【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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四九話:前提条件

『──さて始まりました第三ブロック第一種目「二人三脚」。っつかこのアナウンス、ブロックによって競技の順番を組み替えてる関係でめちゃくちゃやりづれーな。あ、このブロックの解説はおなじみ海賊ラジオDJと、』

 

『「ヘソ出しカチューシャ」でお送りするけど。ちなみに、私は今日は不参加だけど』

 

 

 ────そして、いよいよ競技開始となる直前。

 会場に響く実況解説のアナウンスを耳にしながら、レイシアと刺鹿はスタート地点にて待機していた。

 既に足首をバンドで固定した二人は既に臨戦態勢となっており、周囲の様子を観察しているように見える。

 否。傍目から見ればそうだが、その実情は────

 

 

《……ヘソ出しカチューシャに海賊ラジオDJ。……カチューシャさんの方は、なんか覚えがある口調なんだよなあ……。なんだっけ……?》

 

《ヘソ出しカチューシャはアレでは? ほら、上条の先輩にあたる人の》

 

 

 うち一人(二重人格)は、のほほんと世間話をしているのだった。

 あまりにも緊張感がない有様だったが、それでも傍目から見れば油断なく周囲の様子を伺っているように見えるのだから、彼女達の外面の取り繕いスキルもかなりのものである。

 それはさておき、二人の脳内会話はさらに続く。

 

 

《……あー、雲川先輩。レイシアちゃん、よく覚えてるな……》

 

《恋敵の情報は忘れませんわよ》

 

《お、おう……》

 

 

 このあたりは、やはり興味の対象ほど覚えがいいといったところか。

 『正史』の記憶についてはシレンに一歩及ばないレイシアだが、関心事である『上条当麻の恋愛模様』については、シレンよりも鮮明に思い出せるらしい。

 逆に言えば、全巻読破して内容もそこそこ思い出せるくらいに記憶力もいいくせに、恋愛模様の話はすっと出てこないシレンが、いかに上条当麻のラブコメに興味がないか──という話にもなってしまうのだが……。

 

 と。

 

 

『──そして第四コースが常盤台のレイシア=ブラックガードと刺鹿夢月のコンビ! これは白熱の戦いだ!』

 

『……レイシア=ブラックガードといえば最近色々とちょこまかしている噂を耳にするけど、あまり調子に乗らない方が身のためだと思うけど』

 

 

 そうこうしているうちに、実況の海賊ラジオDJによる選手紹介が終わったようだった。

 なんか解説の方から恨み節が聞こえてくるのは気にしてはいけない。

 

 

「レイシアさんっ! 此処は我々の力を存分に発揮して、他の選手はぶっちぎりますよ!」

 

「もちろんですわ。まあ、もっとも──」

 

 

 レイシアが、肩にかかった巻き髪を撫でるように梳いた、次の瞬間。

 

 パァン!! と、秋の朝空に戦いの始まりを告げる号砲が鳴り響いた。

 しかし、レイシアに慌てた様子は見受けられない。どころか、走り出す素振りも見せず、余裕の表情で言葉の続きを紡いでいく。

 

 

「──我々の勝利は、既に確定しているのですが」

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

四九話:前提条件 Stalwart's_Duty.

 

 

 

 


 

 

 

 ズァオ!! と。

 直後、レイシアを除くすべての選手の眼前に、透明の『亀裂』が壁として展開された。

 

 静菜高校チーム──不愛想な大柄の少女と笑みを浮かべた小柄な少女のコンビ。

 霧ヶ丘中学チーム──勝気そうな金髪の少女と物静かそうな文学少女のコンビ。

 新色見中学チーム──マスクと帽子を身に着けた少女と体育会系少女のコンビ。 

 

 いずれもおそらくは一癖も二癖もあるチームだが、『亀裂』は平等だ。

 地面から立ち上るように発現した『亀裂』は、透明ながらも粉塵によってその姿が余人にも分かるようになっていたが……この場合、それがどれほどの慰めになったことか。

 何故なら、『亀裂』の姿を浮かび上がらせる粉塵の形は────選手全員を『包み込む』ように展開されていることを示していたのだから。

 

 

「そ…………そんなのアリーっ!?」

 

 

 霧ヶ丘中学の生徒が思わず叫んでしまうのも、無理はない。

 レース競技において、破壊不可能な『壁』を作るのがどれほどの無法行為か。たったそれだけで、全ての勝敗が決してしまいかねない暴挙。それを、初手の初手でやらかしてくれたのだ。

 しかし、これこそ『大覇星祭』。能力者達がその持てる力を十全に振るう異能競技においては、そんな暴挙すら許容される。

 もはや王者の風格さえ漂わせて、『亀裂』の檻に囚われた囚人達を置いてレイシアと刺鹿は悠々と走り出す。

 

 もっとも──

 

 

「……!? 解除されたぞ!」

 

「……! ……なるほど……射程距離……。わざわざ透明の亀裂を、粉塵が舞うように展開していたから不思議だったけれど……あの人の能力は地面を起点にして、能力者と起点の最大距離はおよそ一〇メートル程度…………」

 

 

 レイシアと刺鹿が一〇メートルほど離れたところで、『亀裂』の檻は解除されるのだが。

 

 ちなみに、これはレイシア──というよりシレンによる『演出』と『実益』を兼ねた工作である。

 超能力(レベル5)である白黒鋸刃(ジャギドエッジ)が、たかだか一〇メートル離れた程度で解除されるわけがない。だが、大能力(レベル4)であれば解除されてもおかしくない。地面を起点にしなくてはいけないという制約も『らしさ』に拍車をかける。そういった大能力(レベル4)にカモフラージュする『演出』としての意味が一つ。

 もう一つの意味が、『初手で檻の中に入れてあとはずっと独走』では物言いが入るおそれがあると考えたシレンによる保険、という『実益』である。せいぜい一〇メートル程度のアドバンテージなら、まだ能力で如何様にでも巻き返せる。そうであればこそ、まだ『戦略』の一つとして看過される。

 

 

《……まぁそんなことしなくても自前の能力で脱出できる人もいるかもだけど、無茶やって大怪我負わせちゃったりしても問題だしね……》

 

『とはいえ──先行一〇メートルのハンデはデカイ! っつーかレイシア&刺鹿コンビ、速い速いぜ! 特にレイシア選手なんか中学生離れした巨乳だってのにそれを微塵も気にした様子がない!!』

 

『地味に最悪だけど、海賊ラジオDJ。──そういう下着(モノ)もあるってだけだけど。人工筋肉技術を応用した、「外側から肉体を補強する下着」……補強の域を超えて、明らかに強化されるほどに。「外」ならルール違反になるような代物でも、「技術の祭典(テクノピック)」とすら揶揄される大覇星祭では、適当な理由さえあれば許容範囲内だけど』

 

『見たか世界!! これが大覇星祭だァ!!!』

 

 

 海賊ラジオDJの雄叫びに追従するように、観客もまた大盛り上がりで歓声を上げる。

 流石にレイシアの方も決まりが悪いのか、少し胸を気にした様子になった。

 

 

「……少し無頓着すぎたかしら。レイシアちゃん、ごめんなさ、」「ジロジロ見ているんじゃありませんわ民衆!! 撮影会及びヒーローインタビューならあとで開いてあげますから、今はわたくしの『強さ』に注目なさい!」

 

『色々逞しいぞレイシア=ブラックガード!!』

 

 

 もとい、決まりが悪いのはシレンだけのようであった。

 一連の流れを見ていた刺鹿が、ボソリと呟く。

 

 

「…………ったく、たかが脂肪の塊程度に大げさなんですよ、これだから男どもは……」

 

「──! ウフフ! 強いのは分かったけどっ! 調子に乗りすぎるのも如何なモノだと思うのよね!!」

 

 

 そして、そんな二人に早速追い縋る影。

 他校に比べ一回り大きな体躯──高校生の静菜高校である。

 女子高生二人、競技にはあまり似つかわしくない前傾姿勢のスキップのような走り方だが、異様なのはその『体勢』と『歩幅』だった。

 

 

『そして静菜高校の選手! 片や現職の風紀委員(ジャッジメント)、片や重量を軽くできる異能力者(レベル2)! 自分たちの重量を軽くしているのかァーッ!?』

 

『凄いのは、それでバランス感覚を失わない彼女だと思うけど。よく見てみろ。あのコンビ、能力者側は相方にしがみ付いて、ほぼ動いてない。……さらにその上スキップのような走行姿勢で、あそこまで安定して動けるのは、流石風紀委員(ジャッジメント)だと思うけど』

 

 

 まるで樹にしがみ付くように一人がもう一人にしがみ付く体勢で走る少女二人は、そんな走りづらい体勢とは裏腹に他の誰よりも素早くレイシアと刺鹿のコンビを猛追していた。

 しかし、それで趨勢が決まるほどこのレースも単純ではない。

 

 

『いや!! それだけじゃない! 霧ヶ丘のコンビも加速しだした! これは……』

 

「強い能力者が自分たちだけだと思ったら…………大間違い…………!」

 

 

 ──氷。

 足元に氷を展開しながら、まるでスケートのようにして走っていた。

 

 

『水を操る能力者と水を凍りつかせる能力者の合わせ技か!? 水は……』

 

『空気中の水分を集めているみたいだけど。この人混みだし、水分量については困らないな』

 

「簡単に言ってくれる…………水流ではなく水分子を直接コントロールする方式も、液体を凝固させる能力も、立派な稀少能力…………」

 

「霧ヶ丘ナメんな常盤台──っ!! この勝負、私達がもらったーっ!」

 

 

 まるで大蛇のようにのたうつ『氷の道』は、霧ヶ丘チームに先行してレイシア達へと肉薄する。

 それがレイシア達へ到着すれば──ショートカットの為の道が、そのまま敵の拘束具にもなるという寸法である。

 

 

『おおーっ! 勢いに乗った霧ヶ丘、そのまま静菜高校を抜いて単独二位に躍り出るが……!?』

 

 

 と。

 静菜高校チームを追い抜いた霧ヶ丘中学チームの挙動に、異変が起きる。

 それまでは高速ながらも丁寧なハンドリングだった霧ヶ丘中学チームが、カーブに差し掛かっているというのに一向に曲がろうともしないのだ。

 

 

「なっ……、ちょ、これどうなってんの!? 滑る、滑るわよ──っ!?」

 

「……重量が軽くなってるから…………勢いが殺せない…………」

 

 

 必死に地面を蹴って動きを変えようとする霧ヶ丘中学チームだったが、どういうわけか何度蹴っても勢いは殺せない。

 そんな二人を見てほくそ笑むチームが一つ。

 

 

「……やれやれ。少し……はしゃぎすぎだぞ」

 

「ウフフ! 安心してね! コースの外壁はクッションだから衝突しても安全よ!」

 

 

 静菜高校チーム。

 大柄な女子生徒としがみつく小柄な女子生徒のチームの『軽やか』な足取りは、今の脱落劇の犯人が誰かを明確に物語っていた。

 呆気なく霧ヶ丘中学チームを離脱させた静菜高校チームの快進撃は、まだ止まらない。走りながら、静菜高校チームの小柄な少女が地面に未だ残る『氷の道』に触れると────

 

 

「……ちょうどいい。利用させてもらうか」

 

 

 大柄な少女の方が、それを思いきり蹴り飛ばした。

 ゴガン!!!! と豪快な音を立て、全長一〇メートルはあった『氷の道』が一撃で粉々に砕け散り──そして、レイシアと刺鹿目掛け殺到する。

 それは、氷の散弾。能力の性質によって粉々に砕けた時点で元の重量を取り戻した氷の散弾は、食らえば怪我はしないまでも、確実にコースアウトとなるが──

 

 

「甘いですよ!」

 

 

 ズバチィ!! と、殺到する氷の散弾を遮るように、光の壁が突如現れた。

 熱気溶断(イオンスプレー)

 イオンを操る大能力(レベル4)の真骨頂が、これだ。イオンを操作することで空気をプラズマ化し、高熱の刃として振るう。

 方式こそ違えど白黒鋸刃(ジャギドエッジ)と同じく切断系能力を持つ彼女が、レイシア=ブラックガードの派閥のナンバー2にいるのは、何の因果か。

 

 そして高熱のプラズマに晒された氷の散弾は、もちろん──

 

 

『蒸発したァァッ!! リーダーだけじゃない! 派閥のナンバー2も侮れないぞ常盤台ッ!!』

 

『いや──それだけじゃないみたいだけど』

 

 

 補足するように、ヘソ出しカチューシャの解説が入る。

 彼女の言葉通り、刺鹿のプラズマは防御だけでは終わらなかった。プラズマ自体は、彼女達が走り去ることで解除されているが──氷が一気に蒸発したことによって発生した高温の水蒸気は、依然としてその場に留まっているのである。

 

 

「う、ウフフ!? どうしましょカズハちゃん! これ……」

 

「……風が少しあるから、水蒸気の動きが読めない。私だけなら多少の我慢もきくが…………キミに同じ無茶を背負わせるわけにはいかないな」

 

「カズハちゃん……」

 

 

 これに対し、安全策をとった静菜高校チームは一旦停止。

 要となる『重量を軽くする能力』は異能力(レベル2)でしかないため、跳躍中の細やかな重量変化は不可能なのだった。

 風にあおられた水蒸気が足に当たったりすれば、痛みでバランスが崩れてしまう可能性もある。風紀委員(ジャッジメント)としては、そういったリスクは飲み込めないといったところなのだろう。

 

 

『賢明だが──これで静菜高校はリタイヤだな。流石に、このタイミングでこれほどのタイムロスは致命的だけど』

 

『これで残るは常盤台中学と新色見中学の二校! このまま常盤台中学が圧勝か!? それとも新色見中学が追い上げを見せるかァ!?』

 

『……とはいえ、水蒸気の盾は新色見中学チームに対しても有効だ。何か有効札がなければ厳しいが──』

 

 

「……生憎、策なら用意してるっ!」

 

 

 タンッ、と。

 軽やかな足取りと共に、少女が水蒸気の上を飛び越えていった。

 

 同級生と思しき少女を脇に抱えたその少女は、簡潔に言って異様だった。

 体操服の上に白衣のようなコートを羽織っているのもそうだが、その下にある肉体が、『継ぎ接ぎ』なのだ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──そんな違和感さえあった。

 

 

『うおおおっ! スゴイ身体能力だァーッ!? あれは身体強化系の能力者かァ!?』

 

『いや……急遽代役で出た選手のようだけど。操歯涼子。ちょっと前まで手術で休学していたらしい。今回はまだ本調子ではないため、彼女自身が考案した人工筋肉の補助サポーターの使用が許可されているけど』

 

『……アレで補助? 軽めに人間やめてる気がするがね』

 

『それがテクノピックなどと揶揄される所以だけど』

 

 

 跳躍の邪魔になると判断したためだろう。マスクと紅白棒を取り払ったその素顔を見て──レイシアが声を上げる。

 

 

「操歯っ!?」

 

 

 その少女の名は──操歯涼子。

 レイシアが接触をとろうとして、しかし諸々の都合で結局叶わないままとなっていた少女だった。

 

 

「なんでっ……」

 

「知り合いですかレイシアさん!? ですが気にしてやがる場合じゃーないですよ! あの動き……このままだと、追い抜かれます!」

 

「チィ……しょうがないですわね!」

 

 

 今回のレイシアと刺鹿の目標は、単なる勝利ではない。

 最初にイニシアチブを握ってから、首位を離さない『危なげない勝利』。それが、彼女達にとっての『前提条件』である。慢心でも油断でもなく、もはや彼女達が目指すステージは、そのくらいできなければ『話にならない』のだから。

 ゆえにこそ、この状況に至っても、レイシアにはまだ切っていない札が残っていた。

 

 

「────話は後ですわ。まずは、勝たせてもらいますわよ」

 

 

 その瞬間。

 レースの模様を見守っていた観客たちは、確かに見た。

 砂埃や水蒸気によって色付けされた空間に、まるで透明なペンで上書きするように『亀裂』が乱雑に追加されていくのを。

 まるで筋肉が脈動するかのようにレイシアと刺鹿の足元に蓄積された『亀裂』が、完全に『空白』を生んだ、直後。

 

 

 ドッファオァ!!!! と、『亀裂』が解除されたことによる暴風が、一気にレイシアと刺鹿の身体を舞い上げた。

 

 

『~~~~~~ッッ、飛んだァァあああッ!!!! 常盤台チーム、突如発生した暴風に乗って宙を舞う! これは──』

 

『「亀裂」の応用だと思うけど。「亀裂」内部が真空になるのを利用して、解除時に発生する気流を精密に調整することで暴風を生んだんだけど』

 

『よく分からんくらいややこしいが、とにかくすごいぜ大能力(レベル4)!!』

 

『…………、……しかし、このタイミングでこれは──』

 

 

 解説のヘソ出しカチューシャが状況を説明する間もなかった。

 高速で空中へと飛び出したレイシアと刺鹿は空中でプラズマによる姿勢制御を行いながら、そのままゴールテープへと一直線で駆け抜けていく。

 高温の水蒸気をわざわざ『飛び越えた』新色見中学チームは、その分着地までのロスがある。その間に──

 

 

「この勝負(レース)――――」

 

「わたくし達の、完全勝利ですわっ!!」

 

 

 レイシア=ブラックガードと刺鹿夢月は、二位を一五秒以上離して、首位でのゴールに成功する。

 かくしてGMDWは、その『前提条件』を見事に全うし、大覇星祭のスタートを切ったのだった。


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