【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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六〇話:当然の報い

 こんなはずではなかった。

 

 塗替斧令の心情を端的に説明するなら──その一言に尽きただろう。

 

 事の始まりは、サイボーグ産業に事業の手を伸ばしたところからだった。

 駆動鎧(パワードスーツ)系で一歩出遅れた塗替は、それによる機会損失を補填する為、サイボーグ産業に参入した。

 しかし、当初は医療系で圧倒的なシェアを誇れるかに見えたサイボーグ技術だったが、その後維持コストがかさむことが発覚し、産業自体がどんどん下火になっていった。

 

 その失敗を挽回するため、塗替は学園都市の技術力に目をつけた。

 高い技術力を誇る学園都市では、安価な治療法としてのサイボーグ技術が開発されていた。それでも下火であることに変わりはないらしいが、それでも『外』と比べればその差は歴然である。

 その高い技術力を吸収する為、学園都市とのパイプを構築しようとしたとき──彼が目を付けたのが、彼のビジネスパートナーであるブラックガード財閥である。

 

 塗替の亡き父は、かの財閥の総帥であるアルバート=ブラックガードの父のもとで数十年ほど働いていた。

 彼もその縁でブラックガード家とは家族ぐるみの付き合いがあったのだ。社長を継いでからは経営に専念していて関係は薄くなっていたが、それでも付き合いは付き合いである。

 

 上手く経営難を誤魔化してアルバートに接近した塗替は、やがて彼の愛娘の婚約者としての立ち位置を獲得する。

 そしてそこを足掛かりに、数年かけて学園都市の研究機関のパトロンとなり、なんとかサイボーグ産業で焼き付いた会社の経営を立て直せそうなところまでやってきていた。

 

 

 ──全ての歯車が狂い始めたのは、そのころだった。

 

 

 九月に入ってから、そのレイシアが何やら奇妙な動きをしてきたのだ。

 今まで殆ど家族と連絡をとってこなかった彼女が、何故か実家に連絡を入れたり、塗替の方に面会のアポをとってきた。

 学園都市は学生の都市外への出入りを厳しく管理しているから、『外』に出るなど大ごとである。まして、学園都市の研究機関のパトロンである塗替とは、その気になれば学園都市の中でも会うことができる。

 それでもなお、『家族と一緒に』話をしようとするレイシアの意図に不穏なものを感じた塗替は、学園都市の中に持つ己の情報網を駆使して、レイシアの真意を調べた。

 

 研究機関を伝手に使ったからか、情報は割合簡単に獲得することができた。

 

 レイシアの自殺、能力の成長──もっとも、超能力(レベル5)という話ではなく『微』成長とのことだったが──、そして、婚約破棄。

 

 塗替からしてみれば、寝耳に水である。

 経営を立て直しつつあるとはいえ、まだブラックガード財閥の助力は塗替にとって必須である。……婚約破棄など、絶対にさせられない。

 

 

「いやいやいや、第一……! 今更急に破棄なんて、そんなバカな話があるか……!? 僕は間違っていない。横暴なのはあっちの方だ……!」

 

 

 爪を噛みながら、塗替はうわ言のように呟く。

 これは、彼の思い過ごしであった。レイシアはもちろん、己の我儘による周辺の被害を認識していた。だから婚約破棄をしてもパートナー関係まで解消するつもりはなかったし、塗替の会社への援助についても父に口添えするつもりでいたのだ。

 ただ、塗替斧令はそこまでレイシア=ブラックガードという人間の善性に期待していなかった。

 彼の中のレイシア=ブラックガードは、あくまで傲慢な悪役令嬢。己の都合でいくらでも他者を振り回す童女でしかなかったのだ。

 だから彼も、相応の手段を選ぶことにした。

 

 自殺未遂の暴露を盾に使った脅迫。

 

 彼女の擁する派閥の面々を対象にして、間接的にレイシアを脅す『攻撃』だったが……効果はまるでなかった。

 それどころか、今度は彼がパトロンをやっている研究機関を通じてこちらへ接触をとってくる始末。……まるで、お前のくだらない企みなど屁でもないとばかりの豪胆さだった。

 

 たらればになるが、この時点で塗替が強硬手段を諦めていれば、きっと未来はもっと違った形になっていただろう。

 レイシアのことを目の敵にし、強硬な手段を選ぶのではなく──あくまで彼女と対話する方向に進めていれば、仮に話し合いが拗れたとしても、塗替が破滅することはなかった。あくまでも原因はレイシアの個人的な都合だからだ。

 

 だが、そうはならなかった。

 プライドの高い塗替は、レイシアの都合で自分が振り回されるという事態に無意識に激怒しており──何らかの形でレイシアに苦渋を味わわせないと納得できないという精神状態に置かれていたのだ。

 

 だから、ここで決定的に事態は悪化した。

 追い詰められた塗替は、直接レイシアに接触をとった。……しかし結果は全くの無意味。それどころか、そこでレイシアはあろうことか塗替の目の前で男の腕に抱き着いて去っていった。

 ……つまり、婚約破棄の理由は『色恋』。

 

 ふざけるな、と塗替は思った。

 そんなものの為に、自分はこんな苦境に立たされているというのか? そんなものの為に、このガキは人の人生を滅茶苦茶にしようとしているのか?

 ならば、味わわせてやる。

 己の大切なものが他者に土足で踏み荒らされる苦しみを、絶望を、そっくりそのままお前に味わわせてやる。

 

 そうして噂を流し──そして、塗替は眼前の光景を見て、再度この言葉を呟いた。

 

 

「…………こんなはずではなかった」

 

 

 彼の眼前には、白黒の巨大な翼を広げた少女がいた。

 

 まるで、彼に裁きを齎す天使のように。

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

六〇話:当然の報い Are_You_Sure?

 

 

 


 

 

 

 

『し……ッ、試合終了ォ────ッ!! あ、圧倒的だ! プラズマの雨で、一方的に三つの学校を蹂躙してみせたぞ! アレが超能力者(レベル5)の力だっていうのか!?』

 

『いや、仲間の能力と複合させているようだけど。しかし、上手く干渉値の設定をすり抜けているみたいだけど。あのプラズマはもちろん、亀裂を解除することによる風も、能力そのものではないし。能力による瓦礫がいくら積まれてもルール違反にならないのと同様に、あれではいくらでも好き勝手できそうだけど。…………ルールの整備が必要だな』

 

『しかしッ! 凄まじい戦いだった……まさかの、まさかのッ! まさかの新超能力者(レベル5)誕生!! 観客の皆、学園都市のニューヒーローに盛大な拍手を~ッ!』

 

 

 観衆の声援と拍手を耳にしながら、俺はじっと『そいつ』のことを見ていた。

 蒼褪めた顔のまま震えている男──塗替斧令。

 

 

《……馬鹿な人。そんなに怯えるくらいなら、最初からわたくしを敵に回すようなことをしなければいいのに》

 

《……そう、だね》

 

 

 もう、この状態から彼が何をしようと、遅すぎる。

 彼はやってはいけないことをしてしまった。俺達はもう、どうあっても彼を許せない。

 

 美琴さんと帆風さんをチームに迎え入れたのも、ぶっちゃけその後処理の為というのが大きかったりする。

 

 

 ブワッ!! と。

 『亀裂』による突風で宙を舞った俺は、そのまま愕然としている塗替の前に降り立った。

 続いて、磁力で飛んだ美琴さんと脚力で跳ねた帆風さんがその両脇に来てくれる。

 

 彼女達を呼んだ真の理由は、此処。

 俺達と塗替の婚約破棄──その『立会人』だ。

 

 

「れ、レイシア、ちゃ……」

 

「今は、シレンの方です。……ああ、初めまして。レイシア=ブラックガードを作る人格の一人、シレンですわ」

 

 

 ぴしゃりと言い切って、目の前に立つ男を見上げてみる。

 

 情けない男だった。狼狽しきった顔は焦燥のせいか実際より一〇は老けて見えるし、セットしていたはずの髪も汗で乱れに乱れている。

 昼間に会った時はあれほど余裕と底知れなさに溢れていたはずだったのに、今はもう……ただの小悪党にしか見えなかった。

 

 

「わたくしが此処に直接現れた理由は、もうお分かりですわね?」

 

「ま……待て! 待ってくれ! 此処で婚約破棄をして、僕達の業務提携が破談になれば、多くの人が路頭に迷うことになるぞ!? いやいや、それはダメだろう! そんなのあまりにも身勝手が過ぎるぞ!」

 

「……ほう」

 

 

 命乞いではなくこっちの善性に訴えかけてくるやり方を選んだ塗替に、レイシアちゃんは少し感心したように頷いた。

 

 

《意外でしたわ。てっきり泣き落としで来るものかと》

 

《……さっきの俺達の演説を聞いたからじゃないかな。後味の悪い解決方法はとらないだろうっていう算段でもあったんじゃない?》

 

 

 どっちにしろ、浅知恵だけど。

 

 

「何か勘違いしているようですけれど」

 

 

 そんな浅はかな希望に縋っている塗替に、レイシアちゃんは引導を渡してやる。

 こっちはそんな当たり前の懸念、ずっと前に通り過ぎてるんだっての。

 

 

「破滅するのは、アナタだけですわ。企業の保護ならわたくしやブラックガード財閥だけで十分事足ります。採算をつけることも含めて、ですわ」

 

「な……、ば、馬鹿な!? 社長は僕だぞ!? 僕が潰れるってことは、会社が潰れるってことだ!! そこを不可分にすることなんて……!!」

 

「アナタ、自分が何の後ろ暗さもないと胸を張って言えまして?」

 

 

 ちょっと考えてみれば分かることだろう。

 

 レイシア=ブラックガードの自殺未遂を広める?

 その情報、いったいどうやって仕入れたというのだ?

 噂を聞くだけなら、どこからでも手に入るかもしれない。人の口に戸は立てられないというし、研究者界隈に精通していれば知ることくらいは可能だろう。

 

 だが、それを武器にするということは、相応の『確信』があったということに他ならない。

 たとえば監視カメラの情報であったり、入院歴であったり。

 ……そしてそれらの情報は、果たして合法的に獲得することは可能なのか?

 

 

「美琴」

 

「ええ。初春さんに確認してもらったら、ばっちりあったわよ。コイツの不正アクセスの痕跡がね。書庫(バンク)に不正アクセスして通院歴を抜くなんて、大胆なことやるわよね」

 

「帆風さん」

 

「同様に、わたくし達の派閥で聞き込みを行ったところ、警備会社を買収したという情報が手に入りました。買収に応じた会社役員の証言も既に手に入れてます」

 

「な、あ…………」

 

 

 美琴さんと帆風さんから齎された『証拠』に、塗替は何も言えないようだった。

 ……俺達は競技に集中する必要があったからね。そこで、美琴さんと帆風さんの人脈を頼らせてもらったというわけである。

 そして結果はビンゴ。

 思った通り、塗替は違法な手段で『噂』の裏を取っていたというわけだ。

 

 これを出すべきところに出せば、塗替は逮捕される。塗替の会社はワンマン経営だ。トップが潰れれば……後の舵取りはこちらの自由ということになる。

 

 

「ま……待ってくれ!!」

 

「……まだ何か?」

 

「へ、へへ……す、全て計算通りだったんだよ! 君が超能力者(レベル5)として華々しくデビューするお膳立て! 僕はその為にわざわざこの芝居を打ったんだ! いやいやいや、まさか本当に君達を陥れるつもりだと思ったの? そんなわけないだろ! 大切な婚約者なんだからさ!」

 

 

 …………はぁ。

 

 この期に及んで……そんなこと言うのか。

 本当に……本当に、救いようのない……。

 

 

「もう、婚約者ではなくなりますわ。その婚約はこれから破棄されるのですから」

 

「…………!!!!」

 

「変なことはしない方がアンタの身の為よ。今、黒子──私の後輩の風紀委員(ジャッジメント)がこっち来てるから。大人しく警備員(アンチスキル)に連行されときなさい」

 

 

 じわり、と。

 

 美琴さんの言葉を聞いて、その顔色が塗り替えられていく。

 貼り付けたような薄っぺらい笑みの色から、溶けだすようにドロドロした激情の色へと。

 

 

「ふざ、けるなァァあああああッッ!!!! 俺がッ、俺がッ!! これまでお前の為にどれだけ時間を使ってやったと思っているんだ!! その恩を!! 仇で返して!! あまつさえこの俺を! 逮捕するだと!? 何様のつもりだ!! この売女(ばいた)がッ……、ぐッ!?」

 

 

 その激情のままに俺に詰め寄ろうとしてきた塗替は、しかしそれよりも前に、目にもとまらぬ速さで間に入った帆風さんによって遮られた。

 

 

「……失礼しました。ですが、今の貴方はブラックガード様に近づけるには危険すぎます。これ以上ブラックガード様に近づくのであれば……わたくしも、相応の手段をとる他ありません。どうかご自制を」

 

 

 そう言って、帆風さんは身を低くして拳を構えた。

 バチバチと紫電が迸るような錯覚さえ感じるプレッシャーを放つ帆風さんに、只人である塗替はそれ以上動くこともできなかった。

 

 

「……元々が口約束ですし、もう言葉で終わらせてしまいますか」

 

 

 そんな彼に、俺達は最後にこう言った。

 

 

 

「塗替斧令。わたくし達レイシア=ブラックガードは────アナタとの婚約を、此処に破棄いたします!!!!」

 

 

 


 

 

 

《……いやぁ、終わったねぇ》

 

 

 で、その後。

 塗替を白井さんに任せて警備員(アンチスキル)の引き渡しまでやった後、俺達は大覇星祭期間中借りているホテルに戻って一息ついていた。

 

 

《終わりましたわねぇ……》

 

《まだ実感わかないねぇ……》

 

《ですわねぇ……》

 

 

 本来はもっと長い時間かけてやるつもりだったのがこんなにすっぱり終わっちゃったものだから、俺達は二人して脱力していた。

 ちなみに。

 塗替の罪状は思っていたよりもけっこう厳しそうだった。書庫(バンク)への不法アクセスや警備会社の買収なんかも勿論罪として立件されるのだが、どうも俺のプライベートな情報をバラ撒いたというのがかなりヤバかったらしい。

 詳しい罪状とかは俺も良く分からないのだが……なんか、政治犯として処理される可能性もあるとのことだった。……なんというか、確かに悪いことをした分は裁かれるべきだと思うけど、流石にそこまでの重罪になるとは思っていなかったので、正直複雑な気分だ。でも、一方でアイツは自分の為に『GMDW』のことを社会的に殺そうとしていたわけだし、これが正常な司法の結果なのなら、減刑を求めるのも違うという気がするし……。

 

 

《でも、これから忙しくなりますわよ。詳しい手続きはお父様がやってくれますけど、塗替の会社は半ば学園都市協力機関ですからね。舵取りには学園都市内部の情勢に詳しいわたくしがかなりの割合で携わらないといけないでしょう》

 

《それに、しょうがなかったとはいえ派閥の準備もまだまだ整ってない段階から超能力者(レベル5)暴露しちゃったもんねー》

 

 

 お陰で『注目を集める』という食蜂さんのオーダーはこの上なく遂行できたけど、今度は俺達の利権を狙ってやってくる悪い大人たちを上手いことあしらわなくては。

 じゃないと俺達だけでなく、派閥のみんなまでどっかの大人に食い物にされちゃうかもしれないからね。

 

 でもまぁ。

 

 

「今日はちょっと…………休憩しましょう。大立ち回りの連続すぎて、疲れましたわぁ……」「……ですわねぇ……」

 

 

 体操服姿のままベッドにごろんと転がり、俺達は戦いの疲れを癒すようにうとうとし始めた。

 

 

 …………なお。

 

 俺達はこの時、すっかり失念していた。

 

 目に入れても痛くないほどの愛娘に突然自殺未遂だの超能力者(レベル5)だの多重人格だのと超ド級の暴露をされた両親が、どういう感情を抱くのか――という当たり前の事態に対する想定を。


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