【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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六三話:参戦

 そういうわけで、俺達は一旦食蜂さんとは別行動ということになった。

 食蜂さんの方もやることがあるということで、その間俺は──

 

 

「……やはり納得いきませんわ」

 

《まぁまぁレイシアちゃん、そう言わずに》

 

 

 全く無関係なビルの入り口でスタンバっていた。

 というのも、今の俺達は死ぬほど目立つので、それを逆に利用してやろうということらしかった。

 

 確かに最新の超能力者(レベル5)として注目されている俺を防御の駒に配置するのは、それだけで防御対象に注目を集めてしまうわけで、『なんでもない場所に俺を置く』ということが、この時期においては最大級のブラフとして機能するのは事実。

 色々ハチャメチャになって動きづらくなった食蜂さんとしても、そのハチャメチャの注目が一点に集まってくれれば却って動きやすくなるという判断がはたらいたのだろう。

 

 ただ、そんなことされれば当然レイシアちゃんは面白くないわけで。

 

 

《このわたくしを捕まえて、全くのダミーに配置するってどういうことですの!? あの女、体のいい言葉でわたくしを死蔵しようとしているのではなくて!?》

 

《そうは言ってもなぁ》

 

 

 えーと……現状、木原幻生が何やら妹達(シスターズ)を使って悪だくみをしようとしていて、その為に食蜂さんは幻生の居所をキャッチして襲撃をしかける予定だったけど、今回の騒動で幻生の足取りが分からなくなってしまった。

 なので幻生の居所を再調査している間、俺は幻生含む科学者連中の意識を集めるデコイとなる……が今の状況なわけなんだけれども。

 

 

《実際、俺もこうするのが最適解だと思うんだよね》

 

 

 策謀に関しては、間違いなく心理掌握(メンタルアウト)を持ってる食蜂さんの方が頼れるに決まっているし。

 俺が下手に出て乖離を進めるよりは、ここで歪みを一手に背負っておいた方が、バランスがとれてると思うんだよね。

 

 

《……まぁ、その言い分は分かりますが》

 

 

 そして怒っているのはあくまで感情的な問題なので、そこのところの理が食蜂さんにあるのはレイシアちゃんも認めるところらしい。俺の言葉に、レイシアちゃんも不承不承ながら同意してくれた。

 

 

《それよりも俺は、塗替の方が心配だよ》

 

《? 何か心配するようなことがありまして? 完璧に立件されて今留置所でしょう? もう何年かは出て来られませんわよ》

 

《いやそうじゃなくて……なんか色々と罪がくっついてたじゃんか》

 

 

 俺は……前世の基準で考えてたから、プライバシーの侵害とか買収とかそういう当たり前の量刑がされると思ってたんだけど、『学園都市の生徒の情報を外部に大規模漏洩した』ということで、塗替は一種の政治犯として捕まってしまった。

 まぁ、それ自体は法律の範疇だししょうがないとも思うのだが、学園都市って闇の部分があるので、政治犯なんて罪状で収監されたら、なんか秘密裡に処理とかされないかな……って心配になるのだ。

 

 

《シレンは心配性ですわねぇ。わたくしには闇とかそういうの全くないですから、わざわざ法律以上の報復をやろうとする連中もいませんわよ》

 

《でも今、俺達って木原をはじめとした学園都市中の研究者にマークされてるんでしょ?》

 

 

 そう。

 このタイミングで、『いじめてもレイシア=ブラックガードからあんまり悪印象を持たれないであろう』『レイシア=ブラックガードの過去をよく知る』『社会的に限りなく無力な存在』に対して、ちょっかいかけられないことってあるかな? と思うのだ。

 

 

《……ですが、塗替ってあんまりわたくしと親しくなかったですし、情報もないと思いますけど。それは傍目から見ても明らかだったはず。狙われるかと言われると微妙じゃないかしら。それなら、この街の『闇』の思考回路だとわたくしを直接狙う方がありえるのではなくて?》

 

《うーん……そうかも》

 

《なんにせよ、今の状況でわたくし達に起こせるアクションは限られているのですから、自分たちの安全に気を配っておいた方が賢明ですわ》

 

 

 確かに、塗替が襲われる可能性よりも俺達が狙われる可能性の方が高いか。学園都市ってそういうとこあるもんね。

 なら、今この瞬間も襲撃が発生する可能性を警戒しておかないと──

 

 

「……おや~? 思った以上にあっさり見つかりましたねぇ?」

 

 

 なんてことを話していると。

 

 噂をすれば──というわけではないが、本当に、この街の闇を象徴するような寒々しい口調の声が飛んできた。

 

 短髪──かつ茶髪の少年だった。

 血のように赤い錆紅のシャツに、黒のズボン。三日月のような笑みを表情に貼り付けた少年は、地金の育ちの良さを『何かの色』で塗り潰したような雰囲気だった。

 そしてそれらの印象を覆い隠すように、その上から白衣を羽織っている。

 何重にも印象が塗り固められた少年。

 それが、俺の彼に対する第一印象だった。

 

 

()()()()

 

 

 少年は、そう名乗った。

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

六三話:参戦 Scientists.

 

 

 


 

 

 

「や~っぱりぃ、自己紹介って大事じゃないですかぁ? 特に僕はほら、これからもあなたと仲良くしていきたいですし、」

 

「誰の使い走りですの?」

 

 

 得体のしれない笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる木原相似──相似さんでいっか。相似さんに、レイシアちゃんは開口一番にそう問いかけた。

 その言葉を聞いて、相似さんの歩みが止まる。

 想定外の質問をされたとばかりに、相似さんはいっそこちらが笑いそうになるくらいきょとんとした表情を浮かべた。

 

 

「…………はい?」

 

「木原幻生……ではありませんわよね。ヤツは妹達(シスターズ)を狙っていると聞きました。その最中にわたくしという脇道に逸れるタイプではないでしょう。とすると、別の『木原』ですか?」

 

「……、いやだなぁ。僕自身の意思ですよ! 数多さんがね、最近落ち込んでて。でもあなたが絶対能力進化(レベル6シフト)計画に現れたときは凄く悔しそうにしてたんです! だから、あなたを手に入れることができれば、きっと数多さんも喜ぶんじゃないかって」

 

「なるほど、その数多さんの使い走りというわけですか」

 

「…………ですから、それは僕の意思なんですって」

 

 

 少し気分を害したのだろう。むっとした感じで言う相似さんに、レイシアちゃんはすうっと笑みを浮かべる。

 それは、嘲る笑みだ。相手の言葉の価値を踏みにじるような、そんな不敵な笑みを浮かべて、レイシアちゃんは一言、告げる。

 

 

()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「よし、活きが良いのは分かりました。すこ~し大人しくなってもらいますか」

 

 

 相似さんがそう言った次の瞬間には、俺達の身体は上空高くまで舞い上がっていた。

 もちろん、相手の攻撃でそうなったわけじゃない。何故なら、俺の背中には白黒の翼が展開されているのだから。

 

 そしてその判断が正しかったことを、俺達は一瞬後に思い知った。

 

 

《な、なにあれ……》

 

 

 一瞬前まで俺達がいた場所は、どういうわけか砂のようにバラバラになっていた。……どういう技術だ? アレ? 木原一族の使う技術なんだからまともじゃないのは分かってたけど……ビルの一部をあんな風に砂にするような技術ってなんだよ!?

 

 

《ていうかレイシアちゃん、なんであんなハチャメチャに相手を煽ってるのさ!?》

 

《なんでも何も、相手は敵でしょう? とりあえず煽って冷静さを失わせるのはジャブみたいなもんですわ》

 

《そんな初手精神攻撃は基本みたいな……》

 

 

 ……いやまぁ、俺も一方通行(アクセラレータ)とかスタディとか相手にはけっこう煽り入れてたような。

 そう考えると、俺達似た者同士なのかもしれないね……。

 ……っていうか。

 

 

《人通りのない場所でよかったね……。こんなところで俺達が能力を使っているのが衆目に晒されたら、軽めにパニックになっていたぞ》

 

《……まぁ、十中八九あの女が戦闘になることを見越して此処に配置したのでしょうね》

 

 

 レイシアちゃんが舌打ちせんばかりの声色で言って、俺達は能力をさらに展開して空を縦横無尽に駆け巡る。

 『亀裂』の展開位置は、基本的には展開した座標に固定されて、俺が動いても解除はされない。でも、設定をいじくれば()()()()()()()座標で展開することも可能だ。

 これをやると、俺の移動にくっつくようにして『亀裂』も動く。これを応用すれば、こんな風に空を高速で移動することもできるのである。

 『亀裂』を風防みたいに展開すれば、高速移動による色々なダメージも軽減できるしね。

 

 そんな風にして目に見えない相似さんの第二射、第三射を回避しながら、レイシアちゃんは叫ぶ。

 

 

「大人しくさせるだけにしては、随分手荒ではなくって!?」

 

「やだなぁ! 安心してくださいよ! 『コレ』は共振で物質を砕くだけ。今の設定だとブラックガードさんの骨しか砕けませんので! ああ、ちなみに骨が砕けてもきちんと僕が『代替』するので問題はありませんよ!」

 

「最悪ですわ……! 木原ってそんなのばかりなんですの!?」

 

 

 くっ……初手で物質破壊音波とか、厄介すぎるだろ!

 相手の攻撃が音速とか言われたら……、……いや、待てよ?

 

 

《シレン? どうかしましたの?》

 

《ああ、いや。気にしないでレイシアちゃん》

 

「空に逃げたのは身動きを取りやすくして、攻撃の回避率を上げる為でしょうけど……甘いですよぉ! 多少威力は落ちますが、音波の範囲を広げれば逆にそれだけ広範囲への攻撃になります! もちろん、周波数を代替すれば理論上は『亀裂』すらも破壊が可能なんです!」

 

 

 そう言って、相似さんは両手を広げる。

 見ると、彼の白衣の内側には無数のスピーカーが取り付けられている。いや、それだけじゃない。彼の周囲には、スピーカーを取り付けたドローンが幾つも飛び交っていた。

 どうやら、あのスピーカーを使って音を組み合わせて任意の『破壊の波長』を作り出しているのだろう。

 

 と、そんな風に相似さんの周辺の様子をうかがっていたからだろうか。

 相似さんは、三日月のような笑みをさらに深めて続ける。

 

 

「どうしましたぁ? あ、ひょっとして物質を破壊できる波長をどうやって見つけてるのか不思議ですか!? ご安心ください。特殊な機材は使ってません! このくらいなら暗算で代替できますので!」

 

 

 研究成果──というよりは、まるで隠し芸を発表するような笑顔で、相似さんは言う。

 実際、相似さんにとってアレは隠し芸程度の話でしかないのだろう。……まぁ、俺としても別にそこはあんまり重要ではないんだけども。

 

 

「さあ! 見せてくださいレイシア=ブラックガードさん! あなたの──新たなる超能力者(レベル5)の実力を!」

 

 

 言葉と同時に、相似さんの周辺のスピーカーから殺人的な音波が発せられた。

 その破壊力はすさまじく、射線上にあったビルの一部は一瞬にして砂になった。……これを浴びてしまえば、俺達も全身の骨や歯がバラバラになって生きながらにしてクラゲのようにされてしまうだろう。

 ただまぁ……、

 

 

「なるほど、そこまで精密に物質の共振周波数を演算できる才能、素晴らしいものだと思います。ですが……その程度が通るほど、超能力者(わたくし)は甘くない」

 

 

 それで本当にクラゲになるほど、俺達も弱くはないんだけどね。

 

 

「…………?」

 

 

 相似さんが、怪訝そうな表情を浮かべる。

 無理もない。俺達も空の高速移動をやめ、確実に音波がぶつかるようなところに立っているからだ。

 にも拘らず、俺達の骨は砕けていない。

 

 

「……! まさか! ひょっとして、暴風じゃなくて……空気の振動、つまり音波を発生させたんですか!?」

 

 

 そう。

 ()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これも暴風の応用だ。

 風を操れば音も生じる。ならば、それをどんどん微細なレベルに落ち着かせれば? 透明な『亀裂』しか操ることができない状態ならば無理だろうが、今の俺達は電子レベルで物質を分断できる『亀裂』を操れる。

 その解除によって発生する事象も、同様にさらに細かい領域まで踏み込めるはずだと思ったのだ。

 

 結果は大正解。

 そよ風レベルよりもさらに細かく解除時の余波を演算することで、音波のようなものを空間に混ぜ込むことができた。

 

 まだどういう音波を放つかまでは難しいが……それでも精密な演算によって組み合わされた周波数を乱して無力化することはたやすい。

 

 

「そんなデータは確かなかったはず。この土壇場で新たな応用を編み出したと!? 面白い、面白いなぁ、やっぱり超能力者(レベル5)ならそれくらいはやってもらわ、」

 

 

 バギン、と。

 その次の瞬間、周辺に設置されていたスピーカーが全く同時に両断される。

 

 

「……迂闊ですわね。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)は確かに進化して白と黒の面を持つ刃となりましたが、かといって従来の透明な『亀裂』も併用できないとは一言も言ってませんわよ?」

 

 

 これもまた、考えてみれば当然な話。

 そもそも今回の競技で俺達は散々透明な『亀裂』を使ってきたからね。それができるなら、白黒の『亀裂』と透明な『亀裂』を同時に使用できるのは当たり前だ。

 

 

 そして。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「チェックメイト」

 

 

 つまり、攻撃に使った『亀裂』は、当然解除によって暴風を生み出すこともできる。

 

 

 ゴファ!!!! と一気に暴風が吹き荒れ、相似さんの身体がノーバウンドで数メートルも吹っ飛ぶ。

 まるで水面を跳ねる水切り石か何かのように低く地面を転がっていったあと、相似さんは完全に静止した。

 

 

《や……、》

 

《やりすぎ、ではないですわよ。相手は木原なのですから、あの程度でダウンしてくれるかどうかが既に怪しいところでしてよ》

 

 

 気流を操って近くのビルの屋上に着地した俺達は、そのまま翼を消して身をひそめる。

 

 

《……でも、どうしよう!? なんか、さっきの相似さんの言いっぷりだと、彼だけじゃなくてそもそも前の時点から数多さんが俺達のことを狙ってるっぽい感じだったんだけど!?》

 

《まぁ木原一族で実験側──統括理事会の指示を聞いて動くといったら、やはり木原数多が一番最初に出てきますわよねぇ》

 

 

 レイシアちゃんの返答も、やはり沈痛な声色になっていた。

 だってなぁ……前回に引き続き、今回も『木原』だ。これはもう……完全に、アレだろう。無関係とはいえないだろう。

 ここまで状況が揃っちゃったら、認めるしかない。

 

 

《俺達…………木原一族に本気で狙われてるよね…………》

 

 

 どう考えても、俺達は木原一族に狙われている。

 

 ……いやいや、まぁそりゃそうだろとは思うけどね? 憑依して予定外の超能力者(レベル5)なんて、どう考えても異常だし。異常なやつは研究したいに決まってるし。

 でもさ……やっぱマッドサイエンティストにがっつり身柄を狙われるっていうのは、なかなか精神的にクるものがあるというか……。

 

 ……というか、()()()木原一族に狙われてるってことは、このままここに留まっていたら、十中八九他の木原からの追撃を受けることにならないかな? 木原って確か何万人もいるはずだし……これ、一か所に固まってたらヤバイのでは?

 

 

《……逃げましょうか》

 

《そ、その前に! 食蜂さんに電話しておこう。勝手に持ち場離れて迷惑かけてもいけないし》

 

《えー……正直その暇で逃げて態勢を立て直すべきだと思いますが……》

 

 

 ほんの一分くらいで済むでしょ。こういう細かな報連相が大事なの。

 ということで、食蜂さんに電話をかけてみたのだが……。

 

 

『おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、かかりません。おかけに、ブヅッ』

 

 

《…………通じないね。食蜂さん、トンネルでもくぐってるのかな?》

 

《いや……普通に考えて電波妨害でしょう、これ。わたくしと外部とのやりとりを遮断してますわよ完全に》

 

 

 ……でんぱぼうがい。

 

 あーなるほど。偶然トンネルをくぐって電波が悪かったとかではなく、電波妨害ね。確かに、それならこんな屋上で電話をかけたのに繋がらないことにも説明がつく。

 木原一族が俺達を孤立させるために、こっちの通信手段を妨害していると。なるほど確かに、連中の目的を考えればそれが最善手かもしれないなぁ。

 うん。

 

 …………。

 

 

 

《………………………………………………………………》

 

 

 

 

 あ、これ……本当にヤバイやつだ。




今回登場した木原相似くんはオリキャラではなく、「とある科学の未元物質(ダークマター)」に登場したキャラクターです。ちなみに「とあマタ」は大覇星祭前の話です。

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