【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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五一話:号砲

「どうしたんだいシレン。信じられないことを聞いたような顔をして」

 

「いや、あの……」

 

「……ああ。ガセネタだと知った僕が即座に学園都市を出なかったのがそんなに意外だったかい? これでも、僕は魔術師の中では科学サイドに対して理解がある方なんだよ。一応、外交役を任されたりもするからね」

 

 

 俺としては大覇星祭編が……とか、こんな特大の乖離が初っ端から発生することある!? とか、一体何が原因で……とか、色んな感情がこもった呟きだったのだが、それがステイルさんに伝わるはずもなし。

 というか伝わられても困るので特に言い直したりはしないが……いやいや、しかしステイルさん、意外と学園都市に対する接し方がフランクだね? 正史だったら『此処は魔術師である僕にとっては敵地も同然なんだけどね』とか普通に言いそうなくらいだった気がするけど。

 

 

「もっとも、一応の経過観察という意味もあるけどね。……わざわざガセネタを使ってまで聖人を遠ざけた意味については、もう分かっているけど」

 

「は? ステイル、それは一体どういうことですの?」

 

「部外者である君に伝えられるのは此処までだ。感謝するといい。『君たちの出る幕などない』と、僕自身が説明してやっているのだから」

 

「よくわからないですけど、ステイルさんは既にこの事態に対して手を打っている、ということですの? 上条さんもこれは知っているんですか?」

 

「……あの能力者には伝えていないよ。こちらには神裂もいるんだ。科学サイドの力を借りる意味は感じないね」

 

 

 ええ!? 神裂さんもいるの!? いやまぁそうか、刺突杭剣(スタブソード)がガセだって分かれば神裂さんを引っ込める理由もなくなるし、むしろガセネタを流してまで遠ざけたかった『聖人』は絶対投入するよね……。

 でもって、今のステイルさんの行動目的は『経過観察』……? 相手が嫌がってるから神裂さんを投入したけど、そこまでド派手な事態にはならないってことなのかな?

 となると…………使徒十字(クローチェディピエトロ)の件自体がもう不発に終わっている、もしくは解決したとか……?

 

 

《シレン。そういえばあの大覇星祭の一件については、確か上条達が特に動かずとも、花火パレードによって使徒十字(クローチェディピエトロ)とやらは不発に終わっていたのですわよね?》

 

《……あ》

 

 

 もしや……ローマ正教側はそれに気づいた、とか? いやなんでかは分からないけど、相手だって魔術のエキスパートなんだし、どれだけの光量で魔術が使えなくなるかとかは重々承知しているはず。

 もしも花火パレードのことに気付けば、中止にするのは何ら不思議じゃない! 残骸(レムナント)事件こそ起こったけど、俺達も色々やってるんだ。そのあたりに細かな違いが発生していてもおかしくない。

 おかしくないけど……。

 

 ……そうか、そんな簡単な掛け違いで、大事件の有無が変わってしまうのかぁ……。

 

 

「それじゃあ僕はこのへんで。君達と行動を共にしていると、あの子と出くわすリスクがあるからね」

 

 

 そこはかとなく歴史の乖離に慄いていた俺を置いて、言いたいことだけを言ってステイルはさっさとその場から立ち去ってしまった。

 ……しかし、ガセネタを使ってまでステイルを学園都市に呼び出した理由? 確かに、そもそも刺突杭剣(スタブソード)はガセネタで、実際には使徒十字(クローチェディピエトロ)にまつわる事件が正史の内容だったけど……もしもそれがなくなっていて、代わりに『経過観察』が必要な案件が発生しているとすると……いったいなんだろう?

 心配だなぁ、本当にこの問題、放置していていいのかなぁ……。

 

 

《シレン。調べてみますか?》

 

 

 と、そんなふうにうんうん唸っている俺に、レイシアちゃんが提案してくれた。

 

 

《あのステイルの言いよう……何か引っかかりますわ。『シレンは変に勘がいいから、下手に濁すよりある程度情報を伝えた上で問題ないと言った方が誤魔化せる』……みたいに考えての言動の可能性もありますわよ》

 

《……あー》

 

 

 確かに。

 ステイルさん、確かに上条以外の非戦闘員を巻き込むのは嫌がりそうだし、俺達も一応非戦闘員ではあるし、巻き込まれないようにあえて嘘を吐いているって可能性は否定できない。

 しかしステイルさんを今から追いかけても見つかる気がしないどころか、問い詰めたところで誤魔化されちゃうだろうしなあ……。

 

 

《フフ、シレンは甘いですわね。何も馬鹿正直に聞きに行くだけが全てではありませんわよ》

 

《……レイシアちゃん、何か考えでもあるの?》

 

《当然ですわ!》

 

 

 レイシアちゃんは自信満々に答え、

 

 

《ステイルから情報を入手できないのだとしたら、ステイル以外の人間から情報を入手すればよいのです。たとえば……》

 

《たとえば?》

 

 なんとなく読めてきた気がする。

 でも、一応レイシアちゃんの結論を確認する為、俺は問いかけの言葉を投げかけた。

 それに対し、レイシアちゃんはやはり、こう言い切ったのだった。

 

 

《隠し事ができない、ツンツン頭の馬鹿とか》

 

 

 ……結局のところ、経緯がどうあれ上条さんに結び付けるレイシアちゃんの話術なんじゃあ? と思ったものの、確かに上条さんは情報源として優秀なので反論できない俺なのだった。

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

五一話:号砲 Girl's_Struggle.

 

 

 


 

 

 

「そのことなら、私も聞いてたんだよ! かおりが教えてくれたかも」

 

 

 で、裏を取りにやって来たところ。

 上条さんはどうやら競技の準備中らしく、学生用観客席にいるインデックスを発見したので話を聞いたのだが……どうやら、ステイルの話は本当らしかった。 

 

 学生用観客席は、簡単に説明すると『運動会で父兄が準備してるブルーシート製の観客席』のような感じだった。

 グラウンドの上にブルーシートを張っただけの観客席はいかにも座り心地が悪いが、上条さんの高校のような『一般』の高校ではそういうのもあまり気にされないのだろう。

 一応、一般用観客席には日差し対策のテントが設置されているようだが。

 

 

「神裂が、ですの?」

 

 

 インデックスの証言に、レイシアちゃんが問い返す。

 

 で、一応目的を果たした俺達だったが、せっかくだし上条さんの競技も観戦してこよーということでインデックスの隣に腰かけ、詳しい話を聞いているのだった。

 競技のスケジュール的に最後まで上条さんの競技を見てるとちょっと時間的にキツイのだが……まぁ、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)でショートカットすれば十分間に合う時間だし。

 

 

「そうだよ。今朝、とうまと一緒にいたらかおりとばったり出会ってね」

 

 

 インデックスは俺達が差し入れに持ってきた学園都市名物(自称)・メイド弁当を満足げに頬張りながら、

 

 

刺突杭剣(スタブソード)って霊装の取引があるって情報がガセだったから、その真相を探る為にかおりとステイルが調べてて、その結果がさっきようやく出たんだって」

 

「そのへんはステイルからも聞きましたわね」

 

「あっ、ステイルと会ったんだね。じゃあローマ正教がスパイを放っているって話も聞いた?」

 

「…………スパイ???」

 

 

 えっ……初耳だけど。

 ステイルさん、そこんとこ完全にぼかしてたからなあ……。まぁ、科学サイドである俺達にはそこまで教えられないって判断なんだと思うけど、同じ魔術サイドだからって話したインデックス経由で漏れちゃってるんだから意味のない気遣いだよ……。

 

 

「そうかも。……ステイル、言ってなかったんだね。ローマ正教は学園都市内部の動向を今後も恒久的に把握するために、スパイ用の術式をこのどさくさに紛れて学園都市中に設置しようとしていたんだよ。それで分かりやすくイギリス清教の注意を惹くために刺突杭剣(スタブソード)の取引ってデマが流れてたらしいかも」

 

 

 そんなはずない。

 そんなはずないのは分かっているのだが……どうやら、ローマ正教の方も『そういうことにした』らしい。

 実際、学園都市にスパイ用の術式を設置することができたら今後の情報戦にとても有利だろうし、刺突杭剣(スタブソード)の件を何らかの理由で土壇場中止したのだとしたら面子を保つ言い訳は十分に立つ。

 

 

「……わたくしは正直その話あんまり信じてないのですが、インデックスの目から見てどうですの? 何か裏がある気がするとか、魔術のプロの視点からありませんの?」

 

「うーん、私はあくまで魔術に関するプロであって、裏の思惑とかが分かるわけじゃないんだけど…………心配はいらないかも。かおりは嘘吐くのが下手だから、嘘を吐いたらすぐに分かるんだよ」

 

「……具体的に、どんな感じで言っていたか再現していただいてもよろしくて?」

 

「『要は、スパイ用の観測術式を学園都市中にばら撒いている、ということです。おそらく刺突杭剣(スタブソード)がダミーだとバレることも含めて、ローマ正教の策でしょう。こんな些事に聖人を使わせ、清教の注目を集める……。……大方、学園都市外で何かやるつもりなのでしょうが』……こんな感じだったかも。私の記憶能力は『完全』だから、間違いないんだよ!」

 

「ふむ……」

 

 

 インデックスの台詞再現を聞いて、レイシアちゃんは静かに頷いた。

 ……インデックスの台詞再現、完成度めちゃくちゃ高かったな……。声質は流石にインデックスのそれなんだけど、声色とか口調とか、声の抑揚とか、完全に神裂のそれだったもん。表情も神裂さんの真似をしてるから、なんかしかめっ面っぽいのも可愛い。

 やっぱ完全記憶能力って凄いなー……。俺も欲しい。主に原作知識の劣化防止的な意味で。

 

 

「今の口調が『完全』なら、確かに含むところはなさそうですわね」

 

 

 あれっ、レイシアちゃん、今インデックスの再現ごしに神裂さんの感情分析とかしてたの? 器用なことをしなさる……。

 

 

《どうも、安心して競技に集中できそうな雰囲気ですわね》

 

《よかったー。何も分からない状態で別のアクシデントとかになったら、本当に困るもんね》

 

 

 いやいや、ホントに。

 

 

「レイシア、どうしてそんなにステイル達の言うことを疑ってるの? もしかして、何か心配なことでも……?」

 

「そりゃあ、ありますわよ。神裂が学園都市にやって来ているんですのよ? ステイルはともかく……『聖人』の強さは、わたくしもよく知っていますわ。警戒するのも当然ではなくて?」

 

「……確かに、レイシアの言う通りかも」

 

 

 おわ、すげーレイシアちゃん。息を吐くように嘘を……。俺だったら普通に言い淀んじゃうな……。流石悪役令嬢。

 

 

《シレン、何か失礼なこと考えませんでした?》

 

《滅相もございませんレイシアちゃん様》

 

《ちゃん様……なんかムカつきますわね》

 

 

 ええっ!? 引っかかるのそこ!?

 

 

「あ、短髪」

 

 

 と。

 そこで、インデックスが指をさして美琴さんのことを呼んだ。……美琴さん? いや、美琴さんはこの時間いないはずだけど……、

 

 

「う、あ、アンタ達……奇遇ね」

 

 

 あれ、いた。

 ……いや、そうか。美琴さん的には、愛しの上条さんの競技だもんなぁ。観戦はするか。俺達と同じように、能力を使えば移動はすぐだしね。

 

 

「短髪もとうまの応援?」

 

「はぁ!? なななっ、なんで私がアイツの応援なんて……」

 

「私とシレイシアはとうまの応援だよ。ね、シレイシア」

 

「まぁ、もののついでですけど……せっかく競技場に来たんですものね。シレンも見たいって言っていることですし」「れ、レイシアちゃん!? いきなり何を言っていますの!?」

 

 

 こ、コイツ……突然虚偽の証言をブッ込んできやがった! こういうところで勝手にエントリーさすのはやめなさい! インデックスの恋敵認定がようやく解除されたっていうのに……!

 

 

《ちなみに、インデックスはまだシレンのことを恋敵だと思ってますわよ?》

 

《え? なんでさ。復活パーティの時に誤解は解いたじゃん》

 

《…………童貞》

 

《ひ、ひどい!?》

 

《やっぱりシレンはわたくしがついてないとダメですわ》

 

 

「……こほん。そういえば、確か上条さんの出場競技は棒倒しでしたっけ。相手校はエリート校だったはずなので、かなり厳しい戦いになってそうですが……」

 

 

 話を変える意味も兼ねて、俺はそう切り出した。

 これはちょっと前に気になって調べたんだけど、上条さんの相手校、普通にエリート校だったんだよね。上条さんの高校は何の変哲もない普通の高校だから、戦う前から戦意喪失してなければいいんだけど……。

 

 

「……詳しいのね、アンタ」

 

「あ! とうまが出てきたよ」

 

 

 言われて、俺達は一斉に上条さんの方を見る。

 俺に戦意喪失を心配されていた上条さんだったが────

 

 

「な、なによあの気迫……!?」

 

 

 そこには、本物の猛者達がいた。

 

 上条さんを中心にして、多くの生徒達が横一列に並んでいる。その表情はみな真剣そのもの。誰一人として、負ける気で立っている学生はいなかった。

 強度(レベル)差とか、相性とか、そんなものは関係ない。それよりも大事なものの為に立ち上がったヒーローの横顔だった。

 

 

「(な、あ、アイツ、なんであんな真剣なの!? わ、私の罰ゲームにいったい何を命令するつもりだっていうの……!?)」

 

 

 美琴さんがなんか言ってるけど、俺はこの異様な状況でようやく正史の流れを思い出していた。

 そういえば、上条さん達は小萌先生のことをバカにされてキレてたんだったっけ。いやー、自分たちの為には頑張れないけど大切な人の為なら立ち上がれるって、やっぱみんな上条さんのクラスメイトだなぁって感じだよな。

 よし。

 

 

「頑張ってくださいまし! 上条さーん!」

 

「とうまー! 頑張れー!」

 

 

 景気づけに、俺は声を張り上げて上条さんにエールを送ってみる。こっちの声に気付いた上条さんは、ただ俺達の方を一瞥すると、グッと拳を握って掲げて見せた。

 勝つ、と。声は聞こえなかったが、そう言っているのがはっきり分かる所作だった。うーん。無駄にカッコいい。

 

 

「……短髪は応援しないの?」

 

「ぅ、わ、私は、その……て、敵同士だし! 此処に来たのだって、敵情視察というか、その、……ぅぅ」

 

 

 美琴さんはかわゆいなー……。

 

 

《シレン! チャンスですわよ! ここで応援を頑張りまくって御坂に差をつける方向でいきましょう!》

 

《そしてレイシアちゃんはブレないなぁ!!》

 

 

 そんなこんなで、競技の開始を告げる号砲が鳴り響いた。


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