【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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六八話:羽化

 直後、ほぼ全員が動き出した。

 

 まず木原一族のうち二人──数多さんと病理さんが、幻生さんの方へ。それに続いて、垣根さんが幻生さんの方に行った。

 それとほぼ同時に削板さんが美琴さんの方へ向かい、そこで俺達と上条さんで目が合った。

 上条さんは俺達が美琴さんの方に行くか風斬さんの方に行くかで決めあぐねているのを見て取ると、黙って美琴さんの方へと突っ走っていった。……なるほどね、風斬さん達は俺達に『任せる』ってわけか。

 

 

《レイシアちゃん!》

 

《ええ! 上条では風斬は勢い余って消してしまうかもしれませんし……行きますわよ!》

 

「おい! 何そっちに行こうとしてるんだ!? 頭数が少ない上にどう考えてもあっちの化物の方が危なそうじゃないか!? あっちのヤツにはお前の亀裂が効果をなさないんだぞ! ならまだ第三位の方がマシだろ!??」

 

「アナタは、あの状態の美琴がただの第三位に収まるとでも思っているんですの!?」

 

「…………、」

 

 

 走り出した俺達の背中で当たり前のことを言う馬場さんに、レイシアちゃんは言い返す。

 馬場さんもその通りだと思ったのか、言い返す口が止まった。

 

 

「『亀裂』の耐久力は、確かにアナタの言う通り風斬さんの攻撃に劣ります。ですが、我々にも機動力と手数がある。アナタの指示があれば、雷速の美琴さんよりも食い下がれるはずです」

 

「……クソっっっ!! 逃げたい!! 出してくれ!! こんな環境にずっといたら閉所恐怖症になっちまう!!」

 

「ここでアナタが逃げれば、どのみち学園都市は滅ぶんですのよ!!」

 

 

 レイシアちゃんはそう叫びながら暴風を鋭く研ぎ澄ませた『暴風の槍(ボンバーランス)』を風斬さんの雷の翼に叩き込む。

 空気という不確かな材料ではあったものの、超能力者(レベル5)の全力を総動員した一撃は、風斬さんの翼の一部に風穴を開けることに成功していた。

 実際に指向性を持たない、漂うような状態だったのも幸いしたのだろう。でも、『俺達の力でダメージを与えることができる』という情報は、馬場さんにとってはポジティブなニュースだったらしい。

 

 

「…………この戦いが終わったら、お前ら、覚えてろよ! 僕は並大抵の報酬じゃあ満足しないからな!!」

 

「私を誰だと思っていますの? 功績には報酬を。信頼関係の基本ですわ!」

 

「信頼なんかじゃない!! 利害だ!!」

 

 

 話はまとまり、俺達は三人で風斬さんに食いついていく。

 しかし、役者はそれだけにとどまらなかった。

 

 

「レイシアさぁーん!! ご一緒してもよろしいですかぁ~!?」

 

「うわっ……相似くん、急にテンション上げないでよ、びっくりしたよ」

 

 

 木原相似。

 それと、もう一人。お団子頭の女の子の『木原』が、俺達の展開する暴風の合間を当然のようにすり抜けて近づいてきた。

 

 

「……よくもまぁわたくしの前に姿を現せましたわね」

 

「あーあー、その節はどうもすいませんでした。今はもう、レイシアさんで実験しようとかは考えてないのでご安心を」

 

「うん、うん。私も、幻生おじいちゃんのせいで街がこんなことになっちゃって……凄く心苦しいんだ」

 

 

 ………………相似さんの方はなんかもう一周回って捨て置いてもいいかなって思うんだけど、こっちのお団子の子はどうなんだろう???

 って言うかこの子アレだよね、新約の四巻──バゲージシティの争乱に投入された『木原』の一人、木原円周。あの子も表面上は優しい女の子っぽかったのに一皮むけばヤバめの木原だったしなあ……。なんというか、木原として『覚醒』してないだけで、ポテンシャルだけで言えばかなりのもののような感じだった気がするし。

 ……まぁ、だからといって、協力の手を突っぱねるのもよくないな! 一応の警戒を保っておくのと協力体制を拒絶するのとだと話が違ってくるし。気を付けておくにせよ、まずは手を結ぶ前提で行こう!

 

 

《シレン? なんか途轍もないお人好しの波動を感じたんですけど?》

 

「よろしくお願いしますわ! わたくしはシレン。あなたは?」

 

「私は、木原円周。よろしくね、レイシアちゃん!」

 

 

 なんだかジト目っぽい雰囲気のレイシアちゃんの指摘は意図的に黙殺して、俺は円周さんとあいさつを交わす。

 だが、安心はできない。

 

 

裏第四位(アナザーフォー)! 次が来るぞ! ただ上に飛ぶだけじゃダメだ。ヤツから遠ざかるように、斜め後方に飛べ! でないと翼の追撃をさばききれなくなる!」

 

「承知ですわ!」

 

 

 馬場さんの指示通りに、俺達は『亀裂』を操って回避する。

 そして地上に残された木原一族の二人だけど……あの二人は、光に対しても全く臆さずに位置取りしていた。流石に突貫はしていないようだけど、さりとて逃げ惑ったりもする様子がない。

 

 当然、近くにいる円周さんと相似さんの方を風斬さんは狙おうとするわけだけど……、

 

 

「みすみすそれを見逃すとでもっ!?」

 

 

 攻撃の手を緩めれば、俺達の方も対応の余裕が生まれる。『暴風』によって、俺は風斬さんの身体を吹っ飛ばそうと試みる。

 当然それは翼によって防御されたが……こっちから注意が逸れたその瞬間を、あの『木原』達が見逃すはずもなかった。

 

 

「さ~て、円周?」

 

「うん、うん。分かってるよ、相似クン。未知のモノを見つけた時、『木原』ならまずこうするんだよねえ!!」

 

 

 円周さんの首から提げられた無数の携帯端末が一斉に明滅してグラフを浮かび上がらせたかと思うと、そのあたりに散らばっていた瓦礫が、一気にひとりでに浮かび上がった。

 いや……違う。ひとりでに、じゃあない。空気の振動によって、瓦礫が持ち上げられている……?

 

 

「超音波浮揚。まあ、タネはどうせ代替するのでなんだっていいんですけど、手持ちの機材を使って効率よく目の前の現象のスペックを調査するなら、この場合は瓦礫をぶつけるのが一番手っ取り早いですかねぇ!」

 

 

 ドガガガガガガ!!!! と。

 小さいものは人の頭ほど、大きいものは大型獣くらいのサイズの瓦礫の群れが、風斬さんへと殺到していく。

 その動きは、『超音波によって地面に浮かばされた物体』の動きではない。その三次元的な動きは、もう殆ど念動能力(テレキネシス)の域に達していた。

 原理が分かっても、本当にそれでこの通りの現象を起こせるのか分からない。いったい何をどう応用したらここまでの力を振るえるのか、そのイメージへのとっかかりがない。

 ……木原。

 改めて、その異常さを感じさせられた。

 

 

「何を呆けているんだ馬鹿! お前にもアレはできるだろう! 加勢しろ加勢!! このままだと木原だろうとじり貧になるかもしれない!! そうなれば次は僕達なんだぞ!!」

 

 

 と、馬場さんが後ろから俺達に檄を飛ばしてきた。

 いや、できるって言ってもな……。確かに風を操る要領で超音波を出したことはあるけど……精密に操作したことなんてないし。そもそも、音波を使ったところで物質って浮くの? ましてやあんな重そうな瓦礫が?

 

 

「アレは複数の超音波をぶつけることで音波の『焦点』を作り、その中心に物質を包み込んでるんだ。あとは『焦点』を移動させることで包み込んだ物質も一緒に動かすことができるってわけだ。どうだ、できるだろう!?」

 

 

 ……言われてみれば。

 原理をきちんと説明してもらうと、確かに今までの応用の延長線上でできそうな気がしてきた。いやぁ、我ながら単純だとは思うけど……馬場さんの説明が分かりやすいんだもん。

 

 

「……まぁ、やってやれないことは、ありませんわね」

 

 

 レイシアちゃんも頷き、俺達は試しに能力を使って瓦礫をいくつか浮かび上がらせて見せる。

 

 ぶわっ、と。

 

 二〇個くらい浮かべばカッコいいな~とぼんやり思いながら右手を指揮のように振るった俺達の目の前で、軽く一〇〇個以上の瓦礫が浮かび上がった。

 ……いやいやいやいや、これ、普通に念動能力(テレキネシス)としても凄いのでは……汎用性とかそういうレベルではなくなってない……?

 

 

「……風斬さんは、操られているだけです。なるべく、傷つけないように……『捕縛』しますわよ!!」

 

 

 木原二人に声をかけつつ、俺は演算に意識を集中させる。

 『亀裂』の解除によって発生する空気の流れは、既に周囲数十メートルの空気の流れに干渉している。俺はそれらを正確に汲み取る。

 演算によって導き出した空気の流れと現実の空気の流れの誤差から、俺達の意思の外で動く物質の動きが逆算できた。目で見なくても、逆算の過程で浮かび上がる誤差たちが、俺達に周囲数十メートルの物質の動きを余すところなく伝えてくれる。

 

 これが、超能力者(レベル5)の見る景色。

 

 目で見るのではない。

 能力で、観測()る。

 

 ……なるほど、超能力者(レベル5)が一個師団並とか言われるわけだ。確かにこれは、ちょっと格が違う。

 

 

「ちょっと窮屈かもしれませんが……我慢してくださいましね!!」

 

「その気遣いを少しは僕にも向けろよ」

 

 

 ゴアッ!! と、無数の瓦礫が風斬さんに飛来する。

 ただし、それらは彼女を圧し潰す為に展開したわけじゃない。まるで牢獄のように、風斬さんを封殺する為のものだ。

 これがただの瓦礫を積んだだけなら、ただ吹き飛ばされて終わりだろうが……こっちの瓦礫は超音波浮揚によって力が加えられている。拮抗は難しいまでも、なんとか風斬さんの動きを鈍らせられればいいんだが……、

 

 

「っ!! 防御しろ裏第四位(アナザーフォー)!!」

 

 

 そこで、馬場さんの鋭い声が届く。

 馬場さんの声に俺が何か思う間もなく、レイシアちゃんが透明の『亀裂』を展開した。

 間一髪だった。俺達が瓦礫で押し込んでいた風斬さんの背中から、莫大な光が飛び出し……まるで砂利か小石のように、大小様々な瓦礫を弾き飛ばした。

 まるで散弾銃のような勢いで射出された瓦礫は、牢獄から一転俺達の命を刈り取る凶弾へと変化していた。

 

 

「まるで効果なし、か……。まぁ『亀裂』があのザマだった時点で分かっていたことではあったが……」

 

 

 一つ一つが美琴さんの超電磁砲(レールガン)に匹敵する速度で叩きこまれた瓦礫だったが、もう今の俺達の全力の『亀裂』であれば超電磁砲(レールガン)程度は余裕でガードできる。

 あえて出力を落として透明な『亀裂』にすることで防御と同時に相手の様子を伺うことにした俺だったのだが……そこで、自分がハメられたことに気付いた。

 

 『亀裂』の向こう側にいる相似さんが、にいと禍々しい笑みを浮かべてこちらの方を見ていたからだ。

 

 

《ま、さか……アイツ、俺達の手を防御に割かせるためにあえてカウンター覚悟で『瓦礫』を攻撃に使ったってのか!?》

 

 

 もちろん、連中は得体のしれない科学──多分、超音波によって瓦礫の軌道を()()()()んだろう──で瓦礫を当然のように全弾回避している。

 それどころか、ほぼノーアクションで危機を躱した木原一族の二人は、さらに余分なワンアクションを加えることができる。

 

 ──その最悪なインスピレーションを裏付けるように、円周さんのスマートフォン群が明滅し、様々な種類のグラフを表示していく。

 

 

「ごめんなさい、唯一お姉ちゃん。そうだよね、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 

 バッ!! と、円周さんが両手を広げた瞬間。

 

 ()()()()()()()()()

 

 何かが起きたのは、さらにその数瞬後。

 

 

 ドバボボバボッッッ!!!! と、まるで風斬さんのいたところが突然滝壺になったかのように、空気の衝突する音がそこから響きだした。

 

 

「っつーわけでーぇ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』みたいなんでなァ!!!!」

 

「あ~あ~……頭の中身を潰しちゃったら、『代替』するのも大変なんですけどねぇ。せっかく、一方通行(アクセラレータ)の代替品になりそうな逸材だったのに……」

 

 

 ……! そうかアイツら、風斬さんの雷の翼の防御をすり抜けられるように、超音波で直接風斬さんの内部に攻撃を加えたんだ……!

 だが……!

 

 

「…………!!」

 

 

 咄嗟の判断で、俺は白黒の『亀裂』を展開して相似さんと円周さんの『盾』にする。

 返す刃の雷の翼に防御が間に合ったのは、俺が正史を見て彼女の肉体構造についての知識を持っていなければ不可能な軌跡だったと思う。

 

 

「どっ、どういうこと!? 確かに脳がスムージーみたいにぐちゃぐちゃになるよう計算した音波だったのに……どういう能力!?」

 

「面白いですねぇ、何を代替したらアレを解体できるのかなぁ!!」

 

「……彼女は、AIMの集合体ですわ」

 

 

 やっぱり、アレを初見で化け物とかそういう類の存在だと見抜くのは科学サイドじゃ無理か。

 なんか数多さんはさくっと見破って興奮していたような気がするけど、普通に考えればそうだよね。

 

 

電撃使い(エレクトロマスター)の電磁波が生体電流を。発火能力(パイロキネシス)の熱が体温を。……そういう風にAIM拡散力場が『外部から見た人間の構成要素』を全て補ったことによって生まれた存在…………わたくしは、そう聞いていますわ」

 

 

 その誤認を解くために、俺は続ける。

 

 

「……つまり、風斬さんに内臓の類は存在しない。いくら肉体を揺さぶろうと、致命的なダメージを与えることはできないんです」

 

「はっ……はは! なんですそれ!? お、面白すぎじゃないですか! 能力者によって形作られた、有機物でも無機物でもない第三の存在! 炭素の有無によって定義された枠組みから逸脱した存在! イイ……イイ命題(テーマ)ですよ! アレがあれば!! 未元物質(ダークマター)にも匹敵するくらい()()()()()()()()()!!」

 

「あー……相似クンがキマっちゃった。うん、うん。分かったよ数多おじさん。こういうときはさっさと正気に戻さないと相似クンはあっさり死んじゃうんだね?」

 

 

 ガッ!! と。

 直後、円周さんは躊躇なく相似さんの後頭部を殴打した。

 常人なら一発で昏倒しているような一撃だったのだが、どういうトリックか相似さんは多少よろめいただけで、何事もなかったかのように円周さんの方を見返す余裕すらあった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……って『木原』なら言うんだよね? 合ってる?」

 

「……合ってるかどうか確認する時点で『木原』が足りてないんですけどね。まぁいいでしょう」

 

 

 そこで、木原一族の二人もそれ以上の攻撃は諦めたようだった。

 いったん仕切り直す意味も込めて、二人は俺達の傍まで歩み寄ってくる。

 

 

「だ、だが……具体的にどうする!? 木原一族の得体のしれない攻撃も、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)も通用しない……! これじゃあろくに打開策も、」

 

「いや~? ()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのくらいならね」

 

 

 じり貧に陥った。

 馬場さんの嘆きに、実際のところ俺も同調していたのだが……相似さんの方は、むしろ退屈そうに笑って、

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──ィィイイン、と。

 『亀裂』を隔てて、何らかの音が聞こえてきた。……超音波だ。だが、あまりに高出力なので『余波』が人の耳にも届く音域になってしまっているのだろう。

 だが……超音波はさっき風斬さんに使って、失敗したはず……?

 

 

「AIMジャマーって、ご存知です?」

 

 

 相似さんは鼻歌を歌うような気軽さで言う。

 

 

「AIM拡散力場を乱反射することで、能力を意図的に暴走させる装置なんですけどねぇ。ウチの那由他や、テレスティーナさんの研究が使われてるって話でして」

 

 

 取り出すのは、音楽プレイヤーのような小型の装置。ただし、一つではなく無数に。……背面にプロペラがついてる。アレをドローンみたいにして、空中に大量に放っていたのか。さっきまでの音波攻撃は、アレを使っていたんだな……。

 

 

「まぁぶっちゃけ、その原理は『超音波』なんですよね」

 

 

 直後。

 風斬さんの翼の一部が、爆発と共に消し飛んだ。

 

 

「…………AIMの塊っていうなら、当然『AIMを乱す攻撃』に対しては無力ですよねえ」

 

「…………ッ!!!!」

 

 

 あ……甘かった。

 何だかんだ、相似さんや円周さんでは風斬さんを傷つけることはできたとしても、『殺す』ことはできないんじゃないかと思ってた。風斬さんを殺せるのは、この場では上条さんの幻想殺し(イマジンブレイカー)くらいだと……。

 でも、そんなのとんでもない。むしろ、今この場で風斬さんを殺しうるのは……!

 

 

「おい、おい!! 呆けている場合じゃないぞ! 今千切り飛ばされたあのバケモノの翼が……!」

 

 

 言われて、風斬さんの翼に視線をやって……俺は絶句した。

 何故? それは──千切れた翼がバラバラの球体に変形して、まるで攻撃準備をしているかのように規則的な動きで滞空していたからだ。

 

 

「馬ッ……!?」

 

 

 あ……あれを一気に叩き込むつもりか!? あんなの、AIMジャマーでバラバラにしようとしても対処が追いつかないぞ!? 『亀裂』の全力防御でも貫通するし……! と、飛んで回避するしか、

 

 

「うん。そうだよね、加群おじさん」

 

 

 タンッ、と、そこで円周さんが突出した。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 円周さんは迷わなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 音が消えた。

 何をどうやったのかは分からない。瓦礫の粉塵を利用したのかもしれないし、あるいは隠し持っていた爆薬を使ったのかもしれない。

 ただ、事実として円周ちゃんは空中で無数の爆発を起こし──そして、空を埋め尽くすようだった光の弾丸たちは一つ残らずそれによって誘爆してしまった。

 

 

「す、凄い……! いったい何をしたのか、さっぱりわからなかった……!」

 

「感心してる場合か! アイツ、多分次も味を占めて同じことするぞ! 延々やり続けられたら、こっちも爆発のタネがなくなるだろ! 何かしないと、何か……!」

 

 

 そう言う馬場さんの懸念は、確かにその通り。

 このままだと、俺達はじり貧だった。そもそも彼我の攻防バランスが崩れすぎている。こっちが必死に積み重ねた防御は、相手の分かりやすい一撃と等価。向こうがジャブと同じくらいの気軽さで打ってくる一撃を躱すたびに、俺達は確実に疲弊していくのだから。

 だから、じり貧を懸念する馬場さんは極めて現実的で────ゆえに、『最悪』を想定できていなかった。

 

 そう、たとえば。

 

 遠距離攻撃だけでも手が付けられない風斬さんが、本腰入れた接近戦攻撃に切り替えてきたら?

 

 ──とか。

 

 

「んな、コイツ――――!!」

 

 

 円周さんが声をあげかけたのと、ほぼ同時。

 ゴッギィィィン!!!! という音を立てて、風斬さんに()()()()ノーバウンドで数メートルも吹っ飛んだ円周さんは、そのまま枯れ木みたいにくるくる回転して、べちゃりと地面に『落下』した。

 人がしていい着地の仕方ではなかった。

 

 

「え、円周さん……!?」

 

「チッ……せめて役に立ってから死んでほしいなぁ!」

 

 

 相似さんは毛ほども動揺せずにAIMジャマーを再度打ち込もうとする。

 だが……、

 

 ボバッバッバッバッ!!!! と。

 それを予期していたかのように、風斬さんの周囲で光球による小爆発が連続する。

 

 超音波は空気の振動。

 

 つまり、爆発によって空気の振動が乱されれば……AIMジャマーはAIMジャマーとして成立しなくなる。

 最強の矛を失った相似さんと入れ替わるように、俺は即座に『亀裂』を展開する。

 雷の翼のような得体のしれないエネルギーそのものによる攻撃ならともかく、『風斬さん本人』の移動するチカラは単なる運動エネルギーのはず。莫大な加速をしているとかならともかく、今の状態なら防ぐことは十分に可能……のはずだった。

 

 

《え、なんだこの感じ!?》

 

 

 こちらに突進してくる風斬さんが『亀裂』に触れた時、俺達に衝撃が走った。

 風斬さんが触れた瞬間、まるで飴細工かなにかのように『亀裂』が歪み──そしてシャボン玉が割れるよりも呆気なく破裂してしまったのだ。

 

 

「…………ッ!!!!」

 

 

 なんとか俺達が回避できたのは、この可能性をちらりと考慮していたからだろう。もしかしたら……そういう気持ちがあったから、『亀裂』が破壊されてもその場で呆けることなく回避行動に移ることができた。

 そしてそれは相似さんも同じだったらしい。飛び跳ねるようにして、風斬さんの攻撃を回避していく。それでも、突撃の余波で軽めに吹っ飛んでいるが……。

 

 俺の方も、『亀裂』の暴風による移動力をフルに活用して上空に逃れていく。

 

 

「勢いよくならともかく、さっきのアレ触れるだけで突破していませんでしたか!? 聞いていないんですけど!?」

 

 

 窮地を脱したところで、レイシアちゃんが我慢しきれず声をあげる。

 うん。俺も同意だ。AIMの方はともかく、風斬さん自身には特別な物理攻撃とかそういうのは備わっていないはず。

 ……っていうか、『AIMの天使だし当然だよね』みたいな気持ちでいたけど、そもそも雷の翼で俺達の『亀裂』をぶち抜けるのも本来おかしいんだよ。確かに旧約終盤の、本気の風斬さんだったらそのくらいの出力もあったかもしれないけど、今の風斬さんは、風斬さん本人の努力もあって、精々街を半壊にする程度。クレーン車が鉄球をぶんぶん振り回した程度の破壊力なら、『亀裂』が防げない道理がないのに。

 

 

「なあ……これはちょっとした疑問なんだけどさ」

 

 

 と、そこで馬場さんが声をあげた。

 

 

白黒鋸刃(ジャギドエッジ)が光や電気を遮断できるのは知っている。それって……要は、能力が成長したことによって切断する領域がより精密になった……言い換えれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだよな」

 

「……、」

 

「でもさ……あんな非科学的なモノ、光や電気と同じカテゴリに入れてしまっていいのか?」

 

 

 …………!

 

 

「た、確かに……! 考えてみれば当然ですわ。いくら見た目には単なる突進で、運動エネルギーが働いているように見えても……『電子の運動』が電気エネルギーを発するのと同じように、『AIM』っていう自然界に存在しない物質の運動が、単なる運動エネルギーしか発しないというのは不自然でしてよ……!」

 

 

 分子レベルでしか物質を切断できなかった頃、電撃は『亀裂』を貫通して俺にダメージを与えた。

 それと同じことだ。AIMに対して対抗するんなら、こっちも同様にAIMを計算にいれた『亀裂』を使わなくちゃいけない……!

 

 

《……理屈は分かりましたわ。でもシレン、どうするんです!? 今更そんなことできるとは、到底……》

 

《いや、()()()()()()()()

 

 

 俺は、()()()いて知っている。

 土壇場で、AIM拡散力場を演算領域に組み込んだ能力者の存在を。

 ……あれ、作中ではAIMとは明言されていなかったっけ? でもまぁ……アレは間違いなく、AIM拡散力場のベクトルを操っていたよね。

 まぁいい。できると思うことが大切なんだ。それは、今回の戦闘で嫌というほど学んだ。

 

 幸い、何度も破られたお陰でAIMによる干渉の肌感覚は俺も分かっている。それを頼りにして、AIMすらも組み込んだ形での『亀裂』を────

 

 

 と。

 

 そこで、妙な感覚が俺達を襲った。

 何か……『亀裂』が、何か想定していない方向に捻じ曲がるような……?

 

 

《この感じ……結標淡希に対抗するために一一次元に対応した『亀裂』を出そうとしたときの感覚と似ている……!?》

 

 

 ……! 考えてる場合じゃない! 風斬さんがこっちを見た! AIMを演算領域に加えた『亀裂』が展開できなきゃ、俺達もゲームオーバーだぞ!

 思わぬ感覚に集中力が切れながらも、なんとか『亀裂』の発現を続ける。

 

 これだ。この、妙な感覚。『亀裂』が、視覚的情報では表現しきれない『異なる方向』に伸びていく感覚。今までが枝を伸ばしていくのなら、まるで根を張るような……そんな深淵へと足を踏み入れていく感覚に従って、能力を伸ばしていく。

 

 そして、その感覚をより洗練化させていくと──バヂヂ!!!! と何かがはじけるような音と共に、『亀裂』がはじけ飛んだ。

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

六八話:羽化 Final_Phase.

 

 

 


 

 

 

 

 

「……!」

 

 

 思わず喉が干上がった感覚がした俺達だったが……破裂した『亀裂』の向こう側では、風斬さんが何かに弾かれたように態勢を崩していた。

 ……やった! まだ不完全なようだったけど、それでも上手いこと発現できたみたいだ! あとはこの感覚をもっと洗練させていけば──

 

 

 そう考えていた矢先。

 弾かれて地上近くまで後退していた風斬さんが、突如発生した爆風に薙ぎ倒された。

 空中に浮かんでいた俺はギリギリその爆風の範囲外に逃れていたが……なんだ、いったい!?

 慌てて、能力による知覚で周辺の様子を伺う。

 爆風が発生したときは気流が乱れすぎていて分からなかったが……今なら、なんとか分かる。

 

 美琴さんはなんか動きが止まっているな? 上条さんと削板さんは健在みたいだ。

 

 円周さんは……あれ、なんか位置が違う。どうやらさっきの一撃ではやられてなかったみたいだけど……どの道、さっきの爆風で薙ぎ倒されちゃってる。相似さんも同じだ。爆風で薙ぎ倒されている。

 地面に墜落した風斬さんも、やはり動きが止まっていた。まるで何かの信号を受信しているかのように、その場に棒立ちになって微動だにしない。

 

 そして最後に、俺は幻生さん達の戦場に意識を向けた。

 そこには────

 

 

 ──たった一人だけが佇んでいた。

 

 

 いや、能力を使うまでもない。

 爆風によって発生した粉塵は消えている。だから、良く見えた。

 

 『彼』の近くには、二人の大人が倒れ伏していた。

 

 木原数多。

 それに木原病理。

 

 木原病理の周囲には何やら大量のガジェットがガチャガチャと散逸しているが、そのどれもが破壊されている。その中には白い翼のようなものの断片も混じっていた。

 

 

 そしてその奥に────

 

 垣根帝督が、膝を突いていた。

 

 

「お? おお? おおおお……?」

 

 

 そして片膝を突いた天使と相対しているのは、一人の老人。

 しかし、その姿は異形だった。

 

 右腕が落ちているのは、分かる。俺達がやったのだから。

 だが全身はくまなく切り刻まれ、右足は石化し、左腕は得体のしれない棘に覆われている姿は、いったいどうすればそんな状態で生命活動を持続させられるのだろうか。

 極めつけは、その頭部。

 木原幻生の顔面の右半分は────割れていた。

 

 まるで卵の殻を割るように、顔面の表面が砕け……そして中身の空洞が現れていた。

 そこにあるべき脳髄は、存在しない。

 

 

「いや、あ──大脳の構成にも手を加えておいてよかった、と……言おうと、思っていた、ン……だガ……」

 

 

 ……いや。

 

 そんなことはどうでもいいんだ。

 

 ヴィジュアルがどれだけ異形じみていようが、相手は木原。

 戦慄こそすれ、『正史』を知る俺にとっては結局既知の知識だ。既に覚悟できている事柄にすぎない。

 俺が()()したのは、そこじゃない。

 『正史』を知る俺だからこそ……その光景には、特殊な意味があった。

 

 

「これは……面白い、副産物だねぇ……」

 

 

 木原幻生は、光を帯びていた。

 

 とても……言葉では表現しづらい、複雑な輝きの光だった。

 あえて表現するとすれば……そうだな。

 

 それは。

 

 ()()()()

 

 ()()()

 

 ()()()()




さて問題です。青ざめた輝きのプラチナといえば?

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