【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「お、おおあっ!?!?」
前略。
炎と重油で構成された巨人――――
マンション二階からの跳躍――怪我をするレベルではないが、気楽に飛び降りられる範囲でもない。これまで何度となく修羅場をくぐってきた上条だからこそ選び取れた選択だっただろう。
だが…………上条は『不幸』だ。
彼の落下する先は、自転車置き場だった。
「ひっ、わああァァァああああああああああああああ!?」
何とかバランスをとって自転車と自転車の間に降り立とうとしたが、不幸に愛された男上条当麻にそんな幸運が許されるはずもなかった。辛うじて自転車の座席に飛び降りた上条は、そのまま吹っ飛んでマンション前の路上に飛び出してしまう。
「………………っ!!」
しかし、それでも勢いは止まらない。
咄嗟に両腕で受け身を取ろうとするが、このままでは間違いなく車道に飛び出すコースに、
「
少女のものらしい、甲高い悲鳴が響いた。
その瞬間、上条は空中で誰かに衝突し、その勢いを止める。
自然とその少女を路上で押し倒すような形になってしまった上条は、不意に柔らかいものに顔をうずめている自分を自覚した。
…………それから、マズイ、と思う。
「………………あの。何をしていらっしゃるのか…………しら……?」
この柔らかいのは、女の人のお胸だ。
***
***
実験の結果、やはり
詳しい原理については――――説明すると長くなるので省くが、掻い摘んで説明すると能力の干渉力(?)が上がったことによってより小さな分子にも干渉できるようになった、ということになる。
ちなみに、『能力』を維持している間は流体であろうと『亀裂』の範囲には流れ込めなくなっているらしい。何でも、『亀裂』の中には『二つの物体を分かつ力場』が展開されているんだとか。瀬見さん曰く『応用すれば、ある種の気流操作も行えるようになるかもしれないわ』とのこと。
やっぱり能力が強くなると、応用性もグッと上がるものなのかもしれない。『
…………まぁ、だからといって最終下校時刻まで実験漬けっていうのはちょっとキツかったが。
第七学区まで研究所の車で送ってもらった俺は、このへんの地理を把握したいからと言って降ろしてもらい、適当に街をぶらぶらしながら帰っていた。
既に、門限に間に合うような時間ではない。
寮監様には実験が思いっきり捗った為門限に遅れるという連絡は入れてあるので、この夕闇の街を満喫したいなぁーと思ったのだ。
そんな風に学生も疎らな街を闊歩していると、
「ひっ、わああァァァああああああああああああああ!?」
と、なんだかすごい情けない悲鳴が聞こえたので、思わず足を止めてしまった。
ちょうど、此処は学生用マンションのようだった。すぐ横に駐輪場がある。一体何が、
「………………っ!!」
周辺を詳しく確認して警戒しようと思った、その時だ。
気付くと、目の前に少年が飛び込んできた。
受け止める暇もなかった。
思い切り押し倒された俺は、咄嗟に手を伸ばして受け身を取るのが精一杯だった。
…………いてぇ……。
なんか肘打った気がするし、何より胸にとても強い衝撃を受けた。おっぱいがなかったら思いっきり肋骨を強打していたであろう打撃だぞ、これ…………危ないところだった。
クソ、しかも驚いて『
混乱から立ち直った俺だったが、吹っ飛んできたコイツの方はそうでもないらしい。体格からしておそらくレイシアちゃんより年上の男だろうが…………常盤台の制服に釣られたのか? しまったな、夕方にこの格好で出歩いたりするんじゃなかった。
俺の身体はあくまでレイシアちゃんのものなんだし、中身が男だろうとハッスルする奴はハッスルしてしまうんだよな……。
……しかし、いったいこいつ何でこんなこ、
んっ。
…………いやいやいや。こいつ、あろうことか、今、俺の胸揉みやがったぞ。
自転車置き場から飛び立って女の子を押し倒した挙句、押し倒した女の子の胸を堂々と揉むとか、一体どんなアクロバティック痴漢なんだ……と思いつつ、俺はそいつの襟首を掴んで、あくまでお嬢様としての品位は保ちながら言う。
「………………あの。何をしていらっしゃるのか…………しら……?」
………………。
が、途中で、その台詞を止めざるを得なかった。
何故かって?
目の前の少年に、途轍もない見覚えがあったからだよ!!
「す、すいませんでしたァッ!!」
俺の腕を振り切ったフライングおっぱい揉み揉み痴漢野郎ことツンツン頭の少年こと上条当麻は、そのまま土下座を敢行する。
いやいや……まさかこの俺が上条にラッキースケベをされる側になるとはな……。なんか、改めて『自分が女になったんだ』って実感がわく。今まではなんというか、自分が女になったというよりは『レイシアちゃんっていう女の子の身体を借り受けている』って感覚だったんだが……。
そうだよな、レイシアちゃんの身体を借り受けているのは事実だが、それはそれとして、レイシアちゃんの意識がない状態では
………………………………冷静に考えたら、主人公にラッキースケベされて自分が女であることを自覚するって面白すぎない?
「え、ええと……わざとじゃないんだ!! その制服、常盤台か? 後で弁解でも何でもするから、とにかく逃げてくれ! 身元のことなら自称
と、上条は一気に俺にそんなことをまくし立てていた。
…………あら? ひょっとして上条、俺に気付いていない? ……そりゃそうか。あれから買い物に行くたびに上条とは何度となく遭遇したけど、会う時はいつも無用に目立たない為に大体Tシャツジーパンポニテに伊達眼鏡の格好してたからなぁ。
今の俺は常盤台の制服に白黒のドレスグローブ。髪の毛も普通にしてるから、ぱっと見分からないよな、そりゃ…………。
「上条さん、わたくしです、…………あー、私です。レイシアです」
言いながら、俺は懐から念の為忍ばせておいた伊達眼鏡を取り出し、かける。…………今の衝撃で割れちゃってるが、もう片方の手で髪をポニテにしてみたら上条も流石にピンと来たようだ。
「あ……? れ、レイシア? なんでそんな格好してんの? コスプレ?」
「なんでも何も、こっちが正常です。今までのがコスプレ、ですわ」
と、冗談めかして言うと、上条の方は唖然としていた。
……それで、さっきの上条の『逃げろ』発言だが…………。
「……………………厄介そうな事件に巻き込まれているようですわ、ねッ!!」
俺は、そう言いながら空中に『亀裂』を生じさせる。
直後、上条のマンションから、溶断された手すりが投槍みたいにして投擲される。
「な…………!?」
ただし、それは上条の頭に突き刺さる直前に、動きを止めてしまったが。
成長した
そして、流体に生じた『亀裂』は能力を維持させている限り維持される。そういう『力』が働く、という意味だ。
つまり、二つのものを分かつ力場が、そこには発生している。
これを逆用すれば、並大抵のものなら弾くことのできる透明な壁を作れる、ということでもある。まぁ、現時点では重火器を弾くのが精一杯らしいが。
「……さて、『逃げろ』と仰いましたが……上条さん。……わたくし、意外と優秀ですのよ?」
素性がバレてしまった以上、どこから情報が漏れるかも分からないので、名残惜しくはあるが敬語は封印だ。お嬢様言葉で頑張ろう。
それで、今溶断された手すりを投擲してきたヤツだが…………まぁ、見なくても分かる。時期的にも能力的にも、考えられるのは――『
思い出したよ。
そうだよそうだ、忘れてた。この世界って、『とある魔術の
ただ人物がそこに転がっているわけじゃなくて、日常の中で交流するだけじゃなくて…………こうやって、『非日常』が顔を出すのを間近で見ることだってあるんだ。
自分のことに精一杯で忘れていた。
他の誰かが危険に晒されていることに、気付けないでいた。
……………………………………………………。
行く、か。
もちろん、これから上条はスプリンクラーを作動させ、ルーンを水浸しにすることで攻略する。そこに俺の存在は必要ない。それは分かっている。
下手に首を突っ込もうとすれば、今度はレイシアちゃんの身体が危険に晒されることになる。俺はレイシアちゃんの身体を借り受けているだけであって、勝手に危険に首を突っ込む資格なんかない。それも分かっている。
馬鹿なことを考えている自覚はある。
だが一方で…………俺はこの事件の真相も、顛末も、そこで生まれる犠牲も知っている。
その過程で生まれなくても良い争いが生まれ、ステイルや神裂も傷つき、そして最後に上条は記憶を失う。
この、気のいいお人好しの『戦友』が。
…………。
そんな顛末を、今、目の前にいる少年と共に行けば変えられるかもしれないのに、無視して、自分だけ安全なところに逃げて…………それで、良いのか?
ここで上条に協力して、万が一でも記憶を守ることができたら、
そういう意味では、今俺がやろうとしていることってのは、少なくとも最低限の成功が保障されている未来にケチをつけることになるのかもしれない。
――――でも、ケチがつく
今、レイシアちゃんの身体を動かしているのは俺だが、これはレイシアちゃんの身体だ。
決断の一つ一つをとってみたって、ごまかしなんかきかない。
なら、俺の答えは一つしかありえないだろ。
俺は、心の中でレイシアちゃんに詫びる。
どんなことがあっても、この身体は無事に返すと誓うから。
…………だから今だけは、俺の我儘の為に使わせてくれ。
「レイシア…………これは…………?」
「………………
瞬間、生みだした『亀裂の盾』を維持しながらも、さらに延長された『亀裂』が空中を奔る。
一直線に、マンション二階の廊下に立つ炎と重油の巨人に殺到し……バラバラに切り刻む。
が、
「ダメだレイシア! あのデカブツを潰すだけじゃ埒が明かない! 自己再生機能があるんだよ! レイシアには信じられないかもしれないけど、マンション中に張り巡らされているルーンを残らず潰さないといけないんだ!」
「……ルーン? 自己暗示系の能力者ですか?」
と、適当に呟きつつ――なんかこういう風に魔術を解釈する人って多い気がするのだ――、またも切り刻んでやる。
「だから無駄だって……!」
「いいえ、無駄ではありませんわ」
俺は能力を使いながら、言う。
確かに、
だが一方で、壊されれば『治る』までのラグが発生するのも事実だ。
治ったそばから切り刻んでやれば。
つまり『死んだも同然』という一つの結果をもたらすことができる。
「……行ってくださいまし、上条さん! ……あのデカブツはわたくしが縫い止めますわ!」
「…………っ! 恩に着る!」
上条が駆けていくのを見送り、俺は考える。
…………これから、どうしようかなぁ……。
というわけで、ここからしばらく旧約一巻のお話になります。
悪役令嬢憑依モノは六話ほど後までちょっと休憩です。