【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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とあマタを未読の方に未元物質(ダークマター)の能力を分かりやすく説明すると、『異世界テラフォーミング』です。なんでもありともいう。


おまけ:異界、顕現

 そして開戦の瞬間へと、時計の針は進んでいく。

 

 

 垣根帝督。

 

 木原数多。

 

 木原病理。

 

 木原幻生。

 

 

 四人の『常識外れ』達が集う、異様な闘争の戦端へと。

 

 

 

 


 

 

 

第二章 二者択一なんて選ばない PHASE-NEXT.

 

 

おまけ:異界、顕現

 

 

 


 

 

 

『──ガガッ、か、垣根さんッ!?』

 

 

 そこで、垣根の耳につけられている極小のマイクが、誉望の声を拾った。

 乱入者を抑えようとしたときにおそらく第七位によって撃破されダウンしていたと思われる誉望だが、どうやらここにきて復帰したらしい。

 

 

「誉望か。無事か?」

 

『え、ええ、まぁ。そっちの状況はモニタしていた下部組織の連中から聞いて概ね分かってます』

 

「こっちの様子が分かるのか? 大分荒んだ状態だがよ」

 

『大会中継用のドローンが展開されているんです。遠距離から撮影できるので、制御を奪えば状況の監視にも使えます。……手数が必要なら、俺も出られますが』

 

「いや、いい。やめとけ。お前じゃ無理だ」

 

『……、』

 

 

 軽い調子で言った垣根の台詞に、無線の向こうの空気が一瞬にして張り詰めた。

 明確に相手の地雷を踏んだ垣根だが、それでも彼はへらへらと笑う余裕すらあった。

 

 

「お? キレたか?」

 

『……!! うぐ、い、いや……、』

 

「悪かったな。そういう意味じゃねえよ」

 

 

 翼を広げ、垣根は眼前に佇む老人を見据える。

 空気に砂糖が溶け込んだような不定形の陽炎を帯びた老人は、垣根たちの通信が終わるのを悠長に待っているようだった。

 

 

「ヤツの出力は局所的な地震を発生させることができるレベルだ。今はナメプしてんだか実験の方に集中してんだかで単なる運動エネルギーとしてしか使っていやがらねえが……ありゃ恐らく『レシピ』を知らねえだけだ」

 

 

 おそらく、木原幻生の当初の手札に乱雑開放(ポルターガイスト)はなかった。

 『木原』が彼の多才能力(マルチスキル)に目を付けて使ったものを、むしろ取り込む形で活用しているのが今の幻生だ。

 だが一方で、木原幻生のセンスがそこで終わるとも思えない。

 そこで、同じように念動能力(テレキネシス)によって多彩な現象を生み出す誉望が同じ戦場にいたら?

 幻生は、きっと誉望の戦闘スタイルから無限にインスピレーションを得て、己の戦力を進化させていくだろう。

 

 その時のリスクは、誉望が同じ戦場にいることによるメリットを遥かに上回る。

 

 

「それでも、ぶっちゃけ気休めだろうが……お前には付近の連中の撤退の音頭をとってもらいたい。下っ端どもでも、まだ使い道はあるからな。任せたぞ」

 

『……! はいッス』

 

 

 そうして通話をオフにすると、垣根は改めて幻生に意識を集中させる。

 幻生は残った左腕で顎を撫でながら、悠長に話を聞いていた。他二人の木原についても、その隙を狙うことなく静観を保っていた。

 

 否。

 

 ()()()()()()()

 

 これが相似や円周ならば、『とりあえず小手調べ』で状況を崩して、盛大なしっぺ返しを食っていただろうが、戦いに慣れた二人の『木原』ならばわかる。

 幻生の周囲に揺蕩う不可視の力場が、常に巡って攻撃に対して爆発反応装甲のような過激な迎撃を加えようとしていることが。

 

 

「終わったかねー? それじゃあ改めて実験再開と行こうか」

 

「あー、待っててもらってて悪りいが」

 

 

 それに対し、垣根は本当にすまなそうに、一言だけ返した。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 キュガッッッッ!!!! と。

 

 幻生の足元の地面が爆裂した。

 爆発ではない。

 コンクリートの地面が隆起し、変色し──そして、赤熱したマグマを垂れ流す。

 それは一言で言うならば、『噴火』だった。

 

 

「ヒョッ!? これは……地面を()()()()()!? 第二位の能力を間近で観測するのは初めてだが──これは奇怪!! 地質そのものを全く存在しない構成へと変貌させている!?」

 

「この程度で目玉ひん剥いてるようなら先が思いやられるぜ? 爺さん」

 

 

 しかし、異常はそれだけでは終わらなかった。

 当然のように跳躍してマグマから回避している幻生の目の前で、赤熱の濁流は飛沫の形のまま岩石へと変貌する。そこに、垣根の翼による一撃が叩きこまれると──

 

 ドバッッッッ!!!!

 

 

 と、破壊された岩石の破片が幾千の小さな刃の欠片となって、幻生へと殺到する。

 単なる回避ではどうしようもない圧倒的な破壊の濁流に、幻生は乱雑開放(ポルターガイスト)という手札を切った。

 当然、地震をも引き起こすエネルギーの塊は刃の暴風を呆気なく受け止めるが、垣根はそれでも笑みを崩さなかった。

 

 

「プレーンな運動エネルギーの塊ってのは使いやすいよなあ? だがそれだけに、その挙動ってのは読まれやすいんだぜ」

 

 

 音はなかった。

 乱雑開放(ポルターガイスト)の『力』の隙間から滑り落ちるように展開された灰色の刃が、そのままギロチンのように幻生の左腕を肘くらいから切り飛ばした。

 

 

「俺の未元物質(ダークマター)なら、ざっと一七〇〇通りほど『変質』のパターンを用意できる」

 

「流石第二位……第一位がいなければ、君を題材に研究がしたかったねー」

 

「…………どうやらまだ切り落とす四肢が足りてねえようだな」

 

 

 ゴッッ!! と、続いて垣根の翼から暴風が繰り出される。まるで竜のようにのたうちながら自律して幻生を狙うその風は、もはや単なる『暴風』とは異なる何かだったが……、

 

 

「一七〇〇通りだったかな? 確かに、その能力は無限の可能性を秘めているけどねー」

 

 

 幻生の左腕が独りでに地面を叩き、反動で宙に浮かぶ。

 

 

「垣根君自身が咄嗟に選び取れる選択肢は、一七〇〇よりも確実に少ない。さらに事前に僕の行動というインプットがあれば、その可能性はさらに狭まって──精々瞬間で二〇〇と言ったところかねー?」

 

 

 宙に舞う左腕は、直後に掌から暴風を放った。

 垣根のそれとは比べるべくもない威力の暴風である。常識の通用しない生命じみた暴風は、それすらも呑み込み大気の力で老人の肉体をバラバラにする、はずだった。

 

 

「そのくらいなら、先読みは容易だねー」

 

 

 ボバッ!!!! と。

 まるで腹の中でダイナマイトが炸裂した蛇のように、暴風が中ほどから分断された。そうなるように計算され尽くした気流を、幻生が放っていたのだ。

 さらに、異常はそこだけでは終わらなかった。

 

 炸裂した暴風の余波が、今度は創造主である垣根自身に向かっていく。

 

 

「コイツ……!?」

 

 

 完全なる、予想の外。

 不意の一撃を食らい、垣根の身体が枯れ枝のように呆気なく宙を舞った。

 

 勝利の確信。

 それを感じさせるに足る一撃を与えたところで──幻生は気付く。

 己の胴に、気付かないうちに刃が突き立っていたことに。

 

 

「お前……は……俺の手の内を読んだと思っていたんだろうがな……」

 

 

 倒れ伏した垣根は、吐き出すように言葉を紡いでいく。

 

 

「どうして『その思惑すら俺に誘導されたものだった』と考えなかった?」

 

 

 そう。

 全ては、垣根の掌の上。

 こう攻撃をすれば相手は次の手をこう読み、それに対抗する手としてこんな手を打つ。

 言葉にすればそんな簡単な、言葉遊びのような思考の流れを、精密に構築する。異常な要素により世界を未知の状態へと作り替える能力者にとって──盤面を己の意志で支配することなど、呼吸をするのと同様に容易い。

 

 

「ば、かな……? 力場の防御は、確かに……?」

 

「だろうな。だから用意しておいたぜ。『人体だけを切り裂き、他は素通りする刃』ってヤツをよ」

 

 

 なんでもあり。

 

 見る者にそんな感想を抱かせる無法。それが、この街の第二位という称号を冠する男の本領だった。

 

 たったの一撃で致命に至る手を打った垣根は、そのまま翼を引き戻す。

 幻生は力なく膝を突いて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 キュガッ!!!! と。

 崩れ落ちた姿勢のまま、足のバネだけで跳躍した。

 

 

「んなッ!? コイツ、確かに攻撃は……」

 

「通っただろうよ! だが……チッ、あのクソジジイ、やーっぱ胴体の方も機械まみれになっていやがったか!」

 

 

 これも単純な話。

 人体のみを切り裂き、それ以外のものは素通りするというならば──切り裂いた場所が機械で補完した部位であれば、当然ながら何のダメージも与えることができない。

 

 

 

「僕は実験時に発生した事故でよく肉体を損傷していてねー。今や僕の身体は、代替技術の見本市みたいなものなんだよ」

 

「そりゃそうだと思ってましたよー。私は一度ぶつかって貴方の手の内をある程度理解していますからね」

 

 

 引き下がる垣根と入れ替わるように、車椅子の病理が幻生と対峙する。

 どういう技術を使っているのか、まるで蜘蛛の足のようなアームで機敏に移動する病理だが、彼女の手札はそれだけではない。

 

 空から、無数の隕石が降ってきた。

 当然それらは幻生の周りに漂う不可視の力場によって防がれるが、意識の外からの攻撃に幻生は思わず足を止める。

 

 

「大覇星祭の実況中継用ドローンですよ」

 

 

 病理の種明かしはあっさりしていた。

 あるいは、その程度では己の武装の本領ははかれないとでも言うかのように。

 

 

「……大覇星祭実行委員会のサーバにハッキングしたのかい? 悪い子だねー」

 

「まさか。アレは無線操縦ですよ? コンピュータウイルスと同じ。こっちから操作用の電波を送ってやれば簡単に制御はジャックできるのでーす」

 

 

 言ってしまえば、それだけ。

 『木原』としては物足りなさすら感じかねない単純な一手だが──そもそも『木原』とは、扱う科学技術の複雑さによって己を定義するのではない。

 その素晴らしい知性によって生み出された科学を、どのように()()()()()

 即ち──『上空から実況中継する為』に得た位置エネルギーをそのまま攻撃に転嫁するという、単純かつ悪辣極まりない『応用』。

 

 そのシンプルな一手は、地震を生み出すほどのパワーを以てしても防御の構えを取らないと貫通するほどの純粋な威力を誇ってた。

 

 

 さらに、それだけでは終わらない。

 

 

「次はこれなんかも行ってみましょうか」

 

 

 幻生が次々と散発的に降り注ぐドローンの隕石に対応していた、ちょうどその時だった。

 瓦礫を強引に乗り越えて、暴走バスが幻生目掛け突っ込んでいく。

 

 

「ヒョっ!?」

 

 

 当然これくらいであれば幻生も防ぐことが可能だが、問題はそこではない。

 

 

「……バスとドローンのネットワーク系列は別のモノのハズなんだけどねー。……どうやら、生体ウイルス同様に、機械同士の接触でも感染するのかねー?」

 

「さっすが妖怪ジジイ。手札隠しなんか期待できるわけもなかったですね」

 

 

 病理はにいっと笑みを浮かべ、

 

 

「今の時代、どんな機械にも演算機能と通信機能は備わってますからねー」

 

 

 説明はそれだけだった。それだけで、その場にいる全員に全ての情報が共有される。

 演算機能をハッキングすれば、OSレベルで機能を改造することも理論的には可能。そうすれば通信機能も思いのままに改造でき、ネットワーク系列が異なるもの同士でも問題なくハッキングできるようになる。……即ち、『機械ウイルスの接触感染』が実現する。

 

 

「出典・『スリラー』」

 

 

 まるでそれは、無限に湧き出るゾンビのように。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 この時代、サイボーグもまた演算装置の集合体である。

 生身の肉体を傷つけないようなセーフティは勿論のこと、体幹の制御から電気信号の伝達に至るまで、あらゆるところに演算は関わっている。

 そしてサイボーグ同士の連携には、しばしば通信が使用されることもある。一度は切断されたはずの左腕がひとりでに動き出したのも、これがからくりである。

 

 

「ひょッ!?」

 

 

 幻生の左腕が、独りでに幻生の右目をくり抜こうと動く。

 無体もいいところだった。

 サイボーグの肉体に対し、その肉体自身の制御を奪うという暴挙。これに対し幻生は、

 

 

「これはなかなか……面白いねー」

 

 

 ギチリ、と。揺蕩う力場を器用に使って肉体を絡めとることでそれ以上の暴走を防ぐ。

 だが当然、これはかなりの曲芸だ。言ってみれば、ショベルカーで砂のお城を作っているようなものである。何かが間違えばそれだけで幻生の身体がミンチになりかねない。

 

 そう。

 

 何かが間違えば。

 

 

「よお、ところで俺とは遊んでくれねえのか?」

 

 

 なんとか肉体の制御を取り戻した幻生の背後に、一人の男がいた。

 引き裂くように獰猛な笑みを浮かべる木原数多がとった行動は至ってシンプル。

 

 ぴい、と口笛を吹くだけ。

 

 

 それだけで、劇的な変化が発生した。

 

 特殊な気流を生み出す音波の干渉を受けた力場に、乱れが生じる。微細なバランスの上に成り立っていたものがぶち壊され、幻生の肉体は一瞬にして雑巾搾りか何かのように引き絞られる。

 

 

「お、おおぉぉおおおぉぉおおおお!?!?!?」

 

「まーだこんなもんで終わりじゃねェよなァ!!!!」

 

 

 木原数多はそれを見ても止まらない。

 むしろそこから返す刀の一撃が来ることを確信している足取りで、依然降り注ぎ続けるドローンの隕石や溶岩のシャワーの間隙を駆け抜けていく。

 

 

「随分自然に隠しちゃあいるがな、駆動音だの体捌きで分かるんだよ。テメェのどこが生身でどこが機械か、とかはなあ?」

 

 

 立てるのは二本指。

 まるでフォークか何かのような鋭利な武器に右手を見立てた木原数多は、そのまま──

 

 

 木原幻生の脇腹を、徒手で抉り抜いた。

 

 一瞬間があいて、幻生の腹から赤黒の液体が零れ落ち始める。

 

 

「ご、あァァああああああああああああああああああッッ!?」

 

「ギャーッハハハハハハハハァ!!!! 楽しい演奏をどうもアリガトウ!! 休んでる時間はねェぞォさっさと第二楽章の始まりだァ!!!!」

 

 

「──なーんて風に話が進んだらきっと楽だったんだろうけどねー?」

 

 

 次の瞬間。

 今まさに脇腹を抉られたはずの木原幻生は、そんなことを一切感じさせない滑らかな動きで左手をかざし──

 

 そして、暴風によって木原数多の身体は宙を舞った。

 舞った──というより、それは殆ど弾丸だった。それほどの勢いで一直線に吹っ飛んだ木原数多は、地面を水切り石のように何度も浅くバウンドして瓦礫の彼方へと飛んでいく。

 そして同時に、幻生の暴走を抑えるのに大半を使っていたはずの乱雑開放(ポルターガイスト)が、元の流麗な動きを取り戻した。

 

 

「……!? 肉体の制御が……、」

 

「僕の手札は乱雑開放(ポルターガイスト)だけじゃないからねー」

 

 

 バヂリ、とその手から、紫電が迸る。

 

 

多才能力(マルチスキル)。もっとも、分かりやすい電撃使い(エレクトロマスター)はいなかったから、迂回路を組み立てるのに少し時間がかかったけどねー」

 

「……やーっぱ妖怪ジジイですねぇ……!」

 

「くだらねえな」

 

 

 思わず悪態を吐く病理を追い抜くようにして、事態を静観していた垣根が前へと出る。

 

 ──三人は共通の敵こそいるが、だからといって仲間というわけではない。だからこそ、幻生が余裕をもって対応していると判断した場合は、返す刀の一撃の巻き添えを食わないように黙って見ている。

 そして哀れな犠牲者の散り様を観察して己の攻略に役立てるのだ。

 

 

多才能力(マルチスキル)乱雑開放(ポルターガイスト)代替技術(サイボーグ)。……引き出しがそれだけなら、悪いがもう潰すぞ」

 

 

 垣根の一撃は単純。

 翼を上から振り下ろす、それだけ。

 

 ただし、それだけの一撃が既に音速を超えていた。

 さらにその翼からは精密機器の動作を狂わせる電波が発生していたし、翼から散った羽根箒は特殊な気流を発生させる音波を帯びている。

 

 一万三〇六八。

 

 それが、この一撃に込められた現象の数だった。

 

 

「こ、れは……この数は……!?」

 

「俺の一撃が()()だって、誰が決めた?」

 

 

 優雅にさえ見える動作で腕を振り下ろす。

 

 そして、万を超える現象が木原幻生に殺到した。

 

 

 


 

 

 

「ひとまず第一段階はクリア、といったところかねー」

 

 

 無傷。

 

 ……というには、悲惨な有様ではあった。

 右足は石化し、残った左腕も謎の結晶めいた棘に覆われている。もはやサイボーグとしての超人めいた動作など望むべくもない。

 だが、それでもなお勝る脅威がそこにはあった。

 

 

 バチバチと迸る、雷の剣。

 それは単なる電撃によるものではない。

 AIM。

 ヒューズ=カザキリの扱っているそれを、手の中に呼び出したのだ。

 

 それで未元物質(ダークマター)を、叩き斬った。

 

 

「……チッ」

 

 

 そこで仕切り直しとするしかなかった。

 垣根も分かる。『アレ』は、下手に突っ込めば手痛いしっぺ返しを食らうどころではないと。

 

 

「おーおー、ようやっと戻ってきたら随分ファンシーな見た目になってんなあのジジイ」

 

 

 その背後から、木原数多の声がする。

 見ると数多は、ところどころに擦過傷を負ってはいるものの、重症自体はゼロという風体だった。おそらく、吹っ飛ばされながら体勢を精密に制御することで、ダメージを最小限に抑えたのだろう。

 

 

「生きてたのか。ちょうどいい、手ぇ貸せ」

 

「ああ? なーに言ってんだテメェ」

 

「『木原』に手を貸せとは、酔狂ですねー」

 

 

 予期せぬ提案に、二人の木原の雰囲気がひりつく。

 こういう場合、『木原』というのは真っ先に裏切りをはたらくものだ。突然の協力要請とは、即ち『これからお前を裏切って殺す』という宣戦布告にも似た響きを持つ。

 

 

「ま、俺は手を貸すつもりはねえけどな」

 

 

 垣根は全くもって矛盾する言葉を吐きながら、幻生に牽制の一撃を放つ。

 困惑したのは木原二人の方だ。協力しろと言いながら、自分が協力するつもりはないという。全く持って支離滅裂だった。

 

 

「……自分は手を貸さないのに、こちらには手を貸せと? まるで捨て駒になれと言っているようですねー」

 

「まるで、じゃねえ。なれっつってんだ」

 

 

 垣根は感情を載せない平坦な声で、そう言い切る。

 

 

「ナメてんのか? なんでテメェらと俺が対等な立場になってんだ。違げえだろ。俺に『使い潰すのが惜しい』と思わせる。そのくらい必死こいて手ぇ貸せっつってんだ」

 

 

 駆け引きも何もないシンプルな『命令』。

 それに対し、木原一族の回答もシンプルだった。

 

 

「ぎゃははははははは! コイツ面白れえわ」

 

「ちょーっと『木原』をバカにしすぎですねー」

 

 

 徒手。

 

 隕石。

 

 

 それぞれの『科学』で以て、垣根帝督を絶命させる。

 コンマ一秒の躊躇も合理性もなく、二人の『木原』はその為の行動をとり始める。

 

 垣根の方も未元物質(ダークマター)の引き起こす現象を上手く利用し、その攻撃をいなしていく。軌道を捻じ曲げる過程で何故か摩擦熱が冷気に変換されて氷の流星となった一撃は、流れ弾めいて幻生の足を凍り付かせる。

 数多の拳の衝撃を吸収した羽毛は、その衝撃を保持したまま乱雑開放(ポルターガイスト)と接触し、パンをついばむ鳥のように力場をむしり取っていく。

 

 

「……! テメェ……」

 

「木原一族ってのは、根本的にチームワークってのに向いてねえ。以前ぶつかった相似とかいう木原も、数多さんとやらを慕ってるわりには単独行動だったしな。……だが逆に、()()()()()()()()()()()()()()()。だったら話は簡単だ。内輪揉めが結果としてチームワークになるように、盤面を整えてやればいい」

 

 

 異端の科学。それすらも呑み込む──異次元の戦略。

 学園都市の第二位の頭脳を前に、木原病理の顔に冷や汗が浮かぶ。

 

 

「『木原』だか何だか知らねえが、()()()()()()()()()()()の物差しで俺を測ろうなんざ、少しばかり未元物質(ダークマター)をナメすぎじゃねえの?」

 

「ヒョホホ、なかなか良い『チームワーク』だねー。流石は第二候補(スぺアプラン)。木原との相性も第一候補(メインプラン)例外候補(ボーナスプラン)ほどじゃないにしても良いみたいで感心だよー」

 

「おいおい。暢気に感心してる場合じゃねえぞ。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 垣根がそう言ったのと同時だった。

 幻生の手の中にある雷の剣が、石となって崩れ落ちたのは。

 

 

「…………ひょ?」

 

「ったく。俺をさしおいて世界に異物を挟みこもうとするなんざ、大した『科学』だよ。お陰で狂った歯車を調整するのにちと時間がかかった」

 

 

 今までの未元物質(ダークマター)は──本領などではなかった。

 というのも、幻生がヒューズ=カザキリを召喚したことによって、周囲にAIMが充満し、それらが未元物質(ダークマター)と干渉して能力行使を阻害していたのだ。

 稼働率にして、三〇%。それが今までの垣根のスペックであった。

 だが、それで終わるようでは超能力者(レベル5)は名乗れない。攻略の傍ら、垣根はAIMを組み込んだうえで周囲の現象を予測演算することに成功したのだった。

 

 ……それは、一人の転生者がプロのアドバイスを聞きながらようやく成し遂げた境地。

 だが学園都市の第二位は、それをこともなげに実行してみせた。

 

 石となり崩れた雷の剣から草木が芽生え、そして幻生の身体を絡めとっていく。咲いた花が小爆発を起こし、幻生の肉を焦がしていく。

 

 数多も止まってはいなかった。

 どこで拾ったのか、鉄パイプで地面を叩きながら、動けない幻生の方へと突き進んでいく。

 だがそれは蛮勇ではない。

 何故なら、叩いた鉄パイプから生じた火花が、炎の触手となって幻生を嬲っているからだ。

 

 

「ほお? 面白れえな。()()()()使()()()()()()()()()

 

「……んだと?」

 

 

 ──未元物質(ダークマター)

 万能物質としてのそれを扱うのではなく、素粒子によって歪められた物理法則そのものを活用してみせた。今まで垣根帝督以外の誰も成し遂げることができなかった領域に足を踏み入れ、数多は笑う。

 ……『木原』。

 先ほど嘲って見せた一族の『本領』だった。

 

 そしてもちろん、この場にはまだいない者が一人いる。

 

 彼女もまたこの街の闇に潜むプロであり──

 

 

 ズズン……と。

 地響きと共に、『巨人』が現れた。

 

 

「おー、随分時間がかかりましたけど……なんとか間に合いましたねー」

 

 

 ギチギチと無数の機械によって構成されたそれを操り、車椅子の女はほくそ笑みながら言う。

 

 無限に感染者を増大させられる機械ウイルスがあったとして、それを使って行える最も『どうしようもない戦術』とはなんだろうか。

 大量の専門機械を導入することによる疑似的な全能?

 それも一つの手段ではある。

 だが、それよりも分かりやすく、それよりも圧倒的で、それよりも絶望を齎す一手がある。

 

 それが、『絶対的質量』だ。

 

 大量の機械を意のままに操ることができるなら、難しく考えすぎる必要はない。無数の機械を一つにまとめ、そして敵にぶつければいい。

 たったそれだけで、たとえ地震のエネルギーだろうが無数の能力だろうが科学の天使だろうが、関係なく圧し潰して終わらせることができる。

 

 立ち向かう意義すら奪う攻撃。

 

 『諦め』。

 

 それこそが、木原病理の『本領』だ。

 

 

「出典・『スペクタクル』」

 

「お。おぉ、おぉおおおおおおおおおおッ!?!?!?」

 

 

 幻生は思わず叫びながらその一撃を抑えようとするが、その隙を逃す者はこの場に一人としていない。異界の常識を振るう二人に対し、少しずつダメージが蓄積していき──

 

 

 ──やがて。

 

 びしり、と木原幻生の顔面が半分ほど砕け散った。

 まるで卵の殻のようにヒビ割れた顔面のまま、今にもすり潰されそうな状態で、しかし幻生は笑った。

 笑って、こう言った。

 

 

 

「…………()()()


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