【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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今回の話は「とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の未元物質(ダークマター)」を既読だとよりお楽しみいただけます。
我らが垣根帝督以外にも、当SSでも活躍した相似くんの大活躍や木原くンの意外な一面も!?


おまけ:未元物質の少年の雑感

 最初に違和感を覚えたのは、杠の戦い方だった。

 

 

(……妙だな。ここ一番で攻めきれてねえ。制御が完全じゃないから、林檎本人の戦闘への忌避があらわれているのか?)

 

 

 三対の翼を広げ、垣根帝督は静かに考察した。

 彼の目の前には、一人の幼い少女。暗闇の五月計画の元被験者にして、一方通行(アクセラレータ)の執着心を植え付けられた能力者。

 身に纏うキャミソールは激闘によって着崩れしているが、第二位との戦闘を経ても尚肉体的な損傷は皆無に等しかった。

 

 ちらり、と垣根はさらにその奥にいる一人の少年を見やる。

 

 その先にいる茶髪の少年──木原相似は、そんな杠と垣根の攻防をじいっと見つめていた。

 間にDAアラウズの雑兵たちを盾として展開している上に、さらに複数台のUAVを配備している万全の体制だ。

 それもまた妙だと、垣根は思う。

 木原相似の目的は、暗闇の五月計画の被験者を改造することで『一方通行(アクセラレータ)の代替品』を生み出し、それによって木原数多に『元気を出してもらうこと』である。

 垣根との戦いはそのスペックを検証する為の実証試験であるので、最低限の『盾』を用意するのは当然だが、仮にも『理論上は第一位と同等』の能力者に対して自信を持っているならば、防御は手薄になって然るべきである。

 

 これは、合理の問題ではない。己の研究に対して強い自負を持っている『木原』としての矜持(プライド)の問題だ。

 そしてこれまでの言動を見るに、木原相似はそのあたりのプライドは決して低くないはずである。

 

 

(何か隠している目的があるのか?)

 

 

 あり得るとしたら、そのライン。

 杠を垣根にぶつける以上の『何か』が木原相似の中にあるならば、この『弱腰』にも納得がいく。

 納得はいくが……、

 

 

「…………気に入らねえ。もうやめだ」

 

 

 そう言って、垣根は今まで続けていた高速機動を急遽終わらせる。

 杠は関係なく襲い掛かってきたが、垣根はそれを翼のひと薙ぎで吹き飛ばした。余談ではあるが、ただのひと薙ぎで生み出した気流は、既に裏第四位(アナザーフォー)の全力のそれを軽く上回っている。

 

 

「何のつもりです? まだ実験は続いてるんですけど」

 

「テメェ、本気じゃねえだろ」

 

 

 垣根が言うと、木原相似は貼り付けたような笑みのまま口を噤んだ。

 

 

「分からねえとでも思ったか? テメェの力の入れようを見りゃあ分かるっつってんだ。本当に虎の子の、自信満々の実験体を差し向けるんだったら、もうちょいやる気出すだろ。それがなんだこの逃げ腰は。やる気ねえのが見え見えなんだよ」

 

「…………!!」

 

 

 図星、ということなのだろう。

 木原相似は、笑みをすっと収めて、バツの悪そうな表情を浮かべた。真摯に、申し訳なさを感じているという表情だった。

 

 

「……あはは、やっぱり分かっちゃいますかぁ」

 

 

 話し始めたタイミングで垣根が突き出した未元物質(ダークマター)による怪現象の一撃を肉盾で躱しながら、木原相似は続ける。

 

 

「自分は確かに一方通行(アクセラレータ)の『代替』品を作ることを目的として活動していたんですがぁ……別にそれは、一方通行(アクセラレータ)性能(スペック)に迫りたいとかそういうわけではなくてですね~」

 

 

 杠が、相似の前に降り立つ。

 先ほどまでのような荒々しい動きではなく、少なくとも表面上は、戦意も落ち着いているようだった。

 

 

「重要なのは、一方通行(アクセラレータ)という()()()()()()()()()()の代替だったんですよ」

 

「その言いっぷりだと、一方通行(アクセラレータ)の能力を模倣する以外に『代替』を作る公算があるみてえだな?」

 

「ええ~。今はまだ、公になっていないんですけどね」

 

 

 ス……と。

 木原相似は、一歩引いた。

 

 

白黒鋸刃(ジャギドエッジ)。近く、新たなる超能力者(レベル5)として産声を上げる予定の能力者ですよ」

 

 

 それが合図だった。

 DAアラウズの雑兵たちが一斉に撤退をはじめ、人の波に呑まれる形で木原相似の姿は見えなくなる。

 そしてその波が過ぎ去った後には、杠とUAVだけが残っていた。

 

 残されたUAVから、木原相似の音声が聞こえてくる。

 

 

『いやぁ~、ホントすみません! まさか垣根さんに自分の実験に対する意識を言い当てられるとは思いませんでした。確かに、ちゃんとした意志を持たずに、ぶち壊すつもりもないのに実験に入るのは、実験体にも失礼ですよね。数多さんに知られたら怒られてしまいますよ。反省します!』

 

「……馬鹿にされてんの、俺?」

 

『いえいえとんでもない! 迷惑料として、念動鳴奏(コンシールドバイス)はお渡しします。このUAVに内蔵してあるデータと合わせれば、暗闇の五月計画の基礎情報くらいは手に入るでしょう。垣根さんにとっても有用ですよね、これ?』

 

「…………、」

 

 

 正直、垣根としては次に出会ったら問答無用で腕の一本や二本くらい消し飛ばしてもいいと思うほどにはコケにされている話だったが、木原相似はそれだけ言うと、UAVの制御を手放したようだった。

 この分だと、電波から敵の居所を探って追撃するのも難しいだろう。

 

 それにそもそも、垣根の目的は木原相似とかいう小悪党ではない。その優先順位を取り違えるほど、垣根は愚かではない。

 

 

「……あー、誉望。誉望。撤収だ。今から林檎を連れて帰る。お前はデータ解析の準備をしとけ」

 

 

 その後は、とんとん拍子で話が進んだ。

 目下最大の難敵であった木原相似がさっさと退散したことで、『正史』よりも早く杠のデータ解析を進めることができた垣根は……、

 

 

「特定条件下での、臓器への機能停止命令? ……おかしい! この部分だけどう見ても合理性がない! 記述式そのものが木原相似の根幹プログラムから外れています!!」

 

「あーあー、そういうことかよ。何か妙だと思っていたが……ターゲットは林檎じゃなく、()()

 

 

 ブアッッ!!!! と、その背中から、三対の白い翼が展開される。

 

 

「だがナメていやがるな。『仲良くなった女の子は、悪の陰謀で結局死んでしまいました』だと?」

 

 

 天使の翼は、ゆっくりと掬い取るように、杠の身体を撫ぜた。

 それだけで、杠の身体は透明な水晶質の『何か』に包み込まれていく。

 

 

「か……きね……?」

 

「心配するな」

 

 

 あらゆる臓器が活動を停止し、今まさに死にゆく少女に対して、しかし垣根は冷や汗一つ掻かずにそう告げた。

 

 

「お前の死の運命なんざ、知ったことか。──俺の未元物質(ダークマター)に、常識は通用しねえ。……次に目覚めたとき、何食いたいかだけ考えてろ」

 

「……じゃあ……わた、し……がれっ、……」

 

 

 言い終わる間もなく、杠林檎の全身は水晶に包まれ、生命体としての活動を完全に停止した。

 だが──それは死を迎えたわけではない。まるでクマムシが厳しい環境で仮死状態になって『本当の死』を回避するときのように、生命活動を一時的に停止することで最悪の末路を回避しているのだ。

 その生体反応を、未元物質(ダークマター)の力で人体に疑似再現したにすぎない。

 

 

「…………ガレットなら、もう食っただろうがよ。バカが」

 

 

 この日より、『スクール』にはもう一人構成員が加わった。

 喋ることも、任務に参加することもないし、ましてや書類上の人員にカウントされることもないが──しかし、確かに『スクール』の全員から認識される、一人の少女が。

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

おまけ:未元物質の少年の雑感

 

 

 


 

 

 

 事態が動いたのは、それから二日後のことだった。

 

 

「おかしいとは思っていたんだ」

 

 

 モニターの画面を見つめながら、垣根はそう呟いた。

 彼の背後では、巨大な医療器具に繋がれた水晶の少女が今も眠りについている。

 

 

「他に有望な実験体がいる。それ自体はナメていやがるが理解できる話だ。だが……()()()()()()退()()()()()()()()()で、わざわざ超能力者(レベル5)の、それも第二位に喧嘩を売るか?」

 

 

 木原相似の襲撃に関して、学園都市の上層部は『スクール』に対して報復の黙認を行っていた。

 つまり木原相似は『スクール』との全面戦争になる可能性を考慮した上で垣根に攻撃を行っていたということになる。現に今も、垣根──いや『スクール』は木原相似を許したわけではない。

 今は雲隠れしているようだが、発見し次第報復攻撃を行うよう、今も下部組織の一部は木原相似の捜索を行っている。

 

 それほどのリスクを負ったのに、あっさりと『他の実験体がいるのでこっちはもう諦めます』と言って立ち去るのは──木原の研究者として以前に、危機管理能力を持つ一個の人間として不自然すぎる。

 

 その違和感の答えが、今、彼の目の前にあった。

 

 

「……木原幻生」

 

 

 調査の実作業を行っていた誉望が、生唾を呑み込んでからそう言う。

 

 

「杠林檎に撃ち込まれた自滅プログラム自体は、どのタイミングで組み込まれたのか、『スクール』の情報網をもってしても判明できなかったですが……木原相似が裏第四位(アナザーフォー)に力を入れ出したのと同タイミングで、木原相似自身にも気づかれないような自然さで計画に食い込んでいる痕跡があります」

 

「林檎を巻き込んだ計画自体は、木原相似個人の暴走じゃなかったの?」

 

「ええ。だから彼が干渉したのはその末端となるDAアラウズの方みたいです。一週間ほど前に、警備員(アンチスキル)の再研修センターの心療医に木原幻生の子飼いとして有名な研究者が就任しています。タイミング的に、自滅プログラムに木原幻生が関与している可能性は大きい」

 

 

 ドレスの少女の問いに、誉望はそう答える。

 

 

「木原相似は、DAアラウズのカウンセラーという立ち位置で彼らの洗脳を行っていた。しかし、そのDAアラウズにも木原幻生の『色』が注入されていたとすると……カウンセリングを行う過程で木原相似にも木原幻生の『色』が移っていた可能性があります」

 

 

 それが、木原相似の不自然な『弱腰』の理由か。

 おそらく彼自身も気付かないうちに、杠林檎を使った実験の優先度を低く、レイシア=ブラックガードを使った実験の優先度を高く変更されていたのだろう。

 それならば、あのあっさりした幕切れも納得がいく。

 

 しかし、垣根は次々と告げられる衝撃の真実に対しても、眉一つ動かさない。

 

 

「いいや、それは正確じゃあないな」

 

「……?」

 

「木原幻生は、自滅プログラムを埋め込んだ主犯じゃあねえ」

 

 

 垣根はそう言って、自らの背後で眠る水晶の少女を見やった。

 

 

「林檎を眠らせる直前に、光や音の組み合わせでヤツの心……、いや、脳の電気信号を読み取った。時間がなかったから断片的情報にはなっちまったが、その中に木原幻生の情報もあった」

 

「な……!」

 

「おいおい、気を悪くするなよ誉望。断片的情報っつったろ? アレだけじゃ何がなんだかさっぱりだったし、お前の情報がなきゃ導き出せない事実だった。お前はいい仕事したよ」

 

 

 ポンポンと、垣根は誉望の肩を笑いながら叩く。

 それだけで、それまで淀みなくしゃべっていた誉望の顔色が急激に悪化した。

 

 

「あ~、誉望さん大丈夫ですかー? バケツ持ってきますかー?」

 

「主犯じゃないなら、幻生はどういう関わり方をしていたのかしら?」

 

 

 蹲ってしまった誉望に代わって、ドレスの少女──獄彩が問いかける。

 

 

「『チケット』だとよ」

 

「?」

 

 

 意味の通らない言葉に首を傾げる獄彩をよそに、垣根の脳裏にはあの日、断片的な情報の中で見た老人の幻影が蘇っていた。

 

 

『やあやあ。よくここまで来たねー。流石は第二位といったところか。ご褒美に、「チケット」を君にあげよう』

 

『大覇星祭。この言葉を覚えておきたまえ』

 

『きっと、面白いものが見られるだろうからねー?』

 

 

 それらの言葉を思い出し、垣根は静かに拳を握る。

 裏取りは完了した。

 

 

「……気にすんな。くだらねえ話だ」

 

 

 情報を総合するならば──木原幻生は、垣根帝督のことを誘っている。

 垣根帝督を誘うためだけに、わざわざ関与しなくてもいい木原相似の暴走に関わり、あえて自分の匂いを残した。

 

 大覇星祭。

 

 おそらくは、そこに描かれる地獄絵図を構成する絵具に、第二位の超能力者(レベル5)を使う為だけに。

 

 

「面白れえ。テメェの絵図がどこまで俺の未元物質(ダークマター)についていけるか。試してやろうじゃねえか」

 

 

 そしておそらく、その先に。

 

 たった一人の少女を救い出す、最後の手がかりが残されている。


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