【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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五五話:玉入れ

「アルファはわたくしの近衛を。ブラボーとチャーリーは妨害にあたりなさい! 得点役の花くらいは食蜂の派閥に持たせてやりましょう」

 

「承知です! ブラボー、ついてきやがってください!」

 

「チャーリーはわたくしについてきてくださいねっ」

 

「あああ、アルファはこちらへ! ふぉふぉふぉ、フォーメーションはわたくしの方から指示します!」

 

 

 俺の号令と共に、夢月さん、燐火さん、千度さんを中心に、GMDWが一斉に動き出す。

 ……いよいよ、昨日白井さんから受けたレクチャー知識の使いどころだ。

 

 一夜漬けだったこともあり、白井さんから授かった知識は少ない。

 精々、連携と戦略についてのみだ。だが、今回はその連携と戦略がモノを言う。

 三チームに分かれたGMDWは、美琴さんのマーキングにより分かりやすくなった『亀裂』の道を駆けていく。

 攻撃に対しては、これでよし。

 連絡役については食蜂さんの派閥にいる精神感応(テレパス)の子がなんとかしてくれることだろう。

 

 当然、向こうは空から攻めてくる敵に対処しなくてはならなくなるわけだが……向こうも馬鹿ではない。今回の戦略の要である俺を潰そうと別動隊を寄せていくだろう。

 そこで必要になっていくのが、こうやって残したアルファチーム三人の扱い方だ。

 

 

 


 

 

 

「良いですか? 重要なのは、損耗を避けることではありません。自分の役割をきちんと理解し、何をすればいいのか、何をされてはいけないのかを常に把握することですわ」

 

 

 大覇星祭前日。

 白井さんは、講義室に集まったGMDWの面々に対してそんなことを言っていた。

 

 

「損耗を避けてはいけないのですか?」

 

「ええ、まあ」

 

 

 手を挙げて質問した俺に、白井さんはあっさりと答えて続ける。

 

 

「もちろん、動けなくなるような負傷を受けるくらいなら話は別ですが、そうでないなら、優先すべきは自分の役割ですわ。そのあたりの見極めは難しいですけども」

 

「ややこしいですね……」

 

「そう難しく考えなくても構いませんわ。……そうですわね。たとえば、玉入れで考えてみますか。明日、全校でやるでしょう?」

 

 

 むむむと唸り出した夢月さんに、白井さんはホワイトボードを使いながら、

 

 

「大覇星祭における玉入れは、大きく分けて三つの役割に分かれます。玉入れ係、妨害係、そして妨害から自陣の重要人物を守る護衛係です」

 

 

 白井さんは、ホワイトボードに三つの丸を書く。それぞれに玉、妨、護の文字が書かれた。

 ここまではシンプルな話なので、GMDWの面々も素直に頷いている。俺も頷いている。

 

 

「このあたりの役割の見極めが一番肝心ではあるのですが──まぁ大丈夫でしょう。そのあたりはレイシアさんが詳しいでしょうし」

 

 

 えっ……買い被りだぞそれは。

 レイシアちゃんはそういうの上手いかもしれないけども。

 

 

「玉入れ係の役割はカゴに玉を入れることで、行動方針もそれを基軸にする必要があります。妨害されないよう動き回るとか、玉を落とさないように受身をとるとか、そういう立ち回りですわね」

 

「玉入れ係は玉を入れる為に動くべきであって、他の仲間を助けたりなどはやる必要がないということですわね」

 

「ええっ! そそそ、それってちょっと冷たくは……」

 

「レイシアさんの言う通りですわね。情に流されて自分の役割を放棄すれば、それは回り回って全体の機能不全にも繋がります。それを頭に入れて行動することが、戦略への第一歩ですわ。……このあたりは、レイシアさんなら言われずとも分かっていると思いますが」

 

「いやいやいや、勉強になりますわ」

 

 

 意識したことないもんね、俺。

 というか俺こそが情に流される人筆頭みたいなところあるし……。

 

 

「で、ですが……それでは玉入れ係の人は早晩やられてしまうのではっ? いくら損耗を避けないといっても、それではすぐに集団行動ができなくっ……」

 

「その通りですわ。ですから、その為に妨害係や護衛係が動くのです。そして損耗が出た場合は、必要に応じて人員を別の班に振り分ける。そうすることで、常に緊密な連携を取り合うことができますわ」

 

 

 白井さんはそう言って、三つの丸を線で結ぶ。

 

 

「……つまり、連携と戦略によって、集団を『一つの意思によって統率された部隊』にするというわけですわね」

 

「なるほど! 流石は白井さん! 風紀委員(ジャッジメント)で普段から実践しやがってる人の言葉は説得力が違いやがりますね!」

 

「……………………、」

 

 

 あ、白井さんが目を逸らした。

 ……まぁ白井さん、なんかあったら独断専行、始末書は後から書けばいいのです派だもんねぇ……。

 

 

 


 

 

 

 その後も、連携時のコツだとか失敗したときのリカバリ方法だとか、白井さんには様々なアドバイスをもらったし、派閥メンバー同士で意見を出し合ったりもした。

 夢月さんと燐火さんだけ名前呼びでなんか不公平だ、みたいな派閥メンバーの不満が出たりもしたが……。

 

 そんなこんなで今──俺は、アルファチームと共に行動している。

 

 桐生(きりゅう)千度(ちたび)さん。阿宮(あみや)好凪(すなぎ)さん。恒見(つねみ)意近(いちか)さん。

 

 千度さんの能力は『瞬間蒸結(ハイドロボム)』。水流操作(ハイドロハンド)系能力の亜種で、操った水を凍らせたり水蒸気爆発を起こしたりすることができる。

 

 好凪さんの能力は『虚空掌底(ホロウバルム)』。掌から『真空の塊』を放つ大気系能力の亜種で、応用すればちょっとした気流操作もできる。

 

 意近さんの能力は『瞬間粘着(クリアテープ)』。触れた部分の分子間力を操作して粘着力を高める能力で、副次的に触れた箇所を頑丈にする。

 

 

 一年生である好凪さんを除いた千度さんと意近さんは大能力者(レベル4)で、元々レイシアちゃんが集めたGMDWの前身派閥の構成員だったりする。

 こんな感じで、チームは能力の相性というより元々の派閥によって分割しているのだ。能力の相性なんてぶっちゃけ工夫次第でいくらでもどうにかできるしね。極論、炎と水でも蜃気楼だのといった光学操作に応用できるんだし。

 

 ともあれ、こんな感じで集めた三人の『役割』は、全軍の移動の要となった俺の護衛。

 一応大能力者(レベル4)ということになっている俺は、これ以上亀裂を使った攻撃とかはできない。だから、俺はこの三人を上手く使って敵からの妨害を切り抜けないといけないわけだ。

 

 

「……ききき、来ましたね」

 

「が、頑張りますでございます!!」

 

「気張りすぎではありませんかぁ~? 二人とも、わたくしがいるのですから、大船に乗ったつもりで~」

 

 

 ──遠くから、土埃を巻き上げながら敵が攻めてくる。

 やはり大部分は空から襲い来る常盤台生に対する対処に追われているようだが、その中の一部が俺の存在に目をつけたらしい。

 常盤台生の妨害をものともせず、こちらに向かって襲撃をしかけてきた。

 

 さて!

 

 

《レイシアちゃん! 頑張ろう!》

 

《ええ。ここからが再起を超えた、わたくしの……いえ、わたくし達の》

 

 

 大きく息を吸って、

 

 

「GMDWの、『飛躍』の序章となるのですわ!!」

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

五五話:玉入れ Fiance(_or_Villain).

 

 

 


 

 

 

「レイシア=ブラックガードだ! アイツを倒せば『亀裂』は解除される!」

 

「『亀裂』がある限りこっちに勝ち目はない! 玉の方は一旦捨て置け! 最大戦力でアイツを抑えるんだ!!」

 

 

 

 まず最初に攻めてきたのは、念動能力(テレキネシス)系の能力者だった。

 巻き上げた土埃をかき集めているのか、土の槍をこちらへ高速で飛ばしてきた。だがこの程度ならば──

 

 

「むむむ、無駄ですわ!」

 

 

 ゴボォ!! と。

 千度さんの能力によって発生した水の塊が、土の槍を阻む。

 千度さんの能力は大能力(レベル4)にしては出力が低めだが、水を用意しなくても空気中の水分をかき集めて水塊を作れるという利点がある。こういう持ち込み不可な競技ではかなり有用な能力だ。

 

 

「意近さん」

 

「承知しましたわ!」

 

 

 千度さんが水を準備したのを見計らい、俺は合図を出す。

 答えた意近さんは、千度さんが作り出した水塊に手を触れた。

 

 ……意近さんの能力は触れたものの粘着力を上げる能力だが、これの原理は『分子間力』の操作にある。要は分子同士がくっつく力を操作することで、粘着力を上げているわけである(厳密にはちょっと違うらしいけど)。

 これは余談だが、この分子間力というのは大能力者(レベル4)だったときの白黒鋸刃(ジャギドエッジ)が干渉していた領域の力で、意近さんがGMDWに入ったのもそこが関係しているんだとか。

 

 さて、ここで重要なのは、粘着力を上げる能力は別に『見えないテープを貼り付けている』とかそういうわけではないということ。

 彼女がその気になれば、ツルツルのガラスの粘着力を上げたり、サラサラの紙の粘着力を上げたりなど、とにかく材質によらず粘着力を上げることができる。それも、大能力者(レベル4)だからそれこそ果てしなく広範囲にね。

 

 つまり──

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゴボボ! と、千度さんの操る水塊が泡を立てて動く。

 本来なら水の粘着力が上がると、水同士がくっついて動けなくなってしまうのだが、そこは大能力(レベル4)水流操作(ハイドロハンド)。彼女は色々あって、水を分子単位で操作するけっこう珍しいタイプの水流操作(ハイドロハンド)なのだ。

 だから、うまいこと『粘着力を上げられた水分子』をくっつけないように操作し──敵の足元に展開することができる。

 

 

「うわっ!? なんだこれ……足が動かないぞ!」

 

「トリモチか何かの能力者か!? なんでもありかよ!」

 

「砂だ! 砂を被せれば何とかなるぞこれ!」

 

「靴脱げ靴! 多少痛くても我慢するんだ!」

 

 

 相手校の方は、それぞれワイワイと千度さんと意近さんの合わせ技に対して挑んでいる。

 もちろん、彼らが言ったようにこれだけではいくらでも対策なんてされてしまう。靴を脱いだり砂を被せたりするだけでも、少なくとも粘着は効果がなくなるわけだしね。

 

 でも、忘れちゃいないか。

 

 この競技は、何も俺達だけでやっているわけじゃないということを。

 

 

「おーっほほほほ! 迂闊ですわね! この常盤台の風神がいることをお忘れかしら!」

 

 

 『亀裂』の上から、暴風が叩きつけられる。

 モロに強風のあおりを受けた相手校の選手たちはいっせいに水の上に転がり、そして粘着力の餌食となっていた。

 

 

「わたくしも……わたくしも何かしなくてはでございます!」

 

「そうですわね……。そろそろ粘着による妨害も十分でしょう。風を使って砂を巻き上げて、妨害係の手助けをしてあげましょう」

 

「風……苦手なんですよねでございます」

 

 

 そんなことを言う好凪さんの手から、不可視の塊が放たれる。

 好凪さんの虚空掌底(ホロウバルム)は気体を分子レベルで操ることにより真空地帯を生み出す能力なので、別に真空地帯に斥力的なチカラが発生するわけじゃない。

 射程距離もそこまで長くはできないし、咄嗟の応用に優れているというわけではないのだが……、

 

 

「以前教えたとおりにすれば、大丈夫ですわよ」

 

 

 『真空地帯を生み出し、解除することによる応用』にかけては、俺達の右に出る者などいない。派閥の後輩のよしみもあって、最近は好凪さんも風を操る応用が板についてきた感じだ。

 

 

「うわっぷ!? 砂で……前が見えない!」

 

「ちくしょう! 今相手の得点はどうなってる!? なんでこんなに妨害がキツイんだよ!?」

 

「クソったれこれもう防御も攻撃もろくにできない状態になってないか!?」

 

「能力を使うな!! 当たるから! 当たってるから! さっきからこっちに念動能力(テレキネシス)飛ばしてるの誰だ!?」

 

「三組の須永が浮いたァ!!」

 

 

 予想通り、阿鼻叫喚である。

 

 余裕すぎた為、レイシアちゃんは『亀裂』の余力を使って椅子を作ってゆっくりと腰かけている。正直油断しない方がいいんじゃ……と思ったけど、俺は警戒しているし、こういう風に女王様っぽくするのは演出上とても大切なことなのでしょうがない。

 常盤台の内外に、『レイシア=ブラックガードによってこの戦略は成り立ってるんですよ』というのをアピールしないといけないからね。

 

 そうこうしているうちに、

 

 

「行くわよぉ!」

 

 

 砂鉄を使って玉をめちゃくちゃ集めた美琴さんが、一気にそれをカゴにぶち込む。

 相手も念動能力(テレキネシス)でカゴを防御していたらしいが……流石に相手が悪い。相手の防御を強引にぶち破り、美琴さんが玉を入れた結果──

 

 

『競技終了。赤玉が全てカゴの中に入ったことにより、常盤台中学の勝利となります』

 

 

 ──決着がついた。

 

 ……いやぁ、やっぱりすごいね『五本指』の一角。

 まぁ、俺たちもその実力の一翼を担っているわけなのだが……。

 

 

 


 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 競技が一段落ついた俺は、競技場脇にあった休憩所で少しだけ休んでいた。

 この玉入れは一日目の目玉だが、最後の競技というわけではない。この後も二つほど競技があるので、俺は体力の回復に努めているのだ。

 常盤台のみんなは、午前中の惨敗の苦い記憶に完全な形で挽回したと喜んでいたけど……正直俺は気が気じゃないよ。大会が進むにつれて、向こうも情報を集めてくるわけで……。いつ俺対策が完璧な学校とぶつかることやら。

 

 

《シレン。休憩中くらいは頭を休めた方がいいですわよ。というかアナタが勝手に脳を使うと、わたくしも頭が疲れますわ》

 

《あ、ごめん。やっぱり心配でねぇ……》

 

 

 今回の競技、GMDWの連携は完璧だった。

 食蜂さんの派閥の子の連絡もあって、護衛・攻撃・妨害のみんなが一丸となって戦えていたしね。でもちょっと……不安要素もあるのだ。

 

 

《なんかみんな、やけに張り切ってたよね》

 

 

 いや、やる気があるのはよいことなのだ。

 GMDWの組織力が高いことが分かれば、それだけ俺達の超能力(レベル5)認定も早まるわけだし……でも、なんというか……そういうのとは違う、何か危うさにも似たものを感じたりもするのだ。

 

 

《言わんとしていることは分かりますわ。……好凪あたりは、どこか空回りしているようでもありましたし。わたくしが指示を出していなかったら何をしていたか》

 

《うーん、そうだよねぇ》

 

 

 役に立たなければ、と思う気持ちは大事だと思う。少なくとも、何もしなくていいやと思うよりはずっといい。

 でも、それが強迫観念になりかけているようだったら問題だ。やっぱり、俺達の超能力(レベル5)認定がプレッシャーになってるのかな? でもこればっかりはどうしようもないことだし……。

 ……何か上手いストレスの解消法とかないかなぁ。今日の夜みんなで遊んだりした方がいいかもしれないな。

 

 

《……夜は上条にアタックをかけようかと思っていたのですが》

 

 

 レイシアちゃんも、どうやらそっちより派閥の方を優先した方がいいと思っているらしい。上条さんと会うのは大覇星祭中いつでもできるもんね。というかレイシアちゃんいつの間にそんな算段つけてたんだ。

 

 

《まぁなんにせよ、婚約破棄がスムーズにいきそうなのですから、我々の心労もそこそこに軽減され──》

 

 

「──いやいやいや。探したよ、レイシアちゃん」

 

 

 と。

 その声を聞いて、一瞬、身体がびくんと強張った。

 ……これは俺の驚愕じゃない。レイシアちゃんの緊張だ。これは。

 

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに自然体の──『研ぎ澄まされたリラックス』状態になると、俺の、いやレイシアちゃんの身体は、スムーズに声の主へと振り返った。

 笑みは完璧。

 しかし目は笑っていない──そんな美貌を向けて、レイシアちゃんは()()()を見る。

 

 そして、口を開いた。

 

 

「あら。久し振りですわ、塗替様」

 

 

 長い黒髪を白い布で後ろにまとめた、温和な笑みの美青年。

 俺達の()婚約者──塗替(ぬりかえ)斧令(おのれ)が、そこに佇んでいた。






【挿絵表示】

画:柴猫侍さん(@Shibaneko_SS

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