【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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六一話:家族の時間

 大覇星祭中、常盤台生は自身の寮ではなくホテルを借りるのが通例である。

 そこで両親と同じ部屋を借り、束の間の家族団欒を楽しむわけだ。まぁ、言ってみれば昼食の時間に家族と合流するやつのスケール拡大版といったところか。

 もちろん、それは俺達も例外ではなく────

 

 

 


 

 

 

第一章 桶屋の風なんて吹かない Psicopics.

 

 

六一話:家族の時間 Families.

 

 

 


 

 

 

「レイシアっっっ!?!?!?」

 

 

 バタン!! と扉を開けて部屋に押し入ってきたお父様の心情もまた、俺達はちょっとは予想しておくべきだったかもしれない。

 

 

「お父様、」

 

「大丈夫だったかい!?」

 

 

 レイシアちゃんが何か言う前に、お父様はバッ!! と肩に手を当て、覗き込むようにして俺達の様子を伺っていた。

 ……親としての心理を考えれば当然だよなぁ。実の娘が自殺未遂とか言ってるのだ。昼間の競技なんてやめようよ云々の比ではない心配だろう。

 ……うん、お父様お母様のリアクションがすっかり想定から抜けてたことも含めて、ちょっとごめんなさいした方がいいやつだね、これ。

 

 

「お、お父様、だ、大丈夫ですから……」

 

「ギルバート。そんなことだから娘に嫌われるんですよ……」

 

 

 あ、お母様の声。

 

 

「……う、すまない。つい我を忘れていた」

 

 

 お母様の鋭いボディブローを受けて一歩引き下がったお父様は、流石に一定の冷静さを取り戻していたようだった。

 ……うあー、噂話をどうするかとか、塗替をどうとっちめるかとかしか考えてなくて、お父様とお母様のこと完全に忘れてた。どうしよう……。そういえば俺のこともお父様とお母様にはバレてるんだもんな。っていうか世界中にバレてるんだよな。

 

 ……………………ちょっと緊張するかも。

 

 

「レイシア。それと……シレン、だったね」

 

「!」

 

 

 名前を呼ばれて、思わず強張る。

 その声色に秘められた感情を読み取るよりも先に、お父様は続けて、

 

 

「ありがとう!」

 

 

 ──そして、抱きしめられていた。

 

 

「??? お父様……?」

 

「昼間に私を叱ってくれたのは……キミだろう? レイシアを救ってくれたのはキミだ。本当にありがとう!」

 

 

 いやいや、理路は分かる。分かるが……あれ? 想定していたのとちょっと流れが違うぞ?

 存在を拒絶されるとは思ってはいなかったけど、流石に許容の勢いが良すぎるというか……? もっとこう、気まずくなるとばかり思ってた。昼間の一件も踏まえていたら余計に。

 まさか名指しで感謝されてハグまでされるとは……。

 

 

《シレン。お父様はですね────子煩悩なんですのよ。二重人格なんて気にしない。愛娘の一部であるのなら、それがなんであろうと愛する。それがお父様なのですわ》

 

 

 愛情がなかったわけではない。それは分かっていた。

 ただ、まさかここまでとはなぁ……。

 

 

「……おっと、挨拶が遅れたね。改めてはじめまして、シレン。僕はギルバート=ブラックガード。キミのパパだよ。こっちはママのローレッタ……といっても、もう既に知っているよね」

 

「……はい。お父様」

 

「そう畏まらなくてもいいんだよ。僕達は親子なんだから。パパって呼んでくれてもいいんだぞ?」

 

「お父様。シレンはあんまり急に距離を詰められたからびっくりしているのですわ。もうちょっとペースを合わせてあげないと」

 

「……む。そ、そうか……。難しいな……」

 

 

 ぐう……! レイシアちゃんに気を遣われる始末……! そしてレイシアちゃん、その言い様はもしかしなくても昼間の喧嘩を踏まえてるね?

 

 

「シレン。シレンは、昔の記憶はどれくらいあるんです……?」

 

 

 と、ふと気づくと隣にお母様が座っていて、そんなことを尋ねてきた。……すっかり家族の距離感だ。

 っていうかお母様もお母様でグイグイ来るな! しかもそれでいて、気を遣われている感じがしないのが凄い。腫物を扱うような、独特の距離感がないというか……。

 

 

「え、ええと……全く……? 意識が表出してからしか……。レイシアちゃんもあまり昔のことは話しませんし」「だって話すようなことがないんですもの」

 

「そんなことないんじゃないかい? 色々あるじゃないかレイシア。ほら覚えているかい? 学園都市に行く前日の夜、パパと離れ離れになるのが寂しくて一緒に寝たこととか……」

 

「そんなの記憶にございませんわ! お父様、キライ!!」

 

「がッッ!?」

 

 

 あ、ベッドに倒れ込んだ。

 

 ……今時娘に嫌いって言われてそんな目に見えてダメージ食らう親、いるんだ……。

 

 

「まぁまぁレイシアちゃん。わたくしもそういう話は正直聞きたいですし……。というかレイシアちゃん、基本的に昔のこと話しませんもの。婚約破棄のことも、超能力(レベル5)が安定してから初めて聞きましたし……」「昔はほら……わたくしも色々アレでしたから、あんまり話して愉快なネタがありませんのよ」「あ~……」

 

 

 納得してしまった。いや納得するのは失礼だろ!

 

 

「…………すまなかったね」

 

 

 ぽつり、と。

 わちゃわちゃして解れた雰囲気の中で、お父様はぽつりとそう言った。

 

 

「キミのことを、見てやれていなかった」

 

「……、」

 

「今回の報道でレイシアが川に身を投げたと、初めて知った。二重人格のことも、超能力(レベル5)のことも……」

 

「いやお父様、それはわたくし達があえて隠していたので……」

 

「それでもさ、シレン」

 

 

 流石にフォローを入れるが、お父様はそれを穏やかな表情でやんわり窘めた。

 

 

「知っていれば何か今より現状をよくできたとは言わない。──そんなことは言えば、きっとキミ達は怒るだろう? さっきの競技を見ていたからね。それは分かるよ」

 

 

 だが、と。

 お父様はそこで、逆説の言葉を繋ぐ。

 

 

「それでも、これからもキミの親を名乗りたいのなら、僕は言わなくちゃいけない。一番辛かったときに助けてやれなくてごめんよ、レイシア。……もう二度と、辛いときにキミを一人になんかしないから」

 

「……ごめんなさい。レイシア。ごめんなさいね、レイシア……」

 

 

 二人はそう言って、レイシアちゃんのことを抱きしめてくれていた。

 それはまるで、抱きしめることでレイシアちゃんの存在を再確認しているかのようだった。

 ……そうだよなぁ。自分の子どもが観衆の悪意に晒されて、自殺未遂やら二重人格やらを衆人環視の中で告白して、そりゃあ生きた心地がしなかったことだろう。

 色々後悔もしただろうし、怒ったり悲しんだりもしたと思う。

 

 ひょっとしたら、勝手に思い悩んで命を捨てる決断をしたレイシアちゃんを叱りたい気持ちにもなったかもしれない。実際それは、正常な親心だと思う。

 ただ二人は、それを選ばなかった。起こったことを悲劇として扱うのではなく、ただ『そこにいてあげられなかった』ことに対して謝る──というのは、きっと、レイシアちゃんの想いを最大限汲み取った上での、二人の親心のあらわれだと思う。

 

 ……昼間までの二人だったら、たぶんこの機微は伝わらなかっただろう。

 それがこうして伝わったのは、あの競技での演説のお陰だ。……そういう意味では、早くも『あれはあれで良かった』と言えてしまうのかもな。

 

 

「いいんですのよ。ところでお父様、わたくし会社が一つ欲しいんですけど」「馬鹿!!!! レイシアちゃん!!!!」

 

 

 馬鹿! ほんとに馬鹿!? 何もかも台無しじゃないか!?

 

 

「じょ、ジョークですわよ……。……す、すみません」

 

 

 俺の必死の剣幕のツッコミにより、レイシアちゃんはたじたじとなりながら気を取り直す。

 うん、茶化していいところと茶化しちゃダメなところってあるからね。此処はちゃんと腹を割って本音で話すべきところ。二人が取り繕わない感情でぶつかってきてくれたんだから。

 

 

「……はぁー。わたくし、謝られてもなんと返せばいいのか分からないんですの。確かに当時は辛かったですが、今のわたくしは辛くありませんし。辛いときに謝ってもらえれば色々恨み節とかもあったでしょうけど……」

 

 

 恨み節て。

 ちょっと呆れる俺をよそに、レイシアちゃんはにこりと微笑んでこう続けた。

 

 

「もう本当に、気にしていませんの。なので、わたくしから言うべきことがあるとすれば──『ご心配おかけしました』……かしら」「わたくしからも。お父様とお母様にはご心配おかけしました。きっとびっくりしましたわよね……」

 

「うん、まぁ。ローレッタは数秒ほど気絶していたね」

 

 

 ……ああ、やっぱり……。

 

 

「……でも、いいのさ。分かったんだよ。確かに僕達はいつでもキミ達のことが心配で心配で堪らないけど──だからといって、キミ達が縮こまる必要はないんだ」

 

「ええ。……アナタにはあれだけ凄いことを一緒にできるお友達がいるんですものね。なら、今はめいっぱい冒険をするといいです……」

 

「お父様、お母様……」

 

 

 二人の言葉を受けて、俺は自然と頭を下げていた。

 

 

「ありがとうございます。レイシアちゃんを育んでくれて……わたくしを受け入れてくれて」

 

 

 ……今俺がこうしていられるのは、レイシアちゃんの心根が真っ直ぐだったからだ。

 色々とこびりついていたしがらみの先にあったものが今のレイシアちゃんじゃなければ……今の俺はなかったかもしれない。

 そういう意味で言うと、昼間は『お父様とお母様のせいで』と言っていたけど、裏を返せば『お父様とお母様のお陰』でもあるんだよな。

 

 

「……はは。やめてくれ。娘にそうやってお礼を言われるとちょっと照れる」

 

「シレンはレイシアと比べると若干素直ですねぇ……」

 

 

 俺の言葉に思い切り顔を逸らすお父様と、にっこり微笑むお母様。……まぁレイシアちゃんは素直じゃないとこあるよね。

 自分が槍玉に挙がりそうな流れになったのを察したのか、レイシアちゃんはそこで多少強引に話を逸らす。

 

 

「……それより。お父様、お母様。一つ忘れていることがあるのではなくて?」

 

「うん? 忘れていること? ……ああ! 超能力(レベル5)祝いならちゃんと考えているよ!」

 

 

 おお、超能力(レベル5)祝い。何もらえるんだろう……庭付き豪邸とかかな? 流石にそれはないか。ちょっと奮発して……ゲーム機とかだと嬉しいな。

 

 

「そうではなく。シレンの誕生日プレゼントですわよ」

 

「あ゛!!」

 

 

 うわ、すげぇ声が出た。

 ……で、俺の誕生日プレゼント? いや、俺の誕生日はまだ先だけど……。……あ、俺の前世の誕生日じゃなくて、レイシア=ブラックガードの人格としての俺の誕生日か。

 確かに、色々あって秘匿してたからまだこの世界で誕生日を祝ったことはないんだよなぁ。復活を祝ったことはあるけども。

 

 

「し、しまった……!! そうだった、シレンの誕生日パーティをしなければ! くっ、今から手配を……」

 

「お、お父様! どうかお気遣いなく……突然のことでしょうし……」

 

「う、うーん……。でもなぁ……」

 

「わたくしの気が休まらないんですのよ……」

 

 

 ほら、俺ってさ……根本的に小市民だからさ。なんかこう、お金持ちのパーティみたいなのって気後れするっていうかさ……。ほどほどでいいんだよ、ほどほどで。さっきゲーム機欲しいって言った口で何言ってんだって話だけどさ。

 デパートのケーキ屋でショートケーキを幾つか買って、フライドチキンを買って、それ食べながらワイワイやるとか……そういうので。それでも十分ごちそうだなって思うし。

 

 

《でもシレン。どうせわたくしの誕生日パーティとかきっと盛大なパーティになりますわよ。今のうちに慣れておいた方がよいのではなくて? それでなくてもこれから超能力者(レベル5)として色々引っ張りだこになりそうですし》

 

《……そういえば、レイシアちゃんの誕生日っていつだっけ?》

 

《一二月二四日ですわ》

 

 

 クリスマスイヴじゃん! 持ってるなぁレイシアちゃん。

 ……じゃなくて! そっか……。超能力者(レベル5)になった以上、学園都市の公的な色々もやらないといけないんだよね。俺も小市民だからって言い訳に逃げてばかりもいられないな。

 

 

「まぁ、いきなりいつも通りだとシレンもびっくりしそうですし、多少抑えめの会は催したいですわ。GMDWの皆も呼んで。上条とかインデックスとか美琴とかあのへんも呼びましょうね」

 

「うんうん。良いと思うよ。友達もいっぱい呼んで、賑やかな会にしようね」

 

「じゃあ、大覇星祭が終わったくらいで……」

 

 

 恐縮しながら、俺はとりあえずの要望を出しておいた。

 ……誕生日パーティかぁ。前世だと一人暮らし始めてから全然やらなくなったなぁ。入院暮らしになってからは二回やったけど、食事制限がキツくてパーティらしいパーティはできなかったんだよな。

 そう考えると、『誕生日パーティらしい誕生日パーティ』って高校時代以来かもしれないな。

 

 

「……それと、だ」

 

 

 そこで。

 これまでへにゃりとどこか頼りなさげだったお父様の眼光が、鋭いものに変化する。

 柔和ながらも、真っ直ぐな表情。それを受けて俺も思わず背筋を伸ばしてしまった。

 

 

超能力者(レベル5)のカミングアウト。正直に言ってくれ、レイシア。あれは──予定外のアクションだろう?」

 

「…………はい」

 

 

 そこにいたのは、父ではない。

 大財閥ブラックガードの総帥を務める一人の老獪な男であり──そんな『大人の社会』を生き抜いてきた先達だ。

 

 

「僕もアレは最善とまではいかなくても、ベターな選択肢ではあったと思う。ただ、地盤作りが終わってない状況で超能力(レベル5)というネームバリューが発生したのは警戒が必要だね。具体的な対応策は用意してあるのかい?」

 

「……いえ。正直、今回の件でできた常盤台上層部への貸しを使って後ろ盾を得るくらいしか……」

 

「…………常盤台の上は確か統括理事の一人だったね。それも手としてはアリだけど……応じてくるかは怪しいところだ」

 

 

 え、そうだったの!? 常盤台中学のトップって統括理事なの!? は、初耳なのですが……。ってことは、小説でもそのうち出てくるのかな、常盤台のトップの人。会ってみたくはあるけど……。

 

 

「それなら、ブラックガード財閥のコネを使うといい。学園都市に本拠を置く民間警備会社にも多少パイプがある。レイシアとシレンの準備が整うまでの繋ぎくらいはこなせるだろう」

 

「お父様……」

 

「……本当は、もっと父親らしいほのぼのした形でキミの助けになりたいんだけどね。でも、今キミが一番必要としているのはこういう助けだろう? ……まったく、誰に似てしまったんだか」

 

 

 ……そっか。

 なんとなく分かった。お父様にとっては、今の姿の方が自然体なんだ。どことなく、ドライというか……。

 だから子どもと接するとき、加減が分からないのだろう。自然体だとドライすぎるから、愛情を伝えようとする振舞いがどうしてもオーバーで、それでいてどことなくズレたものになってしまう。

 

 あ~~…………なんていうかこう…………『レイシアちゃんのパパ』って感じするなぁ。すっごくする。

 

 

「ところでレイシア、シレン」

 

 

 そしてそのまま、お父様は俺達にこんなことを聞いてきた。

 

 

「……昼間キミ達の応援に来ていた少年だが、あの子はいったい、」

 

 

 ──この後、乙女の領域に不用意に踏み込んだ馬鹿オヤジが妻と娘に精神的にボコボコにされる事案が発生したとかしないとか。

 

 あとこれは話の流れで判明して素でビックリしたんだけど、上条さんのパパとお父様、実は友達なんだってね。

 世間、狭い。




アレな時代のレイシアの話、私はめちゃくちゃ面白いと思います(面白いの意味が違う)。

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