【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「! 通じた! もしもし、食蜂さん!?」
能力を使って空を逃走している真っ最中。
その間も何度か食蜂さんに電話を試していた俺達だったが、一キロほど離れたところまで移動した段階で、ようやく電波が繋がった。
幸いにも、木原一族の包囲網はそこまで完璧なものじゃなかったらしい。……向こうの方も、色々とゴタゴタしているのかな?
『なぁに? いきなりどうしたのよぉ。それより、囮としての戦果はどうなっているかしらぁ?』
「木原一族に襲われましたわ!!」
『…………は???』
電話口から、素っ頓狂な声が返ってくる。
まぁ無理もないが、こっちもその困惑につきあうほど余裕があるわけじゃない。さらに話を続けさせてもらう。
「正確には、襲撃を仕掛けてきたのは木原相似。音波を操る『木原』でした。そしてどうも、彼自身は木原数多という『木原』の意向を受けてわたくしのことを狙っていた様子。……つまりわたくしは、木原一族から組織的に狙われているということですわ!」
『は……はァ──っ!?』
それに対し、食蜂さんから返ってきたのは悲鳴じみた絶叫だった。
まぁ……そりゃそうだよね。木原一族。学園都市で高位能力者をやっていれば、自ずと知れる集団だ。殆ど都市伝説みたいな認識だが、そいつらがヤバイという話も聞く。……まぁ、『ヤバイ研究者』の噂なら学園都市にはごまんとあるんだけどね。
そんな木原一族とぶつかったなんて言われたら、普通はそうなる。俺だってそうなった。
そんな同情を感じさせる絶叫のあと、食蜂さんはさらに続ける。
『な、な、何そんな危険力の高い情報を叩きこんでくれてるわけぇ!? この土壇場で!? それでアンタ今何してるのよぉ!』
「逃走しているに決まっているじゃありませんの! あんなところにいたらこっちはじり貧ですわよ! とにかく合流しましょう!」
『嫌に決まってるでしょぉ!? 冗談じゃないわぁ! なんで私がアンタの巻き添え食わなくちゃならないのよぉ! 相手にする木原なんて幻生一人で私も手いっぱいなのよぉ!!』
う……ウワーッ! きょ、拒否られた!? いや、確かに食蜂さんの性格ならオッケーとは言わないか……。で、でもこれでけっこうヤバイ状況になってしまったのでは!? あと頼れる相手と言えば……美琴さんとGMDWの面々くらいなのだが……!
《派閥の力を借りるのはナシですわよ》
そこで、レイシアちゃんの一言があった。
……分かっているよ。俺だって『木原』が大量に押し寄せてくるっていう場面で彼女達を盤面に引き込むほど愚かじゃない。そんなの、友情とか善意とかって言葉でみんなを縛り付けて、地獄に引きずり下ろしているようなものだ。
絆っていうのは、そんな風にして使うものじゃあない。
《とすると、頼りにできそうなのは後は美琴さ、》
《上条を呼びましょう》
《はぇッ!?》
か……上条さん!? そこで!?
いや……上条さんは相性悪すぎでしょ! だって相手は木原だよ!? 使っているのは普通の科学技術!
《ここで頼るべきは美琴さんでしょ?
《シレン。忘れたんですの?》
一応真っ当な意見を言ったつもりだったのだが、レイシアちゃんは呆れたように溜息を吐いて、
《そもそも、この事件は「とある科学の
《……合流したって事実を見て、美琴さんの事件の黒幕と木原一族が結託しちゃう可能性があるね》
《あるいは、黒幕が木原一族と結託しようとして、木原一族に内部から食いつぶされるか、ですわね。そんなことになったらもう目も当てられませんわ。内側がグロテスクな極彩色に変貌した事件の中を、目隠しでのたうち回らなければなりません》
…………確かに。
《その点、上条当麻は今回フリーに決まっていますわ。何せ外伝作品ですもの。本編主人公なんかめったに顔を出しませんわよ。あと、上条なら何だかんだで上手いことやってくれるはず》
《で、でも……上条さんを呼ぶのは危ないんじゃないかな……? 相手は木原だよ……?》
《………………美琴は迷いなく巻き込もうとするくせにこの恋する乙女野郎は…………》
なんかめちゃくちゃな風評被害をぶつけられた気がするんですけど!?
『それでブラックガードさん、今アナタどこに逃走力を発揮しているのぉ? 木原と事を構えるっていうなら、色々と準備が必要よねぇ……』
と、そこで食蜂さんからの質問が飛んできた。
よかった、協力拒否即ブッチとかにはならずに済んだ……。
「……一応、第二学区を目指していますわ」
『……だ、第二学区?』
俺達の答えに、食蜂さんが信じられないことを聞いた風に問い返す。
そう。俺達は、第二学区に向かっているのだった。
第二学区といえば、
木原一族がどういう意図で俺達を狙ったのかは知らないが……連中も、流石に公的治安維持組織が大勢いるところで大規模な攻撃を仕掛けたりはできないだろう。あんまりやりすぎたら、事件を隠蔽できないし。
まぁ当然そこからでも何かしらの警備を貫通して攻撃してくる術を出してくるんだろうが、それにはもちろん時間がかかる。
まずはそうやって木原一族の追撃を遅延させ、そのうちに何かしらの糸口を手に入れようというわけなのだ。
……一応、相手のアキレス腱に心当たりがないわけでもないからね。
『だ……第二学区は……ちょっと待ってもらえるかしらぁ? そっちはあんまりよくない気がするのよねぇ』
「え……なぜですの?」
『だ……だってそうでしょう? いくらなんでも人目につきすぎるわぁ。今のアナタはただでさえ注目力を集めやすいんだから、そんなことしたら逆に人の眼で身動きが取れなくなるんじゃないかしらぁ?』
…………一理ある気がするな。
《これは第二学区に何かありますわね。もしくは今あの女が第二学区にいるか。……向かって巻き込んでしまいましょう》
《いやいやいや、それは駄目だよレイシアちゃん》
《なんでですの? シレンお人好しすぎますわよ。向こうはわたくし達のこと切る気満々なのですから、そこに気を遣っていては……》
《いや、そうじゃなくてね?》
あ~、レイシアちゃんはやっぱ食蜂さんみたいなタイプ相手だと頭に血が上っちゃうからね。
でも、冷静になって考えれば分かるはずだ。
《さっきレイシアちゃん自身が言ってたでしょ。この事件が『
《…………確かに》
……ぐあー!!
と。
そうやって透明の『亀裂』を駆使して空中を高速移動して逃げていると、ふと真下で見知った体操服の少女の姿が見えた。
常盤台の体操服を身に纏った少女の名は……知っている。彼女は、この秋に転入してきた
転入したての時に、俺を派閥に誘ってきたことがあったっけ。GMDWの派閥の長ですなんて言ったら色々可哀相だったから、適当に言葉を濁して断ったけど……。
その彼女は今、何やら小太りの少年に足蹴にされていた。
「……電話、切りますわよ」
『えっ? ちょ、待、』
「あとでかけ直します」
ブッ、と電話を切ると、俺は心の内側でレイシアちゃんに声をかける。
《……レイシアちゃん》
《みなまで言わなくても分かりますわ》
確かに、今、俺達は非常事態の真っただ中にいる。
木原一族に身柄を狙われていて、今すぐにでもどこかに身を隠して何かしらの対策を練らなくちゃいけないのは分かっている。
でも。
ここで彼女を見捨てて逃げ出してしまったら──それよりももっと大切なモノに、傷がつく。
仮にこの局面を無事に切り抜けられたとしても、癒えない古傷のような痛みが一生ついて回ることになる。
だから。
「…………そこのアナタ」
俺は、小太りの少年の背後にゆっくりと降り立った。
「婚后さん!!」
同時に、俺とは反対側、即ち小太りの少年の向こう側から、婚后さんを呼ぶ声が聞こえた。
多分、婚后さんのお友達だろう──ってあれは佐天さん!? あ、あとあれは確か……
まず、やり口が普通の学生って感じじゃあない。さりとてチンピラって感じの雰囲気でもない。なんというか……纏う雰囲気が、粘っこいというか……夏にぶつかったスタディの連中と近しいものを感じる。
「はぁ……。やれやれ。次から次へとまた『お仲間の為』かい? 全く、まるでゴキブリだね……」
あくまで挑発的な少年は、こちらの方を見ることもなくため息交じりにそう言う。
そこで、佐天さん達は俺の姿に気付いたようだった。思わずぽかんとした表情を浮かべていた。
そして────。
「…………そこのアナタ」
「婚后さん!!」
その言葉を立て続けに聞き、馬場芳郎はもはや辟易している自分を隠そうともせず溜息をついていた。
この世の摂理を知らない馬鹿にようやく身の程というものを教えてやったというのに、今度はこれだ。
人数は四人……しかしうち一人は制服からして高位能力者ではない。先ほどちらりと見えた限りでは、背後に立つのは常盤台生だった。
となると、高位能力者相手に三対一。少々分が悪くはあるが……しかし博士から譲渡された兵器にはまだ余裕がある。お嬢様など適当に口八丁で騙して足元をすくってやればいいのだし、鬱憤晴らしにはちょうどいい。
「はぁ……。やれやれ。次から次へとまた『お仲間の為』かい? 全く、まるでゴキブリだね……」
呆れの色を隠そうともせずに、馬場は言う。
それは明らかに慢心であり油断であったが、しかし彼自身はそのことに気付けない。
そこで、自分の目の前にいる三人の少女の顔色が何やら変化した。
何か……恐ろしいものを見てしまったかのような?
「アナタ達……婚后さんを連れて、病院へ。第七学区の病院ならば、すぐに治療してもらえるでしょう」
底冷えするような声色だった。
一介のお嬢様がそんな声色を発するなど珍しい。温室育ちの常盤台生であれば、怒りに震えていたとしてもしょせんチワワが吠え立てるような微笑ましい怒気しか出せないものと、馬場は思っていたが。
「……は、はい。その……だ、大丈夫ですか?」
花飾りの少女が、心配そうに問いかける。その脇にいる常盤台生の方も、やはり心配そうに眉根を寄せていた。
馬場の頭脳はそんな些細な情報からも、多数の情報を読み取っていく。
(なるほどね……。彼女達には面識があるらしい。どうやらよほど怒っているようだが、彼女が心配する程度に戦闘能力は低い、と。やれやれ、これだからお嬢様は。怒りに我を忘れて、勝てない相手に挑む、と。どれ、ここは僕が社会の厳しさというのを教えてやらないといけないかな)
どうやら、正面の少女三人が戦闘に参加するということはなさそうだ。
そこで、馬場は背後へ振り返り、その愚かな少女がいったい何者かを確認しようと──、
「無論ですわ。わたくしを誰だと思っていますの?」
──しようとして、脳が数秒ほど事実を拒絶した。
なぜ?
言うまでもない。そこに、先日発表されたてホヤホヤで今も『暗部』を賑わせている新たな
(え…………えェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!? どどどッ、どういうことだッ!? レイシア=ブラックガード!? なぜこんな場所に!? どこからどう情報をキャッチした!? ヤツは数十分前まで
絶望。
その言葉が、馬場の脳裏をよぎる。『れ、レイシアさん。一応、あまりやりすぎないように~……』という花飾りの少女の空しい声が背中に突き刺さるが、そんなことを気にする余裕もない。
馬場の脳は、生涯最高速となる思考速度をマークして生き残る術を考えていた。
(ど……どうする!? どうする!? T:MQはスピードがのろすぎる!
「──今更、言葉のやりとりは不要ですわね。アナタも覚悟はできているのでしょう?」
レイシア=ブラックガードが、右手を差し出す。
当然それは和解の握手などではない。むしろ逆。敵に敗北を齎す絶大の一手を指そうとしているだけだ。
一言。
次の一言で、己の命運は決まる。その瞬間、馬場芳郎はそう直感した。
寝返りは論外。そんなことをすれば粛清されるに決まっている。
命乞いも論外。仲間を傷つけた以上、相手にそれを呑む理由などあるはずがない。
この場で、彼を活かすメリット。
それを、レイシア=ブラックガードに突きつけなければならない。
(考えろ考えろ考えろ考えろ!! レイシア=ブラックガード! 『メンバー』! 統括理事会からの指令! 御坂美琴との共闘! 婚約破棄! 仲間の怪我!
そして。
そして。
「……………………僕たちは、騙されていた……?」
ふと。
気付いてしまった。
幻生の企みを妨害するにあたって、食蜂は情報操作を行い、美琴に全ての罪をかぶせていた。
そして(彼らはそのことを知らないが)幻生に雇われていた『メンバー』は、その妨害をなくすために美琴に対してナノマシンを撃ちこんで行動不能にしつつ、
そして、レイシア=ブラックガードについては美琴と共闘関係にあり、彼女は昏睡した美琴を守る為にビルに立てこもっている……そういう情報を受け取っていた。
しかし。
だとしたら何故、レイシア=ブラックガードは此処にいる?
それはおかしい。
だってレイシアというガードがなくなれば、昏睡している美琴は完全にフリーになってしまう。そんなことも分からないほど彼女は馬鹿ではないだろう。
そう考えると、レイシア=ブラックガードが美琴を守っているという情報の真偽からして怪しい。
というか、レイシア=ブラックガードが共闘しているというのであれば、昨日の婚約破棄もおかしいのだ。アレのせいで暗部の情勢はめちゃくちゃになった。それは『メンバー』の邪魔をしている美琴にとっても、不都合なはずなのに。
そして一つの情報を怪しんでいくと、様々な情報の信憑性も危うくなっていく。
そもそも、根本的に――――
第三者が御坂美琴に罪をなすりつけていた。そういう可能性だって当然あるだろう。
「ま……待ってくれ! 君の仲間を傷つけた償いは必ずする! だから待ってくれ!! ぼ、僕だって騙されていたんだ! 僕達の『組織』に、意図的に誤情報が流されていて……常盤台の
ゆえに、この場の最適解は一つ。
『自分達に誤情報を掴ませていた存在』を共通の敵に仕立て上げ、レイシア=ブラックガードからの敵意を逸らす!!!!
そうすればレイシアに今すぐ叩きのめされることもなくなり、そして共闘関係を作っていく中で隙を見つけて逃げ出すことだってできる。何なら、T:MQのナノデバイスを使って無力化してやったっていいだろう。
この場さえ乗り切ることができれば…………!!
「なるほど」
スカァッ、と。
直後、馬場の手に持っていたT:MQの入ったケースがバラバラに切り刻まれた。
「……な、へ?」
「『組織』。そう言いましたわね? アナタ……つまり、一般人ではない、何かしらの『プロ』なのでしょう」
「は、え……は、はい」
「ならちょうどいいですわ。巻き込んでも心が痛まなさそうですし。ちょっと手伝ってもらいましょうか」
「あ、あ……?」
頼みの綱であるT:MQがバラバラにされてしまったショックにより、一瞬思考が真っ白になってしまった馬場を置いて、レイシアはさらに話を進めていく。
だが、この程度の驚愕など序の口だと、馬場は直後に思い知ることになる。
何故なら彼女は、続けてこんなことを言ったのだから。
「実は、木原一族に狙われていますの。撃退の手伝いをしてくださいな」
男、馬場芳郎。
当然、リアクションは一言だった。
「はァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
なお、リアクションにはたっぷり一〇秒使った。
レイシア:その点、上条当麻は今回フリーに決まっていますわ。何せ外伝作品ですもの。本編主人公なんかめったに顔を出しませんわよ
上条:右腕からドラゴン生えました
レイシア:…………このバカ!!!!!