【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──そして、戦争が始まった。
上条さん達の競技は棒倒しになるのだが、どうやら役割分担については自然と二つのチームに分かれるようだった。
即ち、相手の持つ棒を倒す『攻撃班』と自分の持つ棒を守る『防御班』だ。
上条さんが選んだのは当然『攻撃班』。軽く一〇〇以上の能力が飛来する文字通りの『戦場』へ、上条さんは臆することなく突貫していく。
「上条さーん! 頑張れー!」
《なるほど、あのデコが司令塔として動いて、
レイシアちゃんが何やら妙なベクトルで分析しているが……それはさておき、競技の応援である。
やっぱせっかく友達の競技を見に来たなら、応援してやらねば薄情というものだ。ふれーふれー上条さん。
「あ、アンタ、よくそんな……。……ぅぅ」
「というか、シレンはシレンだから無理して来たのは分かるけど、短髪はどうしてここにいるの? 敵情視察って言っても、別に今する必要はないんじゃないかな? あとから映像を見れば済む話だし」
そんな感じで俺が応援している横で、インデックスと美琴さんは何やら話をしているようだった。
……おっと。応援に集中しすぎて二人の事そっちのけになっちゃうのもアレだよね。やっぱり一緒に応援しなくちゃ。
「インデックス。アナタ分かっていませんねぇ。大覇星祭は七日間あります。七日間も全力のペースで競技に邁進できるわけがないでしょう? 大方、上条の頑張り具合を見て短期戦にするか長期戦にするかの見極めがしたかったのでしょう」
「っ! そ、そう! そうなのよ! 流石レイシア、分かってるじゃない!」
《ククク、御坂のやつ、わたくしがヒロインレースに参加したからには、恋心を自覚できると思わないことですわね……》
《レイシアちゃん。あんまりやりすぎないようにしようね》
《えー。いいですけど……》
人の恋路を邪魔しちゃあダメだよ。レイシアちゃんが馬に蹴られたら俺だって痛い。
あっ上条さんが死角から飛んできたはずの能力を右手で弾き飛ばした。すごいなああれ……。普通乱戦で右手しか使えないってなったら速攻でボコボコにされそうなもんだと思うけど、あれも防げるんだ……。
多分、俺達が本気で
《…………わたくしなら、あそこで『亀裂』を……いやしかしそれでは回避され……ならばあそこでそうして……》
……レイシアちゃんは勝つ気満々だけど。
「そういえば、シレイシアの次の競技はなんなの?」
「ああ、次は障害物走ですわよ。美琴さんは借り物競走でしたっけ。この競技が終わったらすぐに会場に向かわないと間に合わないタイミングですが……」
「私もアンタも、能力を使えばすぐだからねー。……まぁ、競技には能力は殆ど使えないんだけどさ」
確か、干渉数値五以上の能力は使用禁止なんだっけ。
『たとえ勝てても能力をほぼ使えない地味な競技では意味がないではありませんの!』とか何とかでレイシアちゃんが真っ先に拒否してた競技だったが、美琴さんはそういうのも平気でやるんだよね。
ちなみに、一応六割が
じゃないと、六割が無能力者による祭なのにその大多数が割を食うことになるからなぁ。
「そっか。じゃあシレイシアの方には応援に行くね! とうまも一緒に」
「大丈夫なんですの? 上条さんだって競技はあるでしょうに」
「大丈夫だよ! とうまの次の競技は『おおだまころがし』だけど、開始時刻には少し余裕があるもん。競技時間がおよそ一〇分くらいと考えても、レイシアが次の会場まで送ってくれれば何も問題ないかも」
「なら平気そうですわね。お弁当を用意して待ってますわ」
「やったーシレン大好きー!!」
インデックスは、満面の笑みで俺に飛びついてきた。うーん、インデックスは可愛いなあ……。
でも、そっか。完全記憶能力だから、インデックスの頭の中には今日の上条さんのスケジュールがばっちり詰まっているわけか……。……ヤバかったな。もしも『大覇星祭編』の事件が予定通り起きてたら、不審に思ったインデックスが俺のところまで突撃してきたかもしれない。
で、なんか勝手に進んでいく話に隣に座っている美琴さんが何やらムッとしてるけれど……。
すまない美琴さん。
俺も普通に上条さんとインデックスには応援してもらいたいので、特に助け舟は出せないんだ……!
あっ、上条さんが能力の衝突によって発生した爆風に乗ってノーバウンドで数メートル吹っ飛んだ。
で。
上条さんの競技を最後まで見終えた俺は、その足で
途中まで美琴さんもついてきていたが、彼女は借り物競走があるので既に別れた。今は、障害物競走である。
「ああ、よかったシレイシアさん! 間に合いやがりましたね!」
華麗に着地した俺を見つけて、夢月さんが駆け寄ってくる。
ここは、競技用のスタジアムである。
観客席がビニールシートだった上条さんの普通の高校風競技場とは違い、名門常盤台が参加する競技ともなるとかなりお金のかかった競技場になっている。
芝生のグランドの周囲は大量の観客席があり、既にその殆どが埋まっている。観客席の一角には貴賓席っぽい場所もあり、取材陣なんかも大勢集まっていた。
ま、常盤台の競技ともなれば当然そうなる。可愛い女の子がいっぱいだから画面映えもするしね。
もちろん、俺達が空からやって来たのもばっちりカメラに撮られていることだろう。ちょっと恥ずかしいがこれもレイシアちゃんの宣伝戦略の一環らしいので、俺としては従うほかない。
ちなみに俺達は空から来たので見てないが、この第七学区第一六競技場は入口となるホールもめちゃくちゃ豪華らしい。そっちのホールでは美琴さんと食蜂さんのブロマイドなんかも売られているそうな。大変だねぇ、広告塔……。
「まったく、あの男のところに観戦に行くなんて……」
俺を迎えてくれた夢月さんは、開口一番に口をへの字に曲げて不服そうだった。
けっこうギリギリのタイミングなので、夢月さんは俺が上条さんの応援に行くことにそこはかとなく反対していたのだ。
……まぁ、俺としてはインデックスに差し入れをしたい思惑もあり、最後まで見るかどうかはともかく応援に行くのは確定だったのだが。
小言を言う夢月さんのことをまぁまぁと宥めていると、ほどほどのところで小言を切り上げた夢月さんが、思い出したように驚きの事実を言ってきた。
「ああそうだ。レイシアさん、ご家族の方がいらっしゃいやがってますよ。入口ホールにいてもらってるんで、競技前に会いやがっては?」
お、お父様とお母様……? レイシアちゃんの……!?
こ、このタイミングでか! 確かにいずれは会うことになるとは思っていたが、まさかこのタイミングとは……! そういえば、レイシアちゃんのパパとママにはまだ俺のことは話してなかったんだよな……。
どうしよう。どこまで話すんだろうか。
いや、このタイミングで話すべきか? これから落ち着いて話せるタイミングって言ったら、最低でも一日目が終わったあと……。
いやでも、隠した状態で家族団欒を? それも大丈夫か……!?
「分かりましたわ。少し話をしてくるので、ここは任せました。他の子達の様子はどうです?」
「今のところ、みんな気合十分って感じになってやがりますね。別会場のことは燐火に任せてるんで、詳しいことは分からないですが」
「そのうち疲労で気合が空回りする子が絶対に出るので、注意深く見てあげなさい」「あ。阿宮さんは少し緊張気味でしたから、何かあったら話を聞いてあげてくださいね」
去り際に夢月さんにそう伝えつつ、俺達は入口ホールへと向かう。
《このタイミングは避けたかったのですが……仕方ないですわね。シレンはちょっと様子を見ておいてください。わたくしが適当に対応しますわ》
《だ……大丈夫? レイシアちゃん、ご家族に隠し事とか……》
《いや、別に?? 誰だって親に隠し事の一つや二つあるものでしょう? というかシレン。これからはアナタのお父様とお母様でもあるんですから、ご家族とか他人行儀な言葉は使わないように》
《う、うん……》
なんか窘められてしまった……。
俺が言いたいのはそういうことではなかったのだが……、と。
うまいこと丸め込まれてしまいながらホールに辿り着くと、一目でそれと分かるほど美男美女の夫婦が目に留まった。
金髪をオールバックにした壮年の男性の方は、垂れ気味の目元と言いおっとりとした雰囲気が出ている。高級そうなスーツに身を包んでいて、しかもそれがダンディな魅力にすらなっているが……何かどこか頼りなさげな雰囲気。
女性の方は、少なくとも四〇は超えているだろうにぱっと見二〇代前半くらいにしか見えない美貌の持ち主だった。レイシアちゃんによく似たブロンドを頭の後ろでまとめたシニヨンに、父兄の中にあってめちゃくちゃに浮く濃紫のマーメイドドレス。ここがどこかの舞踏会かと錯覚させるような華やかさだ。……これで当人のダウナーそうな表情がなければ、文句なしに貴婦人って感じだったんだけれども。
ギルバート=ブラックガードと、ローレッタ=ブラックガード。
それぞれ、レイシアちゃんの──そして今世の俺の、両親である。
「お父様! お母様!」
レイシアちゃんは、普段からは想像もつかないような可愛らしい声色で二人のことを呼ぶと、小走りで駆け寄ってまずはお父様の方に抱き着く。
良い意味で、人目を憚っていなかった。傍から見たら多分、美男美女の親子が久しぶりに再会した感動の光景に見えることだろう。レイシアちゃんはそういう演出がめちゃくちゃ上手いので。
「ああ! 僕の可愛いレイシア! 元気にしていたかい? 最近は手紙も来なかったから心配していたんだよ」
「アナタ、そんなに大声で……。……ハァ、レイシア。変わりないようで安心しましたよ」
「お父様、お母様。お手紙も出さずに心配させてごめんなさいね。学業が忙しくて……」
「ああ、此処に来る途中に塗替さんから聞いたよ。能力開発をとても頑張っていたんだって?」
「……ええ、はい」
あ、塗替さんと話をしてたんだ……。
《今はいないようですが……この分だと、競技が終わったくらいに会うことになりそうですわね》
《心の準備まだできてないなぁ……》
《心配要りませんわよ。応対は全部わたくしがやりますから》
うーん、レイシアちゃんに全部任せるのもそれはそれで(やりすぎないか)心配なんだけど……。……こういうの、俺が下手に手を出すよりは、レイシアちゃんに全部任せた方が良い説もあるからなぁ。
「レイシア……。この後の競技、棄権しないかい? 二人三脚を見ていたけど、危なっかしくてしょうがなかったよ」
と、そこでお父様の方がそんなことを言い出した。その表情は、とても不安そうだ。心配性なんだなあ……。レイシアちゃんがこんな競技くらいで怪我したりするわけないのに。というか、俺が責任もって守りますから。
「お父様。そうはいきませんのよ。わたくしは派閥の長なのです。下の者に常盤台生の何たるかを示さなくては……、」
「
……あ?
「レイシア。君は僕達の子だ。ブラックガード家の跡継ぎだ。そんなに焦らなくたって、いいんだよ。黙っていても君はブラックガード家の家督を継ぎ、塗替さんを婿に迎えて、幸せな一生を過ごすんだ。そんな努力に割くリソースは、あまり意味がないんだよ」
その一言は。
レイシアちゃんが、どうしてあそこまで苛烈な人物になったかを分からせるのに、十分すぎる一言だった。
レイシアちゃんのことを気遣った言葉なのだろう。実の娘に危ない目にあってほしくないんだろう。
それは分かる。優しげな声色は、彼らとの思い出を持たない俺にだって十分すぎるほど伝わってきた。
レイシアちゃんが努力して築き上げようとしてきたものに対して、『そんなもの』だと?
努力に割くリソースが、意味のないものだと?
ずっと思ってたんだ。
俺が色々と頑張ったとはいえ、こんなにも真っ直ぐになれるような子が、何故ああも屈折してしまっていたのか。
俺なんかが頑張らなくても、きっと何かのきっかけで今のようになれていたはずの子が自殺を決意するなんて悲しい結末に至るまで、どうして止まることができなかったのか。
その理由が、よく分かった。
ブラックガード家の人間なのだから何もしなくていい。
ちょっと聞くだけでは、甘やかしではあるものの、そこまで酷い言葉のようには聞こえないだろう。
でも、これは要するに、レイシアちゃんの努力を否定する言葉だ。レイシアちゃん自身が築き上げたものの価値を無にする呪いだ。
レイシアちゃんはこんなにも優秀で素晴らしい力を持っているのに、それが一番身近な人間から認められなかったら? むしろ、それを暗に悪いことのように言われたら?
……そりゃあ、屈折するだろう。
なまじレイシアちゃんは優秀なのだ。人の上に立つことができる子なのだ。そんな子供が、自分の努力を、能力を、誰かに認められたいと思うのは、おかしなことだろうか。その気持ちを周囲の人間にぶつけてしまうのは、当然の流れじゃないだろうか。
ふざけやがって。
レイシアちゃんは凄い子なんだぞ。三つの派閥を一つにまとめて……それは独善の温床でもあったけど、でも確かにまとめて、一年間運営しきったんだ。
能力だって、凄く凄く勉強して、色んな方法を試して、結果が出なくても手を変え品を変え、根気強く頑張っていたんだ。
一度全部ダメになって、心が完全に折れたはずなのに、それでも諦めず立ち上がって……俺のことを、救ってくれたんだ!
そんな素敵な女の子がやってきたことに対して、『そんなもの』だと? 『意味がない』だと?
よりによって、それを、親であるお前が言うのか!!
お前がそんなことだから、レイシアちゃんが
「……お父様、」
どこか諦めたような笑みを浮かべて父親を窘めようとするレイシアちゃんを、俺は全身全霊でもって引き留める。
ひょっとしたら、出すぎた真似かもしれない。部外者の俺がやるべきことじゃないのかもしれない。
……でも、いいよな。だってレイシアちゃんが言っていたじゃないか。
なら、子どもらしく、反抗したっていいよな。
一歩。
二歩。
鼻先がくっつくくらいまで、俺はギルバート=ブラックガードに近づく。
そして胸倉を掴んで、多分レイシアちゃんの身体に憑依してから一番の怒りを込めて、こう言ってやった。
「──そこで見ていなさい。『わたくし達』の努力に意味がないかどうかは、アナタが決めることじゃない!!」