【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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六六話:降臨

「は……放せッ! 僕は頭脳労働担当だぞ! そんな僕を最前線に送り込むなんて、みすみす死なせるようなものだぞ! 良心が痛まないのか!?」

 

「アナタ自分から最前線に出ていたでしょう」

 

「うぐっ」

 

 

 空を飛びながら、馬場さんはもうそんな風にして会話をする余裕すらできていた。

 いやあ、流石に暗部の人間だけあって、けっこうすぐに慣れてくれるなあ、馬場さん。なんか節々から小物臭さというか、ダメ人間感が出てるんだけど……やっぱり暗部の人間だけあって、基本スペックは高いんだよね。

 

 

「……そ、それは博士から貸与されていたロボットがいたからで……」

 

「馬場さん。ロボットと超能力者(レベル5)、どちらが強いとお思いですか?」

 

 

 レイシアちゃんにまかせっきりだと無限に喧嘩を続けそうなので、俺はほどほどのところで二人の会話に割って入る。

 まぁ、こんな風に賑やかにワチャワチャするのもそれはそれでいいと思うけどさ。

 

 

「わたくしが、アナタの手札になります。超能力者(レベル5)という特大の鬼札(ジョーカー)ですわよ? まさか……こんなに恵まれた手札を与えられて、コールしないんですの?」

 

「…………、な」

 

 

 そこで、何だかんだで滑らかに言葉を紡いでいた馬場さんの言葉が詰まる。

 

 

《シレン、たまにわたくしよりもキツイ煽りを入れますわよね》

 

《レイシアちゃん。これは『煽りを入れる』じゃなくて『発破をかける』というんだよ》

 

 

 まるで俺が馬場さんのことを追い詰めて楽しんでるみたいじゃないか。違うからね。馬場さんの戦力……かなり重要視してるからね、俺は。

 

 

「わたくしこれでも、アナタの能力をけっこう評価していますのよ」

 

 

 『亀裂』を軋ませて空を駆りながら、俺は馬場さんに微笑みかける。

 

 

「最初は、確かにわたくしの学友を足蹴にしていたのを見てかなり悪印象を持ちましたが……大能力者(レベル4)を知略で完封してみせる手腕は目を見張りますし」

 

「……お、おお……」

 

「それに、秘匿レベルが下がったとはいえ『木原』の情報をきちんと手に入れて、こうしてわたくしの道しるべも用意してくれていますもの」

 

 

 本人のアレさとかで、かな~り誤魔化されているが……実は馬場さん、けっこう有能なのだ。便利ともいう。

 だからこう、メンタル的にサポートしてくれる誰かが近くにいれば、かなりの知将をやってくれると思うんだよね。

 あと、これは『正史』を知っているからこその情報なのだが……『メンバー』の正規構成員って言ったら、立場的には未来の一方通行(アクセラレータ)さんとか土御門さんとかと同じくらいなんでしょ?

 そんな立場にいる人間が、印象通りの弱者なわけがないよねぇ……。

 

 

「……う、薄っぺらいぞ! そうやって都合のいい甘言で僕のことを懐柔しようとしたって無意味だ! そんな分かりやすい欺瞞で友情ごっこをするような軽い脳味噌の持ち主だと思われていたとは、僕も随分と甘く、」

 

「期待していますわよ。馬場さん?」

 

 

 人間的にダメなのは分かり切っているので、こんなので信用してもらえるとも思っていないのだが。

 でも、人間としては無理でも、共闘相手として信頼してもらえるくらいにはなれるよね、多分。

 

 

《……なんだか昔の自分を客観的に見ているようで最悪な気分ですわ。今からでも遅くないからこいつ投棄しません?》

 

《何から何までひどすぎるよレイシアちゃん!!》

 

 

 


 

 

 

 

「うわっ……なんだこれ!?」

 

 

 現場に到着するなり、馬場くんが殆ど悲鳴のような調子で声をあげた。

 いやいや、こればっかりは無理もないと思う。

 何故ならそこには、戦場か何かと見紛うばかりの惨状が展開されていたのだから。

 

 簡潔に表現するならば、『災害跡地』。

 地面はまるでビスケットを砕いたかのようにバラバラにひび割れていて、人ひとりは余裕で呑み込みそうな地割れが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 周辺の建物もその破壊の余波に巻き込まれて半壊している建物が多数。……けが人の類がいないのが奇跡だ。何かしらの避難誘導が事前にあったんだろうか。

 ……そういえば、ダウンしたって言われてた二人の『木原』の姿も見えないな。もしかしたら、どこかしらに逃げたのかもしれないな。

 

 そして何よりも異様なのは、その破壊の痕よりもむしろ──そんな破壊の渦の中に合って()()()()()()()()()()の存在だった。

 

 

「……あからさますぎますわね」

 

 

 俺達の見上げるビル。そこの周囲だけが、周囲の惨状が嘘のように無傷の状態を保っていた。

 こんなのもう、この中に幻生さんがいるに決まっているだろう。

 

 

「馬場さん」

 

「ああもう……分かったよ! だがビルに入るなよ! ここは第五位にまつわる『何か』が保管されているんだろう? なら内部は第五位の防衛用トラップが仕込んである可能性が高い。せっかく空を飛ぶ能力があるんだ。有効活用しない手はないだろう?」

 

 

 ……確かに。

 そっか、俺は食蜂さんの仲間ではあるけど、施設側にそれを判別する能力はないもんな……。しかも馬場さんは暗部組織の人間。むしろ防衛機能は発動しまくる方が自然ってわけか。

 

 

『ちょうどよかった。馬場くん、いいところにいたな』

 

 

 と。

 そこで、馬場さんの持っていた携帯端末から老人の声が聞こえてきた。

 

 

「! 博士! いったい何を……」

 

『いやなに、すまないね。今回の依頼、何か妙なところがあると思ってな。少し調べものをしていたが……どうやら、我々はいっぱい食わされていたらしい。……裏第四位(アナザーフォー)、そこにいるな? 君も一緒に聞くといい』

 

 

 …………?

 アナザーフォー? 誰だそいつ。

 

 

《へー、わたくし第四位ですの? ……美琴の下ですか。なんか釈然としませんが……》

 

 

 ……はい? 第四位? 俺達が?

 

 

 …………。

 

 いやいやいやいやいやいやいやいや!!!! 初耳なんですけど!? 何それ!? 『アナザーフォー』!? それってつまりもう一人の四位!? 同率四位ですか!?

 

 

「あ、あの、何を言っているか……」

 

『序列については後日君の情報網を使って調べてくれたまえ。それよりも今は、「木原幻生」の目的だ』

 

 

 ああ……速攻で流されてしまった……。

 っていうか、『博士』ってこの人が『メンバー』のボスみたいな人ってことだよね? なんか色々ありすぎて反応する間もなかったけど……。

 

 

『木原幻生は、妹達(シスターズ)を利用して絶対能力進化(レベル6シフト)計画を行おうとしている』

 

「……、」

 

『それは君も知っているだろう。だが、そもそもこれは不可能な話だ。何故なら、現時点で安定した絶対能力者(レベル6)となれるのは一方通行(アクセラレータ)ただ一人だからな。しかし……彼のことだ。無理やりにでも絶対能力(レベル6)へ到達させる方法でもあるのだろう。……クローンとはいえ、遺伝子は同じだ。それらのネットワークを用いて第三位の演算力を向上させる……などだろうか』

 

 

 博士は少し間をおいて、

 

 

『方法論はあまり問題ではない。重要なのは、彼がこの施設へ乗り込んだのは、ただでさえ無茶な第三位の強化を第五位の能力によって少しでも補助したいからだろうという点だ。そう考えると、やはり話の核は施設に眠る「第五位にまつわる何か」ではなく、「ミサカネットワーク」ということになる』

 

 

 なるほど……。

 今までは第五位……食蜂さんにまつわる何かがなんなのかってことにばかり思考を囚われていたけど、そこはよく考えたら考える必要ないんだな。

 ……でも、ミサカネットワークを邪魔する方法って、どうすればいいんだろ……?

 

 

「……ああ。なるほど」

 

『馬場君は理解したようだね』

 

白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の白黒の『亀裂』を使う。そうですね?」

 

 

 え? ここで俺達の『亀裂』? ……あ、そっか!!

 白黒の『亀裂』は光や電磁波も切断する。ミサカネットワークは美琴さんや妹さんたちのAIM拡散力場──即ち電子的ネットワークによって構築されているものだから、ビルの周囲を『亀裂』で覆ってしまえば、幻生はミサカネットワークから隔絶される!

 このくらいの高層ビルなら……俺達の能力なら、余裕で囲うことができる!

 

 

「そうと決まれば……!」

 

『ああ。「亀裂」を展開すれば私の通話も切れる。……一応、この街の闇に身を置く者としては、利用されっぱなしは性に合わないのでね。馬場君、任せたよ』

 

「……ええ。こっちには使える『手駒』がありますから」

 

「今のは手駒と書いて仲間と読むんですのね。わたくし分かりましたわ」

 

「勝手に分かるな!!」

 

 

 なんて言いつつ。

 

 ゾアッ!! と。

 

 俺の背後から白黒の『亀裂』が展開され、ビルの周囲をすっぽりと覆い尽くした。

 ほどなく、世界はビルの窓から漏れる光以外は全くの闇となる。

 

 

「さて……これで幻生の企みは阻止できましたわね。あとは、ビルの中にいる幻生を拿捕すれば解決ですわ」「それが一番大変な作業なんですけれどね……、馬場さん、宜しくお願いしますね」

 

「……まぁ、ここまで来たんだ。僕にも暗部組織としての矜持はあるからね。投げ出したりはしない」

 

 

 馬場くんは携帯端末のライト機能を使って辺りを照らしてくれる。

 すると、昼間くらい──とはいかずとも、夕暮れ程度には周囲の視界も良好になった。よかった、実は暗闇に乗じて幻生さんに狙われたらいやだなって思ってたんだよね。

 

 

「おやー? 見つかってしまったみたいだねー」

 

 

 っているじゃんそこに!!!!

 普通に入口から出てきてるじゃん!! 逃げも隠れもしねえ!

 

 

「ず、随分余裕だな……? こっちには超能力者(レベル5)がいるんだぞ。多少の策を用意した上でそれでも正面衝突を避けるのが定石。それじゃあ、いくら策があっても無策と同義……!」

 

「うーん、そういうのは僕の趣味じゃなくってねー」

 

 

 対する幻生さんは、顎に指を当ててのんきに言う。

 

 

「(……おい、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)。気流を操ってアイツの周囲の空気を奪え。人体を無力化するならそれが一番手っ取り早い)」

 

 

 えっそんなのやったことないんだけど……。

 ……まぁやってみますけど。

 

 …………。

 

 ……うわっ、できた!? 暴風とかやらないで普通に気流が操作できるぞ! しかも順調に幻生さんの周りの気圧が下がっていってる……!

 

 

《俺達、こんなこともできるんだね……》

 

《まぁ、観測史上最大の暴風をやすやすと超えられる出力を出せるのですし、その出力を精密動作に回せばこういうこともできますか……》

 

 

 なんていうか……発想力だなぁ。

 確かに、相似さんのときは超音波だって出せてたんだ。そう考えると、俺達ってもう、自在に空気を操ることもできるようになってるのかも。

 やっぱり馬場さんを味方につけたのは正解だったな。俺やレイシアちゃんじゃ、こういう発想はポンポン思いつかない。

 

 

「……む? なるほど気流操作……! 能力の成長が進んでいるのは観測していたが、応用性、つまり演算機能の充実もここまで進んでいたとは……! レイシアくんの体質が悩ましい応用性だよ。それさえなければ、君は一方通行(アクセラレータ)に次ぐ安定した絶対能力者(レベル6)になれていたかもしれないというのに……!」

 

 

 ……なんか凄く熱く語り始めたんですけど……。

 …………これ、このまま終わるんじゃないかな? もうあのへん高山くらいの酸素濃度になってるっぽいし、

 

 

「でもねー」

 

 

 そこで、幻生の目がゆっくりと開かれ、こちらに向けられる。

 赤く染まったその目は、確か、幻想御手(レベルアッパー)の……、

 

 

 

「残念だけど、今は君達に構っている暇はないんだ」

 

 

 

 直後、ズガン!!!!!!!! という轟音と共に俺達の『亀裂』が突然叩き破られ。

 

 

「御坂君と食蜂君が実質ダウンするとはいえ、流石に超能力者(レベル5)()()も相手となると厳しいからねー。そういうわけで後は頼んだよ」

 

 

 俺達の前に、『天使』が舞い降りた。

 

 

「風斬君――――いや、今は『ヒューズ=カザキリ』と呼んだ方がいいかねー?」

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

六六話:降臨 Fuze-"K".

 

 

 


 

 

 

「ハッ……ハッ…………!」

 

 

 木原那由他の肉体の大部分は、既に機械部品で代替されている。

 かつてとある実験で肉体に学園都市の超能力とは別種の『力』を流し込んだ影響で爆散した木原那由他は、その肉体で様々な人体代替(サイボーグ)技術を活用しているのだ。

 このあたりは、やはり何だかんだといっても木原幻生に科学の手解きを受けた者の歪みというべきか……。

 

 ともかく、肉体の大部分がサイボーグである木原那由他にとっては、たとえ肉体に地震のエネルギーに等しい一撃を叩きこまれて五体が四散したところで、別のパーツを使って補修すれば問題なく動けるのだ。

 とはいえ──

 

 

「……ふざけやがって……! テメェ一人なら躱せただろうが! 私を庇って強者のつもりか、あァ!?」

 

 

 隣で吼えているテレスティーナがいなければ、バラバラに散らばった木原那由他はそのまま機械らしく機能停止していただろうが。

 

 彼女達は今、第七学区のとある病院の廊下を走っていた。

 といっても、別に敗北して受けた負傷を治療しにきたわけではない。

 

 

「……、」

 

 

 那由他が窓から空へ視線を送る。

 第二学区の方角では、とあるビルに収束するように禍々しい黒い稲妻が落ちていた。

 おそらく、何らかの事情でミサカネットワークをせき止めていた『亀裂』が破壊され、幻生の計画が本格始動したのだろう。

 

 

「……間に合わなかったみたい、だね」

 

「勝手に萎えてんじゃねェぞ。ぶつかった私があのジジイのAIMを解析して、それを『掴んだ』テメェがミサカネットワークの歪みをこじあけて上位個体(ラストオーダー)の居場所──いや、一方通行(アクセラレータ)の居場所を特定する。第二プランは既に成功してんだからよ」

 

「分かっているよ。テレサお姉さん」

 

 

 カツン、と。

 そこで二人の足が止まる。

 

 無造作に病室の扉を開けると、そこにはベッドの上で芋虫みたいにのたうつ白髪の最強がいた。

 

 

「……あの野郎、勝手に勝ったつもりでいるんだろうがよ」

 

 

 テレスティーナは、空を見ながら嘲るような笑みを浮かべる。

 

 

「私達の目的は最初から、AIMを見て、掴み取るこの能力で幻生おじいさんのAIMに『窓口』を作ること」

 

 

 そう言いながら、那由他は白髪の能力者に手を当てた。

 ジロリ、と赤い瞳が少女を射抜くように見据える。

 

 

「……貴方が外部からの演算補助で能力を使っていることは知っているよ。なら、私が作った『窓口』に貴方のアクセス権限を与えれば……限定的ではあるけれど、貴方に行動の自由を与えることができる」

 

 

 那由他はそう言いながら、静かに眉をひそめた。

 

 本当は、こんなことがしたかったわけじゃない。

 

 超能力者(レベル5)になりたかった。

 実験体となった彼女達が、単なる犠牲などではないと証明する為に。自らが彼女達が受けた実験を発展させて得た技術の実験体(モルモット)となって、この街の頂点に立つ。

 そして、その力でこの街を守る。

 

 ──超能力者(レベル5)になって、風紀委員(ジャッジメント)になって、この街を守ろう!

 

 ……この街の真実を知っていれば、笑ってしまうだろう。

 しかもそんな言葉を、この街の最大の被害者である置き去り(チャイルドエラー)の子ども達が言っているのだ。

 この街の大人たちが聞いていれば、まさしく噴飯モノの妄言だったに違いない。

 

 だが、那由他にはその言葉を笑うことができなかった。

 

 木原一族でありながら、実験体の安全にも配慮した『完璧』な実験を完遂してしまう那由他。

 そんな彼女もまた、置き去り(チャイルドエラー)同様に無価値な『欠陥品』の烙印を押されていた。

 そんな彼女だからこそ、友人達の愚直な願いはきっと叶うのだと、信じていたかった。

 

 だが……この街の闇の最深部は、未だ那由他にとっては、見通すことも敵わないほど遠い。

 

 

「……お願い、最強」

 

 

 那由他は涙すら零しながら、気付けばベッドに縋りついていた。

 背後のテレスティーナは、何も言わずにその様子を見ていた。

 

 

「この街を……みんなを、守って……!!」

 

「頼む相手を間違えてンじゃねェ」

 

 

 那由他が顔を上げると、いつの間に機能回復したのか、白髪の最強は窓を開けてその淵に足をかけていた。

 言語能力を失っていた一方通行(アクセラレータ)にとっては──いや、そうでなくとも彼女の人生を知らぬ者にとっては、何の意味も通らない懇願だっただろう。

 にも拘らず、入院着を身に纏った白濁の少年は、那由他の方は一切見ずにこう続けた。

 

 

「俺はこの状況を作りやがったクソったれ野郎を叩き潰す。守るのは……」

 

 

 たん、と。

 ステップでも踏むように窓から飛び降りた一方通行(アクセラレータ)は、最後にこう言い残す。

 

 

ヒーロー(オマエ)の仕事だろォが」


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