【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「しかし、いったいどういう風の吹き回しですの?」
二人三脚の後。
夢月さんを一旦派閥のみんなのもとへ帰したレイシアちゃんと俺は、次の競技までの空き時間で操歯さんを捕まえて、『二人きり』で話をしていた。
お祭らしく屋台が並び立つ表通りは、普段と違い喧噪に包まれている。周りも立ち止まっている女子中学生なんかにはわざわざ意識を向けないから、『込み入った話』をするのには意外とよかったりするのだ。
「アナタは大覇星祭なんて参加するような柄ではないでしょう。しかも、道具を使ってまでわたくしと張り合ったりして……」
「どういう風の吹き回し──と言ってもな……。君との打ち合わせがあっただろ? なんだかんだで予定が合わなかったから今日まで先延ばしになってしまったが、私なりに義理を果たそうとした結果だよ」
「あら、そうでしたの」
レイシアちゃんはきょとんとしてそう言う。
まぁ、本当にきょとんとしているわけじゃない。一心同体だから分かるけど、レイシアちゃんは操歯さんのこの言葉をあんまり信じていないみたいだ。
《シレン。アナタは知らないと思いますが、操歯は義理人情でわざわざ専門外の分野である大覇星祭に顔を出すようなタイプではありませんわ。まして、わたくしと操歯との間にそんなことをするような感情はございません。十中八九、何かしら思惑がありますわよ》
《疑いすぎるのもどうかと思うけど……》
《シレンは逆に信じすぎなのですわ》
……そうかな……。
ううんと考え込んでしまった俺をよそに、レイシアちゃんは操歯さんとの話を先へと進めていく。
「そういうことでしたら、素直に感謝いたしますわ。実際、アナタと此処で連絡をとれたのは僥倖でしたので。それで、婚約者──塗替との正式な話し合いの場、ですが」
「ああ。セッティングの件なら問題ない。今からでも連絡をつけることは可能だろうし、所長も私の頼みなら聞いてくれると思う……。だが、おそらく塗替氏は既に学園都市入りしているからな……。早晩接触を取ってくると思うし、正直、私からセッティングすることに意味があるかどうかは疑問だ」
「そうでしたか……」
ああ、やっぱりもう学園都市入りしちゃってたんだ。
ってことは……ちょっとややこしくなっちゃうかなぁ。何せ向こうとしては、婚約者に会いに来るっていう体でやってきてるんだ。その場で婚約破棄なんてしたら面目丸潰れだし、ここは一旦計画を仕切り直した方がいいだろう。
《……やっぱ、今回の婚約破棄は見送るしかないね。
《でも、アレに実績を与えると面倒ですわよ。『あのときは婚約者として大覇星祭で見舞いもしたのにこんな一方的な婚約破棄が許されるのか』みたいに》
《あー……それを口実に、何かしら向こうに有利な条件を呑まされる可能性もあるのかぁ。でも、それで円満に終わるならまぁ……》
そんな恋愛ごとで物々しい……というのが俺の感覚なのだが、レイシアちゃんの生きていた(今も生きている)社交の世界では、そういった約束事や面子がかなり重い意味を持ってくるのだろう。そのへんは、『風聞』が重要視される常盤台でそこそこ生活しているから俺も分かる。
《何より、ヒロインレースが問題ですわ。次の
《横槍て》
でもまぁ、言わんとしてることは分かる。要は、『塗替さんの婚約者としての役割』みたいなのを果たすイベントが出てきたら、色々困るというわけだ。大覇星祭でのレイシアちゃんの活躍を見たら、向こうさんの方も『おっこの婚約者、すごいじゃん! 利用できそう』みたいになるだろうしね。
これで塗替さんが学園都市とか全く関係ない企業のお偉いさんだったらまだ少し楽観視できたけど、ガチガチに学園都市関連企業関係者だからなぁ……。なまじ関係者だからこそ、レイシアちゃんという能力者の価値は分かってしまうだろうし。
「というか、そもそもどうして塗替氏と接触をとりたがっていたんだ? 前に婚約の話をしたときは、あんなに興味なさそうだったのに……」
「ああ。実は、その婚約は破棄しようと思っておりまして」
「はぁッ?」
あ、操歯さんが真っ当なリアクションを……。
「婚約破棄ッ? なぜッ? 何かあったのか?」
「こちらにも色々と事情がありますのよ」
問い詰めるような操歯さんに、レイシアちゃんはあっさりと答える。
操歯さんが動揺するのも無理はない。何せ、レイシアちゃんが操歯さんの研究に関わってるのは、婚約者のよしみってところがデカいわけだし。婚約破棄となれば関係の悪化が前提にあると思うはずだから、その関与にも何かしらの悪影響があるんじゃないかと心配するのは至極当然の流れだ。
「……一緒になりたい方が、できましたの」
だからか、レイシアちゃんは下手に濁すようなことはせず、きっちりと自分の真意を操歯さんに伝えていた。
こういうところで変にこじらせないようになったのは、レイシアちゃんの確かな成長だ。
「身勝手というのは承知しております。多方面に迷惑をかけるであろうことも……。……ですが、家で決められたことを唯々諾々と受け入れるようなことは、もう今のわたくしにはできません。ですから……」
「……そ、そうか。……いや、だが、こ、困る……! 今この時期に君と塗替氏の婚約が破棄されれば、研究にどんな影響が出るか……、……あ、す、すまない」
そこまで言って、操歯さんはそれが『自分の都合』であることに思い至ったのだろう。
バツが悪そうに、少しだけ俯く。
「構いませんわ。もとはと言えばわたくしの勝手ですもの。ですので、ご安心を。どうなっても、責任は取りますわ。必要とあれば事業ごと買い取ることも覚悟しています。──わたくしの我儘で、アナタ方に下手を掴ませることはありませんので」
……此処も、レイシアちゃんの成長したところだ。
自分の我儘を通す。そういうところは、変わっていない。だが、それによって誰かが不利益を被る可能性というものを、レイシアちゃんはちゃんと考えるようになった。そして、それを先回りして、きちんとカバーするようにも。
まぁ、本当の本当に理想の話をするなら、そういう被害が出るかもってなった時点で我儘を殺すのが、本当の『大人』なのかもしれないけれど────そうして欲求を殺して自分の大切なものを諦めるくらいなら、俺は我儘を貫き通したっていいと思う。
「それに、そもそもこの時点まで事態が進行した時点で、直近での婚約破棄はありえませんわ。精々、次の
「そ、そうか。ということは、今回私が何かする必要もなくなるわけか……。……ううむ」
厄介事が減ったはずなのに、何やら操歯さんは困ったような雰囲気だった。
《うーん……。ひょっとして、今回の頼み事と交換条件でこっちに何か頼もうとしてたとかかな?》
《でしょうね。アレがわたくしに積極的に協力をする以上、最低でもそのくらいの裏はあるでしょう》
《裏て》
人聞きは悪いが……何か困ってることがあるなら、聞いてあげなくちゃね。
「操歯さん。何か、困ったことでもありますの? わたくしにできることなら協力しますわよ」
《あっ、シレン勝手に……》
だって、レイシアちゃんに任せてたら余計な建前とかそういうので話がややこしくなるんだもの。
どうせレイシアちゃんだって最終的に同じような結論に至って同じようなことするんだから、無駄な過程など省くに越したことはない。
「い、いいのか? じ、実は……」
そうして語り出した操歯さんの話を総合すると──つまり、こういうことらしかった。
操歯さんは、とある事情で自分の身体を分割(!)して、二つに分けて生活する実験をしていた。足りない分はサイボーグで補い、一年間生活をしてそのときの挙動を監視するのが実験で、今はそれも成功の裡に終わり、操歯さんの身体は完全なる生身に戻っている。
問題はここからで──研究者は、残ったサイボーグ部分を集めて、『もう一人の操歯涼子』を作り出してしまったのだそうな。
研究者たちは『魂の生成』『前人未到の領域』と喜んでいたが、操歯さんはその状況にリスクを感じたらしい。対処するべきだと進言したものの、それは結局聞き入れられず、今に至る。
「……もしも仮に『魂』が発生しているというのであれば、もしも何らかの事情で『器』が破壊されれば……その『魂』はどうなる?」
「ど、どう……って……? どういうことですの……?」
「本来、魂と肉体は結びついていて、肉体が死亡すれば魂と呼ばれる事象も消滅する。だが……ドッペルゲンガーに魂が宿っているとするなら、その魂は機械の身体とは結び付いていないだろう。機械は、もともと生きていないのだから。……もし何らかの事情で肉体が破壊されれば……『自由な魂』は、この街全体へ蔓延するのではないか?」
「……、」
それは、実際に『魂の憑依』を身近に感じている俺達には、ちっとも笑えない可能性だった。
俺は、たまたまレイシアちゃんの肉体と結びついた。だからこうして
「本当に魂があるんですの? アナタの思考をラーニングしたAIというだけなのでは?」
「その可能性も否定はできない! だが……」
レイシアちゃんが怪訝そうな顔をして問いかけるが、操歯さんの不安は拭い去れないようだった。
……というかレイシアちゃん、そこは微妙に懐疑的なんだね。俺っていう実例が目の前にあるのに。
《シレンはこの世で無二といっていいレベルのイレギュラーですわよ? それと似たような事態がそうポンポン出てこられても困りますわ。大方、操歯の誤認か何かだと思いますけど》
《夢がない……そして情もない……》
《…………ただし》
レイシアちゃんは心の中で俺にそう言って、操歯さんに厳しい目を向けた。
「……操歯。アナタはその『ドッペルゲンガー』に対して、『対処』と言いましたわね。それは『彼女』を…………消す、ということですか?」
「……、」
「もしそう考えているのであれば、その傲慢は今すぐに改めなさい。仮に作られたモノだったとしても、魂などない存在だったとしても、『ソレ』がアナタと同じようにモノを考える力がある時点で、それは尊重されるべき一つの『生命』ですわ」
たとえば、
己で生きる意志を語れない存在だったとしても、それが生命として尊重されない理由にはならない。あの事件を経たレイシアちゃんにとっては、それはもう自明の結論にまでなっていた。
言われた操歯さんは、その言葉にすっと顔を上げ、ただこう返した。
「……分かっている。起こしたことの責任は…………私が、とるさ」
その後、操歯さんからされた『お願い』を快諾した俺達は、そのまま自由時間を思いのままに過ごしていた。
一応、基本は派閥メンバーと行動することになっているのだが、それだと色々と困るからね。たとえば……そう、『魔術サイド』の事件に一切首を突っ込めなくなる、とか。
今回、魔術サイドの事件については俺も介入して、早期にケリをつけるつもりでいる。
だって、それによって吹寄さんとか姫神さんとかが、しなくていい怪我をしてしまうのだ。そんなことになる前に速攻でオリアナさんを取っ捕まえて、イギリス清教に送りつけるなりして事態を収束させたい。
まぁ、その為にはまずステイルさんなり上条さんなり土御門さんなりと連絡をとって事態を把握しないといけないんだけれど……その点については、上条さんをおっかけとけばとりあえず行き着くだろうし、あまり心配はしていない。
まずは、何をおいても上条さんを発見しなくては──
「……む」
と、そこで、どこか懐かしさすら感じる声が、背後から聞こえてきた。
振り返ると、そこには────
「あらステイル。久しぶりですわね」
「その雰囲気は……レイシアか。ふん、あまり嬉しくない奇遇だね」
なんだか本当に久しぶりなステイルさんが。
「なんですの? 喧嘩を売っているなら高額で買い叩いて差し上げ、」「大覇星祭を観戦しに来たというわけでは──なさそうですわね」
「……チッ。シレンか。気にするな、とだけ言っておこうか。別に何も厄介事はないよ」
「でもステイルさん、わたくしが招待の手紙を出したときは絶対来ないって言っていたではありませんの」
「だから出くわしたくなかったんだ……」
ステイルさんはため息をついて、
「……まぁ、いいか。別に今から何があるわけでもないしな……」
と、何かに言い訳するように言ってから、こちらの方を真っ直ぐ見据える。
「
!
ステイルさんは、真面目な顔をしてそう言った。どうやら、ついに本題が来たか……。
ステイルさんが簡単に魔術の話題を俺達に振ってくれたのもちょっと疑問ではあるけど、やっぱ俺達の絆も知らぬ間に深まっていたってことなのかもね。何せ俺達のことをわざわざ助けに来てくれたくらいだし。
「──という霊装の取引があるという『ガセネタ』を掴まされてね。わざわざ極東くんだりまで来て手ぶらというのも癪なので、経費で買い物中というわけさ」
「なるほ、どっ???」
……ガセネタ?
………………ガセネタ?????