で発言権が弱いというのもあるが、『自殺未遂があったかもしれない』という事実が心に突き刺さっている面々に対して『作られた噂だから嘘かもしれない』といっても根本的解決にはならないし、何より『大覇星祭の練習に邁進する』という方針自体はレイシアの掲げるものと合致してしまうからだ。

 そこへ下手に『この噂には黒幕がいる』と言っても、大覇星祭の練習やレイシアへの罪悪感と論点がゴチャゴチャになって、まともな話し合いにはなるまい。

 

 決められたレールの上をただ歩き続けるしかない焦燥感。

 

 このままでいいのか。何か、別のアクションがあるのではないか。

 

 考えてみるが、ヒーローではない彼女にはどうにもできないほど、既に状況は進んでいた。

 

 

「次は玉入れの練習に入りますわよ。一〇分後に始めますので、皆様、各自支度を整えて──」

 

 

 レンタルスペースのグラウンドでは、レイシアが三年生の派閥メンバーに指示を送っている。

 




派閥メンバーの名前と能力は全員分設定してあります。いずれどこかでお出しできたら。






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>>>
   とある再起の四月馬鹿(メガロマニア)   


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