【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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五四話:秘策

 というわけで、婚約破棄と相成った。

 

 いや、まだ正式に塗替さんと話をつけたわけではないのだが、お父様のお許しはとりつけることができたので、これはもう確定だろう。

 お父様もさっきの今で『いやちょっと……』とは言えなかったのか、レイシアちゃんのおねだりに対して『いいよいいよそのくらい!』くらい食い気味に快諾してくれていたしね。

 いやしかし、レイシアちゃんの手管、改めて見ると恐ろしい……。……というかこの子、俺が消えそうになってたときも、俺が用意してたカバーストーリーを全部投げ捨てて、派閥の皆や魔術サイドの皆、上条家の人々や美琴さん、果ては冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生まで集めてたわけだからな。

 冷静になって考えてみたら、すごい面子だよ。俺なんかの為にそこまでやれるくらいなんだから、レイシアちゃんってこういうやり口がめちゃくちゃ上手いのかもしれない。いや、上手いとは思っていたけど……。

 

 

《ふふん。どうですこのスマート極まりない話の流れは。わたくしのこと、少しは見直しましたか?》

 

《うん。見直したっていうより……惚れ直した、かな》

 

 

 レイシアちゃんが凄いのは分かってたしね。

 

 

《お……そ、そうですか。……ふふん》

 

 

 褒められて嬉しいんだろう。どことなく上機嫌なレイシアちゃんはさておき────

 

 

「──さて、いよいよですか」

 

 

 午後二時すぎ。

 競技を終えた俺達は、昼休みを終え、次なる競技である『玉入れ』に挑んでいた。

 

 ちなみに、障害物競走は当然のように常盤台中学の圧勝だった。

 どうやらどの学校も最強のメンツを俺達にぶつけていたらしく、他のGMDWのメンバーや婚后さんに対抗できるような生徒はいなかったのだ。

 ……まぁ、俺としても、弓箭さんや鞠亜さんや佐天さんレベルの人がそうポンポン出てこられると困る。というか、意外と油断ならない人多いよなあ……学園都市。操歯さんしかり。

 ひょっとしたら、今日俺が初めて見た人たちも、いずれは『正史』に出てきた人なのかもしれないな。これだけアクが強いと。

 

 

《うまいこと塗替斧令の相手はお父様に押し付けられましたし、大覇星祭は順調ですわねぇ》

 

《上条さん恋人作戦は使えなくなっちゃったけどね》

 

 

 そもそも、上条さんを恋人に仕立て上げようって大義名分は、塗替さんとの婚約を破棄する為ってものだったからね。

 そういうことしなくてもお父様が頑張ってくれちゃうなら、俺達が上条さんを恋人に仕立て上げる理由もないわけで。

 まぁ、そこのところはちょっとほっとしてるんだよね。

 上条さんじゃないけど、やっぱり『フリ』で恋人をやるのってなんか不誠実じゃないか。どうせ恋愛するなら、そういう不誠実なのじゃなくて、真っ向勝負でやっていきたいよね。

 

 

《童貞がなんか言ってますわ》

 

《どどどっ童貞ちゃうわ!!》

 

 

 いやいやいや、っていうかなんで急に童貞って罵られてたの!?

 

 

《多分シレンはそう言いながら『不誠実なのはよくないからむしろほっとしてるけどね』とか思ってるんでしょうけど……》

 

 

 なんで分かるんだろう……。

 

 

《そもそも!! ライバルは強敵なんですのよ! 世界の寵愛を受けたツンデレ女に、絶賛同棲中の正ヒロイン!! 後からポップしてくる絶対認識されない人はまぁどうでもいいですが、二人だけの世界で何万年も一緒に過ごした『理解者』とか、マジでヤバイですわよ! どいつもこいつも正道なんか使ってきませんわよ!!》

 

《言われてみれば……》

 

 

 確かに。普通の女友達って距離感から詰めていくには、なんかプラスアルファが必要な気がしてくるラインナップだ。あと、食蜂さんにはあとで謝ろうね。

 

 

《ではシレンの強みは何か。婚約です!! どうせ上条は上条ですから実質的にはアレですが、形式上でも婚約者というポジションを作っておくのですわ!! そうすれば連中とも五分で戦える!》

 

《婚約者で五分なのかぁ……》

 

 

 普通、そこまで行ったらゴールインも余裕そうなんだけどね。まぁ上条さん相手じゃ無理な話か……。

 

 

《で! 塗替斧令を言い訳に使えなくなったからといって上条を名目上の婚約者にできない? 甘いですわ。そもそも婚約を破棄したかった理由に上条を使えばよいのです! 上手くすれば上条がこちらの好意に気付いて一気にゴールイ、》

 

《いやぁ、多分その場合俺達フラれるんじゃないかなぁ……》

 

 

 上条さん、何だかんだインデックスのこと好きでしょ? そのへんなんとかしないと、俺達は振り向いてもらえないと思うんだよね。

 上条さんを攻略するならまずはインデックスからというか……。

 

 

《……む。一理ある……童貞(シレン)のくせにやりますわね》

 

《いやいやいや、内心だから特殊ルビもちゃんと分かっちゃうからね?》

 

《というか、わたくしとしてはシレンにももう少し真剣になって欲しいくらいなんですけどね。わたくしだけの話ではないんですから》

 

《あー、うん、まぁ。でも俺ほら、こういうの苦手だから……》

 

 

 誰かを蹴落とすとか、そういうのは、ね……。

 スポーツならまだ我慢できるけどさ。恋のレースは誰かが傷ついちゃうわけで……。

 

 

《童貞》

 

《レイシアちゃん! 俺のキャパシティにも限度があるぞう!!》

 

《ああ、ごめんなさい。拗ねないで……、……こほん。気を取り直しましょうか。もうすぐ競技も始まることですし、ここで揉めて競技に支障が出たら、あの子達に示しがつきませんもの》

 

 

 レイシアちゃんの言葉通り、俺達の周囲で待機しているGMDWの面々は、みな一様に緊張した面持ちでいた。

 ちなみに、この場にはフルメンバーが集まっている。『玉入れ』は一日目の目玉的な競技で、全校生徒が各所に設置されたカゴに玉を自由に入れる競技だ。

 カゴへの直接攻撃は禁止されているが、玉や対戦相手への攻撃はある程度許されている。

 ちなみに、美琴さんの能力は電撃の直接攻撃と砂鉄の妨害目的での使用が禁止されていて、俺達の白黒鋸刃(ジャギドエッジ)は直接攻撃とカゴへの防御使用が禁止されている。それができたらもう向かうところ敵なしだからね、常盤台。

 

 玉入れ。

 ……確か『正史』だと、上条さんが乱入してきて美琴さんとなんか絡みがあったような気がするが……今は、上条さんはチア服姿のインデックスと一緒に俺達のことを応援してくれてる。

 軽く手を振っていると、いつの間にか派閥の人達の間に入っていた美琴さんと目が合った。

 

 

「あの馬鹿、なんで来てるのかしら……。も、もしかして……」

 

「わたくしが呼びましたわ。応援に来なさい、と」

 

「おおおっ、応援!? でもアイツ敵よ?」

 

 

 レイシアちゃんの説明に、美琴さんは目を白黒させながら問いかける。

 

 

「それはアナタの問題でしょう? わたくしは別に奴と競ってませんし……」

 

「うぐぐっ」

 

 

 あっ、暗に『お前じゃなくてわたくしの応援をしてるだけだよ』って言った。

 

 

「そんなことより」

 

 

 ツンデレを拗らせて自縄自縛に至ってしまった美琴さんを解きほぐすように、レイシアちゃんは話題を切り替える。

 助け舟を出すというよりは、そもそも美琴さんのツンデレ事情に興味がないという感じの雰囲気だ。俺なんかは世話を焼きたくて仕方がなくなってしまうんだけど……。

 

 

「一匹狼を標榜しているアナタが、わざわざわたくしのところに来たのです。何か話があるのではなくって? 特別に聞いてあげますから、言ってみなさい」

 

「……そこはかとなく上から目線な話題振りありがとう」

 

 

 美琴さんはそんなレイシアちゃんの物言いには呆れの表情だけ見せて、本題に入る。

 

 

「……『本題』っていうのはね」

 

 

 美琴さんは声をひそめるようにして、話し始めた。

 まぁ、この距離だと派閥の面々にも普通に聞こえちゃう距離なので、本格的な内緒話ではないんだろうけども。

 

 

「この試合、多分キツイ戦いを強いられることになると思うのよ」

 

「……ほう?」

 

「私達は、他校から対策されてるわ。それはアンタ達も感じたんじゃない?」

 

 

 確かに……二人三脚も障害物競走も、そこまであからさまではなかったけど、どの学校も常盤台のことを意識した戦略をとっていた気がする。

 俺達がただの大能力者(レベル4)だったなら、流石に押し流されてしまっていたかもしれないレベルだ。

 で、美琴さんがこんな話を振ってくるということは……、

 

 

「だからね。ちょっと学校全体で、『対策』を用意しちゃおうかって考えてて、」

 

「お断りしますわ」

 

 

 そこまで美琴の話を聞いて、レイシアちゃんはさくっと断りの言葉を差し挟んだ。

 

 

《ちょっとちょっとレイシアちゃん。流石にそれはひどいんじゃあ……?》

 

《……何を言っていますの。道理ではありませんか》

 

 

 流石に脳内で待ったをかけた俺に、レイシアちゃんは心外そうに返して、

 

 

「生憎ですが、我々も我々で独自に連携を用意していますの。土壇場で部外者を加えた連携などやろうものなら、逆に動きに支障が出かねませんわ」

 

「そ……そこを何とか! お願い!」

 

「大体、わたくしとアナタが揃い踏みなら何も心配することなどないでしょうに、……ああ、そういえば」

 

 

 そこでレイシアちゃんと俺は、同じことに思い至る。

 

 それは玉入れの前、午前中最後の競技として美琴さんが挑んでいた競技だ。

 バルーンハンターという、頭に紙風船をつけてそれをお手玉で割る団体戦の競技をしていたのだが、美琴さんは『お手玉を手に持つ』という奇策で電撃を無効化された上、大人数で取り囲まれて負けてしまったのだそうだ。

 俺も競技中だったからその試合模様は見られなかったんだが、待機中だった物河さんに教えてもらった。

 

 そんな風にメタをガチガチに張られて負けたら……美琴さんの性格上、さぞ悔しかったことだろう。流石に今は時間が経っているからけっこう冷静っぽいけど、かなり腹に据えかねているものがあるんじゃなかろうか。

 

 

《……レイシアちゃん》

 

《分かってますわ。流石に、そこを慮らないほどわたくしも冷徹ではありませんわよ》

 

 

 美琴さんの言うことも聞いてあげたら? と言おうとしたところで、レイシアちゃんも考えを変えたようだった。

 美琴さんの方は、相変わらずといった調子で俺達の方を拝み倒しながら、上目遣いでこちらの様子を伺っている。

 

 

「……仕方がありませんわね。話を聞くだけですわよ」

 

「ほんと!? ありがと! レイシアっ!!」

 

 

 がしっ! と喜んで手を握る美琴さん。

 『……暑苦しいですわよ』と言ってそっぽ向いたレイシアちゃんだったが、一心同体の俺はそこに確かな照れがあったのを感じ取っていた。

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

五四話:秘策 Sky_Corridor.

 

 

 


 

 

 

「まったく……このわたくしが、他の派閥と手を組むことになろうとは。思ってもみませんでしたわ」

 

 

 そう言って、レイシアちゃんは自陣の最奥で嘆息する。

 

 玉入れって全校でやるものなんだけど、今回俺達は派閥の連携しかやるつもりはなかったんだよね。単純に練習してきたのがそれだけだったからというのもあるし、『GMDWの結束』を内外にアピールしたかったから。

 

 でも、美琴さんの話を詳しく聞いていくと、どうもバルーンハンターで格下の学校に負けたことで、お嬢様がたの中で火がついちゃった人がいたらしく。

 派閥とかそういうのを比較的気にしない常盤台生の中では、平時の確執を乗り越えてでも全校で団結すべきでは? っていうか団結したい! 勝ちたい! という機運がかなり高まっていたのだという。

 そういう人達のお願いを聞いて、一匹狼の美琴さんが派閥の垣根を越えて協力できないかと色々動いていたらしい。食蜂派閥に関しては帆風さんからOKをもらえたので、次に俺のところに来たとのことだった。

 美琴さん、そういう損な役回りよくやるよね……。そういうところが尊敬できる。

 

 

「でもでもっ、美琴さんにああ言われては断れないですもんねっ! 何せシレンさんですしっ、レイシアさんですからっ」

 

「……どういう意味ですの」

 

 

 自分のところは二番目に来たというところで機嫌を損ねたレイシアちゃん的にはわりとOKするのを渋っていたのだが、先述の美琴の心意気に絆されたのと、一緒に話を聞いた夢月さんがむちゃくちゃ乗り気だったのと、それと美琴さんの提案した作戦がレイシアちゃんのお気に召したため、結局やることになった。

 否、レイシアちゃんは一応面子があるので不服そうにしているが、実際のところかなり乗り気である。

 というのも──、

 

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。レイシアさんの今のポジション──なんだか常盤台を牛耳りやがるボスっぽくてカッコイイですよ」

 

「そそそ、そうですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、レイシアさんにしかできないことなんですから」

 

「……そうですか? やっぱりそう思いますか? おほほ」

 

 

 美琴さんが提案した『本題』。

 それは、レイシアちゃんの白黒鋸刃(ジャギドエッジ)によってカゴの上に空中回廊を生み出すことで常盤台の生徒達に上を取らせ、そして一方的に対戦校を蹂躙しようというものだった。

 縛りの関係で透明の道しか出せない問題は、美琴さんが砂鉄を使って見やすくすることでカバー。常盤台の生徒は、その上から玉をカゴへ投げ入れたり、敵を妨害したり。

 ただでさえ能力者としての平均レベルが高い上に、位置エネルギーの差がある。日光を背にしていることもあって、めちゃくちゃ有効な作戦だろう。流石超能力者(レベル5)、やることが違う。

 

 それに何より──この作戦、レイシアちゃんの能力あってのものだからね。

 それだけレイシアちゃんは自分の株が上がるわけでハッピーだし、勝ちたい生徒達はノリノリでレイシアちゃんの協力を取り付けられてハッピー。まさに誰もが得をする夢の作戦というわけだ。

 

 

《レイシアちゃん。せっかくのチャンスだ。気を抜かず行こう》

 

《もちろんですわ。此処でわたくしの存在感を示せば、食蜂操祈からの依頼もこなせますし──》

 

 

 ちょうどその時、競技の開始を告げる号砲が鳴り響く。

 レイシアちゃんの周囲の地面から、砂埃を巻き上げながら無数の『亀裂』が飛び出していった。

 

 

《それに何より。上条に格好いいところを見せて、ヒロインレースで一歩リードできますからね!》

 

《……カッコイイところを見せるのはヒロインレースに有効なのかなあ》

 

 

 どうせ見せるなら可愛いところじゃない? いや、俺は知らんけども。


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