【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:運び屋の女の雑感

「あーあ。お姉さん、嫌になっちゃうわ」

 

 

 その女は、口からあらゆる疲労や苦悩を漏らすように重い溜息を吐き、欄干に体重を預けた。

 

 歩道橋の上から見る街並みでは、無数の学生達がこの特別な日を満喫していた。皆一様に体操服を身に纏い、ハチマキをし、学友と楽しそうに話をしている。

 元来、女はこの風景とは関わり合いにならないはずだった。否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 にも拘らず、何故こんなところにいるかといえば──

 

 

「……囮をやらなくていいからスパイはしろって、お姉さん一応運び屋なんだけどねぇ……。あまり無茶振りする人は嫌われちゃうわよ?」

 

 

 運び屋・オリアナ=トムソンには、あまりにも不似合いな任務を任されているからなのだった。

 

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

おまけ:運び屋の女の雑感

 

 

 

 


 

 

 

 距離が近すぎた。

 

 現状を評価する言葉を挙げるならば、それが一番適切だろう。

 七月二〇日に端を発する禁書目録争奪戦から始まり、三沢塾籠城戦、御使堕し(エンゼルフォール)事件、人格励起(メイクアップ)事件、シェリー=クロムウェル侵入事件、オルソラ=アクィナス誘拐事件、エンデュミオンタワー倒壊未遂事件。

 イギリス清教は、あまりにも学園都市と密接に関わり合いすぎていた。八月終盤に入ってからは、ほぼ毎週のように学園都市へ出向いているほどだ。

 

 そこに来て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 元より学園都市の台頭を警戒し、科学サイドの広まりに対して手を打とうとしていたローマ正教だったが、この情報により大きな方針転換を迫られることになる。

 何せ、学園都市は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と発覚したのだ。

 

 刺突杭剣(スタブソード)の取引とオリアナ=トムソンを利用した、二重の囮による完璧な『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の発動。

 

 星座──正確には()()()()()()()()()()()()()()()を使うこの魔術は、術者から見た天蓋を塗り潰されれば発動できないという弱点がある。

 もし、学園都市側がそのことに気付けば?

 

 可能性はゼロではない。

 相手には、魔術サイドの──それも対魔術のエキスパートとも呼ばれるイギリス清教・第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』がついているのだ。

 ここ最近になって増えた緊密な連絡も、能力者からの招待も、それらを見越した対策である危険性がある。である以上、今すぐに事を運べば、逆に虎の子の霊装を奪われるという最悪の結末すら考えられた。

 

 

『…………あまりふしだらな表現は謹んでいただきたいのですが』

 

 

 オリアナの軽口に、護符からの声が苦言を呈する。

 このカタブツな相方は、オリアナの軽口にこうして度々文句を言うことがあった。

 しかしオリアナとしては、こういう相方のウブな反応が厳しい任務の清涼剤になる、と思っている節もある。これを実際に言えば、カタブツな相方は閉口しそうだが。

 

 

「あらぁ? これくらいで音を上げるようじゃ、先が思いやられるわよ?」

 

『ですから、』

 

「はいはぁい。分かってるわぁ。お姉さんのささくれだった気持ちも少しは慮ってくれないかしらん。これでも慣れない仕事を押し付けられて、けっこう緊張しちゃってるのよ?」

 

 

 護符の声は、オリアナの言葉にしばし沈黙した。

 

 無理もない。

 護符の声の主がそう思う程度には、状況はイレギュラーで満ち溢れていた。

 

 

 制御不能(イレギュラー)な状況への危機感から手を引くことを決めたローマ正教──より正確には護符の声の主──ではあるが、かといって何もしないというのは論外である。

 イギリス清教が着実に科学サイドとの距離を縮め、関係を強化しているというのに、ローマ正教がそれを黙って見ていては、ただひたすら状況から置いて行かれるばかり。

 結果として、オリアナには『敵地に入って要人の動向を観察しろ』との指令がくだされているのだ。

 

 しかし────

 

 

「……ただでさえ、こんな状況なんだしね」

 

 

 言いながら、オリアナは視線をさらに動かし、街並みの端へと移す。

 

 

 そこには、金髪碧眼の令嬢と赤髪の神父がいた。

 

 

 ご覧の通り、目下の監視対象であるレイシア=ブラックガードはこんなにもあっさり魔術サイドとの接触をとっていた。

 その接触の仕方は完全に手慣れている。魔術サイドは科学サイドにとって敵対勢力という当たり前の常識をどこかに忘れてきてしまっているかのような振舞いだった。

 いや実際に、そんな常識など気にしていないのだろう。

 

 

(…………思えば、あの子が特異点だった)

 

 

 今回の潜入に際してレイシア=ブラックガードのことを調査していたオリアナは、知っていた。

 禁書目録争奪戦を終わらせたのも、人格励起(メイクアップ)に際して魔術サイドの協力を取り付けたのも、大覇星祭に向けて魔術サイドと接触をとったのも、結局はレイシア=ブラックガードだ。未確認情報ではあるが、シェリー=クロムウェル侵入事件でイギリス清教との連絡役をしたのも彼女だったとの噂もある。

 禁書目録を繋ぎ止め、魔術サイドとの懸け橋になり、派手に表舞台で戦っているのは、主に上条当麻ではあるが──しかしながら、その陰に隠れて着実に魔術サイドと科学サイドを近づけているのは、レイシア=ブラックガードであるともいえる。

 考え方によっては、ローマ正教にとっての脅威度は彼女の方が高い。……そう言い切れてしまうほどに。

 

 にしても、とオリアナは舌の上で言葉を転がし、

 

 

「単なる魔術師だけならまだしも、『聖人』まで連れてくるとはねぇ……。流石に特異点としても、異質すぎじゃない?」

 

『我々の計画を読み切って、先手を打って牽制してきた。そういう可能性すらも考えられますが』

 

「それは考えすぎだと思うけどねぇ……」

 

 

 さり気なく視線をズラし、遠くにある建物の屋上に目をやる。そこには、片足を根元から切り落としたジーンズを穿いた東洋人の女性──『聖人』神裂火織がいた。

 オリアナがプロだからこの距離でも素性がバレていないが、並の魔術師であれば命の危険すら覚悟すべき状況である。

 しかしそんな状況下でも、オリアナは与えられた情報から状況に対しての考察を進めていく。

 

 

「でも、なんだって『聖人』が科学サイドの、高位能力者とはいえただの学生の呼びかけに応じてやって来ているのかしらね。…………個人的な知り合いだから、だけでは通らない。明らかに、組織として何らかの思惑がありそうだけど」

 

 

 聖人とは、魔術サイドではそれほどの意味を持つ。

 個人的な付き合いで核兵器を持ち出すような馬鹿は存在しないし、神裂火織を持ち出す以上、それに見合う『理由』が存在しているはずだ。

 だが、ローマ正教は刺突杭剣(スタブソード)の取引というブラフすらも取り下げ、公的には完全に学園都市から手を引いた形になる。その状況下で聖人を持ち出すような問題は存在しないはずだが……、

 

 

『…………あるいは、彼女自身が。そういう可能性も考えられますので』

 

「……どういうこと?」

 

 

 護符からの声に、オリアナは首をかしげる。

 いや、実際にはオリアナも護符の声の意図は理解できているはずだ。だが、『優しい』彼女はその答えに納得したくはなかったのだろう。

 

 

『魔術サイドでは一般に「核兵器」などと俗な形容をされる「聖人」ですので。その「聖人」を持ち出す理由がこの状況であるとすれば……それは「聖人」をも招待するような規格外ではないですか?』

 

「……それって、イギリス清教がレイシア=ブラックガードを始末しようとしているってこと?」

 

『可能性としては、ですが』

 

「…………、」

 

 

 それはない、とオリアナは思う。

 結果的に中止になったが、今回の使徒十字(クローチェディピエトロ)を使った戦いに向けて、オリアナも敵戦力についてはしっかりと分析してきた。

 上条当麻やインデックス……神裂火織といった敵の主要戦力についてはその人となりも了解しているし、特に神裂火織については万一の可能性も考えしっかりとプロファイリングを完了している。

 あの聖人に、自分を慕う者を切り捨てることはできない。それが『オルソラ=アクィナス誘拐事件』を経た神裂火織という魔術師を表す端的な評価だった。

 それに何より……二つの世界を繋ぎ止めようとする少女に対する仕打ちが()()では、あまりに救いがないではないか。

 

 そんなオリアナの心を察したのか、生まれた圧を逃がしていくように護符の声は続ける。

 

 

『あるいは、神裂火織本人は任務の目的すらも伝えられていないのかもしれないですので。表向きは、刺突杭剣(スタブソード)という偽りの情報を流してまで()()()()()()()()()勢力に対する牽制、といったところでしょうか』

 

「……ということは、イギリス清教は──いや、最大主教(アークビショップ)はそれだけあの少女のことを危険視してるってことかしら?」

 

 

 オリアナは知っている。

 レイシア=ブラックガードの掲げる生き様がどれほど素晴らしいものだとしても、世界はそれだけではハッピーエンドで終わってくれないのだ。

 命懸けで届けたものが、開けた瞬間に届けた相手を呪う術式という場合だってある。レイシア=ブラックガードが善意で選んだ道の先は、ひょっとしたら血で血を洗う大戦争の時代かもしれない。

 ……だから、先手を打って潰しておく。組織のトップとしては、そういう判断をする可能性は大いにある。

 

 そしてもし、()()()()()()であるならば。

 

 それはもう、ローマ正教だのイギリス清教だの、科学だの魔術だのといった問題など関係なくなる。

 ただ一人の、礎を担う者(Basis104)の名を持つ魔術師として、そんな状況は絶対に看過できない。

 それを見過ごすことは、オリアナという魔術師にとって、胸に残ったたった一つの祈りすら失うことに繋がりかねないのだから。

 

 そうしてオリアナの心を奮い立たせるのが目的だったのだろうか。

 意思を固めたオリアナに、あえて突き放すような調子で護符の声は言う。

 

 

『それを見定めるのが、貴女の仕事では?』

 

「……言ってくれるわねぇ」

 

 

 まるで辟易しているかのような口調だったが、オリアナの表情に不服の色はない。元より彼女は己の魔法名の為なら、()()()()()()()()こなす覚悟がある。

 

 

「ま、見届けてみるわよ。……お姉さん、見るだけだと物足りなくなっちゃいそうだけど」

 

『ですから貴女は……、』

 

 

 護符の声の小言を聞き流し、オリアナは目下の監視対象・レイシア=ブラックガードを見る。

 イギリス清教の魔術師と別れた彼女は、己の仲間達へと合流する途中らしい。闇の世界のことなど全く気にした風のない彼女の横顔は、眩しいくらいに無邪気な笑顔だった。

 

 

 かくしてここに、乖離は成った。

 

 

 願わくは、この少女の笑顔が失われるようなことがないように──。

 奇しくも正史において少女の幸せを摘み取ってしまった女は、己の信じる神にそう祈るのだった。


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