【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
俺は──というかレイシアちゃんは、上条さん達との別れもそこそこに次の競技の会場へと急いでいた。
上条さん達は去り際に何かを言っていたが、正直それどころではない。『亀裂』を展開して空を駆けて、息が切れるのもお構いなしに会場の、常盤台用控室まで到着したとき──既に異様さはあらわれていた。
常盤台用控室の外に、かなりの数の常盤台生がいたのだ。まるで、締めだされたみたいに。
俺たちがやってきたのに気づいたと同時に、その場の生徒達の視線が一斉に俺たちに集まる。
……視線が集中したのもそうだけど、何か変な違和感があるな……。なんかこの感じ、覚えがあるような……。
「……あの、これは?」
「…………あ」
その中の一人に声をかけてみるが、気付いた生徒は気まずそうに顔を伏せて俺から視線を逸らす。
それを見て、気付いた。
……これ、前世の俺の時と同じやつだ。
末期がんだと分かって、友達、同僚、病院の人たちなんかから向けられたのと、同じやつ。
『俺』という存在の上に、見えない
「レイシア、シレンさん」
「…………美琴さん」
そんな俺達に声をかけてくれたのは、美琴さんだった。
美琴さんの表情は、やはり心配そうに曇っている。例の件のことも既に知っているのだろう。当事者になった美琴さんとしては、やはり色々と思うところがあるのかもしれない。
「……」
感情的になりそうになる自分を抑えて、俺はあたりを見回してみる。
やはり……いない。
さっきの違和感の正体を確信した。……いないのだ、GMDWの面々が。
この異様な雰囲気、そしてみんなが控室の外に出ているという事実……。
「……ん。ちょっと心配してたけど、その様子なら
美琴さんはそう言って、肩を竦めて見せた。
おどけた調子だが、やはり声が堅い。
「察しの通り、あの子達は控室の中にいるわ。みんなして酷く落ち込んでいたから、今は、そっとしてあげようと思って。……アンタが話を聞いてあげて。私は……」
そこまで口にして、美琴さんは静かに俯く。
そして血を吐くように、言った。
「……私は、そんなことする資格ないから」
「そ、そんっ、……」
『そんなことない』……そう言いかけてから、俺はさっきインデックスに言われたことを思い出して口を噤んだ。
……だって、そんなことないかどうか判定を下していいのは、この世でただ一人。レイシアちゃんだけだ。俺は……少なくとも自殺未遂に関しては、『後から知った部外者』だから。
その心の動きはレイシアちゃんだけのものだし、俺が勝手に定義していいものじゃない。
「卑怯ですわよ、御坂美琴」
「!」
口を噤んだ俺に代わって、レイシアちゃんは鋭くそう返した。
「開き直れとは言いませんし、酷な話ですが…………せめて胸を張りなさい。アナタは、正しいことをしたのだと」
「た、正しいって……! だって現に、アンタは私のせいで、」
「わたくしは!!!!」
何かを言おうとした美琴さんの言葉を遮るように、レイシアちゃんは声を張り上げる。
通路にいた常盤台生の全員が、思わずレイシアちゃんの方へ視線を向けた。
あるいは、それすらレイシアちゃんの思惑通りだったのか──集まった衆目に向けて、レイシアちゃんは吐き捨てるように、
「……わたくしは、あの挫折の先に、こうして立っているのです。ここに至るまでに、わたくしに不要なモノなどなかった。全てが、わたくしを作り上げるのに必要なモノだった。遍く並行世界を見渡しても、このわたくしこそが最も幸せな未来だったと、断言できます。だから、負い目に感じる必要などなくってよ。……
その言葉からは、煮えたぎるような怒りが溢れていて──美琴さんは思わず、たじろいで後ずさりした。
でも、多分違う。
レイシアちゃん、今の一言って………………。
正直、限界なんてとっくのとうに迎えてたんだ。
だって、俺にとってはそれだけで十分だったから。
新しい命、新しい人生、新しい未来。それだけで十分だったのに……それを一緒に歩ませてもらうだけで、他にはもう何もいらないって思えたのに。
なのに急に、上条さんとの関係とか、自分の気持ちとか、他の女の子達との戦いとか、レイシアちゃんの気遣いとか……考えることがいっぱいで。
そんなときに、あんなことがあったから。
多分、きっかけなんかどうでもよくって。
だから、俺は────。
──お通夜ムード、そういう表現がぴったりだった。
控室にいたGMDWの面々は、それこそ人が死んだような沈痛な面持ちで、入室した俺たちにも一瞬気付くのが遅れるほどだった。
……いや、実際に彼女たちの中では、死んだのか。今までのイメージのレイシアちゃんは、多分死んだ。だからこんな……。
「ごめんなさい」
口を開いたのは、夢月さんだった。
最初はその謝罪の意味が、自殺未遂についてだと思っていたが……、
「
…………へ?
「知っていた上で、黙ってたんです。……知らないふりをしたんです。言っちまったら、もう今までの関係ではいられないと思ったから。レイシアさんもそれを望むだろうって言い訳して、隠して……そのせいで、そのせいでっ、こんな、こんなことにっ」
「違いますっ!! あたくしだって同意しましたっ。派閥みんなにこのことを隠すように指示したのはあたくしですっ! あたくしがっ、あたくしがそんなこと言わなければこんなことにはっ……!」
…………その後は、もう何がなんだか分からなかった。
私が悪いんだ、私があそこでああしておけば、私が、私が……。
なんだ? なんなんだ? これは? なんでこの子達、自分のことを責めているんだ? 状況はよく分からないけど……仮にこの子達がレイシアちゃんの自殺未遂のことを知っていたからと言って、こんなの、GMDWの子達が黙ってたからどうこうって話じゃないのに。
いったい何がどうなって、こんな意味の分からない状態に……。
「──いい加減になさい!!!!」
それを見て、ついに堪忍袋の緒が切れた人がいた。
「どいつもこいつも、口を開けばぐちぐちぐちぐち……なんですの? そんなにわたくしが自殺しようとしたことは痛ましいことなんですの? そんなにわたくしは『かわいそうな子』なんですの!?」
………………。
「そりゃあ、哀れではあったかもしれませんわ。自分でも、今振り返ってみれば同じように思います。何も知らない、知ろうともしない、哀れな女だったと! でも! 今のわたくしもそう見えますか!?」
…………それは。
その言葉は、
「わたくしは、支えられていないと折れてしまいそうな弱弱しい女ですか!? そうやって気を遣い、詫びなければ潰れてしまいそうな脆い女ですか!? 違うでしょう!! わたくしを己の女王だと認めたのは……己の半身だと認めたのは、どこの誰ですか!!!!」
…………それは、俺に言っているんだね、レイシアちゃん。
確かに、言う通りかもしれない。
お父様の一件に関しても、俺があんなに怒っていたのは、そもそも『俺が憑依したこと』を根本的には悪いことだと思っていたから……といえるだろうし。
レイシアちゃんとしては、俺がこの期に及んであの自殺未遂を『悲劇』だったととらえてるのが、みんながそう思っているのが……そのことで誰かが責められるのが、我慢ならないんだね。
「あの事件があったから、わたくしはアナタに会えた! アレは愚かな女の馬鹿げた行動だったかもしれないですけど、悲劇なんかでは決してありません! だから……遠慮しないでください! アナタは『第二人格』なんかじゃありません! 『もう一人のレイシア』でもない! アナタだってれっきとした『本物のレイシア=ブラックガード』なのですから!!」
分かったよ、レイシアちゃん。
レイシアちゃんの気持ちは、よーく分かった。
「それなら、レイシアちゃんももう少しわたくしのペースに合わせてくれたっていいのではなくて?」
「はっ……?」
「し、シレンさん……?」
ずっとずっと、我慢してたけどさ。
俺はレイシアちゃんの第二人格だから、レイシアちゃんが俺のことを想ってやってくれてることだから、そう思って、やりたいようにさせてきたけどさ。
「もう……わたくしはいっぱいいっぱいなんですのよ!! 上条さんのことが好きとか! 婚約者とか!! わたくしにも分からないわたくしの気持ちを、どうしてレイシアちゃんに決めつけられないといけませんの!?」「はっ……!? いやだって、そんなの傍から見ればどう見たって、」「わたくしには分からないんですのよ!! そんなの!!」
恋とかそんなの前世でも全然だったっていうのに、いきなり『お前には自覚していない感情がある』とか言われてお膳立てされたって、そんなの納得できるわけないだろ!!
自分でもしっくりきてない感情で、他の女の子達の恋路を邪魔して、それで傷つかないわけないじゃないか!! 俺が!!
「他でもないレイシアちゃんなら、分かるでしょう!? なのになんで強引なことばっかりしますの!?」「だ、だってっ、それはシレンが……わたくしは、よかれと思って、」「わたくしだって!! 今までよかれと思ってやってたんですのよ!!!!」
俺がよかれと思ってやったことには怒るくせに、レイシアちゃんがよかれと思ってやったことは受け入れなきゃいけないなんておかしな話じゃないか!?
「だったらシレンだってもうちょっとハッキリ言えばよかったじゃありませんの! わたくしだってちゃんと言われればもう少し自重しましたわよ!」「この期に及んでわたくしのせいですの!? わたくし何度も言いましたわよ! もうちょっとお手柔らかにって……。なのにレイシアちゃんが聞かなかったんじゃありませんの!」「なっ……!」
「あ、あのー……? お、お二人とも……?」
「へ? ……ああ、確かに今はそれどころじゃありませんでしたわね……」「なんですの。そんなわたくしの気にしてることが下らないことみたいな」「そうは言っていないでしょう!? そうやって拗ねてはあてこする癖はどうにかした方がいいですわよ! 美琴さん相手とか、わざと傷つく言葉選びをしてること、あるでしょう。ああ見えて美琴さんはしっかり傷ついてますし、そういう小さなところから……、」「今度はお説教ですの!? 大体、シレンはいつもそうですわよね。どこか上から目線というか……ちょっと自分の方が大人だからって、」
「お、ふ、た、り、と、も!!!!」
「はいっ」
声を張り上げた燐火さんに、俺達は一旦言い争いを中断して向き直る。
ああ……そういえば、なんか頭に血が上ってたけど、今は本当にそれどころじゃなかった。まずは皆の心のケアを……、
……と思っていたのだが、なんか肝心の皆の方は、いい感じに脱力しているというか……呆れているような? いやまぁ、呆れるか……。目の前で二重人格者が人格同士で喧嘩してたら、とりあえず呆れるよな……。分からんけど……。
「……まずっ、申し訳ありませんでしたっ。お二人のことを、信じてあげられず……」
「私も……失礼しました。そーですよね。私達が認めた『女王』ですもんね。信じねーなんて不義理でした」
そう言って頭を下げる二人……いや、派閥の面々。
そこには、やはりまだ戸惑いこそあれど、必要以上の罪悪感はなさそうだ。……結果的に、あの喧嘩がみんなの緊張をほぐすいいきっかけになれたのかな?
《……まぁ、一旦休戦ですわ。今はそれどころではありませんし》
《そうだね。まずは、目の前の問題から解決していこう》
とはいえ、どうしたものか……。
自殺未遂。そこにレイシアちゃんが含むところを持ってないとしても……世間はそうはとらえてくれない。
ゴシップサイトはこぞって面白おかしく書き立てるだろうし、GMDWのみんなに対しても心無い声が飛んでくるかもしれない。常盤台だって揺らぐだろうし、そうすれば逆恨み的に俺達に恨みを持つ学生だって出てくるかもしれない。
早いところなんとかしないと……というか、どこからどう漏れて、これが俺達に解決できるのかってところもよく分かってない。
分かってないから、みんなして現実逃避的に
「…………あの!」
と。
そこで、声を上げる派閥メンバーが一人。
「……好凪さん?」
それは、GMDW唯一の一年生メンバー、阿宮好凪さんだった。
真面目だけどおっちょこちょいで、学究会で発表した研究のときは、データを巻き戻してしまったこともあった子だけど……。
「一つ……わたくし、気になることがあるでございます」
阿宮さんは緊張で震える声を落ち着けて、ゆっくり息を吸ってから言う。
「この『スキャンダル』…………誰かの、
レイシア:色々あったけど自殺未遂したからシレンと出会えたのにテメーいっつもアレが悲劇だったみたいに言いやがってよ~~!!
シレン:恋愛関係いつも俺を蚊帳の外にして勝手に進めるのいい加減にしてくれない!?こっちにも色々心の準備ってものがあるんですけど!!
……まぁ今回の一件とは関係ないんですけど、二人とも溜まった鬱憤が決壊しちゃいましたね。