【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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五九話:凱旋の時

 一日目最終競技は、騎馬戦だった。

 

 一校当たり、四人一組の騎馬三騎。計一二人の集団が四校同時に激突して騎手のハチマキを奪い合うという、まさしく一日目のクライマックスに相応しい目玉競技だ。

 一二人ということで常盤台の全校が参加するわけではなく、今回は派閥の云々かんぬんな力関係をやって、俺達GMDWがその枠をとることに成功した。……もっとも、枠の一二人に対しGMDWのメンバーは全員で一〇人なので、二人は派閥外からの選出ということになるのだが。

 

 

「よろしくお願いしますわ。美琴、帆風さん」

 

「ええ、まっかせときなさい!」

 

「わたくしも微力ながらお手伝いしますね」

 

 

 ……で、今回の噂のアレコレで、流石にこの状況のGMDWと一緒に普通の生徒を入れるのは(プレッシャー的にも)いかんだろう……ということで、一匹狼の美琴さんと食蜂派閥のナンバー2である帆風さんが協力してくれることになった。

 正直帆風さんが来てくれるとは思っていなかったのだが、そこのところはこう……食蜂さんにちょいちょいと事情説明をして、『そういうことなら』と快諾してもらった。

 まあ、満更食蜂さんにも利益のない話じゃないからね、今回の作戦。

 

 

「一応、もう一度説明しておきましょうか?」

 

「今回の作戦は、どっかの誰かによってバラ撒かれたアンタ達の悪評を相殺するためのもの。だから私たちは、ひとまずサポートに徹する──でしょ?」

 

「最初に作戦を聞いた時は、とても驚いたのですが……。本当に大丈夫なのでしょうか? まさかそんな……」

 

「大丈夫ですわ」

 

 

 不安そうに言う帆風さんに、レイシアちゃんが太鼓判を押す。

 いつものレイシアちゃんの自信過剰言動とは違う。今回は俺も、レイシアちゃんと同じように『大丈夫だ』と自信を持って言える。

 なぜ?

 理由などない。強いて言うなら────

 

 

 『俺達だから』、かな。

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

五九話:凱旋の時 Best_future.

 

 

 


 

 

 

「…………見ろよ、来たぞ」

 

「あの子が、自殺の……」

 

「なんか、いじめられてたって噂だぞ……」

 

「あの周りの子達が? ……ってことは、今も……」

 

「あんな平気な顔して……最悪よ」

 

 

 予想していた通り、観客席からはざわざわと、それはもう耳を塞ぎたくなるような声が聞こえてきた。

 

 声を聞く限り、常盤台そのものに対する批判はあまりなかった。

 お偉方が自分達に致命的な批判が向かないように色々と調整したのかもしれないな。その結果、観衆の悪意はGMDWの面々に向けられているようだけど。

 ……その点はクソったれな話だが、却って都合は良い。解決すべき問題が『GMDWに対して向けられた悪感情』だけになるんなら、それはもう俺達の方で解決できることだしな。

 

 世間の声なんてそんなもんだ。

 彼らは部外者だから、細かいことなんてなんも分からない。分からないから、知ってる情報だけで判断できる『正しい意見』を捻りだすしかない。

 ……でも逆に言えば、それはいくらでも覆せる評価ってことだよな。

 無責任な声を、無責任と切り捨てるな。それらの浮動票は、俺達のやりようでいくらでも『強力な味方』に変えられて――俺達には、そうする手段がまだ残されているのだから。

 

 

「…………、」

 

 

 対戦校の方も、噂については聞き及んでいるのだろう。その上でどういう心境なのかは分からないが、何やら皆強張った表情で緊張していた。

 おそらく、『向こうは大変な状況だろうけど、余計なことは考えず競技に集中するぞ』みたいな指示が内部で出てるのかな? まぁ、そうしてくれた方が俺達としても有難い。

 そこで変なコンディションになられたら、ちょっと申し訳ないからね。

 

 

「いいですか、皆さん。わたくし達のやることは、最初から最後までまったく変わりません」

 

 

 振り向かず、ただ背中越しに、レイシアちゃんは皆に呼び掛ける。

 思えば──俺達が今までやってきたことって、本当にたった一つだけだったんだよな。

 

 

「目の前の競技に、全力を尽くしなさい! あとはわたくしが何とかしてみせます!!」

 

 

 『競技をいっぱい頑張る』。

 ……奇しくも、食蜂さんのオーダーにはこれ以上ないくらい従う結果になったね。いや、まったく意図はしてなかったんだけども。

 

 

 


 

 

 

『さァて!! 第七学区・中学生の部最終種目となった「騎馬戦」の開幕だ! しかもこの騎馬戦は四校同時の四つ巴決戦! 盛り上がってきたぞ! あ、実況はこの俺海賊ラジオDJと、』

 

『解説は私、「ヘソ出しカチューシャ」がお送りするけど。……しかし今更だがこのネーミング、何とかならなかったのか?』

 

『お、適度に自尊心が傷つけられるネーミングでいい感じじゃないか?』

 

『それで喜ぶのは妹の方だけど』

 

 

 もうすっかり聞き慣れた実況解説による競技開始の合図を耳にしながら、俺は全軍の先頭で構える。

 もちろん、レイシアちゃんは騎手。そしてそれを支える騎馬は、夢月さん、燐火さん、千度さんの三人だ。

 本来は玉入れのときのように元の派閥で分ける予定だったが、今回は美琴さんと帆風さんが入るということでちょっと割り振りを調整した。

 それにまぁ……大将騎だしね。そのへんの箔をつけるという意味でも、派閥のリーダー格を集めさせてもらった。

 

 もっとも、今回に関しては班の割り振りとかそういうのは関係ないのだが。

 

 すぅ、と大きく息を吸い、

 

 

「聞いてくださいッッッ!!!!」

 

 

 同時に、『亀裂』を展開して三校の間に透明な壁を展開する。

 

 

 大声と、亀裂。

 その二つで生まれた静寂の間を縫うようにして、俺達は続ける。

 

 競技の私物化?

 けっこう。私物化は悪役令嬢の専売特許だ。

 

 

「今……わたくしが、七月に自殺未遂をしたという噂が出回っています。それは、事実です」

 

 

 直後、観客席だけでなく、競技場にいた生徒からもどよめきが発生した。

 そりゃあそうだろう。渦中の人間から、じかにスキャンダルを認める発言が飛び出したのだ。

 だが、そこで怯んじゃいけない。俺達はさらに続ける。

 

 

「それは、わたくしの身勝手からくるものでした。……挫折があったのです。自儘に振舞い、他者を省みなかったわたくしは挫折し……川に身を投げました。ですが!!」

 

 

 俺達は、言葉に耳を傾けてくれる全ての人間に視線を向ける。

 中には、携帯で話している俺のことを撮影している人もいる。……多分、この発言とかも全部SNSに上げられてるんだろうな。

 

 

「その先で、巡り合えた出会いがありました! それは、わたくしが現実から逃げなければ絶対に得られなかったであろう出会いでした。……『彼女』のお陰でわたくしは変われて、多くの友人を作ることができました」

 

 

 それはレイシアちゃんだけの言葉ではない。

 俺もまた、レイシアちゃんのお陰で変わることができて、多くの友人を作ることができた。

 そうだ。俺の『死』だって、確かに悲しくて、動かしようのない事実だったけれど。だけど、そのお陰で、レイシアちゃんと出会うことができたんだ。

 

 

「今回の件を聞いてわたくしのことを慮ってくださった方、わたくしの為に憤って下さった方。その気持ちは大変有難いです。ですが、今のわたくしの姿を見てください! ……今のこのわたくしの姿は、その挫折があったからこそのものなのです」

 

 

 観衆の反応は、ない。

 まだ反応を決めかねている──というより、俺達の言っていることの実感がないのだろう。

 どうやらレイシアちゃんがいじめられていたなんて風説すら流布されていたらしいし、そういう話を信じている人からすれば、いじめられっ子がいじめっ子を庇っている構図になるわけで、振り上げた拳の下ろしどころが分からなくなるのも頷ける。

 

 だから、俺達の決め手は言葉なんかじゃない。

 今日初めて観戦で見たばかりの小娘の一言なんかで、観衆の心が動かされてくれるとも思わない。

 必要なのは、強烈なインパクトだ。

 

 

「実況解説! 特に解説の方! アナタなら、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)がどのくらいの出力まで成長すれば超能力(レベル5)判定を得られるか分かるのではなくて!?」

 

『はぁ……? ……お前、まさか……! ……、…………そうだな、光も切断できるくらいの「亀裂」を、この競技場の空いっぱい。そのくらいまでいけば、文句無しに超能力(レベル5)と言えそうだけど、』

 

 

 

 直後。

 

 俺達の背後に、九八対からなる巨大な白黒の翼が顕現した。

 

 否、それは光すら切り裂き、空全体を埋め尽くす――『亀裂』。

 

 

 

「――――では、これならどうかしら」

 

『な、な──!? 常盤台のレイシア=ブラックガード選手の背後から……巨大な翼が生えたァ!?』

 

『違う! アレは「亀裂」だけど……。……あの悪役令嬢(ヴィレイネス)め。この場、このタイミングでそれをやるか……』

 

 

 観客のどよめきは、もはや歓声と呼んでも差し支えないレベルにまで増幅していた。

 そりゃそうだろう。

 何せ、解説が提示した『超能力者(レベル5)の条件』を満たしているのだから。

 新たなる超能力者(レベル5)。それはもう、学園都市全体を揺るがす大イベントである。

 それがこのタイミングで、堂々と公開されたのだから──話題性は十分。

 

 たぶん、これで『GMDWを守る』という最低目標は達成できた。

 本人がじきじきに『GMDWにいじめられたりはしてないし、大切な友達だよ』と言っている上に、その本人が超能力者(レベル5)になってるのだ。

 学園都市の学生としてはこの上ない成功。これ以上あーだこーだ言うより、超能力(レベル5)の誕生に沸き立つ方が楽しいし。

 

 でも、俺達の目的はそこで終わらない。

 

 

 

「────わたくしは、二重人格者です!!」

 

 

 

 …………ぶっちゃけた。

 

 

「川に飛び込んで……美琴、もとい御坂様に助けられても……わたくしは現実から諦めていました。これまで酷い扱いをしてきた派閥の友人達と向き合うのが、怖かったのです。そうしていたら、いつの間にか新しい人格が、わたくしの中に芽生えていました」

 

 

 そもそも、そもそもだ。

 ここ最近のレイシアちゃんのフラストレーションって、ここなんだよ。

 川へ飛び込んで入水自殺した。そこにみんなして同情するけど……違うんだよな。そこから繋がった出会いがあった。成長があった。

 確かにそんな挫折はしないに越したことないけど、でも、全部が全部悲劇としてまとめられていいわけじゃない。

 そこから繋がる出会いは、そこでしか得られないものだった。一面では悲劇だったかもしれないけれど、その出会いは結果的に人生の宝物になった。

 

 それを、世界中に伝えたい。

 

 勝手に俺達の出会いを『マイナスの中にできたせめてものプラス』として総括する声に──反逆する。

 

 

「わたくしの新たな人格は……シレンは、わたくしの代わりに派閥の友人達と仲直りをしてくれました。わたくしが今まで犯してきた罪を償ってくれて……新たな縁を築いてくれました」

 

 

 観客は、もう驚きが一周回ったのかかえってシンとしていた。

 まぁ、超能力者(レベル5)が二重人格って言われたらそりゃビビるよね。

 

 

「そうしてすべての問題を解決してくれたあと、シレンは消えていきました。まるでそうすることが役目であったかのように。でも、わたくしはそうしたくなかった。自分の中に芽生えたもう一人の自分と、これからも一緒に生きていたかった」

 

 

 ……改めて言葉にすると、妙な話だよな。

 

 

「二重人格という『病』について考えたら、それはおかしな話だと思う方も多いと思います。せっかく治る病を治さずにいるなんて、と。……でも、そんなわたくしの我儘に理解を示し、支えてくれる友人達がいた。彼女達の支えがあって──わたくしは、超能力(このチカラ)に至ることができました」

 

 

 言って、俺達は自陣にいる美琴を一瞥する。

 超能力者(レベル5)の中でも、美琴は象徴的な存在だ。

 唯一低位能力者から、己の努力によって上り詰めた超能力者(レベル5)。自助努力の極致と言っても過言ではない存在だ。

 

 

「ゆえに、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)はわたくしだけの超能力(レベル5)ではありません」

 

 

 俺達は、彼女とは違う。

 自分だけの力では、超能力者(レベル5)なんて目指すべくもなかった。でも、仲間達の力添えでこうしてその領域に立てた。言ってみれば()()努力の極地だ。

 

 

「わたくしの我儘を支えてくれた友人達、そしてわたくしを変えてくれたシレン……そして、シレンと巡り合うことができたあの自殺未遂。全てが!! 今のわたくしを作っているのです!!」

 

 

 ピキピキと、上空を走る白黒の『亀裂』が音を立てる。

 

 生み出された精緻な気流はやがて一か所に収束し──そして、一つの『光』を生み出す。

 

 

「わたくしの人生に、悲しいだけの思い出なんてありませんわ! 今はただ──見てください! 『わたくし達の超能力(レベル5)』を! そしてアナタがたが判断してください。今流れている報道は果たして本当にただの『悲劇』を語ったモノなのか!!」

 

 

 これで、お膳立ては整った。

 四校を隔てていた透明な『亀裂』の壁を消し、俺達は不敵に笑う。

 

 

「ご清聴ありがとうございましたわ。それでは────改めてご覧に入れましょう。仲間達と手に入れた、新たなる超能力(わたくし)を」

 

 

 その言葉に対して、呼応するように三校全てが常盤台目掛け総攻撃を始め。

 

 そしてそれが、合図になった。

 

 

 ズジャドドドドドドッッッ!!!! と。

 上空に生み出された『光』──正確には、空気が圧縮されたことによって生じた一億度のプラズマの塊の一部が、雨のように地上に降り注いだ。

 放たれた能力による三校総攻撃など、何処吹く風。豪雨の中で破壊されるビニール傘よりも呆気なく、それらの攻撃は叩き潰された。

 

 もちろん、俺にこんな小器用なことはできない。気流を操ってプラズマを作ることまではなんとかできたけど、そこが限界だ。

 一方通行(アクセラレータ)じゃないんだし、それを動かしてボーンなんてできないし、やれても危険すぎるからやらない。

 ではなんでこんな芸当ができるかといえば──夢月さんの力である。

 

 夢月さんの能力『熱気溶断(イオンスプレー)』は、イオンを操る能力。それによって高温のプラズマを生み出し操ったりもできるのだが──もちろん、単にプラズマを操ることだってできるわけで。

 そのまま運用すればこけおどしか大量虐殺にしか使えないプラズマも、夢月さんに操ってもらえば適度に加減した『競技用の攻撃』にできるのである。

 

 

「なんだか少しっ、妬けちゃいますけどっ……腹心っぽくってっ」

 

「燐火さんとも、そのうち何か考えましょうね」

 

 

 なんてことを言いながら、地面にプラズマの雨を降らせていく。

 ぶっちゃけ、戦略としては『亀裂』の盾で時間を稼いでプラズマができた時点で、俺達の勝利はほぼ確定している。

 地面に落ちたプラズマによる爆風によって吹き飛ばされ、相手校の生徒達は一人また一人と騎馬を崩して脱落していく。……改めて考えるとめちゃくちゃ危ない気がするけど、大覇星祭って基本的にこういうのばっかだからね。炎とか電気とか色々飛んでくるし。

 

 

「細かいことはよくわかんないけど、なんだか元気そうだし、いい感じじゃない?」

 

「当人が幸せだってんなら、そんなもん……これ以上外野がどうだこうだ言うのは野暮だろ」

 

「頑張れレイシア! あとシレンとかいう第二人格も! お前達と友達の超能力(レベル5)を見せてくれ!」

 

 

 観客からの声も、好意的なものばかりだった。

 表出する『浮動票』ってのは、こっちの動き方次第でいくらでも味方になってくれるもんなんだ。最初から心を閉ざして切り捨てたりなんてもったいないよね。

 

 

「これ……私たちが来た意味あったかしら?」

 

「ほ、本当に、超能力者(レベル5)だなんて……。す、凄いことになってますね……」

 

「意味ならありますわよ。美琴と帆風さん──『食蜂派閥』。常盤台が擁する二人の超能力者(レベル5)が、わたくしの『開花』に立ち会ったのですから」

 

 

 格式、という意味でもそうだが、この場合は『説得力』の補強が強い。実際に超能力者(レベル5)本人であったり、その周囲の人物が『いや、この人くらいじゃ超能力(レベル5)とは言えないね』と言ったりしていない以上、それは第一人者の目から見ても『本物』ということになる。

 

 

 それに。

 

 

「…………本番は、これからでしてよ」

 

 

 

 プラズマの雨が最後の騎馬を吹っ飛ばしたのを見ながら、俺は静かに言った。

 

 ──かくして、常盤台中学は一騎も脱落することなく、また一つもハチマキを奪うことなく、ただ他校全員のクラッシュによる『反則勝ち』によって、勝利したのだった。


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